九重ハジメ ce3
──迷惑を掛けられること数知れず、気が気じゃない目に何度も遭わされた。でも、それ以上に先輩として沢山のことを教えてくれて、『アイアンホース』らしからぬものを沢山与えてくれて、自分の心を癒やしてくれた。
「……先輩?」
──だからか知らぬうちに、
【303号教室列車】に搭乗してから二年目となる数日前、ほどよく雲掛かった青空、森林地帯内、作戦にて運行の妨げになる可能性が高いプレデター群の掃討、狙撃手である
──そんな『アイアンホース』にとって、普通と言ってもいい日に、己のお気楽な思考が勘違いだったと気付かされる。
「……
「んー、どうかしたというか、あとちょっとは行けると思ったんだけどなっていうか……」
「なにを言ってるんですか、本当にいつも飽きませんね……」
どうせ、ルートを変えて探検しようとか言い出すのだろう、そうやって
「…………ごめん、自分はもう【
「もうほんとに…………え?」
至っていつも通りに放たれた謝罪、その内容の重さに、
「……な、なにを言って……いるんですか?」
きっと
「──活性化率がね、【90%】になっちゃった」
『アイアンホース』には必ず金属の首輪が嵌められる。それは車掌教師が居場所を把握するためのGPS装置であり、活性化率を常に計る検査装置であり、内部に仕込まれている毒針によって、『アイアンホース』を“卒業”するための装置であった。
そんな首輪には、装着している『アイアンホース』の活性化率が【90%】に達した時、自動で毒針が刺さる機能も存在する。
「……嘘です、だってそれなら毒針がすでに
「それはほら、後は帰るだけだけど、今はまだ任務中だから限定的に解除されているだけだよ。だから列車に帰ったら作動すると思う。今だってきっと……先生の恩情だと思うしね」
「いやだって、先輩が“卒業”だなんて……っ!」
『アイアンホース』である以上、突然の別れは当たり前のように起きるものだ。だからといって心の準備なんてできている筈もなく、
「だって、先輩は……先輩で……」
──こんな任務の、それも作戦自体は成功に終わった帰り道で、これからまだ【303号教室列車】での掛け替えのない日常が続くんだと安堵した数分後、あんなに活性化率に過敏に反応したのに、あんなに〈魔眼〉を使わないでほしいと願っていたのに、本当にどうしてだか、いつのまにか
「本当に突然でごめん! 言って今日は行けるかなって思っちゃって口にしなかったんだけど……無理だったね」
「ばっ……なんで言ってくれなかったんですかっ!?」
思わず口から吐き出しそうになった罵倒を飲み込み、知れていたなら、やりようがあった。いつものように戦わせることだってしなかったのにと問い詰める。
「うっかりうっかり……って、流石に最期にこれは駄目だよね。ちゃんと答えるとね、それで可愛い後輩たちに負担を強いたくなかったし、無茶して欲しくなかった。活性化率が余計に上がっちゃうような事をしてほしくなかったからだよ」
『アイアンホース』の戦闘において、個の負担が増えるという事は、そのぶん活性化率の数値が上がりやすくなってしまう。
「そんなの別にっ! 先輩が“卒業”するぐらいならっ!」
「違うよ、
「だからって! ……あんまりじゃないですか……!」
「あー……
──だからって納得できるわけがない、離れたくない、お別れしたくない。自分ひとりで帰りたくなんてない!
「なんとか、ならないんですか? なんとか……自分がっ! なんとかします! 先生を説得して、せめて抑制限界値まではいられるように頼みますから! 一緒に、帰りましょうよ……!」
勝算が無いのは承知の上だ。後先の事なんていまはどうでもいい、
「無理だよ、先生は優しいけど、甘くは無いから、ちゃんとする所はちゃんとするよ……そういう所も好きになったんだから分かるんだ」
「……そう、先生です……。良いですか、このままで、せめて先生と何か……このままじゃ、なにも」
「──自分は『アイアンホース』で、あの人は先生なの」
「先輩っ!!」
「この気持ちが、この恋が無茶なものだって、初めから判っていたよ」
どれだけ人間らしく振る舞おうが、『P細胞』の有無、『ゴルゴン』に成る成らないという絶対的な生物としての差。
「じゃ、じゃあなんで好きだって、愛してるってあんなに……っ!」
「あー、言っちゃうと我慢できなかったからってだけなんだよね。好きだって、愛してるって気持ちって凄く溢れてくるんだよ。だから隠すのってすごく辛くって、逆に吐き出しちゃうと、とっても幸せな気持ちになるから……まあ、いつものやつですねー」
そう言ってはにかむ姿が
「──自分は幸せだったよ」
「先生のことを想っているなら、好きだとか愛してるとか、本当はこういう事を言わない方がいいって分かっていたしね……言えるだけ幸せだったんだ」
結局まともに会話することは無かったが、
「本当は、好きな人の手で“卒業”したかったけど、自分は貰い過ぎて、先生に与え過ぎちゃったから少しでも軽くできたらねって……だから、これでいいの」
「だって、私は先生が大好きなんだもん……あっ、もちろん恋愛と後輩愛って種類が違うだけで、
「どうして……そんなこと言うんですか? そんなこと言うなら諦めないでくださいよ──!」
現実を認識したくないと言わんばかりに、
「自分はぁ!! ……もっと! ……先輩と……」
ぐちゃぐちゃで発狂しそうな心とは裏腹に、言葉の勢いは逆に萎んでいく。
──なんにしても、もう駄目な事が、どうしても分かってしまう。『アイアンホース』である以上、活性化率が【90%】となってしまった時点で“卒業”しなければならないのは絶対的なルールなのだ。
それに、もしも抑制限界値まで“卒業”しなくていいとなったとして、もう少しだけ一緒に居られるようになったとして、どうすればいい? どう過ごせばいい?
「仕方ないよ、自分たちは『アイアンホース』なんだから」
「
「……できません」
「できるよ。だって自分のお世話ができたんだから、いけるいける!」
「……それ、自分で言うんですか?」
顔を上げれば、何時もの
「あー、そういえば装備、どうしようか? うーん、結構自分用に作り替えちゃってるし、このままでいいかな?」
「……なにか、ください」
そしていつもの軽い調子で、いま思いついたと、そんな事を言い出す
「そうだねー、あ、そうだ。じゃあこの子でいいかな? あんまり邪魔にならないと思うし」
そういって手首の裾から出したのは【
しかしながら、【
「──はい、頂きます……」
片手に収まってしまうほど小さく最軽量である一丁の銃型ALISが、やたら重く感じた。
「無理して使わなくて良いからね、あっ、
「……はい」
「うん、ありがとう……うん、そうだね。さてそれじゃあ、もう終わらないとね」
不自然なほど先生からの確認連絡が来なかったために気づけなかったが、とっくの昔に予定帰還時刻は過ぎている。
「今までありがとう。
最後まで先輩らしいお願いに、
「じゃあね」
優しい合図に従い、
「そのまま振り向かないで進んで……長生きしてね──」
最後の先輩からの命令だと言い聞かせて、
+++
ひとりぼっちの帰り道、決壊しそうになる感情を、どうにか押さえ込み、【
周囲を気にする余裕はなく、いま奇襲を得意とする『プレデター』が近くに潜伏しており、飛びかかられたとしても
────タン──────。
──背後から想像よりも小さな音が鳴った。おそらく使用したのは
小さいため口の中に入れやすいから、音が周囲に響かないから、理由はなんであれ戦闘以外で使われたのは確実だった。
「──う、あ────!!」
自分たちを救ってきた小さな音による終了の合図に、
──後に数字が繰り上がり
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