第47話



 ここ最近、他校からの『ペガサス』および『アイアンホース』が増えて寂しい雰囲気が薄まったアルテミス女学園高等部校舎の食堂にて、2名の『ペガサス』たちが快談していた。


「亜寅のケモミミ、本当にかわいいよね」

「……お前、見るたんびにそればっかだな?」


 様々な要因が重なって『キメラ』となった小柄な中等部一年ペガサス『鈔前しょうぜん亜寅アトラ』は、自分の頭に生えた猫科系の獣耳に視線をやって頬を緩ませる『上代かみしろ兎歌とか』に呆れかえる。


「あのさぁ、いつも言ってるけど可愛いって言うの止めろよな。格好いいと言ってくれ」


 最初こそ悩んだ『ゴルゴン』のような姿であったが。難しく考える事を辞めて吹っ切れたことで、今ではむしろ自分だけの特別な力として気に入っていた。


「だって可愛いんだもん」

「ったく、まわりは恰好いい派が多いっていうのに、ほんとう兎歌はマイペースだな」

「えー、でも愛奈先輩は可愛いって言ってたよ」

「……お前が可愛いって言うの愛奈先輩が言ってるからとかじゃないよな? くそー、プリンがなければめちゃくちゃ抗議してやるのになー」


 兎歌のお手製プリンを食べきるまでは何も言えまいと亜寅は外殻製の腕を何事もなく動かして口の中に放り込む。舌の上に広がる甘味に生えている尻尾がゆらゆらと喜びを露わにする。


「やっぱり可愛いよ」

「へいへい、もう好きに言ってくれ、お菓子配りの姉さんよ」


 兎歌は中等部の白い制服に黒染めの上着を着た『風紀委員』として、変わらず中等部ペガサスたちの調停役を行なっている。

 最初こそは思い詰めていた事もあって働いてばかりであったが、大切な友達たちの力によって悩みが解決されたこと、『風紀委員』の活動に協力的な中等部ペガサスが増えたことで心時しんじ共に余裕が生まれ、趣味料理をしては作ったものを高等部区画のみんなに配っていた。


 そんな兎歌は『東海道ペガサス』と『アイアンホース』たちからお菓子配りの姉さんとして人気を博している。

 ちなみに兎歌は年下から言われるのはいいけど、あきらかに先輩である一部ハジメの『アイアンホース』から姉さん呼ばわりされることに、ほんのちょっと困っていた。


「というか、よく金もつな。砂糖とか高いだろ?」

「うん、それに砂糖も種類があるしね。そこは工夫でなんとか、サトウキビとかてん菜の苗があったら自家栽培できるみたいなんだけど……学園には無かったよ」

「そりゃなあ……『街林』には?」

「気候的に学園周辺で自生していないかもって……実はそろそろ金欠になりそうで解決策募集中です」

「まあ、俺も兎歌のお菓子は喰いたいし、多少ならカンパしてやっていいぜ……おっ、来たな、こっちこっちー!」


 そんな風に兎歌たちが話していると、さらに二名の『ペガサス』が食堂に来て合流する。


「亜寅……あ、先に食べてるぅ」

「遅かったな丑錬、先に頂いちまったぜ」

「夜稀先輩、お疲れ様です」

「おつかれ兎歌、あたしたちのプリン残ってる?」

「もちろんですよ。冷蔵庫から持ってきますね」


 あとで合流して一緒に食べる話だったのにと不満そうに亜寅の隣に座るのは、先輩たち含めてももっとも身長が高い中等部一年ペガサス『大麓おおろく丑錬うしね』。

 そして制服に白衣姿の高等部一年『すずり夜稀よき』は兎歌の隣へと座り、専用のドリンクボトルをテーブルへと置いた。


 質素な場所であった高等部校舎の食堂であったが、兎歌を含めた複数の『ペガサス』の要望によって冷蔵庫など電化製品が日毎に追加されていっており、今では公共広場として好き勝手な模様替えが行なわれている。

 ちなみにお菓子を保存する冷蔵庫は兎歌が望んだもので、うっかり誰かが無断で食べることが無いように、兎歌しか開けられないようになっている。


「あー沁みる」

「沁みますぅ……」

「良かったー」


 ふたりは兎歌が持ってきたお手製のプリンの卵とカラメルの甘さに浸る、こういうのを見ると本当に作りがいがあると兎歌は心から喜ぶ。


「丑錬、改めて今日はありがとね」

「あうぅ、でも物とか運ぶだけだったし……」

「それが本当に助かる。同時進行で色々とする事になって人手が足りないから、力持ちの丑錬が居てくれたおかげで作業効率が格段に上がったよ」


 アルテミス女学園高等部では大人たちからの“自立”を目指していた。それがどういった内容かも曖昧のまま進めていたが、『アイアンホース』三名、そして『東海道ペガサス』二十二名の転校、そして『勉強会』を無事に引き込めたことによる人数増加を理由に、ついに方針を固める事となった。


 これによって時間の無さで諦めていた開発や改造などをスケジュールに再び組み込んで作業内容を増加、さらに同時進行で着手し始めた。

 おかげで現在アルテミス女学園高等部はフル稼働しており、人手が何倍も増えたのにもかかわらず人手不足になるくらい、もの凄く忙しくなっていた。


 作業担当は日夜高等部校舎の教室を生活に必要となる物を生産する工場に改造し続けて、そのための材料を戦闘担当の『ペガサス』たちが『街林調査』を行なって集めており、九月に入ってから誰もが忙しい日々が続いている。


「おかげで明日には『』のテストができるようになったから、本当に感謝してる」

「……ん? ですか?」

「それは違うよ。オーパーツじゃなくて『オーヴァツー』。兎歌は知っていると思うけど『Gアタッチメント』って呼んでいた付属装置。あれの正式名称だよ」


 てっきり昔テレビでやってた番組で聞いた事のあった単語かと思ったら、じゃっかん違ったと兎歌が遅れて反応すると、予想していたらしい夜稀は待っていましたと言わんばかりに説明をはじめる。


「Gアタ……なんだそれ?」

「えっと、夜稀さんが作った機械で『ALIS』に繋げると強力な攻撃を放てるようになるものですよね?」


 元は『Gアタッチメント』と呼んでいた付属装置は、恐竜型プレデターである『ギアルス』が残す『ギアルスパーツ』を組み込んだもので、『ALIS』へと接続すると〈魔眼〉とは違う特別且つ超強力な力を発揮する物だった。


 夜稀は、そんな装置を『Gアタッチメント』と呼んでいたが、あくまで仮名であったため数日前に新たに『オーヴァツー』という名前を付けた。


「す、すごい……」

「……凄いものじゃないよ。確かに『ALIS』に接続すれば戦況を変えられるほどの高威力長射程の攻撃を放つことができる代物だ……けど、取り付けた『ALIS』は起動した時点で必ず破壊されて、致命的な速度で活性化率が上昇する。実用はおろか実験することすらままならない代物、それが『オーヴァツー』だよ」


 丑錬たちの感嘆に目を背けるように夜稀は『オーヴァツー』の危険性を語る。

 実際に装置の制御方法は確立されておらず、最初の実験で危うく先輩を“卒業”させかけてしまったために開発は凍結、実物は厳重に封印された。


「え? でも愛奈先輩が大規模進行の時に使ったって聞いたんですけど……」

「……確かに『オーヴァツー』は稼働中、常にアスクから“血清”をちょく打ちして貰っていれば使えると証明されてしまったけどもっ! あのひとのっ!! そういうところは本当に真似しちゃだめだからね! ……ゲホ!」

「は、はい!」


 しかし、そのまま放置することはできなかった。その強力な攻撃力を使わないのは惜しいという話ではなく解決策を見いだせないままの状態があまりにも危険だったからだ。

 その理由は『オーヴァツー』本体にあるのではなく、もしもの時は危険は承知で使用する先輩が居るからに他ならない。


 夜稀がストレスで喉が渇いてきたため、自前のドリンクホルダーの中にあるジュースを飲み始める。


「──確かに最善だったけど本当に危険なんだ。接続した『ALIS』は『オーヴァツー』から流れるエネルギーに耐えきれず自壊していく、その前に発射できなければエネルギーは持ち主ごと『ALIS』を消し飛ばすし、アスクが居ればなんて言うけど、ほんの少しでも調整を誤ればすぐさま『ゴルゴン』へと到るし、撃ったあとは暫くのあいだ体内の『P細胞』が過剰反応して身体がまともに動けなくなる。……こんなの仕方なかったとしても使って欲しくないよ!?」

「……愛奈先輩、だいぶやべぇことしたんだな」

「うぅん……」


 大規模侵攻のあとは色々とあって遅れてしまったが、最上級の先輩で自分たちの命を救ってくれた恩義のある『ペガサス』だったとしてもと、夜稀は無断使用に関してしっかりと猛抗議した。

 その時の愛奈はひたすら反省の意思を夜稀に見せた。実際に心から申し訳ないと思っていることも伝わってきた。


 それを踏まえて夜稀は、また“もしもの事態”が起きたとき、この先輩なら躊躇わず『オーヴァツー』の無断使用をするのが容易く想像出来てしまった。

 それはそうだ、特に愛奈先輩はみんなで生き残ることを掲げている。放っておくだけで危険な相手が目の前に現われたら、リスクを承知で使うことが目に見えている。

 だからこそ、このまま何も進展させずにいたら危険だと判断して、夜稀は『ギアルスパーツ』の研究に着手し、『オーヴァツー』を安全なものへと完成させなければならないと決意する。


 ──自分の作ったものでみんなの命が助かるように、そして誰も“卒業”しないように。


「ゴクゴク……ふぅ、だから時間を作ってはAIと何度もディスカッションを続けて、安全にテストできる装置を作ったんだけど……ここに来るまでが本当に大変だった」

「なんかAIを使えばパッと作れるのかと思ってたけど、そんなに大変なんです?」

「データ内にある製品ならともかく、『オーヴァツー』のテスト機械という完全に参考元すらない新製品だからね。命令を1から考えないといけないし、それで出力された設計図が正しく機能するのか3Dシミュレーターで精査して、自分の手で設計図を修正して、時には実物模型を作って、駄目そうならまたAIに指示を打ち込んでを繰り返して、ちょっとずつ正解に近づいたかと思えば、全部やりなおしになったりとか、いつもの事だけど、本当に本当に大変なんだ……」

「こんど差し入れ持ってきますね!」

「……固形物でお願いね」


 出力された図面のチェック作業がとにかく辛かったと夜稀の疲れ切った溜息に、後輩たちがお疲れさまと労いの言葉を掛ける。

 AIは便利であるが万能ではない。特にアルテミス女学園では外部とのネットワークが通じておらず、AIが指示を実行するための参考元となるデータは、AIチップに最初から内蔵されていたもの、『街林』から回収された無事だったデータ。夜稀が自ら集めて手入力をしたものや、高等部校舎にあるデータサーバーから抜き取ったものなどで、出力するためには自前でデータを用意する必要性がある。


 それに使用しているのは、栄えていた前時代の工業用AIチップとはいえ、元は機械の管理のみを目的とした量産製品でしかなく、チップ本体に掛けられている著作権プロテクトなどもあって、不便を覚え始めていた。


「こほん、それで本題だけど……どうして正式名称を『オーヴァツー』にしたかと言うと、実はオーパーツも無関係ではないんだ。かの言葉の意味は“場違いな工芸品”。機械の心臓部となる『ギアルスパーツ』は通常の『遺骸』と違い、まるで人の手が加わったような歯車形状となっている。たしかに歯車構造を持つ生物が存在するらしいが、それにしたっての話だ。だからあたしはオーパーツにあわせて──」

「あ、そういえば先輩、ワタシのほらアスクや兎歌たちの場所が分かるやつで何か新しい事わかりました?」


 後は英語の“超える”という意味のoverとで足して割って、“常識を越えた存在”という意味で『オーヴァツー』と名付けたのだろうと、なんとなく察したあたりでせっかちな亜寅は話題を変えた。

 遠慮してくれないほうが嬉しいが、なんだか慣れられてしまったのも寂しいなと思いつつ夜稀は答える。


「……進展と呼べるものはないよ。でも亜寅が見えているGPS機能は、どうやらプテラリオスが保有する〈固有性質スペシャル〉で確定みたい。アスクたちは、その情報を自分たちのコミュニティで共有していて、亜寅は位置情報だけを見られるようになっている感じだね」


 亜寅は『キメラ』になったさい、なんの拍子かアスクたちを繋げている独自のネットワークのほんの一部にだけ繋がった。

 これによって亜寅はアスクたち四体の『プレデター』およびアルテミス女学園高等部に関係性のある『ペガサス』たちなどの位置を、プテラリオスのGPS機能によって正確に把握することができている。


「じゃあやっぱりワタシの〈固有性質スペシャル〉ってわけじゃなかったんですね」

「そうだね……ああそうだ、亜寅の肉体、その『外殻』が意志によって変化するやつも〈固有性質スペシャル〉とは言えないのかもしれない」

「そうなんです?」

「これは科学者視点だけど、もし仮に他の『キメラ』が存在する、あるいは生まれたとして、同じように姿を変化できるのであれば、それは“固有の能力”ではなく“『キメラ』という種の性質”になるからね」


 首を傾げた亜寅は、夜稀の説明を聞いて納得する。

 GPS機能は元から自分だけのものではない感覚があったのでそこまで思うところはないが、闘志を沸き立たせると『外殻』が変化して格好良い姿になるものが自分だけの特別な力ではない可能性に、ちょっとだけ残念になる。


「しかし今後を考えて、『外殻』の変化には名前を付けたい」

「別にキメラモードとかでいいんじゃないですかね? ……あん? どうしたんだ丑錬? 言いたいことがあるならはっきり言えよ」


 幼馴染みではなくても分かりやすく言いたい事を我慢している丑錬に、亜寅は声を掛ける。


「ちょ、ちょっとだけなんだけど……なんかずっと見張られてるみたいで嫌だなってぇ……」

「「あー」」


 亜寅と兎歌はわからんでもないと同意の声を出す。『ペガサス』と言えど丑錬たちは年頃の少女である、ずっと覗かれているという状況に感じるものがあるのは正常な反応といえる。


「まあ、風呂とかトイレしている時に見られてるって考えると嫌だなぁ」

「でもわたしの時みたいに、ずっと見られているからこそ、どこに居ても助けに来てくれるって安心感はあるよね。それにアスクなら変な事に使わない気がするし」

「うぅ、そうなんだけどぅ……」

「そんな気にするなよ。見えるといってもみんな点々だし建物の間取りとかは分からないから」

「そうなの? でもそれって誰か分からなくない?」

「それがおもしれぇ話でさ。意識を集中すると知ってるやつなら誰か分かるようになってるんだよ」

「……よく考えたら亜寅も、わたしたちの場所わかるよね?」

「やべっ気付かれた。いやほら、でもマジで点だけだから何をやってるかとかは分からないんだぜ?」

「……そういえば、このあいだ寝る時、ハルナ先輩いまごろ風呂かって呟いていなかった?」

「えー、なら亜寅、アスクのこと言えないじゃん」

「そ、それはあくまで予想だし、寝言みたいなもんで、思った事が口に出ただけだ!」


 兎歌たちはエンジンが掛かったのか騒がしく談笑をはじめる。その内容はGPS機能で日常を見られるのは有りか無しかというものであるが夜稀が興味を持ったのは、兎歌たちのアスクに対する考え方であった。


 やろうと思えばアスクは、自分たちのプライバシーを覗くことができる。でも彼なら自分たちに遠慮して、見ることはないだろうという信用。それはアスクの心が人であるという認識からきた考え方だ。


「……興味本位で聞きたいんだけど、仮にもアスクは『プレデター』なのに人の価値観で考えているけど、そこに何か違和感とかない?」

「……あ、そういえばアスクって『プレデター』だから、そこらへん違うのか?」

「いやぁ、でも意志疎通とかはできてないけど、いつもの調子がマジで人間でしかないんだよなぁ」

「分かる、先輩たちと一緒に居るときなんか、普通に寡黙な人って感じだよね」

「う、うん……なんだったら人より優しいし……」

「これが人型じゃなかったら違っていたかもしれないけどなぁ」


 総評を聞いて夜稀も内心で分かると同意した。アスクは『プレデター』だ。しかしながら生活に滲み出る価値観は『ペガサス』と何も変わらない人の心そのものだ。

 違うと感じるものは、それは人外だからというよりも性格や男女の価値観によるものだと感じ取ることができる。


 ──おかげで“血清”を生み出せる存在というのを加味しても神聖視をするだけではなく、兄や父のような家族のような存在に思えるかもしれない。


「ふむふむ……ついでだけどアスクたちで他に気になることはある?」

「有ります有ります! やっぱり本命って愛奈先輩なんですかね!?」

「……いやぁ、専門外だから分からない」

「わかんねぇぜ。野花先輩、香火先輩も見た感じ良い雰囲気だし、それに咲也先輩も結構一緒に居ること多いしな」

「亜寅やっぱり覗いてるぅ……」

「うーん、わたしとしてはできれば愛奈先輩を選んで欲しいけど……あ、それこそ恋愛観は人と違うのかな? 一夫多妻制で生活する動物も居るみたいだし そういうのなんて言うんだっけ?」

「あー、浮気?」

「ハ、ハーレムとか……?」

「丑錬ちゃんそれ! お父さんもお母さんも両思いで一途だったけど、あんなふうにみんなで家族ってなるのもちょっと楽しそうだよね」

「お前の場合、愛奈先輩のことお姉ちゃんって呼びたいだけだろ」

「えへへ、バレたか……夜稀先輩はどう思います?」

「専門外だから分からないね」


 ──まあ、だからこういった話題で盛り上がれるのは確実に良いことなんだろうと思いつつ、不得意であるのは変わらないなと夜稀はテキトーに誤魔化す。


「……気になるといえば学園の外に居る、アスクの仲間たちのことですね。森の中に居るのは兎歌が会ったっていうオオカミ型独立種だと思うっすけど、海のど真ん中にいるのが完全に謎っす」


 元からアスクから聞いていたが、アスクが仲間と表する『プレデター』は三体おり、現在識別番号04オオカミ型独立種が、アルテミス女学園から東北の森林地帯にて活動している。

 そちらのほうはアスクから情報を聞き出せており、森の中で生活しているのは人型ではないためと夜稀たちは認識している。


 しかし、海のほうにいるアスクの仲間は、いまいち理由の判別に困っていた。

 なにか秘密のことを行なっているというよりも“はい”と“いいえ”だけでは答えに辿り着けない問題に巻き込まれているらしく、根性で質問を繰り返して正解に辿り着こうとしたが上手く行かなかった。

 その中で海の“友達”もいずれは学園に合流する予定であるため、アルテミス女学園ペガサスたちは辿り着いてから対応すると決定した。


 そんなアスクの友達たちに『ペガサス』たちは仲間が増えると喜んだり、戦力が増強することに期待を持ったり、友好的かと不安を抱いたりなど、それぞれの感想を持つなか夜稀は難しいことを一切頭の隅に追いやり、早く来ないかと待ち望んでいた。


 それは純粋な知的好奇心で、未知に触れられる事にわくわくする子供そのもので、今でこそ“自立”の準備が最優先だから二の次にしているが、プテラの〈発熱粒子〉に等しい、新たな物質に触れられるようになるかもしれない事が楽しみで仕方が無かった。


 ──ふと、頭に過る『東海道ペガサス』たちから聞いた聖女学園での光景。直接見てはいないけど容易く想像できてしまった地獄のような風景。喉が渇く。


「夜稀先輩?」

「──ゲホ、あ、ごめん。海にいるアスクの友達についてだけど、現状は不明のままだよ……因みに、その海の友達に何か変化はある?」

「ああ、なんかいまめっちゃ海の底に──あでぇ!?」

「亜寅!?」

「え? え!?」


 識別番号02が海の底にいるなと認識した亜寅が、突然頭を抱えて痛みを訴えて、ばたんと椅子から転げ落ちたため、みんなが慌てて駆け寄る。


「どうしたの!?」

「──あぁ、いやなんかすげぇ激しい頭痛に襲われたんだが……なんだったんだ?」

「なにか身体的に異常は?」

「……無問題っすね。本当に一瞬頭の痛みがあっただけで終わったっす」


 突然の頭痛はなんだったのか起き上がって首を傾げる亜寅。

 頭痛が発生したとき、識別番号02が海底1万メートルへと辿り着き、謎の存在へと取り込まれていたことを彼女たちが知る術はない。


+++


――――――――――


1:アスクヒドラ

──っ!?

いったいなにが……今の映像は……?

……というかみんな無事!? ゼロツー!?


2:プテラリオス

プテラリオスは、12秒ほど意識が別の場所へと行っていましたが無事です。

質問があります、先ほどの映像はなんだったんでしょうか?


3:識別番号04

こちら識別番号04、身体に異常なし、意識が落ちたと思えば正体不明の映像を視聴した。


4:アスクヒドラ

みんな同じ感じか! 

確実にゼロツーの様子に関係あるやつだよな?


5:識別番号04

肯定する。予想であるが識別番号02がポイント・ネモの海底に到着したさい自身らに映像を映すようなものが起動したと思われる。

少なくとも無関係ではないだろう。


6:アスクヒドラ

……ゼロツーから返事がない。

とりあえず無事なのか返事できるならしてくれ!?

ああえっと、プテラいまゼロツーどんなかんじ!?


7:プテラリオス

マーカー上、識別番号02は変わらずポイント・ネモの水深1万メートルに存在しますが、動きがありません。


8:アスクヒドラ

ゼロツー!!


9:識別番号02

只今→本体は人型進化中によって休眠モードとなっており会話することができません。ご用がある場合は進化後、改めて話しかけるようにお願いします。


10:アスクヒドラ

……ゼロツー?


11:識別番号02

只今→本体は人型進化中によって休眠モードとなっており会話することができません。ご用がある場合は進化後、改めて話しかけるようにお願いします。

 

12:アスクヒドラ

…………ぜろちゅーくん、朝ですよ~。


13:識別番号02

只今→本体は人型進化中によって休眠モードとなっており会話することができません。ご用がある場合は進化後、改めて話しかけるようにお願いします。


14:アスクヒドラ

……なんで留守番電話サービスみたいになってるねん!!


15:プテラリオス

分かりません。進化を行なっていると思われますが自身の時とは違うようです。


16:識別番号04

内容を読み取れば識別番号02の意識は休眠状態にあるようだ。同じ進化であるがプテラリオスの時とは相違がある。

いったい海底で何があった?


17:アスクヒドラ

本気と書いてマジで分からん。

素直に進化して反応できないでいいんだよね? なんで留守サみたいになっているか分かんないけど。


18:識別番号04

プテラリオスのさいは会話ができなかったため識別番号02が、自身たちを不安にさせないため、こうなるように設定したとしても不思議ではない。


19:プテラリオス

あの時は話すこともできず。掲示板しか見ることができなかったので寂しかったです。


20:アスクヒドラ

とりあえずゼロツーは無事って認識でよさそうだね。はぁ、良かった。

……なんだろう念願の人型進化なのに情報が過多すぎるせいで全然、頭に入ってこない。


21:識別番号04

アスクヒドラ、気付いて居ないようだが掲示板の数字がリセットされている。


22:アスクヒドラ

あれ!? 本当だ気がつかなかった。

今までのレスは……良かった消えてないみたい、別枠のスレッドになった感じだ。

あの映像を見たからか? それにしても何でだろう……アップデートでもした?


23:識別番号04

何かしら機能に変化は見られない。


24:プテラリオス

自身の掲示板も変わったところは見られません。


25:アスクヒドラ

うーん、マジで分からん。というか過多過多すぎるよ情報量。

まずゼロツーをポイント・ネモに縛っていたやつは、少なくとも敵ではない感じ?


26:識別番号04

肯定する。識別番号02が進化段階に到ったのも、その存在の恩恵である可能性が高い。


27:アスクヒドラ

うん、やっぱりそうだよね。

じゃあ、あの映像に映ってた顔がモザイク掛かっていた人たちって一億八千万年前の人類って事でいいよね?


28:プテラリオス

はい、おそらくですが自身もそうであると感じました。


29:アスクヒドラ

あの映像、宇宙船のなか?


30:識別番号04

会話から考察するに宇宙の調査を行なっていた船であるのは確実のようだ。

他に考えつくのは映像の時代は一億八千万年前ではなく、それよりも遙か時間が経過した宇宙での一幕といったところか。


31:アスクヒドラ

なんかSFみたいなこと言ってたもんね。一億八千万年前、改めて考えると本当にとんでもないほど技術が発展してたんだな……。

……レガリア型は俺たちのこと言ってる?


32:プテラリオス

分かりません。


33:識別番号04

不明だ。しかし所感として自身らというよりも特定の個体──アスクヒドラを示しているようにも聞こえた。


34:アスクヒドラ

だよなぁ……まあ、これから俺たちはレガリア型でやっていくとして……ローレルってのは俺か?


35:識別番号04

アスクヒドラの事を示している可能性がもっとも高い。

それに、レガリア型ローレルという存在は『プレデター』というものを終了させる目的で生み出されたと判断する。


36:アスクヒドラ

それなら別に良いっていうか、実際に『プレデター』をどうにかするぜって感じで生まれたのなら、俺もブレイン級に操られる日が来るかもしれないとか、エナちゃんたちと敵対しないといけなくなるかもしれないとか、そういう不安から解放されるから、むしろめっちゃいいんだけど……。


37:識別番号04

どうしましたか?


38:アスクヒドラ

……てっきり『プレデター』に成る前は普通に人間だったと思っていただけに、自分が産まれた時からレガリア型の『プレデター』って事になんか衝撃だったというか。

じゃあ、この持ってる現代知識って何だとか、俺ってなんだろうっていう疑問がね。


39:識別番号04

平気か?


40:アスクヒドラ

別にいいと言えばいいんだけど、なんかアイデンティティがぐちゃっとしちゃった感じかな。

できれば、あの映像の後どうなって、俺がどうやってこうなって、それで何をすればいいのか分かればいいんだけど……情報過多の割に大事なところ抜けてません!?


――――――――――



 あの海底に存在してた映像が、自分を生んだであろう太古の人たちが、どうであるのかも気になるが、なによりも自分を確立していた自我を根底から覆す情報によって受けた衝撃から、アスクは上手く抜け出せなかった。


「──アスク」


 答えが見つかるわけではないのは承知だが、一気に流れ込んできた情報の多さゆえの混乱も重なって悩んでしまっているアスクであったが、聞き慣れた声が頭に届くと、自身でも驚くほど簡単に意識が現実へと戻ってきた。


「アスク……平気? 心なしか元気がないみたいだけど」


 高等部寮、リビングのソファに座っていた自分の前に立ち、顔を近づけて声を掛けてきたのは高等部三年ペガサスの『喜渡きわたり愛奈えな』であった。


「本当にだいじょうぶ? ……アスク?」


 動かない自分を心配してくれる愛奈に、いつも通り親指を立てて無事である事を示す。


 ──そうだ。答えが分からないものを悩んでも仕方がない。だったら変わらずアスクヒドラとして愛奈やアルテミス女学園のみんなのためにやっていこう。

 不思議と彼女に名前を呼ばれただけで、アスクは自分というものを取り戻せた気がした。


「最近忙しかったから疲れてる? ちょっと休めるように野花にお願いする?」


 全然元気だとアスクは“ガッツポーズ”をする。愛奈はそれなら良かったと笑顔をほころばせる。

 余計な心配を掛けちゃったなと“頭を人差し指でぽりぽりと掻き”申し訳なさげな態度を見せると、愛奈に向かってごめんねと“両手を合わせた”


「あはは、そんなに謝らなくていいよ…………?」


 ────?


 なにかがおかしいと、アスクと愛奈は同時に首を傾げた。

 先に気付いたのはアスクのほうで、こんな風に愛奈を見つめ続けながら首を横に傾けられただろうか、腕を組めただろうかと、何かがいつもと違うことに気付く。


 そうだ、この身体は愛奈たちに対して意志疎通をしようとしたとき、動きが制限されていた筈だ。

 まともに動かせるのは指のみで、首はなんとか縦や横に振るうことは出来ても、傾けることはできなかった筈だ。


 アスクは恐る恐るといった様子で愛奈を意識しつつ、両手をとある形で合わせた。


「……いやぁ、えへへ」


 アスクの大きな手によって作られたハートマークを向けられた愛奈は照れながらも嬉しそうに笑った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る