アイドル・ドリーム・ステージ 10


「──それでなにがあったんだ? 兎歌が危ないって、いま『街林』にいる事と関係してるのか?」

「それが、独立種の居る『街林』に向かった中等部の先輩を兎歌ちゃんが探しに行ったんです」

「はぁ? ひとりでか?」

「い、一応、アスクさんに付いていってもらえるようにお願いしたので、ふたり……です」

「余計にヤバイわ! あのバカヤロウ!」


 独立種は、従来に比べて強化されているだけではなく、〈固有性質スペシャル〉も備わっている事から、絶対にひとりで戦うなと愛奈先輩から何度も言われていただろと、それに自分たちの活性化率を下げられるアスクも一緒だという事に、亜寅は事態が思ったよりもヤバイのだと痛感する。


「それで、兎歌はいま何処に?」

「その……分かりません……」

「通信機のチャンネルは『勉強会』のやつで ……まさか通信機も持って行かなかったのか?」

「……はいっ! 本当に急だったので……!」

「……マジかよ」


『街林』のどこに居るのか分からないのは予想も付いたが、まさかの通信機すら持って行かなかったことには頭を抱える。


街林がいりん』は、とても広く、探すだけでどれだけの時間が掛かるか分からない。それに潜んでいる『プレデター』に襲われて二重被害になる可能性だってある。はっきり言って、自分たちで探すのはかなり無謀だ。


「……あ、亜寅、いまどうして兎歌ちゃんが『街林がいりん』に居るって分かったのぅ?」

「あ? そりゃ……ん?」


 丑錬の問い掛けに、亜寅は最初なにを言っているのか分からず首を傾げた。そうして自分の言動を振り返り気付く、そういえば可辰から事情を聞く前に、自分は兎歌が『街林』に居ると確信していたと。


「──なん、だこれは……?」

「亜寅ちゃん?」


 自分の不可思議な感覚に気付くと、頭の奥底に何か引っかかるものがあるのを自覚する。それはノイズのようで複数の声のようにも、あるいは文字の羅列のような理解できないものであった。


「痛って!?」

「だいじょうぶですか!?」


 その声を拾おうと集中すると、針が刺さったかのような頭痛が発生し、強制的に中断させられるが、頭の中に、とある情報が入り込んだ。


「……『街林』に兎歌とアスクが居て……なんだ? 『プレデター』と戦っているのか……?」

「え? え??」


 どうしてか、亜寅の脳内に、レーダーマップのような表示にて兎歌たちの現状が浮かんだ。確信的にそれが妄想の類いではなく、現在進行形で起きているものだと亜寅は受け入れる。


「くそっ、まじでヤバイ!」


 兎歌たちは『プレデター』に囲まれており、本当に窮地だった。どうするか思考を回転させる。兎歌たちを囲んでいる『プレデター』の中に独立種が居るのだとしたら、いくら鋭い爪を持っていたとしても、何も考えずに自分が助けに行けば邪魔になりかねない。だったら他の方法を考えるべきだ。


 ──その端で浮かぶ、大規模侵攻でのトラウマ。それだけじゃない、今まで自分がやってきてから回った結果全てが、フラッシュバックのように頭を過る。


「──ああもう、めんどくさいんだよ!!」


 亜寅は一瞬の合閒に考えられるだけ考えて、考えすぎている自分に気付いて怒声を上げた。丑錬と可辰が何事だと驚く。


「何もしなくても状況が悪化するなら、動くしかねぇだろ!」


 ──自分は考えると同時に行動してきたんだと、それが自分なんだと、亜寅はヤケクソ気味に余計な思考を全部、頭の片隅に放り込んだ。


「丑錬、可辰、ワタシは行くぜ!」

「な、なにが起きたかは分かりませんが、分かりました! 兎歌ちゃんを助けに行きましょう!」

「いや、行くのは兎歌のところじゃない、ワタシたちが行っても逆に状況を悪化させるだけな気がする」

「えぇ? じゃあどこ?」


 亜寅は当然の如く、もう腹は据わったと行き先を口にする。それは本末転倒でありながら、全くもって当然の意見であった。


「──先輩たちに助けて貰うんだよ」


 +++


 ──そうして、亜寅たちは可辰の案内によって歓迎会のステージ裏へと移動した。


 亜寅は、緊張が絡みつく足取りで機材が置かれた道を真っ直ぐ進み、目的の『ペガサス』の前へと辿り着く。


「──来てくれたんだね」


 大規模侵攻後、自分を心配して時間が空いている時、何度も訪れてきてくれた。それを拒絶してきた自分が、いまさら、どの面下げて会えばいいのかと。でも、今にも嬉しくて泣きそうな『喜渡きわたり愛奈えな』先輩の顔を見て、そんな不安は直ぐに吹き飛んだ。


 愛奈は、アルテミス女学園高等部の制服ではなく、装飾の多いアイドル衣装。誰の意向か、可愛さを出しながらも、美人系の愛奈の魅力に合わせた黒を基準に、右肩から心臓あたりまでなぞる黄色のグラデーションは気品を強調し、まるで夜に佇む月をイメージしているかのようだった。


「──ぐっ……先輩たちにお願いがあって来ました!」


 ──今はアイドルENAである先輩が、いつものように慈愛の微笑みで自分を受け入れてくれた。本当になにをしていたんだ自分はと涙が出そうになるが、今はそんな暇はないと、亜寅は自分が来た事情を説明した。


「大変! 早く助けに行かないと!」


 兎歌とアスクの現状を聞いて、真っ先に声を上げたのは裏方として傍に立っていた、高等部二年『篠木ささき咲也さや』であった。


「ライブは中止! 今すぐ兎歌たちを全員で探しに行くわよっ!」

「あ、あの、それはその……ステージは続けて欲しくて……」

「ふざけないで!? アスクと兎歌が危険なんでしょ!? 死んだらどうするのよ!」


 咲也に怒鳴られて、可辰は萎縮してしまい後を続けられなくなる。先輩の言うことのほうが絶対に正しい。だけど自分の所為で、折角のライブが中止になってしまったら、友達はどれだけショックを受けるのか、できれば違う方法を考えてほしかった。


「……ライブと歓迎会を中止にする必要は無いと思ってます!」

「貴女まで何を言っているの!?」

「する必要が無いっていうか……居場所は分かっているんです。だから別にライブを中止しなくても、何人かでいいんで付いてきてください!」


 どうするかと顔を真っ青にしている可辰に、亜寅は最初に自分の所に来た理由を察して、友達のフォローに回る。亜寅もまた、命だけ救われても幸せになれない人生を送ってきたからこその同感であった。


「だからって……!」

「──咲也、いい」


 なにかあったら“卒業”するんだ。自分たちの全てが台無しになるんだ、なのにどうして甘えた事を言っているのかと、『幻聴妖精』に罵倒されながらももの申す咲也を、同じく傍で聞いていた、高等部二年のリーダー格である『土峰つちみね真嘉まか』が静止させる。


「……事情は分かった、ライブは中止しなくていい、俺たち手が空いている二年で行く」

「でも真嘉!」

「居場所が分かってるなら、大勢で行ったって仕方ないだろ」

「それは……そうだけど……」

「──真嘉、とても素晴らしい対応案をもらって申し訳ありませんが──」


 過剰でも何でも命を最優先にするべきだと咲也の思いは覆らないが、真嘉が決定したことだと意見を引っ込める。これなら本当にライブを中止せずに兎歌のことを助けに行けると喜ぶ亜寅たちに、待ったの声が入った。


「月世?」

「──助けに行くのは愛奈。貴女ですよ」


 そう言われると共に愛奈は、親友である『久佐薙くさなぎ月世つくよ』から【械刃製第三世代ALIS・弓】と矢筒を渡される。


「え? でも……って、その恰好、どうしたの月世!?」


 愛奈は、戸惑い気味に親友を見て初めて、いつもの制服姿でない事に気付く。自分とはデザインこそ違うが彼女もまたアイドル衣装を着ていた。


「アイドルENAのピンチに駆けつけた、アイドルのLUNAです。以後お見知りおきを」


 どういうことだと、周りを見れば本当に知らなかったのか大口を開けて固まっている真嘉や『蝶番ちょうつがい野花のはな』を除いて、ここにいるアルテミス女学園高等部ペガサス、全員がアイドルLUNAの誕生に関わっているようだった。


 ──大変だった。ふたり分と単純に考えても急に二倍になった仕事量且つ、統括プロデューサーも含めて中等部ペガサスに内緒で進めなければならない緊張感。この数日の修羅場具合を思いだして、巻き込まれた全員が遠い目をする。


「こんな事もあろうかと、こっそり準備していました」

「こんな事もって……」

「愛奈、兎歌は貴女の後輩です。だから貴女が行くべきなんです」

「……いいの?」


 愛奈は、兎歌とアスクが危険だと知らされて、本当は真っ先に助けに行きたかった。だけど、自分がアイドルとしてステージに立つこともまた、後輩たちの真摯な願いである事が分かるからこそ、大切なものたちの狭間で揺らいでしまっていた。


 そんな親友を、月世はいつものように、楽しそうに背中を押す。


「ええ、ですがその代わり――」


 月世は、いつも愛奈の茶色の髪を縛っているリボンを掴むと、丁寧に解いた。解放された髪は癖が着くことなく、ふんわりと広がった。月世以外にも中等部時代の愛奈を知っている『ペガサス』が、懐かしさを感じる。


「――貴女だけのライブを、わたくしに見せてください」

「……分かったよ! 亜寅、案内して!」

「お、おう!」

「可辰と丑錬はここに残って、必ず兎歌たちを連れて戻ってくるから!」

「う、うん……」

「わ、分かりました! 愛奈先輩、亜寅ちゃん、ふたりに『加護チート』がありますように!!」


 外へと出て行く亜寅と愛奈を見送った月世は手を叩いて、視線を集める。


「そういうわけですので、よろしくおねがいしますね」


 ──なに言ってもダメなんだろうなと、アルテミス女学園高等部ペガサスたちは、各々が諦め気味に機械の設定などをアイドルLUNAのものへと切り替えていく。


「……どうしても愛奈だけの舞台を見たかったので、だから代わりと言ってはなんですが、わたくしとご一緒に出てくださいね、徳花なるか


 月世はリボンを通して、もういない同級生の徳花なるかに言葉を贈る。


 徳花はお洒落を趣味としたギャル系ペガサスだった。自他問わず可愛くなることに熱意を持ち、愛奈の誕生日プレゼントに、髪を結ぶ白いリボンを贈った。


 もうオリジナルは戦いの最中で無くなってしまったが、それ以降、愛奈は同じ色のリボンを買って髪を結んでいる。


 ──だから月世は、愛奈の身長、体重、スリーサイズの合計値、髪の長さまで合わせられるものは全て合わせている中で、同じように髪を結ぶことだけはしなかった。何故なら、このリボンは徳花のものであって、愛奈ではないからだ。


「わたくしも随分変わりましたね」


 一時は邪魔とすら感じた白いリボンを受け入れるかのように、己の艶やかな黒髪に結んで、ポニーテールを作る。


「──では、アイドルとして──しっかりライブを成功させなきゃね! みんな準備はいいかな!?」


 ──誰ぇ? 一瞬でアイドルLUNAへと切り替わったアレな先輩に戸惑いつつ、アルテミス女学園高等部ペガサスたちは開演の準備に入った。


 +++


 ──会場を出た愛奈は先に亜寅を行かせて、その後ろを遅れて付いていった。そうしてアスクと兎歌が視界に入り込んだとき、どうなっているのかを知るために広い視野で見渡したいと、近くの廃ビルから跳んで合流した。


「──兎歌、アスク、無事!?」

「は、はい……でも、どうして、ライブは!?」

「月世が代わりにライブに出てくれたの」

「そうなんですね月世先輩が……月世先輩が!?」


 もしかしてライブを中止にしてまで、自分を探しに来てくれたのかと思ったが、まさかの月世が代打アイドルとして、ステージに出てくれていると知り、兎歌は思わず二度驚いてしまう。


「うん、だから兎歌──学園に戻ったら私のライブを見て!」

「……はい!」


 ぱあっと花が開くような笑顔で深く頷くと、愛奈は嬉しい顔を引っ込めて、キリッとした表情で矢を番える。


「其処だよ」


 愛奈はなにもない空間に向かって矢を放った。すると飛来先にカマキリ型独立種が姿を現わして跳躍、ホッピング機動にて矢を回避する。


「──アスク! ふたりを守ってっ!」


 お返しと言わんばかりに、カマキリ型プレデターが計四本の鎌を投擲。回転しながら向かってくる鎌に愛奈は冷静に身を屈めて、その場を動く事無く避ける。アスクは兎歌たちに当たらないように己の身を盾にするが、こちらには飛んでこなかった。


「私を狙っているみたい、良かった」


 カマキリ型独立種は、愛奈をこの場で最も脅威だと認識したのか、彼女にターゲットを絞っている。これが識別番号04であったのならば逃げに徹していたであろうが、相手は『ペガサス』。『プレデター』として送られてくる絶対命令に逆らえず、愛奈を抹殺する事がなによりも最優先であると、カマキリ型プレデターは再び姿を消した。


「偽物作ったり、透明になったり自由過ぎるだろ!?」

「うん、それに音とかも消せるし、逆にたくさんの偽物を作れる」

「最悪じゃねぇか! もしも逃げ出して隠れられたらやべぇ!」


 亜寅は、カマキリ型独立種が最悪の暗殺者であることに、瞬時に気がつき顔を青ざめさせる。


「兎歌」

「は、はい!」

「私が放った矢に〈魔眼〉を当てられる?」


 愛奈は自分であれば透明化は対処できる。だけど相手は、こちら側の攻撃に対して、先ずは回避を優先してくると考え、となれば【械刃製第三世代ALIS・弓】の弦から出せる射出速度と連射力では、カマキリ型独立種の機動能力に追いつけないと判断する。


 大規模侵攻のさいに壊れてしまった自分の愛機【ルピナス】であれば仕込み矢を用いて、素早い二の矢でトドメを刺すことが出来るが、量産された弓型ALISに、そんな機能は無く、ならと、愛奈は即座に兎歌に力を貸してほしいとお願いする。


「……はい、任せてください!」

「じゃあ行くよ──〈隙瞳げきどう〉」


 射撃に必要な情報を感覚的に得る魔眼。矢を番えて弦を引く、すると愛奈は、何処に、どうすれば、どうやって、何に当たるのかを感覚として全て理解するが、カマキリ型独立種の情報だけは入ってこなかった。


「──“見えていないけど”、分かるよ」


 隠蔽の〈固有性質スペシャル〉は、〈隙瞳げきどう〉の視界すらも掻い潜る。しかし、それならばと愛奈はこの矢を放ったさい、最終的な到達地点がどこか、其処にきちんと届くかどうかだけ分かるように情報を絞った。


 するとどうだろう、視界では矢の進行を妨げる障害物が存在してない空間なのに、矢が其処を通った場合、最終到達地点に“届かない”という結果が導き出される。


「──兎歌っ!」


 引き絞られた弦から放たれた矢を、兎歌は輝く瞳で見つめた。


「おねがい──〈凶射きょうしゃ〉!」


 兎歌の魔眼により運動エネルギーを追加された矢は、不自然に加速し、回避挙動をとっていたカマキリ型独立種の外殻を砕き、深々と胸元あたりに突き刺さった。


「避けられた!」


 馴染み浅い量産型ALIS故の指先たったコンマ数ミリの僅かな感覚のズレ。透明化を看破するために〈隙瞳げきどう〉の情報を絞ったこと、そしてカマキリ型独立種の生き汚さが合わさり、矢は狙った頭から外れてしまった。


「──うおおおおおおおおおおおおお!」

「亜寅ちゃん!?」


 そんな中、愛奈の報告を聞いた直後、亜寅は走り出していた。


 ──亜寅は考えると同時に体が動く。トドメを刺さなければと思った時点で走り出し、なら前衛で戦える自分しかいないとカマキリ型独立種へと接近する。


 ここに来るまでの道中、恐怖すら感じるほどの加速能力によって生み出される風が体に当たり、自分が『ペガサス』とは違う何かになったんだと実感させてきた。


 だけど不思議と悪い気分にはならなかった。この不可思議な体は結構便利で、自分が求めていた強い力だった。おかげで友達を助けられたと思うと、正直とても気分がいい。


 ──ああほんと、変に考えすぎていたんだな。


「うらああああああああらあああああああ──!!」


 亜寅は力の限り叫び、己の巨大な爪でカマキリ型独立種を切り裂こうとし──三対の鎌に阻まれた。


「あ、やべ!?」

「亜寅!?」


 勢いも完全に殺されてしまい、亜寅は動きが止まる。まさか防御されるとは、どんだけ生き汚いんだよと内心で罵倒していると、自分の背後から長い管が伸びてきて、カマキリ型独立種に噛みついた。


「亜寅、もういちどお願い!」

「……分かったぜ!」


 亜寅が動き出した時点で後ろに着いていったアスクヒドラが、蛇筒を噛ませてカマキリ型独立種の動きを封じる。


 ──解ってる。別に自分がいなくたって、愛奈先輩とアスクが居れば倒せるって、でも今回ばかりは譲って欲しかった。だから言われたとおりに爪を掲げた。


「コレが、ワタシのけじめだ!!」


 ──拘束を抜け出そうと暴れるカマキリ型独立種に向かって、亜寅は生物の絶対たる急所の頭を引き裂いた。


「うおっ!? まだ動くんかよ!?」


 頭が無くなってもなお停まらないカマキリ型独立種に亜寅はビビる。半ば無意識に尻尾の先端を突き立てて、様子を見守っていると次第に動かなくなっていき、ついに液体化して、最悪の暗殺者は跡形も無く溶けて無くなってしまった。


「……終わったの?」


 恐怖が過ぎ去ったが、兎歌は実感が湧かず、夢見心地となる。


 ──独立種と戦って、愛奈先輩が助けに来てくれて、そんな都合のいい展開があるだろうか?


「まだ終わっていないよ、兎歌」


 そんな風にぼーっとしてしまっている兎歌に、愛奈が話しかける。


 静かになった草原映える『街林』にて、黒を強調した衣装であるが、月光によって闇に紛れずに存在する姿に、兎歌はなんだかこの世のものとは思えないものを見た気がした。


「……愛奈先輩」

「うん、私はここに居るよ」


 ──どうして自分が言葉にできない気持ちも、この人は分かってくれるのか。感極まるが泣いている場合でも、気を失っているばあいでもないと、ただひとつの事で頭がいっぱいで、この数日間溜め込んでいたものが今にも漏れ出しそうであった。


「みんなで帰ろう、そして私のステージを見て!」

「……はい!」


 ──ワタシ以上に現金な奴だなと、数日前までの湿った雰囲気が嘘であるかのように、明るくなった友達に、亜寅は呆れながらも、誰も“卒業”せずに済んだ、奇跡としかいえない結果に、心から良かったと思った。


 +++


 ──空からアイドルが降ってきて、追い詰められていた兎歌たちは救われた。


 実際の出来事を詳細に描写すると、亜寅のお願いによって、やってきた喜渡愛奈が、苦戦していたカマキリ型独立種を瞬殺した光景を、遠くで見ていた『ペガサス』が居た。


「おー。えなりんさっすがー、ぱねぇ先輩、略してパネセンだ!」


白銀しろがね響生ひびき』は、驚きの声を上げたが、その中身は、とても乾いていた。彼女は単眼の仮面を被っており、『叢雲のペガサス』として、ここに居ることが分かる。


 なにせ、響生は兎歌とアスクが危険でも、一切手を出そうとはしなかった。それは『叢雲』としての先輩命令であったにしても、ただ死にそうだとか、倒せなさそうとか、まるでテレビの先の出来事を見るかのように、非情に見つめていた。


「それにしても、本当に全て上手く行ったね! 大団円ダンダンデンだ!」


 アスクが、本当の意味で命の危機だったら干渉していた。それは命令の範囲にもあったが、もしも“兎歌”が卒業したとしても、響生は死んだぐらいしか思わなかっただろう。しかしながら万事どうにかなると言われたとおりになった事で、響生は兎歌が幸運の象徴と呼ばれる真髄をはっきりと見た気がした。


「おかげで皆助かったよ。酉子とりっと


 だから、心にもない言葉を雁字搦めに紐で縛られて、膝折の姿勢で顔を地面に当てている『玄純酉子』へと送った。


「もう2度と、こんなことしないように! ──でないと、今度はお仕置きだけじゃ済まないから……って、月世ボスが言ってたよ」


 伝言を伝えるも反応は無く、もしかして気絶しちゃったかなと髪を掴んで、顔を上げると、しっかりと自分を睨み付けていたので聞いてはいたみたいで良かったと思う。


 ──酉子の顔は、『ペガサス』の治癒が追いついていないほど、ぼこぼこに腫れ上がっていた。顔だけじゃない全身の骨が響生によって砕かれており、制服の中は悲惨な事になっている。


「ほんと久佐薙っておかしいよね、好きだから虐めるにしても程があるんじゃない?」


 酉子は愛する兎歌を黒に染め上げたいがために、一計を案じた。


 風紀委員に批判的で、兎歌アンチの先輩二名を煽てて、独立種の手によって“卒業”させる。それを兎歌が後から知って、優しい心に傷痕をつけるといったものだ。


 ──だから、独立種の事を語りながら学園の外に出る先輩たちを見た『ペガサス』が居て、その『ペガサス』が後輩にお願いされて兎歌と合流して情報を与えて、可辰との会話によって持ち治した兎歌が、直ぐに『街林』へと探しに行った。さらに、直ぐ近くにアスクが居た。おかげで識別番号04が先輩ペガサスたちを追い立てて、大事に到らなかったのは、全て酉子の計算外であった。


 酉子は慌てた。計画の全てを中止して直ぐに合流しようとした。それを暴行の限りを尽くして止めたのが月世の指示を受けた響生であった。


 退けと殺意を隠さずに殺しに掛かってきた酉子を、逆にたこ殴りにして。

 殺せないと思ったら、逃げに徹しようとしたのを縄でふん縛り。


 ──ぢゆううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!!


 それでも、下唇を強く噛んで血を吹き出させながら、喉が壊れそうなほど甲高い喚き声を上げながら向かおうとしたので、動けなくなるまで全身の骨を砕いた。


 そうこうしている内に亜寅と愛奈がやってきて、カマキリ型独立種は倒されたことで、誰にも知られるわけにはいかないアルテミス女学園ペガサスたちの戦いは幕を下ろした。


「あ、それと酉子とりっと。終わったら歓迎会に参加しなさいって、貴女も愛奈の後輩なんだからって」


 返事はないが伝えることは伝えきったと縄を解くと案外大人しく立ち上がった。ついさっきに比べて目に見えて腫れも引いており、砕いた骨は治ってきているが、痛みはまだあるのにおくびにも出さないのはプライドか、あるいは違うもっと得体のしれない何かによるものか。


「……ちっ」


 酉子は舌打ちひとつだけ残して、その場を後にする。態度こそ、いつも通りであるが体を引き摺っている事を隠し切れていない。なんとなく罵倒しまくってくると思っていただけに、響生は大人しく言われたことに従いそうだなと思った。


 これで反省するかどうかは、響生の管轄外である。彼女はわずかな残滓の中に有る大切なものを守れればいいのだ。


「……さてさて、とてとて」


 先ほどに比べて体に力が入らなくなった響生であるが、まだする事はあった。実はこの場には後二名の『ペガサス』がおり、そちらへとわざとらしい笑顔を向けた。


 ──酉子と同じように縄で雁字搦めに縛られて、声が出ないように口を布で防がれている。


「流石に、このまま帰す訳にはいかないから、まじめんご!」


 どうやらアスクの味方である狼型独立種に追われて、兎歌に擦り付け行為を行なって逃げた、響生にとって後輩ふたりの『ペガサス』たち。彼女たちはカマキリ型独立種の戦闘を見せなかったものの、『叢雲』などの高等部に関する事柄の口止めが必要だ。それに酉子と同じく個人の快楽や主義を優先する性格というならば、何かしらの対策が必要である。


「まあ、貴女たちもお仕置きが必要だってことで~、バツげ────む!」


 脅えて震えている彼女たちに向かって、響生はコミカルに、おちゃらけて、あるいは狂気的なリアクションを取りながら話を進めていく。


 後輩たちはずっと、この仮面で顔を隠す先輩が酉子に何をしていたのか、ずっと見ていた。


「だいじょうぶい! ──冗談って言えるぐらいで済ますからね」

「「~~~~~~~~~~~~~っ!!」」


 ──声にならない悲鳴が『街林』に木霊した。先輩として後輩たちに教育を施す最中。響生は芸人さんがひたすら水責めに遭う番組を思い出していた。


――――――――――


( ー)<エナちゃんが遠くから向かってくるのわかった時はマジほんとさあ……はぁ~、一生推すぅ……。


 04<そうか。それでビビキたちの対応はどうするつもりだ?


( ー)<多分、後でツクヨパイセンから事情聞けると思うから……うん。あっ、そういえばツクヨちゃんがアイドルやってるってマジ!?


( Ⅲ)<マジです、ムツミちゃんやキーちゃんたちとても楽しそうにしてます。


( ー)<……なんだろう見たいって気持ちが、どうにも怖い物とかそういう類いのやつになっちゃうのは。


 02<疑問→先ほどの干渉の正体は『キメラ』のアトラによるもので相違ないか?


( ー)<分からない。けど、いまはとりあえずライブだ! おらおら~、アスクタクシーのお通りだい! もう何人たりとも止められないぜ!


 04<諦めろ、ライブが終了するまで会話にならない。


( Ⅲ)<ふるふるむーん。


( ー)<え? いきなりどうし……まさかツクヨちゃんが言ったの!? マジいまステージどうなってるの!? や、やっぱり俺も見たかったあああああああああ!!!

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