九重ハジメ ce2
──友達の『落馬』による“卒業”を経験した『アイアンホース』は錯乱し、精神に甚大なダメージを受けた。
当時の担任は“卒業”をさせてしまえば評価がマイナスされると、まだ一年目だったこともあって“返品”を選択。鉄道アイアンホース教育校の本校において、検査を受けるが短期間での完治は不可能とされ、“故障”判定を受けた。
本校は、『アイアンホース』の精神が一定まで落ち着いたのを見計らい、再び紹介状を車掌教師たちに提出。こうして彼女は教室列車を乗り換えることとなった。
──『アイアンホース』の彼女は【303号教室列車】にて、新たに
「──本日から【303号教室列車】へと移動する事となりました一年目の
心を閉ざしてしまった
「……? あの、どうかしましたか?」
「──やったー! 後輩だー! いいね、可愛いね! ようこそ【
先輩アイアンホースにおける感情の爆発を浴びた
「あ、まだ自己紹介してなかったね。自分は
≪……
スピーカーから中年ほどの落ち着いた男性の声が、
「あ、ごめん、まずは先生から紹介するべきだったね。この渋くて素敵な声の人は【
≪再度警告する。私語を慎め、
確かに車掌教師によっては、担当する教室列車の運営方法は大きく変わると
「ち、な、み、に……自分の好きな人、きゃっ! 今日初めて顔を合わせたばかりの後輩に言っちゃった! ごめんね、突然こんなこと聞かされても驚くよね?」
「いえ、戸惑いしかないので問題ないです」
──そんな心境を知ってか知らずか、特大の爆弾を投げてきた
≪私語を……慎め、
「もう、本当にいつも冷たいんだから、止めるなりしても、もうちょっと良い感じの言葉が欲しいな~。でも、そういう所が好き! 愛してる!!」
≪…………≫
──この先輩、『アイアンホース』として、かなりおかしい。
欠陥品や、個性などいう言葉では片付けられない、
「さて、
ただ、自分が来た事を心から歓迎してくれる
「……はい、こちらこそ、よろしくお願いします。
「──はっ、
「勘弁してください」
「ねぇ、ゼロ先生~。後輩が可愛いよー。呼んでくれてありがとね! 好き、愛してる!!」
≪…………≫
──ただまあ、やって行けるかは酷く不安になった。
+++
日が経ち、
「よっ! せや! はいやー!!」
『アイアンホース』の戦い方は訓練された兵士のようである。銃型ALISを主武装とし、極限まで無駄を省いた効率重視の挙動によって敵対存在を殺すことが望まれる。事実、成績優秀者である
「うわ! あぶなっ! お返しだよ!!」
しかし、
──というか、本当に何度か危なかったので直接抗議した。
「ごめんごめん。でも、コレが自分の戦い方だから、フォローよろしくね!」
「『アイアンホース』としてチーム同士のカバーは当然の行為ですが、味方のフォロー前提の戦い方と言うなら改善してください」
「ぐうの音もでないね!」
本当にごめーん! 後輩に平謝りする
『アイアンホース』は基本的に年功序列であり、経験豊富な年長者を指示役として後輩たちは付き従うのが普通だ。しかしながら
「そもそも、どうしてこのような戦い方を?」
「元々、大きい銃って合わないなって思っていて、そりゃ『ALIS』のアシスト機能があるから構えて撃って当てるぐらいならできるけど、いざ戦うとなると何か違うなー、こうじゃないなーって、どうしてもなってね。
「特に感じたことはないですね」
「んー、この優秀っ子め~。そんなこと言うと、ますます後ろを任せたくなっちゃうぞ?」
「止めてください」
「なんていうかさ、自分の動きたい速さや挙動と噛み合わないって感じ? それで段々と小さな銃で具合を確かめていったらね。なんとびっくり、いつの間にかここまで小さくなっちゃった!」
「確かに、あれだけ動き回るならば、大きい銃は無理ですね」
「でしょー? いえいえーい!」
皮肉のつもりで言ったのだが、素直に同意されたと認識したらしい
「まあ、上手くやってみせるから安心してよ」
とはいえ、援護がし辛い戦い方こそするが
「可愛い後輩は、先輩である自分が絶対に守るからね!」
「……先輩のことくっそ守り辛いので安心できる要素がひとつもないです」
「後輩が厳しい! ……うーん、有りだね!」
「なに言ってるんですか」
──この時から
+++
それはわざとでもあるが同時に素で、自分が喋り魔である自覚もきちんとあり、単に我慢する気がないだけなのだと
「──トリガラ味ってさ、トリが鶏から来てるのは分かるけど、ガラってなんだろうね?
「分かりません……ガラ、ガラガラ?」
「ガラガラ……そういえば、そんな名前のヘビが居たような? だったら鶏味と蛇味のブレンドって事なのかな?」
そんな
「……だったらトリヘビ味とかにしませんか?」
「昔は蛇のことガラって呼んでいたとか? それで、ニワトリ型プレデターは今はいないけど、ヘビ型プレデターはまだ居るから配慮して使わないとか」
「何に対しての配慮なんですか……」
「例えばー、んー、どうしてもヘビだけはダメって『アイアンホース』が嫌がらないようにするためとか?」
「もし、それが本当なら知らないうちに嫌いなヘビ味食べさせられてるって、話がかなり最悪な方へといきませんか?」
その内容の九割はくだらない雑談であるが、元より
「ここしばらく雨だったからいい加減晴れてほしいよね~」
「そうですね……『アイアンホース』なので風邪を引くことはないんでしょうが、雨に打たれ続けるのはカッパ越しとは言え苦手です」
「分かるー、雨の音とか結構好きなんだけどねー」
「それにカッパだと、どうしても動きづらいので、装備が全て防水であるなら、いっそ雨の中でも通常通りでいいかもしれませんね」
「えー、それじゃあ体が寒くなっちゃうよー。はっ、閃いた! 終わったら自分が
「風邪引かないので結構です」
+++
作戦時には開始する前や、移動など非戦闘時間が、どうして生まれる。本来であれば周辺を警戒して過ごしてしかるべきなのだが、
「
「このあいだ、そう言ってお腹壊したの忘れたんですか!? 『アイアンホース』の肉体に異常が出るって相当なので、キノコは食べないって決めたじゃないですか!?」
「こんなに綺麗だから 今度は行けるって!」
「むしろ危険を知らせる色にしか見えませんよ!?」
流石に緊急性が高い作戦時はしないものの、自然が生い茂る地帯で活動するさいに
ただ、これに関しては
もっとも、
「あー!
「むぐっ……食べます?」
「食べる!!」
そんな
「あまーい! リンゴって思ったけど違うね? もしかして梨かな?」
「そうなんですか?」
「多分ね。というか
「ば、バレてたんですか!?」
「むふー。後輩のことはじっとりねっとり何時も見ているのだ! ……はっ!? ごめん嘘! ちょっとしか見てないから引かないで!」
──こんな風に
+++
そんな日々を過ごしていると、新たな『アイアンホース』が【303号教室列車】へとやってきた。
「──は、はじめまして、本日から【303号教室列車】へと移動となった……え~と、
「また新しい後輩だー! 綺麗アンド可愛いね!! ……はっ! もしかして同い年!? そうだったら後輩じゃなかったかも、ごめんね!」
「先輩、落ち着いてください」
自分の時と同じぐらいのテンションで、【303号教室列車】へとやってきた
「え? あ、その~……まだ1年目で~」
「じゃあ
「誰も聞いてませんって……」
──なにを思ったのか慌てた感じでフォローしてくる先輩に冷たく応じる。だが内心では変わらず自分のことを気遣ってくれる先輩に、ちょっと嬉しく思った。
「
「わ、分かりました……?」
「そして先輩の態度は別に許されたものではないので、気を付けてください」
「えぇ……」
目をぱちくりさせる
「これから、よろしくね」
「……ふふっ、はい。よろしくお願いしますね~」
──それでも魅力があるのだろう。
+++
「──
ある日、周辺の『プレデター』を全て排除したと思い込み、油断した
そんなイタチ型プレデターが不自然に真下へと落ち、そのまま地面へとめり込み始めた。
──ダンダンダン!!
「──お、おお~、あ、危なかったぁ、怪我無い!?」
続けての【
「……先輩、〈魔眼〉を使ったのですか?」
「え? ああうん」
「なにしてるんですか!?」
「ええっ!?」
「活性化率が上がってしまいますよ!?」
「そ、そうだね」
「それなのに〈魔眼〉を使うなんて……なにを考えてるんですか!?」
──
「こんな事で使うなん──ぶっ!?」
「
理不尽な感情をぶつける
「
「……だ、だからって〈魔眼〉を使わなくてもいいじゃないですか──!
いつもの調子で、されど心からの本音を正面から受け取ってしまった
「あ、
「──? ……っ!!」
《b》《font:102》──待って! 待って!! お願いまって! いやだっ! 死にたくない!!《/font》《/b》
落馬した友達の、最期の声が鮮明に呼び起こされて、体の自由が利かなくなる。
『待って待って病』。『アイアンホース』がよく患う故障原因のひとつであり、“待って”や制止する言葉に反応して、何かしらの異常反応を起こしてしまう精神病の一種である。
『アイアンホース』によって症状は違うが、
体が動かなければ声も出ない。正常に戻れと念じれば念じるほど呼吸の仕方を忘れていき、五感が鈍る。自分がいまどのような状況か分からなくなっていく。
「
──誰か助けて、声に出ていない救援要請を受け取ったように、
「ゆっくりと息を吸って、吐いて、吸って、吐いて──」
「────~~!!」
「うん、その調子」
「──っはぁ! ふぅ──!!」
指示通りに呼吸を繰り返すと、先ほどまでの辛さが嘘のように消えていき、
「ごめんね、辛い目に遭わせちゃったね」
「──ちが、います! 先輩の所為じゃありません! 自分が油断したから! 今も、あの時も……っ!」
──あの時、自分が友達をちゃんと見ていたら、手が届かなくても、己の〈魔眼〉で助けられたんだ。そんな後悔が常に
「うん、『アイアンホース』だもんね。たくさん辛い事があるよね、怖くなるよね……。自分がね、〈魔眼〉を使っちゃったのは、だからなんだよ」
「大事で可愛い後輩に、先に“卒業”して欲しくなかった」
「……自分だって、先輩に“卒業”してほしくありません」
「んー、そうだ。今日は
唐突な提案だったが、
+++
その日の就寝時間。【303号教室列車】の『アイアンホース』3名は、
「【303号教室列車】の『アイアンホース』はね、こうやって皆で寝るのが伝統みたい。自分が後輩だったころ、落ち込んだときに先輩が、こんな感じで一緒に寝てくれたんだ」
それから始まった
「お、
「……先輩、先輩はどうして先生が好きなんですか?」
ゼロ先生。【303号教室列車】の車掌教師であり、『アイアンホース』に対して業務に関わること以外干渉しない冷たい人、それが
そんなゼロ先生を
「……そうだねー、私が先生が好きなのはね、優しいからかな」
「優しい……ですか」
だが、理由を聞いても疑問が解決されることは無く、数少ない先生と接した記憶を思い起こしてみるが、優しいと判定できる材料になるものがないと、余計に分からなくなった。
「……昔はあんなんではなかったんですか?」
「ううん。昔っからああだよ」
「だったらなんで……優しいと思えるんですか?」
「……ほら私って、『アイアンホース』からすれば“欠陥品”って言われても仕方ないレベルじゃん? でも、先生は私語を慎めって言うけど、別に罰を与えることはしないでしょ?」
「それは……まぁ……」
この時には既に
「確かに先生は喋らないし、反応してくれないよ。でもね、それは単に不器用だからなんだなって気付いて……それから良い人なんだな、優しい人なんだなって想うようになって──自然と好きになっちゃった」
「──あー、なんか初めて話したけど、恋バナってすんごい恥ずかしくなるね。もう寝ちゃおう寝ちゃおう」
そう言うと
「……今日は助けてくれて、ありがとうございました」
「うん、助けられて良かったよ、また明日もがんば──」
「……え? 話している途中に寝たんですか? ……もう」
結局、なにも解決はしていないかもしれない。それでも心は落ち着いて、久しぶりに何も考えずに微睡みに意識を委ねることができた。
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