煌めくムーンライト 兎は月の夢を見るのか? アイドル・ドリーム・ステージ!(イベント1)

アイドル・ドリーム・ステージ 1

【作者の前書き】

章が完結しましたら、こちらにお出ししたかったのですが、それをすると今月も更新ができないと判断し、途中ではありますが、こちらも投稿することにしました。


――――――――――――



「──兎歌とか


 八月半ば、大規模侵攻の余韻が落ち着いたころ、アルテミス女学園高等部校舎の廊下にて『喜渡きわたり愛奈えな』は、大切な後輩である中等部一年『上代かみしろ兎歌とか』と、ようやく再会を果たした。


「兎歌、お願い。少しだけ話をさせて……」


 兎歌はあからさまに愛奈の事を避けていた。今回の再会だって定期的に生徒会室へと顔を出す彼女を待ち伏せてなければ実現しなかった。


「酷い事をしたのは分かっている……」


 みんなで生きていきたい。掲げた願いを成熟するには大規模侵攻が終わるまでの間、慕ってくれる中等部の後輩、そして“秘密”を抱え込んで苦しむ兎歌を見て見ぬ振りをしろと親友の言葉に、愛奈は従った。


 ──愛奈、貴女の対応によって確かに兎歌の心は救われるかもしれませんが、そうしてしまいますと根本的解決ができなくなってしまう可能性が有ります。よって自分自身の願いのためにも、わたくしたちのためにも、大切な後輩だからこそ、どうかここは我慢してください。


「だから、お願い、少しだけ話をさせて……」


 嫌われても仕方のないことをした。恨まれても当然なことをした。あれだけ大切だの恩人だのと言っておきながらも、自分がお返ししたのは酷い苦しみだ。それでもと愛奈は話をしたいと懇願する。兎歌がいま、どんな心境か読み取れてしまうからこそ、なんでもいいから話をしたかった。


「……ごめんなさい」


 黒に染め直された上着、それに会わせて全体的な衣装も黒に統一しながらも、真白い髪を靡かせる兎歌は静かに一礼し、愛奈の隣を通り過ぎた。


「兎歌……」



 +++



 ──愛奈と兎歌の再会とは別の日、喜渡愛奈の元に集った9名のペガサスたち『勉強会』、その中で二年の『戌成いぬなりハルナ』『夏相なつあい申姫しんき』、一年の『亥栗いぐりコノブ』『祝通はふりどおり可辰かしん』『未皮ひつじがわ群花ぐんか』の5名は高等部へと赴いていた。


 彼女たちは生徒会長を筆頭とした先輩ペガサスたちから、高等部の“秘密”である、人型プレデターの存在や“血清”について、そして自分たちの現状などを打ち明けられる。


 しかし、秘密を暴露された中等部後輩たちの反応は微妙なものであった。


 それもそのはずで、どれだけ情勢に疎くても幼い頃から学んだ知識として『P細胞』の活性化率は、現代の技術では、決して下げられないのが常識であった。それに付け加えて、自分たちに味方してくれる人型の『プレデター』の〈固有性質スペシャル〉によるものと言われれば、毎日卵を食べていれば不老不死になると言われたぐらい奇想天外な話であった。


 もちろん、それらの説明をした生徒会長の『蝶番ちょうつがい野花のはな』も、疑われるのは承知の上で話した。ちゃんと受け入れるのも時間は掛かるだろうが、実感を経てそれまでの時間を短縮してもらうと全員を連れて、とある施設へと移動した。


「────うそ」

「……え? 何で? ……あ、さっきの話……え?」


 待ち人の個人的な要望によって、ここで“再会”をしたいと選ばれた場所。そこは人型プレデター、アスクヒドラと高等部ペガサスたちが夜を過ごした始まりの施設であった。


 きちんと扉から中へと入った中等部たちは、それなりに広い空間の中心に立つ『ペガサス』を見て、驚きを通り越して茫然としてしまう。最初は夢だと思い、先ほど得たばっかりのとんでも情報とかみ合わせをし、自分が直視している光景が現実である事を次第に理解していく。


「みんな……久しぶり」

「生きて……どうして……“血清”……?」

「うん、そうだよ。あの日ね、私はアスクに助けられたの……今まで、言えなくてごめんね……」


 ──『勉強会』の中等部ペガサス5名は、“卒業”したと思っていた敬愛する先輩、喜渡愛奈との再会を果たした。


「愛奈先輩!! ほんとうに、本当なんですか!? 守護霊じゃありませんよね!?」

「本物!? 本物だよーね!!?」

「いや、まじか……まじかっすかー」


 先ずは中等部一年ペガサスたちが膨れ上げる感情のまま、愛奈先輩の方へと駆け寄ると、目の前に居る愛奈が実物であるのを確かめるように触れ合う。


「可辰! コノブ! 群花!」

「よがっだ。よがっだです!! 奇跡も加護チートも本当にあるんでずねっっ!!」

「うええええ! 生きてる────!!」

「うるさっ……」


 暖かい人肌に触れて、名前を呼ばれて本人であると確信すると、可辰はむせび泣き、それにつられてコノブも号泣。ふたりが騒ぐものだから群花は逆に冷静になってしまうが、それでも嬉しくて笑みを浮かべた。


「うん、うん! 今まで本当にごめんね! ありがとね……!」


 ──中等部一年ペガサス三名は戸惑いが残る中でも、“卒業”したかと思われた愛奈先輩が生きている事を素直に喜んだ、そんな後輩たちの反応に愛奈は負い目を感じていただけに心から感謝する。


「──な、なによそれ!」


 そんな中で、『勉強会』のリーダーである戌成ハルナが怒声を発した。ビクッと驚き涙が引っ込んでしまう一年勢に、愛奈は心配しないでと安心させると離れるように言う。


「なんで、生きてるならもっと早く……私がどれだけ……っ!」


 それは当然の反応であった。“卒業”したという嘘の情報はハルナたち中等部ペガサスたちに多大なる負担を掛けた。特にハルナは『勉強会』のリーダーとして、みんなの命を預かる身となってしまったのだ。彼女たちが受けた心労に差を付けることはしてはならないが、それでもハルナには一番責められても当然だと愛奈は考える。


「どれだけ……辛かったと思ってるんですか!」

「ハルナ……」

「先輩が“卒業”したと思って……本当に! 辛かったんですからぁ!!」

「……ありがとね、ハルナ。みんなのために頑張ってくれて、本当にありがとう」


 年相応に大粒の涙を流して駆け寄ってくるハルナを、愛奈は受け止めてしっかりと抱きしめて、嗚咽を漏らす後輩の抱えたものを取り払うかのように、その小さな背中を優しく撫でた。


「ううっ……う、嬉しく……嬉しいけど! そんなにじゃないんだからね!」

「うん、私もまたこうやって話せて嬉しい!」


 ハルナは半端なツンデレ発言をしてしまうが、気持ちを隠し切れておらず、愛奈は表面上噛み合っていない返事を持って喜びを伝える。


「──っ!? こ、子供じゃないんだから、もういいわ!」

「……申姫も来てくれる?」


 少し落ちついたハルナが、後輩に見られている事を思いだして恥ずかしくなって離れると、愛奈は先ほどから俯いて動かない申姫に声を掛ける。


 すると、申姫は幽鬼的な動きで愛奈の方へと歩みはじめる。後輩たちがハルナとは別の意味で大丈夫かと心配しはじめる中、むしろ愛奈は安堵したかのように両手を広げる。


 そうやって時間を掛けて愛奈の傍へと辿り着いた申姫は、胸元に額を当てて顔を埋もれさせると両腕を背中へと回し強く抱きしめた


「…………」

「うん、私は生きてるよ……もう何処にも行かないから……だから安心して」


 愛奈は申姫を優しく抱擁し返し、頭を撫でながら無言の問い掛けに、泣いている子供をあやすように穏やかな口調で答えていく。


「…………」

「……なにか言いなさいよ!?」

「まぁまぁ、ハルナ先輩、落ち着いーて」


 一向に喋ろうとしない申姫に耐えきれなくなったハルナが何時もの調子で怒鳴り声を上げて、コノブに窘められる。


 ──ぎゅ──────ー。


「…………うっ」

「えっとあの……愛奈先輩? なんだか段々と生気が無くなっているようですが……」

「へ、へいぐっ! ……ヘイキダヨー!」

「ちょっと申姫!? どんだけ力入れてるのよ!? 少し緩めなさいってば!」


 時間が経つごとに申姫の締め付けがキツくなっていき、しばらく耐えていた愛奈は空気を吐き出してしまい、ハルナたちになんとか緩めてもらう。


「だ、駄目です、申姫先輩外れません……」

「なんというか、申姫先輩って、こういうひとだったんっすね……」

「別に隠しているつもりはないんだけどね。こんなんよ」


 無感情な所がちょっと怖いが常に冷静で頼れる、そんなイメージを持っていた先輩の奇行に戸惑う後輩たちの意見に、同じ寮部屋で暮らしているハルナは呆れた口調で同意する。


「……みんな、少しだけ私の話を聞いてくれる?」

「このまま進めるんっすね」


 どれだけ力を込めても剥がれない申姫を抱きつかせたまま、愛奈は真剣な表情で話を進める事にした。


「私は、本当はみんなを守るべき先輩なのに、むしろ逆に苦しませた」

「……はい、生徒会長から聞きました……思うところは勿論有ります、でも話を聞いて仕方の無い事だというのも分かっています」


 愛奈は、ハルナの反応から野花と月世が上手く話をしてくれた事を悟る。もしも自分が先に説明してしまえば、トラブルの元になっていたかもしれないと分かるだけに、クッション役を担ってくれた頼れるふたりに感謝の念を送る。


「もちろん愛奈先輩が生きていてくれたのは本当に嬉しいです……でも……」


 ハルナに浮かんだのは、ここには居ない後輩たち、その中の三名は生きて学園に居るが未だ苦しみの中におり、彼女たちの事を考えると、このまま素直に現状を受け入れていいのかと『勉強会』のリーダーとして複雑な思いを抱いてしまう。


「うん、もちろん、亜寅あとら丑錬うしね兎歌とか……そして酉子とりこの事も、しっかりと向き合うから」


 はっきり言って具体性の無い言葉であるが、数ヶ月前には感じられなかった強い意思を感じられる言葉、喜渡愛奈としての本領を感じとったハルナは謎の安心感を覚えた。また同時に東京地区にいる“双子の妹”の事を思いだして、そういえば愛奈先輩のこういう所に私は惹かれたんだというのを再確認した。


「それで、なんだけど私にできる事があったら、なんでも言ってね。……今度こそ、ちゃんと先輩として、みんなの事を見たいの」


 幾つもある後悔の中には、『勉強会』の活動に於いて“活性化率”がギリギリで時間が無く、自分が納得できるほど後輩たちの面倒を見れていないというのもあった。


「なんでも……ですか?」

「うん、私に出来る事ならなんでも、遠慮しなくていいからね!」


 可辰の戸惑って口から出てしまった復唱に、愛奈は強く同意する。それは彼女たちに対する大きな罪悪感、そして“寂しがり屋”で、相手に離れて欲しくないという私欲的な気持ちも混じった願いであった。そのため軽い発言のように聞こえるものの、その内側は確固たる自罰的な決意が宿っていた。今の愛奈なら“卒業”しない程度であれば拷問に等しいお願いだって受け入れるだろう。


「とは言ってもっすね……」

「急には難しーいよね……」


 急にそんな事言われても後輩たちは何て言えばいいのか迷うしかなく。だからといって、明らかにお願いを期待している愛奈の様子からして要らないと言うのは、なんだか駄目な気がして、どうするかと思ったとき最初のお願いが、愛奈からもっとも近い位置から出された。


「──アイドルして」

「うん! ……うん?」


 顔が見えない申姫の口から出たお願い、愛奈は聞き間違いかなと首を傾げた。


「アイドルになってステージで歌って踊って」

「……………………え゛?」

「は? はぁ!? あんたマジで何言ってんの!?」


 確かに何でもやるつもりだったが、流石に予想外が過ぎると愛奈は変な声を出してしまい、ハルナが詰め寄った。


 こうして、感動の再会は申姫のお願いによって、一気におかしな方向へと転がってしまったのであった。



 +++


「──とんでもないですね! ──本当に予想外です」


 生徒会室にて、生徒会長の野花は提出された紙の報告書を見て感嘆の声を上げる。


 数日前、野花たちにとって2体目の人型プレデター、プテラリオスに連れられて、アルテミス女学園へとやってきたのは、『嫌干きらぼし キルコ』を含めた三名の中等部二年、及び三年ペガサス。そして19名の、本来であれば、まだ人間の小学生であるべき小さな『東海道ペガサス』たちであった。


 見知らぬ場所へと連れられてきた彼女たちは当然に、最初こそ戸惑い怯えていたが、愛奈と月世の高等部三年ペガサスのふたりが率先して面倒を見てくれたことで、個々で心の傷トラウマこそ残ったものの全員、アルテミス女学園高等部に馴染んでくれた。


 ──愛奈先輩、月世先輩共に速攻で東海道ペガサスたちに信頼できる最年長者として扱われていたのも見て、やっぱり三年先輩たち人心掌握が上手すぎではと改めて怖くなったのは、いつもの事として。落ち着いた所で次に行なったのは、彼女たちの身の振り方を考えることである。


 小さいとは言え『ペガサス』ということもあり、ちょうど人手不足を痛感していたアルテミス女学園高等部ペガサスたち、そして東海道ペガサス側も何もしてないのは落ち着かないとの事で、とりあえず年長者という事で統括役を担った嫌干キルコを除いた21名をそれぞれを“調査補助”“執務補助”“作業補助”と三つのチームに分けて動いてもらう事となった。


「東海道ペガサスの子たち、本当に優秀ですね! この報告書もとても読みやすく──ボクより上手くない? ──すごく優秀ですね!」


 そうして実際に動いて貰ったところ、東海道ペガサスたちは、元々の期待が最低値だった事もあるが野花が望んだ百倍以上の成果を出して、そして何よりも彼女たちは自身に与えられた仕事に対して、失敗らしい失敗を起こさなかった。


 教えた事は直ぐに吸収して、言った事に対して黙々と集中して作業をする。中には自分たちが知らないような技能を発揮する子もおり、また高等部校舎を許可無しに出てはならないなどの約束事を破らず、分からない事があったり、異常事態になったら直ぐに連絡など、何をしても、しっかりしていた。


 社会に出ている大半の大人たちよりも高いスキルを持った東海道ペガサスたちは、野花たちアルテミス女学園ペガサスたちにとって、大いなる助けとなっていた。


「──ほんと、とんでもないですね、『東海道ペガサスセンター』──いえ、正確には『中央ペガサス予備校』ですか……」

「はい、彼女たちが持つ技能の数々は、『ペガサス』になる前、『中央ペガサス予備校』にて学んだもので間違い無いでしょう」


 野花の疑問に、最近設置した来客用のソファにて報告書を読んでいた月世が応える。


 どうして年不相応の能力を東海道ペガサスが持っているのか、それはキルコを除いた彼女たち全員が小さな頃から親元を離れて『中央ペガサス予備校』と言う、未来の『ペガサス』を育てるために中央地区にて設立された施設で育てられた子たちだからだ。


「彼女たちは幼少期の頃から“価値の高い”『ペガサス』や『アイアンホース』となるべくために育てられた養殖モノです。精神は幼くても、その与えられてきた『ペガサス』としての技能は、アルテミス女学園ペガサスとは文字通り質が違います」

「そうなんですねー……」


 別の生き物で言いますとAランクと言った所でしょうかと発言する月世、それが問題発言である事は承知であり、自分の反応を楽しむためだけに言っているのだとわかるからこそ野花は雑に笑って流す。


「とはいえ、『富士の大災害』で発生した欠損の穴埋めで出荷した所を見るに、あの子たちの質は『中央ペガサス予備校』の中では劣る方、あるいは欠陥品だったのかもしれませんね」

「本当に──本当にお願いしますんで──もう少し言葉を選んでもらえませんかね!?」

「ふふっ、ごめんなさい。揶揄いが過ぎましたね」


 とはいえ月世の方が絶対的に上手であるため、野花はどう足掻いたって最終的には頭を抱えるしかなかった。


「しかし、この大人数を纏めて入れ替えですか……想定よりも立ち直りが早いですね」

「久佐薙財閥がって事ですか? ──それとも兵器派のこと?」

「それも有りますが、西日本全体が思ったよりも安定して来ているかもしれません。……例の空を飛ぶギアルスにおける自衛隊の損害……大きく動くには充分ですか、久佐薙財閥と日本国家は今年度中に繋がりを深くして『ペガサス』に対して大胆な変革をもたらす事でしょう」


 言っていることは分かるが、どうしてその結論になったのかを野花は理解できない。聞けば細かく説明してくれるが、それでも分かる事は少なく、ただ漠然と、月世先輩が言うからには、そうなのだろうという真実味を野花は感じる。


「──どんなにお淑やかに過ごしていた所で、日本政府は近いうちにアルテミス女学園に強制干渉を行なって来ます」


 ──現状、東海道ペガサスは嫌干キルコを統括役として、いずれは彼女に大半を任せるつもりらしいが、気持ち悪いと思ってしまうほど月世が行なった振り分けや運用は完璧と評価しても違いなく、久佐薙月世もまた人類として生まれながら、社会を動かす怪物であるのだと、野花ははっきりと感じる。


「残された準備期間が短いのは確かですが、東西南北、どこも忙しい時期が一緒というのは、とても幸いな事です」


 野花は月世の言い回しに、本当にこの人はと深いため息を吐いた。抗議のひとつでも言うべきなのだろうが、野花もまた同じように思ってしまっていただけに同意するしか無かった。


「──東海道ペガサスたちが来てくれた理由も、ボクたちにとって幸いと思うべき事柄なんでしょうね」

「はい、人手を得られただけでなく、プテラリオスの学園破壊正当防衛人間虐殺救命行為によって色々と測れました、これらは必ず、わたくしたちにとってプラスにする事が出来ます」


 東海道ペガサスたちから事情聴取を行ない、彼女たちはアルテミス女学園へと連れられてきた理由を知った。


「野花、幸も不幸も、所詮は天秤そのものの傾きでしかありません。大事なのは、どれほど傾いているのかを、しっかりと把握して、上に乗せるモノを変える事ですよ」

「──久佐薙って、ほんとに怖い」


 使い捨てを前提として規定の年齢に達していないのに『ペガサス』になった子。その子たちの行く先は『北陸聖女学園』に転校し、“電池”と成ることだった。


 その話を聞いた時、野花はおぞましく感じながらも、“でしょうね”と受け入れた。政治的思想、兵器派思想の知識を持ち、そしてこの列島国の追い詰められ具合などを考えれば、どこかで行なっていてもおかしくない所業であった。


 納得できてしまう理由を野花は知識として持ってしまっている。そして何よりも野花は他者の行ないを罪だと否定しきれない。『北陸聖女学園』の大人たちの所業が、『ペガサス』たちに対する大人たちのやった事の全てが罪深く、地獄に行くべきものとするならば、友達などを殺した自分は如何ほどのものとなるのか、そんな考えが物事の嫌悪感を引っ込めてしまうのだ。


「夜稀の具合はいかがですか?」

「落ち着きましたが、飲料物を摂取する量は相変わらず過剰ですね! ──どうにかしたい──どうしかしたいんですが……」


 そして、『北陸聖女学園』の話を聞いて最もダメージを受けたのが、高等部の技術関係の全てを担っている高等部一年の『すずり夜稀よき』であった。


 『北陸聖女学園』の大人たちの行ないを、言葉だけであるが夜稀は過去に発言した事があった。それが関係しているのか、あるいは技術者としての問題か、その日はかなり取り乱し、常に大事にしていた工具にまで当たり散らし、愛奈先輩とアスクが付きっきりで宥める事となった。


 ──友達として、なんとかしたい。野花はそう思うが過去の失敗を引きずって、どうするのが正解なんだろうと二の足を踏んでしまっている状態だった。


「東海道ペガサス、そして『勉強会』も受け入れる事となりました。彼女たちを主役とした歓迎会など、大きな催しをしていい時期かもしれませんね」

「──そうですね。ボクも心底気晴らししたい気分なので、やっちゃいますか!」


 月世の提案に、野花は案外悪くないかも知れないと同意する。単に飲み食いするだけもアレだし、何か特別な事がやりたいなと考えた、ちょうどそのとき、扉がノックされた。


「失礼します」

「ちょっと、止まりなさいって! ああもう、失礼します!!」


 野花が許可する前に勢いよく扉が開かれて、中へと入ってきたのは『勉強会』の中等部二年コンビ、申姫とハルナであった。


 申姫がいつも通り希薄な表情、されど気迫を纏い、目をぱちくりして硬直している野花の前へと移動する。落ち着かせようとして怒鳴り声を上げているハルナに、愉快な事が起きたと微笑む月世。生徒会室の重々しかった空気は完全に霧散した。


「えっと──どう、しましたか!?」


 気合いで再起動を果たして野花が問い掛けると、申姫はバンッと机を叩いた。ビクッと飛び跳ねる野花に、あんたほんといい加減にしなさいよと怒鳴るハルナ、月世は堪えきれず嗤い声を上げてしまう。


「生徒会長お願いがあって来ました」

「あ、はい」

「愛奈先輩がアイドルをできるステージを設置してください」

「ん──、どういうことですか??」

「分かりました! わたくしに全てを任せてください!!」

「待って月世先輩──本当に待って?」


 ──完全に置いてきぼりを食らった野花は、途中からどうにでも成れと正式に許可を出し、全員に協力を要請、多数の同意を得た事で、東海道ペガサス及び『勉強会』の歓迎会を兼ねた、喜渡愛奈のアイドルライブの開催が決定した。


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