アイドル・ドリーム・ステージ 11
──魅せる事が上手い人間は、嘘を付くのも同じぐらいに上手い。アイドル業界に携わる大人から聞いたことがあった格言のようなものを『
高等部三年先輩ペガサス、『
そんな先輩が、アイドルをするとどうなるのか、完璧にライブを熟す究極のアイドルになるという事実に、ハルナは統括プロデューサーなのに何も知らされていなかった不満はどこかへと吹き飛び、一周回って冷静にライブを見る事が出来ていた。
「みんな、ここまで聞いてくれてありがとうございます。急な登場でびっくりしたよね?」
「「「びっくりしたー!」
LUNAは何時もよりも高い声量で、されど甘ったるくないほどよい元気さを感じられる声色でコールすると『東海道ペガサス』たちは、ライブの中で教えられたレスポンスを完璧に行なう。
「さっきも言ったけど、ENAの準備が完了するまで、わたくしのライブ楽しんでくれる!?」
「「「いいよ──!」」」
「ありがとう。じゃあいっぱい応援してね、せーの!」
「「「LUNA~~!」
幼い東海道ペガサスたちに合わせてか、トーク進行はアイドルライブというよりかは、子供向けのヒーローショーのような雰囲気で進んでいく。それはつまり、LUNAがファン層に合わせて、アドリブパフォーマンスを熟しているということになる。
──月世先輩から感じられる逢魔時に生まれる影のような恐ろしくも魅かれてしまう雰囲気は微塵も感じられず。また黒い瞳は濁ったままであるが、いつもとは違い、まるで黒曜石の如く輝いているように見える。
なによりもゾクッとしたのは、本来と全く違うキャラにてステージに立っているのにも関わらず、ハルナの目を以てしても、こちらの方が素のように見えることだ。
「
──自分の双子の妹である、東京地区でアイドルをやっている『
だけど久佐薙月世は、その真逆、己の全てを偽り他人が求める光を自在に生み出す人工のアイドル。きっと彼女は『東海道ペガサス』たちがメインの観客でなければ、また違うテーマを持ったLUNAを見せていたに違いないと、ハルナは戦慄する。
「……申姫、愛奈先輩のライブは別に中止になったわけじゃないんだから、そう落ち込まないの」
とまあ、スポ根テンションでLUNAの分析を行なって気持ちを落ち着かせたハルナは、隣で何かいつも以上に感情が抜け落ちた親友に声を掛ける。
誰よりも愛奈先輩のステージを楽しみにしていたであろう中等部二年ペガサス『
「……逆って言ったらなんすけど、いつもの申姫先輩って、まだ生気が宿ってたんすね」
「こら群花、気持ちは凄く分かるけど、そういうこと言わない」
そんな心底がっかりして虚無となった申姫から離れるのが不安なハルナは、統括プロデューサーとして現状を確認したかったが、客側で留まっていた。もしかして、これも計算の内かとLUNAを見れば、目があって微笑まれたような気がした。
「ああもう、あとで問い詰めてやるんだから!」
「──せーんぱい……ハルナ先輩って!」
「あ、ごめん、どうしたの?」
ライブの音で聞こえづらかったのもあり、集中していたハルナは肩を揺らされて、ようやく後輩の『
「──ハルナ先輩」
「……ううっ」
──そこには、今しがた戻ってきたであろう『
兎歌を連れてくる筈だった可辰は、丑錬を連れてきた。どういう経緯があったかは分からないが、とにかく労ろうと口を開いたところで、丑錬が周囲を見渡した。
「……? 可辰、ふたりが居ないよぅ?」
「え? あれ!?」
教えられて可辰も周りを見る。意気消沈している申姫を除いた全員が疑問符を浮かべるなか、もしかしてと可辰は出口の方へと向かった。
「──あの、なにしているんですか? 早く入りましょう!」
「だ、だって、ここ最近よくよく考え無くても酷い態度とっちゃってたし、どんな顔して会えばいいか……ううっ、始まるまで、ここに居ていい?」
「さすがに駄目だと思います! みんな待っていますよ!」
「……兎歌、こうなったら入って即土下座するしかない。ガチの罪滅ぼしは後にして、とにかく皆で愛奈先輩のライブを見よう」
「亜寅……分かった!」
可辰の後ろに付いていって、バッチリ話を聞いていたハルナは、仕方ないわねと大きく息を吸った。
「──いいから中へと入りなさい! あと可辰はちゃんと扉を閉める!!」
「はい! ごめんなさい!」
「……あ、ハルナ先輩」
「ほら、早く!」
「わ、分かりました!」
静かな怒鳴り声で三名の『ペガサス』の背筋を伸ばしたあと、半ば強引に会場の中へと招き入れた。
「可辰……よく連れてきてくれたわ。ありがとう」
「……はい!」
──可辰は、大規模侵攻の後、風紀委員となり孤立していた『
「あ……その……」
「う、うーんと……」
『勉強会』がいる場所まで連れてこられた兎歌たち、久しぶりのまともな再会に、お互い話の切り出しかたが分からず。口をもごもごとさせる。
「──なにが起きているのか、まるで分からないけど、ライブに関係の無い話をするのはマナー違反……今はなにも難しいこと考えずみんなで楽しみましょう?」
「「……はい!」」
「みんなも、それでいいわね?」
「もちろんだよ! とーかちゃーん!」
コノブは友達が元気になって来てくれたと、心の底から喜び、兎歌を抱きしめた。
「お帰り! 本当によかった!」
「コノブちゃん……うん! ありがとう!」
「──兎歌、お帰りなさい」
「酉子ちゃん!」
そして、風紀委員として活動する中で、傍に寄り添って支えてくれた友達、『
「いつのまーに……」
そんな数日間行方知れずであったのにも関わらず、何食わぬ顔で混ざっていた酉子に、コノブは本当に自由な奴だと呆れる。
「いままでごめんね」
「ううん、兎歌のためならなんだってやるのでぢうっ!? ……ふふっ!」
大切な友達、酉子の表の顔しか知らない兎歌は感謝と共に彼女を強く抱きしめる。そのさい腫れこそ引いたが、完治していない満身創痍の体は圧迫されたことで激痛が走る。しかし酉子は兎歌から得られた痛みだとして、即座に快楽へと変化させた。
「ほんと、探しても見つからなかったけど、どこに行ってたんだろ」
「……気にしない方がいいわ」
兎歌が来れば自ずと現われると酉子に対して諦め混じりに、こういう奴だとコノブが思うなか、ハルナはプールでの月世との会話を思いだしていた。
──ご安心ください。わたくしは現在の中等部に何かするつもりはありません……“わたくしは”ですが。
「──様子を見るしか無いわね」
酉子の件は、短絡的に触れてはいけないほどの何かがあると、ハルナは経験から感じ取る。ただ兎歌に接触している間は、問題行動を起こさないことを知っているため、意識を亜寅たちの方へと切り替える。
「……おせーっすよ、サボり魔」
「ぐっ、うるせぇ! 代わりに片付けは三倍働いてやるよ!」
「はいはい、丑錬と一緒にこき使ってやるから、ライブ中に逃げるのは無しっすよ」
「え? わたしもぅ?」
頭にタオルを巻いている『
「……ほんとおせーんっすよ」
「……悪かった」
「今度から勝手に決めんな。現場仕事でもそういう奴が一番迷惑っす」
ハルナ先輩の言う通りに積もる話は後にしようと思っていたのに、つい苦言が零れてしまうのは、亜寅たちがグループを移動するとなった際、裏切られたという気持ちが強かったからだ。
「分かった、今度からひとりで考えすぎないようにする」
「……分かればいいっす……亜寅、その見た目かっけーすよ」
だけど不思議と、きちんと対面したら苛ついていた心は安堵が勝り落ち着いてくると、初めての体験に感情を持て余してしまい群花は思ったことを、そのまま口に出してしまう。
「……だろ?」
──本当についさっきまで、己の愚かさを表わすコンプレックスとなっていた『キメラ』の体が、友達に褒められて悪くない気分になった。
「──みんな、ここまでわたくしのライブを見てくれてありがとうございます! 少しの間だけど楽しかった!」
LUNAのライブが終わりを迎える。やっぱり起きたトラブルとは、兎歌たちに関係していることかと、ハルナは気付くが何も言わなかった。
「「「LUNAせんぱーい!!!」」」
「あー、変に緊張して疲れたわ。とんだサプライズよ」
「ですが結構楽しかったな」
「う、ん」
東海道ペガサスたちは最後まで盛り上がり、そして『アイアンホース』たちもまた、気疲れを見せつつも初めて見るアイドルライブというものを楽しめたようだった。
「……そろそろっすかね」
「ああ、そうだな」
──言いたいことはお互いに沢山ある、だけどそういうのは後だとして亜寅たちは、ステージの方へと目を向けた。
「……兎歌」
「申姫先輩……」
「これを貴女に」
「こ、これは!」
とりあえず正気を取り戻した申姫は予備の輝くサイリウムを兎歌に渡す。実際に見るのは初めてだが、前時代のアニメを見てこの光る棒がアイドルを応援するものだと知っている。
「一緒に応援しよう」
「はい!!」
もう言葉は不要だと兎歌と申姫は横に並び、ステージの方へと向いた。後は自分たちが大好きな先輩の登場を待ち構えるのみ。その様子をハルナは呆れた様子で見つめた。
「ほんとにもう……仕方ないんだから」
ほんの少し前までの空気が嘘だったかのように、『勉強会』九名のペガサスが、またこうやって同じ場所へと集まれた。解決していないものは多岐にわたるけど、ハルナはライブの時だけは何も考えずに楽しむものだと、この時ばかりは考えるのを止めた。
「さて、わたくしのステージはここまでとなります──そして、これからは彼女のステージを、心ゆくまで楽しんでください!」
──LUNAがステージ左側へと消えていくと、それに完璧に合わせる形で反対側から、もうひとりのアイドルが現われた。
ステージの中央に立ち、両手でマイクを握りしめる。緊張から一度深呼吸を挟んだあと、満面の笑みを魅せた。
「──みんな待たせてごめんね! アイドルのENAだよ!」
「せんぱーい!」
「ENAせんぱいー!」
東海道ペガサスたちにとって、やさしいもうひとりの高等部三年先輩でもあるアイドルの登場に、
「なんだか様になっているわね、お友達よりも似合ってるんじゃない?」
「よくは分かりませんが、似合うというのは同意だ」
「んー、いけー」
変に気を張ることなく見られるとして『アイアンホース』たちは寛ぎながらも、ENAの事を楽しそうに見ていた。
「ENA~」
「せーんぱーい!」
「ENA先輩、がんばってくれー!」
そして『勉強会』の中等部ペガサスたちは、待ってましたとサイリウムを振るったり、激励をしたりと、それぞれの方法でENAを応援する。
「──色んなことが初めてで、とても緊張しています。だから月世……じゃなくてLUNAのように上手くできるか分からないけど、みんなに楽しんでもらえるように精一杯頑張るから、私のステージを最後まで楽しんでいってね!!」
「「「「「わーーー!!」」」」」
LUNAによって場の空気が暖まっていたというのもあるだろう、最初からクライマックスと言わんばかりに会場のテンションは最高潮であった。
──そんな中で、兎歌は静かにENAの事を見つめていた。いま声を上げれば何かが込み上げて来そうだったから。
「それでは聞いてください──『アイを見つめて』」
タイトルコールと共に最初の曲が流れてきた。ゆったりめのポップミュージックであるが、兎歌の心は落ち着くどころか、感情のボルテージが上昇していく。
──『喜渡愛奈』は確かに実在する。上代兎歌の先輩ペガサスとして。しかし、はたして自分が好きになったその人であっただろうかという疑念が付き纏っていた。
東京地区の電子雑誌で見た『喜渡愛奈』は、本人情報を元に生成された寸分違わないAIが生み出した虚像であった。だから大規模侵攻のあと弱り切った兎歌は、本人に出会ったとき“違う”という気持ちになり、好きじゃなくなっているかもしれないと思って、怖くて会いに行けなかった。
──そんな恐怖は、元から無かったかのように消え去った。わたしの
「──ENA先輩……ENAせんぱーーい!!!」
兎歌は涙を溢れさせて、心の底から叫んだ。それは歌っているENAへと届き、目を合わせて微笑んでくれた。
「ENAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「うわ、びっくりした!?」
兎歌に続いて申姫も叫んだ。親友の聞いた事のない声量にびっくりしたハルナが様子を見ると、顔面の表情筋は相変わらず死んでいて無表情であるが、瞼から滝のように涙を流しており、サイリウムを勢いよく振り回していた。
「ちょっと申姫っ! ちゃんと周りを見て振り回しなさい!」
「いや、言うことそれでいいのか?」
申姫の目と耳はENAに全神経集中しており、いっさい声が届いていなかった。これは後で叱らないといけないわねと、ハルナは決意する。
『──だ、か、ら、私はアイが欲しいの〜♫』
「「私のアイを全部あげるよ、ENAせんぱーい~~!!」」
「……兎歌ちゃんと申姫先輩、なんでいま被ったんですか?」
「気にしないでおきなさい、ファンとはそういうものよ」
どうしてか初めて聞くはずのサビなのに合いの手が丸被りするという謎の奇跡が起こる。それに対してハルナは頑張って準備したかいがあったわーと嬉しく思うことにした。
『どうか私の──アイを見つけて♫』
「もう見つかってますーーー!!」
「ENA~~! 私のアイを受け取ってーーー!!」
全力で楽しむ兎歌と申姫に、『勉強会』の面々はライブに集中できないと思いつつも、今日ばかりは仕方ないかと苦笑して、ふたりの事を受け入れた。
+++
──それからENAトークを挟みながら色んな種類の曲を歌い。アンコールではLUNAと共にデュエットをするなど、予定に無かったことも行ない、主に二名のペガサスたちに惜しまれるなかライブは幕を下ろした。
「──その、全然まわりを見ていなくて……大変ご迷惑をおかけしました」
兎歌はテンションが極まってしまい、ステージ間近へと突撃『東海道ペガサス』の子たちに混ざって大声を上げて、サイリウムをぶんまわして、アンコール時にはもう、なんかほんと思い出すだけで悶えるぐらいなことをしたと真白い肌を真っ赤に染めていた。
不幸中の幸いは東海道ペガサスたちが、そんな暴走した自分のノリに乗ってくれた事であるが、普通の感性持ちな兎歌にとって、妹よりも小さな子たちよりはしゃいでいた自分を振り返るのは、中々に堪えた。
ちなみに同じぐらいはしゃいでいた先輩である申姫はライブが終わってから感極まりすぎて、ずっと天井を見ている状態で時が止まっていた。
「……兎歌、良かったなって言いたいんだけどさ。これから謝らないと行けないのに、お前のテンションのぶち上がり具合に、感情の切り替えができなくて、どうしていいのか分からんのだが?」
「ううううっ……!!」
耳元で囁かれた亜寅の抗議に、兎歌はさらに耳まで真っ赤にする。ライブが終わったあと、亜寅たちは『勉強会』のみんなに色々と迷惑を掛けたことを謝罪する予定だったのだが、兎歌たちの衝撃が全然抜けきっておらず、タイミングの切り替え時を見失い困っていた。
「あー、そのだ……なんか空気読めない感じで悪いんだけど話を聞いてくれ」
「──別にいいよ」
でもケジメは付けないといけない、亜寅は意を決して、今までの事を謝ろうとした時、ずっと天井を見ていた申姫が、先んじて“許す”と言い放った。
「申姫先輩……でも先輩は……」
申姫は、大規模侵攻のさいに亜寅たちを探索しに行ったところ、『ゴルゴン』によって“卒業”しかけた。それを知っている群花が、本当に良いのかと問い掛ける。
「私は特に気にしてないから。それに猫都グループの子たちを『勉強会』に来るように言ったの、亜寅なんでしょ?」
「え?」
猫都グループの『ペガサス』の十何名かはグループ崩壊後、『勉強会』の居る地点まで避難していき、迫り来る『プレデター』の群れ相手に共闘した。逃げてきた『ペガサス』たちにとっては不幸に見舞われた話であるが、おかげで叢雲のペガサスとギアルスが来るまで、『勉強会』は安全に戦うことができた。
「そうだったの?」
「いや、あの時のこと、あんま覚えてなくて……」
あの時は必死で、それでカマキリ型プレデターの奇襲で“卒業”しかけた事によって印象強く残っていたため、記憶が朧気になっていた。
当時、『プレデター』の群れが迫っている事もあり、猫都グループたちがほぼ反対側の地点に居る『勉強会』の元へと何故やってきたのか、その事情を聞きそびれていた。それは申姫も同じであり、実際に状況から予想した推測でしかないが、確信的に断言する。
「……亜寅、ずっと、こっちに逃げろって言ってたよぅ?」
「……それって、お前に言っていたやつじゃないのか?」
それを傍で見ていた丑錬の言葉で、亜寅は思い出す。ただそれは『勉強会』に合流させるために言っていたのではなく、パニックを起こしている丑錬を誘導するために叫んでいたもので、それを他の『ペガサス』たちが偶然にも聞いていた。というのが事の真相である。
「そのおかげで、ハルナたち皆とても助かったから、亜寅、ありがとう」
「私からもお礼を言うわ。おかげで沢山の『ペガサス』たちが生き残る事ができたし、大規模侵攻が終わった後、私たちが中等部で上手くやっていけているのも、それがあったからよ」
「い、いやいや、あれは……」
確かに結果的に当初の予定通り、猫都グループの『ペガサス』たちを『勉強会』に合流させる事には成功したが、生じた災害から逃げるときの偶然を誇れるわけがなかった。そもそも『勉強会』が孤立したのは、自分の勝手な事が原因であるため、褒められるのは絶対に違うと亜寅は否定しようとするが、その前に群花がよろけるぐらいの力で小突いてきた。
「って!? なにすんだよ群花!?」
「お前、それを早く言えよ……亜寅、サンクっす」
「はぁ!? んな勝手な!」
群花を初めとして、同級生たちもまたお礼を言う。そのさいにきっちりと丑錬にも礼を言うあたり、彼女たちの性格の良さが出ている。
「……ああもう! どういたしまして!」
そんな先輩と後輩たちの優しさを否定できる立場ではないと、亜寅は考えるのを止めて、ヤケクソ気味にお礼を受け取った。
「うぅん、良いのかなぁ」
「受け入れるしかねぇよ、……敵わねぇな」
気まずそうにする丑錬に諦め気味に受け入れるように言いながら、なんとなくこれが自分と丑錬を、また『勉強会』の輪に入れるようにするための先輩たちの気遣いではないかと思い当たるが、口にはしなかった。
「あ、あのじゃあ、今度はわたしなんですけど……」
「……いやぁ、もういいんじゃない?」
「えー!?」
みんなに秘密にしていたこと、風紀委員になって意固地に拒絶してしまっていたことを謝罪する番だと手を上げると、ハルナからあんまりな発言をされる。友達たちを見れば同意するように首を縦に振っており唖然とするしかない。
「ど、どうして? 皆に大事なこと隠し事して……大規模侵攻の時だって……!」
「だってねぇ?」
「うん、そうですよね」
アルテミス女学園高等部の秘密。その重さを分からないものは『勉強会』におらず、それで誰が一番苦しんでいたかを、みんなが間近で見ていた。風紀委員だって、その事で気に病んだ結果であるのは目に見えており、こうやって歓迎会に来てライブを楽しんでくれたのなら、お終いにしてもいい話であった。
──上代兎歌が優しい『ペガサス』であるのは誰もが承知している事だから。
なので兎歌に思うところがあるとすれば気づけなかった。助けになれなかったなど罪悪感や引け目の感情のほうが強いというのもあった。
「いちおう聞くけど、申姫はどう思っているの?」
「亜寅と一緒、別にいいよ。あれは私の判断ミスだったし」
「亜寅は?」
「あー、言いたい事はもう言ったので……」
「それじゃ、最後は丑錬ね」
丑錬は、兎歌の前に出ると深々と腰を曲げた。
「ずっと酷いこと言ってごめんねぇ……」
「丑錬ちゃん!? 違うよ! 謝らないといけないのはわたしのほう、苦しんでいるの分かっていたのに、なにもしなかった……本当にごめんね!」
お互いが謝り合う状況となり、『勉強会』の面々はやっぱりこうなったと思った。お互い許してもらうまで腰を曲げ続けてそうだと、亜寅が近づく。
「だから言ったろ兎歌、難しく考えすぎなんだよ」
「……やっぱり、それ卑怯だよ」
「亜寅の言う通りよ、大規模侵攻で経験したものは、“どうしたって心に残るわ”……でも、だからといって全部背負わなくてもいいのよ」
「……っ」
──ハルナ先輩の言葉が、不思議なほどストンと腑に落ちて、兎歌はライブの時とは違う感情がこもった涙が出そうになった。
「それに歓迎会最後のイベントは今からよ、現実の話は明日にして、今日はとことん楽しみなさい!」
「最後……ですか?」
「そっ、これからアイドルENAのグッズ配付よ」
兎歌は、ここで高等部ペガサスたちによってステージ下に長机が並べられている事に気付き、その上には雑誌や缶バッチなどのアイテムが並べられており、それらがアイドルグッズというものだと自然と気付いた。
「──みんなー! おまたせー」
そう言いながら現われたのは可辰から返してもらった法被と鉢巻を装着したアスクヒドラと、彼に抱き上げられて、手を振るうENAであった。
アスクは、後ろに居てくれると安心するからと愛奈に頼まれて、ステージ裏でずっと腕を組んで直立不動の体勢でライブを見ていた。ときおり首を何度も頷かせている姿に誰かが、ぼそりと、これが本当の後方彼氏面と呟いたとかいないとか。
「今日のライブ楽しかったー!?」
「「「楽しかったー!」」」
「楽しかった、毎日ライブしてENAAAAせんぱーい!!」
またスイッチが入って、ハイテンションになる申姫であったが、もうみんな気にしなくなっていた。
「ちょっと恥ずかしいんですけど、これからENAのグッズを、みんなに一個ずつ配付するので欲しかったら私の前に並んでね! ……あ、それと良かったら私と握手してね!」
「ENAの手渡し……グッズ……握手会!」
「こらっ! 東海道の子たちが先よ、申姫ステイ! ──くっ、やっぱり力強いわね。ちょっと丑錬、力を貸しなさい!」
「えぇ、うぅん……」
開幕ダッシュで先頭に並ぼうとした申姫を、ハルナが腰に抱きつくも止められず。予想通りだとして、この中で一番力がある丑錬に助力を求める。なお何食わぬ顔で一番手がLUNAだったのは誰も見なかった事にする。
「おー、あの状態の申姫先輩を止めたっす。丑錬ほんと力はめっちゃあるっすね」
「まあな、頑丈な扉をハンマーでぶち破られた時は、マジ怖かった」
「えっ、なにがあーったの!?」
「話せば長くて、えっとその……付与した『
そういえばと、壊した扉のことを思い出した亜寅と可辰は顔を青くし、事情を知らないコノブと群花が首を傾げる。そんな『勉強会』の仲間たちのやりとりを見ながら、兎歌は笑った。
「あれ? 兎歌ちゃんは行かないんですか?」
「……うん、わたしは皆と一緒に行きたいかな」
「良い提案ね。ほら申姫、後輩のお願いを聞いて上げなさいよ!」
「…………分かった」
ハルナが東海道ペガサスの子たちに配るのが先と言っていたのもあるし、ひとり一個あるなら焦る必要はないと感じていた。それにこうやってみんなの輪の中に居たかった。
──そうして、『勉強会』みんなで大好きな愛奈先輩に感謝を伝えたかった。
「……ねぇ、酉子ちゃん」
「どうしたの兎歌?」
「わたし、いまとっても幸せ!」
「──うん、よかった」
常日頃、自分が幸せになることを願ってくれている友達に感謝を送ると、彼女は心から良かったと微笑んだ。その瞳の奥に有るものに気付かないのもまた幸運なのだろう。
「はぁ、そういえば何か色々あって腹減ったな」
「可辰的にも、なにも食べていないのでお腹が鳴りそうです」
「ピザとかフライドポテトとか結構あったけど、なーにも残ってないね」
「そういや、なんかアホみたいに飯食ってた先輩居たっす」
「こら、先輩をアホとか言わないの」
「もうなにも無いのぅ?」
「……兎歌、この後なにか作ってくれない?」
「久しぶりに兎歌のご飯食べたいの」
──久しぶりに兎歌の料理が食べたいと、みんなが賛同する中で、兎歌は最近ちゃんと買い物してなかったから、冷蔵庫には調味料と、保存が効くレトルト品しか置いていなかったなと後悔する。
「──うん、簡単なものでいいなら」
それでも、兎歌は久しぶりに料理が作りたいと笑って頷いた。
+++
──それから、上代兎歌は風紀委員の活動を辞めなかった。黒い上着を着て、中等部でのトラブルがあれば駆けつけて、仲裁を行なっている。
この行ないが、今後とも高等部ペガサスたちのためになり、また中等部ペガサスたちの悩みに少しでも力になれるなら辞めるという選択肢は無かった。
「あ、兎歌さん。こんにちは」
「こんにちは」
「この間はありがとうございます。おかげでグループ間での誤解が解けました」
「皆がちゃんと話し合ったからこそだよ」
風紀員として活動するときは厳格な態度なのは変わらず、だけど無理はしていない。自分には傍に居てくれる友達が、先輩がたくさん居るのだから、もうひとりで頑張ろうと思わなかった。
――夜闇を進む兎は、煌めく月光が常に見守ってくれていることを知ったのだから。
「──兎歌様! こんにちわでございます!」
「お困りのような事があれば、いつでもお呼びください!!」
「う、うん、ありがとう」
──なお、やけに従順となった中等部先輩二名の対応にしばらく困る事となる。
――――――――――
( ー)<はぁ……ENAロスが続きますねぇ。次のライブは何時ですか?
04<三日間日中夜流石鬱陶。
( ー)<我謝罪金輪際言止
( Ⅲ)<漢字限定会話何故?
02<否定→識別番号04が余りにもイラッとしすぎて言語機能にバグが発生しただけでありアスクの場合は何時ものことである。
( Ⅲ)<分かりました。
( ー)<みんなが俺のこと分かってくれ嬉しいよ……。
( ー)<それでゼロツー。ミステリー調査は順調?
02<肯定→自身が特定の海域から出られない理由は不明であるが原因となるものは推理できた。
02<真実→海底に自身を縛っていた何かが存在する。
――――――――――
後書き
これにてイベント回は終わりとなります。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
3章更新までお待ちになってくれると幸いです。
ハーメルンでは、頂いたイラストなどがあり、また次章投稿の際には先行公開するので、よろしければ、そちらも覗いてください。
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