祝通可辰 ce2


 現代日本は、『プレデター』に対抗する人材を確保するために『参人壱徴兵法』という法令が存在する。

 最初の子供を基準に三人のうち一人を、11~13歳の間に男の子なら自衛隊に、女の子は『ペガサス』にしなければならない。

 そのさい国から多額の支援金を得られるなど良いことはある。


 しかし、金になんて代えられるわけがない、私には可辰しかいないんだ。


「──いいからもう帰って!」

「何度も言いますけど、もう上の子が産まれて1周期になります。このままお子さんを『ペガサス』にしなければ、教育支援金も打ち切りますし、これからの病院費用とかも負担して頂くことになります。それに加えて“国防支援税”、“地区支援税”も発生しますよ」

「ふざけないでよ、私たちを殺す気なの!?」

「そんなつもりは有りません。ですが、それがこの国の法律なんです。そう決まっているんです」


 彼ら役人に、可辰を連れて行く権利はない。だけど帰る気もない。

 こいつらは、もう二時間も可辰を『ペガサス』にする事をオススメするといって、玄関先で粘る。

 扉を閉めてもお構いなしに、大声で話してきて、認可書にサインしろと言ってくる。


「──帰って! 帰りなさいよ人殺し!! なにが日本を守る為よ! 可辰をどうしたって殺したいだけでしょ!? 私の娘は体が弱いのよ!!」


 お客さんに聞いた話だと、しつこく『ペガサス』にしようとしてくるのは、ノルマが達成できないとボーナスが貰えないからだという、つまりこいつらは金のために、可辰を『ペガサス』にして殺そうとするクズだ!


「お母さん、言っちゃなんですけどね! お子さん体が弱いなら、なおさら『ペガサス』になった方がいいですよ! その方が健康な体で残りの人生を過ごせます」


 ──年を取って落ち着いた性格が弾けて、若いとき私を支配し続けてきた怒りが蘇る。


「はぁ!? あんた知らないわけじゃないでしょ!!? 『ペガサス』は六年しか生きられないのよ!? それに半年もすれば大体が『プレデター』に殺されるって話でしょ!? そんな危険な場所に自分の娘を行かせろって、気が狂ってるんじゃないの!!?」


 暴言を浴びせると、扉越しの役人の声が聞こえなくなる。帰った様子もない。


「お子さんの容態は知りませんが、これから医療費が自己負担となりますと、今までのように病院で診察したり、お薬をもらうってわけには行きませんよ。いいですか? 貴女がお子さんを殺すことになりますよ? それで本当にいいんですか?」


 ──ふざけるな。おまえたちがこんな意味分からない法律を作ったのが、悪いんでしょうが!


「──帰れ! 二度と来るな!」


 近くにあったグラスをドアに向かって投げつける。割れる音にびびったのか、ようやく役人は帰っていった。


「……ふざけないでよ! 可辰はまともに外すら出歩けないのよ。そんな子が『ペガサス』になって戦えですって!?」


 この世界は狂ってる。どうして親が娘を化け物にして、死地へと向かわせないと行けないのだろうか?

 そうしなければ税金を増やされて、今まで無料だった病院代を払えってふざけるな。

 こんな奴らのために、娘を犠牲になんてさせてたまるものですか。


「──? 可辰? ……か、可辰……?」


 そういえば静かだ。可辰はいまどうしているのだろう?

 大声を上げてしまったので、もしかして驚いてしまっているのかもしれない。

 寝室へと入ると、可辰がうつ伏せで寝ていた。


 いや、喉が詰まったような呼吸を繰り返してぐったりとしていた。


「可辰!?」


 +++


「──症状が悪化してきています。幾つもの合併症が併発しており、一瞬ではありますが何度か心臓が停止しました」


 直ぐに救急車を呼んで、病院へと駈け込んだ。

 あと五分、遅れていたら助からなかったと言われた。

 幸いにも命に別状は無かったが、長年娘を見てくれている医者から告げられたのは夢も希望もないものだった。


「残念ですが、娘さんの命は、もって一年と言ったところです」

「……く、薬。なにか薬はありますか? 手術でも……幾らお金が掛かっても構いません! 必ず払います!!」


 意味が分からない。どうして私の娘の命があと一年だなんて。

 きっと何か方法があるはずだ。お金が掛かるなら死ぬ気で稼ぐ、体を売ったっていい。


「『プレデター』が現われる前の時代の技術や薬ならあるいは……ですが、現代いまの医学では、どうにもなりません……」

「そんなこと言わないでください……なにか方法が、なんでもいいんです、なんでも、いいんです!!」

「…………ひとつ、医学ではありませんが、可辰ちゃんの寿命を引き延ばす方法はあります」


 真っ暗になった世界に光が差し込んだ。

 期待を込めて、医者の話を聞いた。

 そう気がしただけだった。


「『P細胞』を取り入れれば、つまり『ペガサス』になれば、可辰ちゃんは寿命を数年以上延ばすことができます。それに抱えている病気の全てが完治し、元気に生きられるようになるでしょう」


 最初何を言われたのか分からなかった。

 次第に、今日きた役人の、思えば可辰が死にかけた原因と同じ事を言っているのだと分かった。


「──先生も、そんなこと言うんですか?」

「……『P細胞』はあらゆる病気を治療します。いえ、もはやあれは修復と表現する類いのものです。これなら、可辰ちゃんを確実に健常な体にしてくれることでしょう」

「でも、数年しか生きられなくなるんですよ? それに『プレデター』とだって戦わないと行けなくなるんです。そんな怖いこと、娘にさせろって言うんですか?」

「……医者として、はっきりと言います。このまま人として生きたほうが可辰ちゃんは長生きできず、その僅かな時間でさえも地獄のような苦しみの中で生きていくことになります!」


 ──可辰は人間なのに、『ペガサス』よりも長生きできない? どうして、そんな事を言うの?


「それに、このままでは東京地区が負担してくれている医療費も、お母さんが負担する事になります。そうなれば医療費だけでも月々二百万は超えて──」

「もういい!」

「お母さん、落ち着いて考えてください!!」

「けっきょく貴方も、可辰を『ペガサス』にしたいだけじゃない! なに? そうしたら東京からお金でも貰えるの!? もううんざりよ、二度と来ないわ!!」


 私は可辰を連れて病院を出て、家へと帰った。

 途中で医者と看護師が止めに入ってきたが、貴方たちが『プレデター』に殺されたくないから、娘を犠牲にしようとしているだけでしょと怒鳴ると、図星だったのか追ってこなくなった。


「お母さん……?」

「だいじょうぶ、可辰は私が守るからね」


 幸い薬はまだある。その間に別の病院を探さないと。

 それに引っ越した方がいいかもしれない。児童虐待とかで警察に通報されてしまったら、そのまま可辰を『ペガサス』にされてしまう。


「可辰、私が絶対に守るからね。だからずっと傍に居てね」

「……うん」


 不安そうに見つめてくる可辰を、安心させながら今後のことを考える。

 そうだ。こうなる事は元から分かっていたじゃない。

 幸い、喫茶店とスナックの仕事をしていれば、普通の生活には困らない、もっと生活を切り詰めて、違う仕事をすれば今のうちに貯金だってできる。


 ──最悪、手品を使えば……いや、それだけは駄目だ。

 この技は可辰を幸せにするものだ。これで悪いことだけはしたくない。


「頑張るからね……可辰」


 その日は、ずっと可辰の傍に居た。

 色んな事が一気に変わったけど、頑張れば可辰と一緒に居られると、どこかで信じていた。

 だって、そうじゃなきゃ。あんまりだもの。


 +++


 ──数日後、喫茶店のマスターが亡くなった。心臓の病気だったらしい。

 年齢的に言えば仕方の無いことだった。

 でも、私にとって最悪としか言えない絶望の知らせだった。


 これからお金が何倍も必要になってくるのに、マスターの息子さんから連絡が来た時は、嘘だと思った。

 お悔やみ申し上げますと言えたのは奇跡だったと思う。

 息子さんは、決まっていた二ヶ月分のシフト分のお給料は払ってくれると言った。


 最初は断わろうとした、でも口からでたのは、ありがとうございます。

 私にとって、父親のような人に対して、結局最後まで金かと情けなくなった。

 でも、金がなければ可辰と一緒に生きられない。だから仕方ないんだ。


 ──ああ、明日からどうしよう。


 嘆いても仕方ない、新しい仕事をまた探そう。

 そう思っていたけど、数日経っても見つけることができなかった。


 ──どうして、みんな可辰を『ペガサス』にさせようとするの?


 +++


「──えっと……さっちゃん、流石に飲み過ぎだよ……」


 スナックにて、私の言葉にお客さんたちの空気が凍る。

 冗談だよねと誰かが呟いたので、本気だとはっきりと言う。


「なんでもいいの、税金を払わずに可辰を『ペガサス』にしない方法があったら教えて」

「流石にそれは犯罪だって」

「犯罪じゃ無いわ、そもそも娘を『ペガサス』にしなくても、罪にならないんでしょ?」

「脱税は犯罪だって」


 ネットで調べていると、やっぱり私の知識どおり『参人壱徴兵法』で可辰を『ペガサス』にしなくても、罪に問われるわけじゃない。だから税金さえどうにかできれば、今までと同じように可辰と生活できるんだ。


「さちさん……」

「どう? 知らない?」

「……知るわけねぇだろ、そんなの知っていたなら、うちの娘だって『ペガサス』にならずに済んでるんだよ……!」

「でもそれは──「さち! いい加減にしな!!」……」


 カウンターからいつもの、されど聞いた事のない怒声が店内に木霊した。

 店の女の子も、お客さんも全員がママではなく、私の方を見る。


「……申し訳ないね。みんな子供を持ったなら覚えがあるだろうけど、サチは子供を送るのが今回で初めてなんだ、どうしても、どうしてもさ」


 ママが言うと、常連さんたちが納得の表情となり、私に同情的に接してくる。

 ああ、そうだ。この人たちは大事な娘を『ペガサス』にした人たちなんだ。

 そんな人たちに聞いた私が馬鹿だったんだ。


「──さち、娘は諦めな」


 閉店後の店内。私だけが店に残されて、はっきりと言われた。


「な、なにを言っているのよ、ママ」

「今の時代、誰かが『プレデター』と戦ってくれなきゃ、どうにもなんない世の中なのよ。だから親は子供を送り出さないといけない。それがこの国の、今の人様のルールなの」

「だからって、体の弱い可辰を『プレデター』と戦わせろって? 数年しか生きられない『ペガサス』にしろって? そんなのあまりにも酷すぎるわよ!」


 ママは、心底呆れかえった顔で深いため息を吐いた。


「そんなに今の娘が大事なら、あんた、なんで結婚しなかったのさ。別に体が悪いわけじゃないのに新しい子供をもうけなかったのさ? いくらでもチャンスはあっただろ?」

「そんなのできるわけないでしょ!」

「はっ、本気で娘の事を想っているならなんでもやりゃ良かったのに、単にあんたが娘との二人きりの幸せな空間に浸りたかっただけでしょうが」


 ──カッと、脳みそが熱くなる。私の過去を知らないで、なんで、こんな事が言えるのか。


「ママには分からないわよ!」


 ──灰皿が飛んできて、顔の横の壁にぶつかる。


「あたしは娘ふたりと息子を見送ってるんだ!! その子たちを馬鹿にするような事言ったら承知しないよ!!」


 ──だからなに、どうしても理解できない。なんでそんなに大事に思っているのに手を放したのよ。勝手な国に明け渡したのよ!


「なによ。自分が子供売ったからって、私に強要しないでよ!!」

「──ふざけんな。もう二度とくんな恩知らず!!」


 長い間、お世話になったのに、働いたのに、そんなこと言うんだ


「──さようなら」


 +++


 ──贅沢なんていらない。貧しい生活でもいい。ただ娘と一緒に居たいだけなのに、なんでみんなはそれを奪おうとするのだろう。


「あの……」

「……あなた、どうしてここに?」


 店を出て、少し歩いたあと、蹲って泣いていると、今日もお客さんとして来てくれていた実業家の青年に声をかけられた。


「ごめんなさい、いま顔が……ふふっ」


 もうやめてしまったのに、化粧が崩れた顔を気にするなんてと、なんだか笑ってしまった。


「ちょっと、お話をしませんか?」


 そう言わて、手を引かれるままに近くの深夜食堂へと付いていく。


「えっと、ごめんなさい。娘さんの話なんですが、さちさんは娘さんと一緒に暮らしたいんですね? でも娘さん以外に徴兵できる子がいないと?」


 聞くべきことは、はっきりと聞いてくる彼に、こくりと首を縦に振る。


「……私にとって、命よりも大事な娘なの」


 私のお腹から産まれて、抱きしめた時を忘れたことはない。

 今まで不幸だと思っていた人生全てが、娘に出会うためだったと思えるほど、全てが良かったと思えた。

 体が弱くて、苦しいのに泣くことはおろか、よく笑ってくれる。本当に優しい子。


「……娘さんの薬代っておいくらですか?」

「医者が言うには、毎月200万必要になるって……」


 彼は、テーブルを指で叩き始めて深く考えこむ。

 色々と考えてくれることがわかる。彼は実業家だ、難しいお金の計算なんて簡単なんだろう。


「……さちさん、薬代と税金などを合わせると、はっきり言って可辰ちゃんと一緒に暮らしていくのは金銭的に難しいです。できれば支援したいですが……ごめんなさい」

「……いいえ、考えてくれただけでも嬉しいわ」


 冷静に、取り繕えたのは元から期待していなかったから。


「──これは、取引先の社長に聞いた話なんでが」


 しかし、話は終わらなかった。

 彼は真剣な顔をして、私だけに聞こえるほどの小声で話始める。


「上流階級の中には、孤児院に預けられた子を養子にして、実子の代わりに『ペガサス』にする方法があるらしいです」

「え?」

「もちろん違法ですが、その孤児院は元から……ですので東京地区も真面目に取り締まることはないそうです……」


 上流階級の闇を、かたりはじめる彼。流石のバカな私でも、彼の言いたい事が分かる。


「ど、うして、ここまでしてくれるの?」

「仕事が上手く行ってなくて、死のうとも思っていた時に、さちさんに占ってもらった通りにしたら、全てが覆るほど成功したんです……さちさん、貴女が私にとって命の恩人なのです」


 彼は意を決したように、ポケットから小さな箱を取り出して、中にある指輪を私に見せた。


「──結婚してください。僕が貴女と娘さんを幸せにしてみせます」


 +++


 深く考えるよりも先に、娘が助かるかもしれないと、私は彼のプロポーズに応えた。

 でも、本当にいいのだろうか? 

 いくらなんでも可辰の代わりに同じ年の子を『ペガサス』にするなんて。


 ──そんな気持ちは、家に帰って可辰の寝顔を見て、吹き飛んだ。

 そうだ、娘と一緒に暮らすためなら、なんだってするって決めたんだ。

 知らない子供が『ペガサス』になるのは、私の所為じゃない。国が悪いんだ。


「……可辰、もう少ししたら、ずっと一緒に暮らせるからね」


 それに、お金の心配をしなくて良くなる。

 もしかしたら、今まで以上の治療だってできるかもしれない。そうなったら完治だって夢じゃないはずだ。

 私は一日中、寝息を立てている可辰の頭を撫で続けていた。


「──お母さん、起きてお母さん」

「……んー、おはよう可辰」


 気がつけば眠ってしまっていたようで、何時ものように可辰に起こされる。

 私は起き上がって、朝の支度をしようとして、そういえば今日から完全に無職だった事に気付いて、笑いそうになる。

 心に余裕があるのは、彼のおかげだ。こんな私のどこが好きになったのか分からないけど、感謝の気持ちから彼の好意に応えたいと思う。もっとも娘が一番なのは譲れないけどね。


「よしじゃあ、とりあえずご飯にしようか……」

「──お母さん」

「待ってて、今日は久しぶりにお母さんが料理するから!」

「お母さん、話があるの」

「ん? どうしたの?」


 珍しい、可辰から大事な話があるなんて、なにか欲しいものでもあるのだろうか?

 思えば誕生日プレゼントは買ってきたけど、私が選んでばかりで可辰からねだった事がなかった。

 そうだったのなら、貯金で買えるものなら、なんでも買ってあげよう。ひとつと言わずに何個でも。


「──可辰、『ペガサス』になりたいです」

「え?」


 食器をシンクに落として、ガシャンと音が鳴る。

 きっと聞き間違え。そう思って可辰が言い直すのを待ったが、いつまでたっても黙ったまま。


「可辰……聞き間違いよね? 本当はなんて言ったの?」

「……可辰、『ペガサス』になりたいです」

「どうしてそんなこというの!?」


 聞き間違えじゃ無かった。あろうことか可辰は『ペガサス』になりたいと言った。

 私は可辰に詰め寄った。ビクって脅えた顔になるが、そんなの気にしていられない。


「ねぇ、どうして? 『ペガサス』になりたいって、なったら数年しか生きられないんだよ? 『プレデター』と戦わないといけないんだよ? だからなろうなんていわないで? ね?」


 可辰は俯いて、何度もこちらを見た。

 後でいっぱい謝ろう。だけど、それだけは許せない。やっぱりいいって言うまで、絶対に諦めるわけにはいかない。

 せっかく、一緒に暮らせる目処がたったのに、そんなの駄目よ!


「……一度で良いから、お外で遊びたいです」

「……っ!?」

「お薬飲むの嫌です、もう苦しくなるのは嫌です病院で点滴打つのも嫌です……」

「可辰……」

「学校に……学校に行って、友達作りたいです!」


 可辰は泣いていた。ずっと、ずっと我慢してきた娘の初めて聞く我が儘。

 いままで、どれだけ辛かったのだろうか、どれだけ苦しかったのだろうか。

 部屋から出られず、ひとりだった時、どんな風に過ごしていたのか、思えば知ろうとした事はあっただろうか?


 そんな娘の願いを否定すると、どうなる? どうなるんだ。なんで、こんなことも分からないの?

 分からないけど、いいよなんて言える筈もない。

 どうにかして、諦めさせないと。


「……分かったわ、全部、全部お母さんが叶えてみせるから、だからずっと一緒にて……『ペガサス』になっても良いことなんてないよ」

「…………」


 だめだ。言葉での説得は、聞いてくれそうにもない。

 お願い、そんな顔で見ないで、今までのこと全部謝るから。

 だから諦めて、私と一緒に居て、どうやったら聞いてくれるの?


 ──そうだ、私にはアレがある。


「でもこのまま可辰が『ペガサス』になるのは、とても不安だから──」


 私はトランプを取り出して、勢いよくシャッフルする。

 よかった、数日間触れていなかったけど、腕は錆びていない。

 癖が出そうになるのを堪えて、いつもとは違う事をする。


「可辰に、どんな『加護チート』が付くのかで決めましょう。もしも不幸なものだったなら、危ないからね……」


 ──喫茶店のマスターからおしえて貰った簡単な手品は、ある日から、体調の悪い可辰を元気づけるために行なったときに、ちょっとした誤魔化しのつもりで言った嘘を、可辰は気に入り、それ以降は素敵な『加護チート』が得られるお呪いになった。


 赤いマークで数字が若いほど、幸せになれる『加護チート』を得られて、逆に黒いマークだったら残念な『加護チート』が付与される。

 そう言って、私はいつも可辰にハートの1を引かせていたが、今日ばかりは違う。シャッフルし終わった山札を、娘の前に出した。


「……」


 いつもとは違い、可辰は静かに手を伸ばして、スペードの1である一番上のカードを引いた。引いたように見えた。


「え……?」


 ──可辰は不慣れな手付きで、でもつっかえる事なく、“上から二番目のカード”を引いた。そうして引いたカードが何だったのか、見た可辰は満面な笑みを浮かべた。


「──やったー! ハートの1です!」


 それはいつも、可辰を元気にしてきた小さな赤いハートのカード。

 一番上以外は操作していない。つまり可辰は本当に運だけで、そのカードを引いた事になる。

 だけど、どうして? もしかして気付かれていたの?


 茫然としていると、チャイムが鳴った。


「あ、お母さん、誰か来たよ……可辰が出るね」


「ちょっと……まっ……て」


 きっとあの役人だと、可辰を呼び止めようとするが、声がでない。

 いま可辰を呼び止めるのは、『加護コレ』を否定する。可辰に与えてきたものが嘘だったと言ってしまうようだった。それほどまでに、何もかもができすぎてしまっていた。


「──お母さん」


 どれほどの時間固まっていたのか、可辰が戻ってきて、私に1枚の紙を渡してきた。


「ここにお母さんのサインが欲しいって。……なので、お願いします」


 許可書とだけ認識できた書類を見て、可辰を見て、膝から崩れ落ちた。




 ──愛する娘はずっと、私を見ていたのだ。



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