戌成ハルナ ce2


戌成いぬなりハルナ』は、双子の妹であり大人気小学生アイドルである、“HARU”の東京地区ドームツアー、そのラストステージにて、観客達のアンコール声援が鳴り止まぬ中、そのHARU──『戌成いぬなり春空はるあ』に腕を引っ張られて、舞台の上に立った。


 ──こんな事なら、ちゃんと名前を付けてあげれば良かった!


 HARUは私の事をファンに説明したあと、マイクを渡してきて。それを握った時どうしてだか、ある日聞いた両親の後悔を思い出した。


『プレデター』から人類を守る為に、誰かが戦わなければならない現代。いずれ『参人壱徴兵法』によって戦地に送る子供選ぶのが親の義務となっていた。しかし中には、それはあまりにも辛いとして、産まれた時点で『P細胞』との親和性を測り、選ぶ家庭が一定数存在する。


 また産まれた時点で選んだ子と、そうでない子を区別するために名前に漢字を与えない親が居る。


 私たち双子を産んでからの母は、体調が芳しくなく次の子をいつ宿せるか分からないとして、『P細胞』の親和性が高かったというのを理由に、姉の方を『ペガサス』にする事を選んだ。


 とはいえ、母も父も優しい人であった。アルテミス女学園の校訓と同じく“せめて、最後まで人間らしく”と思っていただけかもしれないが、自分が『ペガサス』である事実に逃げようとはしなかった。


 だから、子供なりに自分の産まれた意味を見いだして、『ペガサス』に成ることを受け入れていたのに、誇りにすら感じていたのに、あの言葉を聞いてから、それら全てを無くしてしまった。


 ──ハルナお姉ちゃん!


 ライブツアーの最後のアンコールにて、妹が一緒に歌いたいと願った事で、私はいいよと言うしかなくなり、双子の姉妹で初めてデュエットする。そんな中でHARUとして笑顔で歌う妹は、涙を流しながら歌う私を、いつものように呼んだ。


 ──お姉ちゃん、ありがとう!!


 夢であったアイドルとなった春空であったが自己主張がうまく出来ず、大人たちの言うがままに仕事し続け、心身共に疲れ果ててしまっていた。そんな妹とは逆に感情的に他人に強く出られた私が、春空の気持ちを代弁する事となった。


 ──私、お姉ちゃんのお陰でここまでこれたよ!


 溜め込んだ知識をフル活用して話し合いを行なった事が功を奏し、また私を挟むと春空の仕事がスムーズに行く事から、気がつけば私は大人たちからHARUのプロデューサーのような立ち位置として扱われるようになった。


 嬉しかった。自分にも確かに何かが有るんだって思えて。何かを残せるんだって。


 ──ありがとう!


 でも、こうしてステージへと上がり、頑張れと応援してくれるファンたちを否定しないように荒ぶる感情を抑え、自分も関わっていた筈の曲の歌詞を忘却しながらHARUと共に歌う中で、私ははっきりと自覚する。


 ──ああ、私は何をしても春無ハルナなんだなと、涙が止まらなかった。


 +++


 大規模侵攻の二日目。行方不明となった亜寅と丑錬の捜索をしたいと願い出た『夏相なつあい申姫しんき』と『上代かみしろ兎歌とか』を送り出した事を、ハルナは激しく後悔していた。


 亜寅たちを発見したという連絡は来ず、そして、タイムリミットとして設定していた『プレデター』の群れが現われた事で、こちら側から戻ってくるようにと連絡して、申姫たちの事態を知った。


 ──中等部三年ペガサスだったと思われる『ゴルゴン』と遭遇、申姫が直ぐには復帰できない大怪我を負い。兎歌が精神的に戦闘続行不能になったと言う。それを聞いたハルナは全ては自分の判断ミスだと考える。


『街林』では、どこに小型プレデターが潜んでいるか分からず、奇襲や遭遇戦となる可能性は決して低くない。それこそ『ゴルゴン』の可能性だって充分に考えられた。また『勉強会』は7名しかおらず、ふたり抜けて戦闘となれば、大きな負担を強いられる。


 ──ハルナは『勉強会』のリーダーとして、前線で命を預かる指揮官として、亜寅たちを探しに行きたいという申し出を拒否するべきだったと激しく後悔する。


 なぜ、そのような判断に至ったのか、それはハルナが前線指揮官としての経験が浅いこと、そして逆に舞台裏から送り出す者としての経験が多かったからである。


 どれだけ偉そうに指示を飛ばしても、最後には大切な妹アイドルを信じて送り出すのが、ハルナの立ち位置であった。だから、亜寅たちを見捨てたくは無かったこともあって、申姫たちなら必ず無事に帰ってくると信じてしまったのだ。


 その結果が、5名であの『プレデター』の群れと戦わなければならないという結果に繋がってしまった。去年と比べれば、やっぱり明らかに少数であるが、今回の群れにはこの距離でも分かるほどの巨体であるヘビ型プレデターも確認できる。


「ハルナ先輩、どーします?」

「……ちょっとだけ時間を頂戴」


 自分よりも覚悟を決めた顔で見てくる『亥栗いぐりコノブ』に、曖昧な返事をして必死に考える。


 ──上手く立ち回れば、ここに居る五名でもどうにか“卒業”せずに済みはする。しかし戦うとなれば〈魔眼〉を率先して使用するように言わなければならず、その分、後輩たちの活性化率が上がってしまう。だからと言って、ここで見逃してしまえば、立場が微妙な私たちは今度こそ中等部ペガサスたちから爪弾きにされてしまうかもしれない。


 後輩たちに見守られる中で、ハルナは決断に迫られる。


≪──ハ、ハルナ先輩! 北北西から沢山の『ペガサス』がやってきています!≫


 しかし、ビル中から周囲を見張っていた『祝通はふりどおり可辰かしん』からの焦りまくった報告で状況は一転する。


「──あ、い、戌成」


 可辰の言う通り、ハルナの元にやってきたのは十名以上の『ペガサス』であった。どこかしらボロボロで、中には『ALIS』を持っておらず、制服を血に濡らしているモノもおり、満身創痍とまでは行かないもののダメージを受けている様子であった。


「貴女は、それに後ろの後輩たち……猫都グループの……よね?」


 先頭を歩いていて、自分の名前を呼んだ『ペガサス』は、自身の同級生で顔を覚えており、自然と後ろで不安そうにしている中等部一年たち全員が、崩壊したと知らせを受けた猫都グループに所属していた子たちであるとわかった。


「その……」


 ひどく歯切れが悪い同級生であるが、彼女たちになにがあったのか、そして何が言いたいのか、他ペガサスの通信を傍受している『玄純くろずみ酉子とりこ』の話を聞いていたため、ハルナは直ぐに察する。


 猫都グループが崩壊して、ちりぢりになって逃げた上で『勉強会』が担当する地点まで来てしまったといった所だろう。ざっと見回して亜寅と丑錬の姿は居ない。問いただしたい事は沢山あるが、『プレデター』が近づいてきており、そんな時間はないと、ハルナは決断する。


「──いま、見えると思うけど『プレデター』がこっちに来てるの、だから一緒に戦って」

「えー! こいつら猫都グループなんでしょ!?」


 全校集会の出来事に、いちばん怒りを募らせていたコノブが、否定的な声を上げる。よく見れば可辰と同じくビル内に居る『未皮ひつじかわ群花ぐんか』が、弩型ALISに装填した矢を猫都グループの『ペガサス』たちに向けていたので、ハルナは手振りで止めるように促す。


「分かってる。でも今はなによりも生き残る事が優先よ! 貴女たちだって“卒業”したくないでしょ!?」

「あ、ああ分かった……ハルナの指示に従うよ……」


 同級生が戸惑いこそしたが、特に考えたようすもなく頷くと、後ろの後輩たちも不安そうに続く、そんな自主性に乏しく、他人の言動に依存しがちに見える彼女たちが今は有り難かった。


「そういう事だから。終わるまで我慢してちょうだい」

「うーん、まあだからといってほーっておくのもアレですしね! わーかりました!」

≪先輩の決めた事に従うだけっす≫

≪か、可辰的にも大丈夫です!≫

「…………」


 かなり苛ついている様子の酉子は完全に無視を決め込んでいるが、後輩たち四名も異議はないとして、『勉強会』と元猫都グループ、総勢十五名の即席グループが出来上がり、ハルナは来たる戦闘に向けて指示を出す。


 ──元猫都グループの『ペガサス』たちは、パッと見ただけでも正直いってまともな戦力とは言い難かった。同級生ペガサスはともかくとして、後輩たちはちゃんとした訓練を積めなかったのか練度が低い。


 そのため、ハルナは元猫都グループたちの『ペガサス』に単純かつ基本的な指示のみを口にする。前衛がいない場所の『プレデター』を狙う事、あくまで補助のみに集中すること、そして今を生き残る事が最優先だとして〈魔眼〉の使用を躊躇わないことなど。


 ハルナは、限られた時間の中で簡単な質問だけを繰り返して、個々の得意分野や能力を把握し、配置を決める。粗い部分が目立つが、大事な部分はきっちりしている。ハルナが積み上げてきたプロデュース能力が発揮される事となった。


 ──そうやって始まった『プレデター』戦は、何名かが〈魔眼〉を使用する事となったが全員が無事、そして群れを後ろに通すことなく──“結果だけ”を見れば上等な勝利となった。


「────だ、だれ?」


 だがこれは、ハルナが必死に考えた事も、使用された〈魔眼〉も、個々の頑張りも、自分たちの戦い全てが安っぽいものであると思えてしまうような、途中で圧倒的な存在が現われた事による戦果であった。


「──ただ、ヘビのために……ダメですね。この設定は無しにしましょう」


 ヘビ型プレデターを単騎で葬ると、そのまま“見覚えのある大太刀型専用ALIS”を自在に振り回して、自分たちよりも遙かに素早く、効率良く『プレデター』を切り捨てていったのは、単眼の仮面で目元を隠し、アルテミス女学園高等部の制服を着用する正体不明の『ペガサス』であった。


「だーれだお前! なんか変なの付けて顔かーくして!」

「わたくしたちは『叢雲むらくも』。故あって貴女たちに加勢に来ました味方ですよ」


 胡散臭いことを言う仮面の『ペガサス』である。目元こそ隠しているが、あの綺麗で長い黒髪には見覚えがあった。しかしハルナは頭に浮かぶ名前をあり得ないと否定する。だって、その先輩は進級してすぐに“卒業”した筈なのだから。


「ちょっと、お話したいのですが、よろしいでしょうか?」

「……なんですか?」


 コノブに敵意を向けられて、周りから警戒されているのにもかかわらず、とても穏やかな態度で黒髪の叢雲ペガサスは、ハルナに話しかける。他人の秘密をあからさまに探るのは危険である事を知り尽くしているハルナは、いったん話を合わせることにする。


「──これから『ギアルス』と呼ぶ、凶悪な『プレデター』がやってきます。普通に戦うのはかなり骨が折れる相手でして。ですので其処に居る『ペガサス』の〈魔眼〉をもって滅して欲しいのです」


 そういって黒髪の叢雲ペガサスは、配置変更のため前衛で戦う事となり、ハルナの傍らで不安そうに様子を見守っていた可辰を指名した。


「え? か、可辰の〈魔眼〉ですか?」

「──っ!? ふざけないで!!」


 可辰の〈魔眼〉である〈鬼亡きぼう〉は、対象とした物体を中心から最大5メートルまで焼失させるものだ。しかし、強力である反面、数十秒間ずっと対象を見続けなければ発動しない、極めつけは活性化率を極大上昇させ、また失敗しても、発動していた時間分上がってしまうと、デメリットも大きい。


「駄目よ! 使わせないわ!」


 成功しても失敗しても、後輩の寿命を大きく減らす〈魔眼〉を使わせないと、ハルナは反射的に月世の申し出を拒否して、可辰を守るように前に出た。


「ですが、このままでは沢山『ペガサス』が“卒業”してしまうかもしれませんよ? それが、たったひとりの、たった一度の〈魔眼〉で防げるというのです、それを貴女は選ばないと?」

「それは……でも!」

「これから来たる『ギアルス』は、並の『ペガサス』では敵う相手ではありません。いくら人数を揃えた所で、その大半が経験に乏しい一年。きっと、とんでもない被害になるでしょうね」

「……っ!」

「どうしますか?」


 正体を隠した胡散臭い『ペガサス』の言う事であるが、嘘でもほんとでも、ハルナは『勉強会』のリーダーとして、来るとされる脅威にどう対処するか決めなければならない。周囲に不穏な空気が流れる中で、ハルナは目を閉じて深呼吸をして、はっきりと自分の気持ちを告げた。


「……だからって、はいそうですかって、あんたみたいな奴の言うこと聞けるわけないじゃない! 可辰は大事な後輩なのよ!!」


 無機質ゆえに威圧的な単眼レンズに見つめられ、妖艶な微笑みを向けられる中で、ハルナはしっかりと否であると応えた。


「せ、先輩、必要だと言うなら可辰的には……」

「ダメよ、情報が足りない中で、最初っから〈魔眼〉を使わせるなんてできないし──他に方法があるなら、先ずはそっちを聞いてからよ!」


 ハルナは経験による直感から芸能界の大人たちのように、他に案がありながら、それを隠しているのではないかと思い、黒髪の叢雲ペガサスを、キッと睨み返して吠えた。


「ふふっ、随分と後輩が可愛いみたいですね。貴女が敬愛する先輩が“遺”したモノだからですか?」

「……そうよ。でもそれだけじゃないわ! 私にとっても大切な後輩たちだからよ!」

「その考えが、先ほどの失敗を繰り返すことになっても?」

「…………っ!」


 申姫たちの事で揺さぶられるハルナであったが、迷うことは無かった。後輩の命を預かるリーダーとして、後輩たちへの情を優先させて全体を危険に晒すのは、あるまじき判断なのかもしれない。だけど、ハルナを支えているのは、そんな“情”であった。


 ──ハルナは、優しいお姉ちゃんなんだね。


 自分の過去を言ったことないのに、ある日、妙に惹かれていた先輩から言われた言葉を思い出した。その時、いつも以上に感情的になって否定したのを覚えている。


 なにせ、自分が春空を再起させて、アイドルを続けさせたのは、妹が落ち込んでいる姿に耐えられなかったのも確かにある。だけど、いずれ東京地区を離れて、たったひとりの『ペガサス』になる前に、なにか一つでも自分がここに在ったんだって、思えるものが欲しかったからだ。


 結局、自分はどこまで行ってもハルナ春無でしかなく、いずれ、自分という存在が何もかも“無”に帰してしまうような気がして、初めて立った舞台で自覚したツアー最終日のライブ後。単身で家へと帰り、準備を済ませて『ペガサス』への訓練を行なうための施設へと入った。そうでもしないと耐えられなかった。


 そんな自分が優しい姉なんて、思えるわけが無かった。頑なに否定する私に、先輩は優しい笑みで、さらに言葉を続けた。


 ──ハルナは、誰かのためにずっと頑張って来たんだよ。それがハルナなんだよ。


「──これが、私よ……!」


 例え、自分の考えが誇れるものでないとしても、この気持ちを捨てた選択はしたくないと、ハルナの天秤は動くことは無かった。


「──なるほど、わかりました。それでは時間もありませんし、貴女に無茶をしてもらいましょう」

「……え?」


 黒髪の叢雲ペガサスは笑みを深くしたかと思えば、あっさりと引き下がり、まるで最初から、こっちが本命だったかのように別の提案をした。


「……なにをさせるつもり?」


 ──微かに聞こえ始めて来た振動音に、本当に時間はないのだとハルナは、とりあえず話を進める。


「難しいことは何も。ただトドメを任せたいのです。貴女の〈魔眼〉を使い、その片手剣を頭に一刺し、本当にそれだけですよ」


 ハルナの〈魔眼〉である〈柔樹じゅうき〉は、視界内の物体に自身で、あるいは自身が触れたもので干渉すると、その部分の硬度が下がるというものだ。つまり、ハルナの攻撃は、どんな堅い物体であれど柔らくして通すことができる。


「……分かったわ」


 考えている時間はないと、迫り来る脅威にハルナの判断は速かった。


「せ、先輩……も、もしもの時は遠慮無く言ってください!」

「大丈夫よ。だから安心して見てて……その代わり帰ったら、ジュース奢って貰うから! 安い奴ね!!」


 自分の身代わりに無茶をしてほしくないのだろう、顔を蒼くする可辰にハルナは不安を感じさせないよう気丈に振る舞う。こういう時は、自分が拒絶的で強がりな性格で良かったと思えた。


「え、えっと、このタイミングで、そのような発言は『加護チート』が抜ける可能性があるので、今の聞かなかったことにします!」

「なんでよ!? ああもうじゃあ、そのぶん強く祈ってちょうだい!」

「わーたしも戦うよ!」

「良いから任せて、みんな後ろに下がって!」


 様子を見守っていた『ペガサス』たちを通信などを用いて下がらせると、ハルナは月世の真横に立った。


「──来ましたよ」


 日本において“怖れる竜”という名が付けられた生物。それを模した生物兵器が姿を現わしたこちらに真っ直ぐと、巨体を支える二足歩行で走ってくる『ギアルス・ティラノ』。


 ──ガラガラガラガラガラガラガラ!!


 けたたましい歯車のような音を鳴らしながら、移動に巻き込まれただけでも“卒業”しそうな速度と巨体が、ハルナは純粋に恐ろしかった。後ろに下がった『ペガサス』も同じらしく、中にはパニックを起こして声を上げる子も出てきている。


「ああ、あの小さな腕と尻尾にはお気を付けください。触れれば消滅する物質を放ちます」

「そ、そんなのどうすればいいのよ!?」

「どうもしなくていいですよ。ですが、いつでもトドメを刺せるようにある程度は近づいてくださいね」


 黒髪の叢雲ペガサスは、大太刀型専用ALISを構えた。


「──これは、手向けの花ですよ────」


 黒髪の叢雲ペガサスは己の移動系魔眼である〈流遂りゅうすい〉を発動して、一瞬でギアルス・ティラノの懐へと潜り込んだ。


「──死んでください、【待雪草】」


 巨体をモノともせずに、手慣れたように斬っていく黒髪の叢雲ペガサスに唖然としながらも、ハルナは瞳を輝かせて、ギアルス・ティラノへと走った。


 +++


 ──こんなものでしょう。


 いつものようにギアルス・ティラノの腹を斬って、防御姿勢を取らせて頭を下げさせた所で、ハルナは的確に、片手剣ALISを頭蓋へと突き刺してトドメを刺したところで、その結果を確認した月世は妥協できる展開であると評価した。


 ハルナがやったことは、本当にトドメを刺しただけであるが、それでも見るからに巨体で恐ろしい竜の姿をした『ギアルス』に勇気を持って挑み、倒した姿は他の『ペガサス』たちに、強烈な印象を与えた。


『勉強会』の後輩たちは、元より精一杯自分たちのために動いてくれている先輩をさらに尊敬し、自分たちのリーダーであると、そして猫都グループであった『ペガサス』たちは、ハルナを先導者にふさわしい存在だと認識した。


 ──わざわざギアルス・ティラノを殺さずに誘導してきたかいがありました。


 雑な芝居であったが、相手は教育も経験もまともに積めていない『ペガサス』たちだ。多少気になる所があっても、分かりやすい偉業の前には違和感も吹き飛ぶ。特に猫都の言葉に釣られるほど主体性のない『ペガサス』たちにとっては。


 ──既に打ち込んだ楔は機能しているようですね。


 ハルナにギアルス・ティラノを倒させたのは彼女と『勉強会』を中等部ペガサスの分別装置として機能させるための行為であった。この偉業は合流した元猫都グループの『ペガサス』たちを起点に話が広がっていくだろう。これによってハルナの事を支持するものが現われ、同じように否定するものが現われる。


 そんなハルナと『勉強会』に対する是非の違いという基準を月世は作った。アルテミス女学園中等部を、どう扱うのか分けて判断できるものを。


 ──アルテミス女学園に起こりえる物事は、決してわたくしの思い通りには成らない。


 どれだけ計画を建てようが、準備をしようが、商売だろうと戦闘であろうと、どうしたって乗れない流れというものがある。月世は大規模侵攻が始まってから、その“流れ”というものが、自分に向くことは無いのだと悟っていた。


 それ自体はいい。元より自分が主体となって動く気は毛頭なかった。しかしながら、その分計画の修正はどうしても必要となり、こうやってハルナに大規模侵攻の偉業を与えたのも、その一環であった。


 ──とはいえ、反省しなければなりませんね。


 自分の希望通りに行かないのは想定通りであったが、まさか“彼女”が、ここまでするのは想定外であった。過去ではなく、今の自分と重ねてしまい同じように寸前でブレーキを掛けられると、どこかで油断したのだろう。後で話し合わなければならないと、目を向けてもずっと、そっぽ向かれているので視線が合わなかった。


「ふふっ、後輩の教育というのは難しいものですね」

「な、なに?」

「いえ、こちらの話です。そうですね先ずはお疲れ様です」


 労いの言葉を掛けながら警戒しているハルナに近づき、仰け反る彼女の耳元に顔を近づけて有る事を囁いた。


「──大規模侵攻が終わりましたら『勉強会』の皆で高等部校舎の生徒会室へと来てください、気になることは、そこで全てお話しましょう」

「……分かったわ」


 まさか、黒髪の叢雲ペガサスからそう提案を受けるとは思わず、内心で驚きつつもハルナは了承した。


「──その時には素敵な“再会”も待っている事でしょう」

「……え?」


 黒髪の叢雲ペガサス──『久佐薙くさなぎ月世つくよ』は、ほんの少しだけ我慢できず、“卒業”したと思われている自分の親友の事を少しだけ漏らして、何かを察して目を見開くハルナに、クスクスと楽しそうに笑うのであった。

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