ルビー ce3

【報告】

一部設定に矛盾が生じたため、台詞の修正を行ないました。


──────────


 大規模侵攻の終盤。鉄道アイアンホース教育校から転校してきた『アイアンホース』であるルビーは、アルテミス女学園高等部ペガサスたちが隠す“秘密”に、ほぼ自力で辿り着いた。


 漠然とであり答え合わせのしていない疑惑止まりであったが、アルテミス女学園には活性化率を下げられる方法があるかもしれないと、外部に知られたら致命傷となる情報を、恋する相手であった担任の車掌教師、タクヤ先生に伝えようとした寸前で、『蝶番ちょうつがい野花のはな』によって止められた。


 ──そのさいに、ルビーがタクヤ先生の本音を聞いてしまい、失恋する。それから一週間、ルビーは元高等部二年が使用していた高等部寮の一室にて監禁されていた。


「──なに? ……また来たの?」


 ルビーは〈魔眼〉対策によって目元が隠されており、『アイアンホース』のブーツ音で部屋に誰が入ってきたのかを感知する。


 監禁当初は椅子に雁字搦めに縛られたルビーであったが、その生気の無さから暴れる危険性は無いとして、早い段階の内に拘束が緩くなり、現在では目隠しと、ベッドに繋がれた手錠のみとなっている。


 実際に、ルビーは暴れることはおろか、完全な無気力状態となっており、あれだけ自慢であった紅玉色の髪を自由に垂れさせて、飲食も自らの意思では摂ることはなく、ただ茫然とし続ける日々を過ごしていた。


「……悪かったわね。まだ……死んでなくて」


 ようやく話せるようになったかと思えば、ルビーは自虐的なことばかりを口にしていた。周りの心配を他所に、ルビーは生きようともしなかった、されど死ねなかった。


 死ぬ気すら起きなかったのは失恋のショック故か、生まれ持っての性質か、あるいは生殺与奪権を他人に与えながらも、自己では生き残ることを諦めない教育を受けた『アイアンホース』ゆえかは本人も分からなかった。


「もう、なんでもいいから……処刑するなら早くして」


 だからか、ルビーは毎日のように、殺してくれることを望んだ。自分が生きている事はアルテミス女学園ペガサスたちにとって不都合だろうという冷静な分析を以ての発言であり、むしろまだ生かされているほうが不思議であった。だから、もしも彼女たちが裁判でもしていて自身を極刑としたのならば、断頭台の上に立たされたとしても抵抗するつもりはなかった。


 自分の生を全て懸けてきた恋は望んだ幸せごと与えてくれた張本人によって完全に失われた。伽藍堂となった『アイアンホース』は傍に立っているであろう『九重ここのえハジメ』に、一刻も早い“卒業”を乞い願う


「それとも、ずっとここに居ることが罰なの? ……だったら、もう放っておいて、出て行って、これ以上生かそうとしないでよ……!」


 『アイアンホース』は数日程度であれば、一切飲食せずとも『P細胞』が必要な栄養素を生成してくれるため普通に生きていける。しかし、だからといって飲食共々蔑ろにさせるわけにも行かず、それ以外の世話もハジメが全て行なっていた。


 恋に全力を以て挑んだ乙女は、もうどこにもおらず。終わってしまったあとを嘆くか弱き少女が居た。


「……この数日間、ずっと考えてきたけど、自分には結局なにが最適だったのか分かりません」


 そんなルビーに、ハジメは情けなく思える本音を淡々とぶちまけた。


「もしかしたら戦友として、いま君が言った願いを叶えるのが正しいのかもしれない……ですがルビー、自分たちには未来ができたんです。そんな終着後の道を、自分は戦友と一緒に進みたい」


 これが身勝手なエゴでしかないのはハジメ自身が百も承知だった。全てを失って絶望の淵に落とされた少女に、代わりの希望すら与えることもできないのに、生きて欲しいと口にする。戦友と評しておきながら、自身が最も彼女に苦しみを与えているような気すらしてきた。


 ──だから、どうせ身勝手だというならば、ハジメは可能性があるならばなんでもしようと決めたのだ。“血清”という先に進める切符を手に入れた以上、諦めるつもりはなかった。


 救えるなんて思わない、新しい生き甲斐を与えられる当てなんてない、複雑な理由すら無く、ただ大切な戦友を失いたくないという気持ちで、ハジメは賭けを実行する。


「……っ! …………なに?」


 突然、目隠しを外されて数日ぶりの光が瞳に入り込む、流石は〈魔眼〉と言うべきか、痛みを感じることもなく眩しさに直ぐに適応し、ハジメの真剣な顔を見て、諦めるつもりは無さそうとぼんやりと思った。


 ハジメは疑問に答えることなく、今度は緊急時は外してくださいと預かった鍵を使い、手錠を外した。これでルビーは自由の身となる。


「酷い顔ですね」


 失礼ね、なんならあんたの顔をもっと酷くしてもいいわよと、以前のルビーならば暴言で返していたものの、自由となっても彼女は淀んだ瞳で項垂れるのみだった。


「ルビー……実は自分は名前を改めたんだ。『九重ここのえハジメ』。名前のハジメは漢数字ではなく、カタカナ三文字でハジメだ」


 人間らしい名を名乗るようになったこと自体はどうでもいいが、どうしてこのタイミングで、こんなことを言い出すのかと、掠れた思考で疑問に思う。


 ──まさか、同じように改名して、心機一転して生きろとでも言うのだろうか? 自分の知るハジメならあり得る、なんてくだらない、本当にくだらない作戦だと、内心でこき下ろす。


「ハジメは、そのまま読み方を名前にしました……そして九重という苗字は、ゼロ先生から頂いたものです」


 ゼロ先生というのは、鉄道アイアンホース教育校に所属し、【303号教室列車】の車掌教師であるハジメの担任である。まだこの時点でルビーは、話の意図に気がつかなかった。


「先生の本名は『九重ここのえれい』、つまり九重という苗字は先生自身の苗字です」


 ──ちがう。ハジメは。


「それを、『アイアンホース』でしかない自分に与えてくれました。まるで本当の娘だと認めてくれたようで、心の底から嬉しかった」


 ──こいつは。


「ルビー、自分は……九重ハジメは、いまこの時点で“世界一幸せなアイアンホース”だと胸を張って断言できます」


 ──真っ向から喧嘩を売ってきているのだ。


「…………ふーーーーーーーーーっ!!」


 ルビーは深い深い息を吐いた。相手の挑発行為に対して、冷静を保とうとする本能ゆえの行動であった。それから息を整えて、ベッドの上で瞳を閉じて瞑想を行ってからの、ノーモーションからの立ち上がりにおける、ミドルキックをハジメの頭蓋目掛けて放った。


「ぐっ!? ガっ!!?」


 ルビーの行動を読み切っていたハジメであったが、全力の蹴りの威力が想定以上であり、ガードこそできたものの、そのまま蹴り抜かれてしまい体勢を崩されてしまったところ、思いっきり顔面を蹴られる。


「──酷い顔で死ぬ覚悟はできてるんでしょうね!?」


 ルビーは激情する。ここ数日間の虚無が嘘であったと思えるぐらいに、抑えきれないほどの感情が湧き上がり、ハジメに向かって跳び蹴りを放った。


「甘い!」

「ぎっ!?」


 真横に体をずらして蹴りを回避したハジメは、そのままルビーの顔面にパンチを加える。『アイアンホース』とは言え、10代の少女が出すべきではない声と共に、鼻や口から血飛沫が飛び散る。


「このぉ! ……ぐっ!?」

「がっ!?」


 ハジメは容赦無く追撃を行ない、ストレートパンチをお見舞いすると、ルビーは反射的に同じように腕をだして偶発的なクロスカウンターが発生。お互いの拳が顔面へと直撃する。よろけて片足を浮かせる2名の『アイアンホース』は、踏ん張って姿勢を保つと構えをとり、本格的な殴り合いをはじめた。


「あんたっ! ほんとうに……! なんのつもりよっ!!?」

「ルビーに生きて欲しい! 元気になって欲しかった!」

「最悪過ぎるわっ!」

「ごほっ!?」


 適切な反応と共にルビーは、ガードの隙間から腹に向かってストレートを打ち込みハジメの体をくの字に曲げる。


「……そ、そういうルビーはなんですかっ! このらしくない、体たらくは!?」

「失恋したのよ!! おかげで全部失ったのよ!? そんな相手になんてこと言ってるのよ!?」

「というか聞いていた話と違う! 自分は恋を叶えたいと言うからっ! 応援したのに!!」

「仕方ないじゃない!? 『アイアンホース』なのよ!?」

「だから叶ってほしいと思ったんだ! ぎっ──!?」


 タクヤ先生との思い出が浮かび上がり、湧き上がる悲しみは即座に激情の熱で蒸発し、体を動かす燃料へと変化する。何度もボディを食らって動きを鈍らせたハジメにすかさず、強烈なフックを頬に叩き付けた。


「というか、なによ三日前の!? この部屋で何を焼いて食わせたのよ!?」

「な、ナス……ナスだ!」

「なによナスって!? せめて冷ましなさいよ!? というかもう全体的に世話が下手くそ!!」

「仕方ないだろ! 今までこういうことやった事なかったんですから全て手探りだったんです!」

「限度があるわ!!」

「グエッ!?」


 無気力であったために何も思わなかったことを、今になって思いだし、ハジメの不器用ぶきっちょなお世話によるストレスとか、羞恥が遅れて湧き上がり、それらはさらにルビーの力となる。


「──ル、ルビー、す、少しタイム」

「あるわけないでしょ!!?」

「いや本当にちょっとまってくガハァ!?」


 最初こそ拮抗していたが、元よりルビーの方が格闘戦において圧倒的な実力を有しているため、途中から反撃すらままならず、ボコボコにされはじめたハジメは休憩を求めるが自業自得だと文字通り一蹴される。


 ──自分がいいと言うまで、何がおきても放っておいてください。そうお願いされた監視役を担っているAエーは扉越しに聞こえてくる怒声や殴打音を聞きながら、今日のご飯はなんであるか思いを馳せる。


「…………あー、もうほんと最悪」


 それから、殴ってない箇所がないほどハジメを殴り倒して、満身創痍にさせたルビーは地べたに座った。床の至る所に血が飛び散っており、室内が猟奇的な惨状となっているが、『P細胞』の修復機能によって、受けた傷は既に完治の段階に至っていた。


「痛いわね……」


 それでも深く傷ついた分、治るのに時間が掛かる。落ち着いたルビーは、ハジメに殴打された箇所がジンジンと痛んでいることに気付いた。消えるまでの十秒、どうしてかルビーはその痛みに集中して感じ続けた。


「……ほんと、最悪」


 ──何もない自分が手に入れた初恋だった。生き甲斐となる夢ができた。幸せになりたいと思った。それら全てを与えてくれた本人から全否定されて、いまもなお二度と埋まらないであろう空虚感は有る。それでも妙にスッキリしてしまい、調子を取り戻してきている自分に、ルビーはなんだか遣る瀬ない気持ちになる。


 単なる普通の女の子であったのならば、また違ったのかもしれないが、彼女は幼少期の頃から訓練を受けた『アイアンホース』だった。できなければ戦場で“卒業”してしまうぞと意識を切り替える術を叩き込まれ、実際に何度も経験したのだ。


 そして、その術と経験は“失恋という事態”にもきっちりと作用してしまっていた。少女の自我とは裏腹に、『アイアンホース』として出来上がった処理能力が早い段階で整理を始めてしまい、自分が無気力であったのも、意地という名の蓋をしていただけに過ぎないことに気がついていた。でも受け入れてしまえば、残るのは何もなかった少女の自分なのだ、到底認められるものではない。


「なんだったのよ、自分がやってきたこと……あんなに好きだったのに、幸せだったのに……なんで無くなっちゃうのよ」


 これじゃあ、まるで自分のほうが嘘だったみたいだと、ルビーは、どうしようも無く苦しくなる。


「──君は……ルビーだ、自分が、自分たちが一緒に戦ってきた。前も後ろも任せられる、赤く輝く『アイアンホース』のルビーだ」


 痛みは引いていたが、まだ治りきっていないのか指一本動かせないハジメは仰向けのまま思いを伝えはじめる。


「好戦的で皮肉屋で、何度も自分のことを助けてくれた赤色に輝く誇り高き戦友は……確かに傍に居てくれたんだ」


 ハジメは違う教室列車所属であるため、時折見せてきたもの以外の恋するルビーの事をあまり知らない。しかし、幾多の戦場を戦い抜いてきた『アイアンホース』のルビーの事はよく知っていた。


「ルビー、また一緒に戦ってくれ」

「……そればっかりね……」


 ──交渉ですらない不器用な懇願。1度は裏切ったはずなのに、どうしてこんなにも必死になってくれるのだろうか? ああ、元から、こういう奴だったわね。


「……何も教えてくれなかったのはハジメでしょ?」

「それは……当然の判断をしたまでです」


 ──自分で言っておいて、それはそうだと納得する。『ペガサス』たちとの約束事もあったのだろうが、もしも自分を信じてハジメがアルテミス女学園の秘密を話してくれたとしても、結局は夢を叶えるために裏切りを選んだはずだ。


「処遇については、自分に一任されています、ですから、どうかお願いします」


 でも、アルテミスの『ペガサス』は許してくれないでしょ、そんな現実的な考えでブレーキを掛けると、知ってか知らずか後押しをしてくる。


「…………いつもそう、あんたは、ここぞという時には決めるんだから……分かったわよ」

「ルビー?」

「ハサミ、それかナイフ、とにかく何でも良いから切れるもの貸して、あとルビーの制服も返して……ああ、それと生徒会長にも会いたいって言って」

「わ、分かった! ちょっと待ってくれ!」

「……刃物を使う理由ぐらい聞きなさいよ、ああもう……」


 ハジメは、明らかに嬉しそうに外へと飛び出していった。開きっぱなしになった扉の外を見れば、Aエーが何事かと、じっとこちらを見ていたので、あとで分かると手を振るう。


 ひとりとなり、静かになった空間でルビーは大きく息を吸った。


「…………本当に好きだったのよ」


 うるさくブーツを鳴らして戻ってくるハジメが来るまで、ルビーは体を丸めて静かに嗚咽を漏らした。


 +++


「──えっと……その……」

「なに? 言いたい事があるならハッキリと言えば?」


 ──支度をすませたルビーは、生徒会室へと赴き、椅子に座って作業をしていた『蝶番ちょうつがい野花のはな』と対面した。


 扉の方にはハジメとAエーが綺麗な姿勢で立っており、野花はできれば、もうちょっと近づいてきて欲しいなと願う。


「ず、随分と変わりましたね! なんだか別人みたいです! ──本当にごめんなさい」

「なんで謝るのよ。あと、これは別に自罰的なやつじゃないから、単なる気分転換。あんたが良いって言ってくれるなら、ちゃんと働いて償うわよ」


 ──ルビーの鉄道アイアンホース教育校の制服に施されていた装飾品は、胸元と赤い人工宝石付きのブローチを残して綺麗さっぱり取り外されていた。


 そしてなによりも、ルビーは誇りであり自慢であったツインテールを結べるほど長かった紅玉色の髪を、ベリーショートにまで切り、中性的な見た目となっており、立ち直ったわけではない事が分かるほど死んだ目によって、ルビーという名の違う『アイアンホース』と思えるほどに様変わりしていた。


 そんな評価も間違っていないのかもしれない、現に恋を失った乙女はいなくなり、残ったのは熟練のアイアンホースなのだから。


「別に信用してくれなくていいわ。なんならあの鉄の首輪を改造できるって言うなら、毒針の起動スイッチを作って、貴女か、あの黒髪の『ペガサス』にでも渡してくれればいいわ」

「それは……もし、あの先生に会えるとなったら、どうします?」

「会いには行くでしょうね、その後は分からない」

「──本当は愛してたとか言われたら?」

「分からない。その時の気分次第じゃない?」


 野花の遠慮がちな質問に、ルビーは正直に答える。事実、タクヤ先生を前にした時、どう反応するか自分でも想像できなかった。


 そんな肯定も否定もしない回答に、野花はひとまず安堵した。少なくとも冷静かつ正直に、彼女の大切を壊した張本人である自分に応対してくれているのだと分かったからだ。だからこそ耐えきれなくなった。


「──ボクの〈魔眼〉は〈闇寧あんねい〉です、体験したから分かると思いますが音声機器の類いでしたら自由に声を出力することができます」

「……はぁ?」

「だから──あの先生の発言もボクが出したものかもしれません……よ?」


 野花の〈魔眼〉は目視している音声機器を自在に操れるもので、これは肉声と寸分違わない人工音声だって流す事ができる代物であった。それこそコレを使用して野花はルビーの“卒業”を偽装できたほどだ。確かにこれを使えば、タクヤ先生の最後のルビーに対する酷い言葉も生み出せることだろう。あの時の状況からして、してもおかしくなかったのは確かだ。


「…………はぁ~。──っ!!」

「ぎゃっ!? な──えぇ?」


 ルビーは深いため息を吐いたと思えば、ドンッと生徒会長用のデスクを蹴って大きな音を鳴らした。それに驚愕した野花は、椅子から転げ落ちて、慌てふためく。なお扉の方では咄嗟にAエーがピストル型ALISを抜こうとしたのを、ハジメが小声でもう少し見守ってくださいとお願いして止めていた。


「はっ、ビビリなあんたが、あんな土壇場で大それた工作できるとは思って居ないわよ。私の声真似だって、いま思えばかなり下手くそだったし、というか、そもそもダイヤの事知らないでしょあんた?」

「あ、はい」


 声が先生だけだったら、野花がどれだけ否定しようとも疑念はあったかもしれない。でも最後の通信には、アルテミス女学園で行なったルビーと先生の通信を全て野花が聞いていたとして、そのさいに現われることの無かったダイヤという名の『アイアンホース』が居たのだ。


 知らない存在の声も演技も流石にできないだろうと、ルビーは極めて冷静に、あれは本物のタクヤ先生たちの会話であったと判断していた。


「それで、どうなの?」

「──最後に、ボクのことどう思っていますか?」

「ルビーの恋路を邪魔したお邪魔虫……でも、仲間だったわ──裏切ってごめんなさい」


 望まぬ転校だったとはいえ、自身は確かにアルテミス女学園に転校した。だったら『ペガサス』たちは共に『プレデター』と戦う仲間なのだ。そんな彼女たちを私利私欲のために不幸のどん底へと落とそうとした行為は許されるものではない。


 だから裏切り行為をしたことについて、『アイアンホース』として、ルビー個人として、贖罪し続けると誓った。


「──ボクたちは少しでも多くの人員を必要としています。経験豊富な『アイアンホース』であるならなおさら──それが敵対行動を取った貴女であっても欲しいくらいには」


 あれだけ先生を好きだと公言していたルビーが、今後どのような行動を取るのかは、まだ計り知れない。それでも野花は、一度その命を見逃す事を選んだのだ。他者ハジメに任せると決定したのだ。それは組織の長として彼女のしでかした自分たちにとっての罪を赦した事と同義である。


 だから生徒会長として、彼女が次の罪を犯すまで信じなければならない責任がある。それが個人として“卒業”させたくないという気持ちを正当化させるための言い訳にもなるのだからと、野花は彼女に感じる不安や疑惑の一切を心の奥へとしまった。


 ──なによりも、こうやって自分の前に現われて頭を下げてくれたことが、自分にとっての救いになっているのだから、それ以外は野暮というものである。


「──ようこそアルテミス女学園へ、改めて歓迎します」

「そっ、これからよろしくね。生徒会長」


 ルビーは大人びた笑みを浮かべたあと、姿勢を正して敬礼を行なう。


「元【504号教室列車】所属の『アイアンホース』、ルビーよ。摩耗しきるまで使ってくれても構わないわ……どうか、忘れさせて頂戴ね」


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