ルビー ce2


 『アイアンホース』は時として、他の教室列車と合同で作戦を行なうことがある。特にルビーが乗る【504号教室列車500番台】は緊急性の高い現場に急行する事を目的としているだけあって機会が多い。


「──あのさぁ、いい加減に言っていい?」

「前置きするとはらしくないですね……どうぞ」

「あんたと一緒になると、ルビー毎回毎回とんでもない目に遭ってるのは気のせいかしら?」


 ルビーが皮肉交じりに文句を垂れると、癖が目立つ短めに揃えられた茶髪の『アイアンホース』、【303号教室列車】所属のハジメは帽子を深く被って目線を隠した。


「分かってるのよ? そのおかげで“卒業”せずに済んだって、でも多いのよ、百パーなのよ。流石に邪推したって仕方なくない?」

「すまない、もう少し冷静な判断ができていれば……」

「……冗談よ。悪かったわね」


 いつものハジメなら、これぐらいの軽口には言い返すのだが、今回ばかりはガチでヘコんでしまっていたらしく、流石に駄目ねと謝罪を口にする。


「『プレデター』の巣に誘導されたってのに、まだ誰も“卒業”しなかったのは本当にハジメのお陰よ。本当に助かったわ」

「ですが、作戦範囲の緊急延長が寸前で通って居なかったら、全員が毒針で“卒業”していました……」

「馬鹿ね、ああでもしなかったら、それこそ全滅だったじゃない」


 ハジメは丁寧語とタメ口が混ざった特有の言い回しで落ち込んでいる理由を話すと、ルビーは一蹴し、鼻を鳴らした。


「賭けに勝ったんなら胸を張りなさいよ。じゃないとルビーが喜んでいいか分からないじゃないの」

「ルビー……」


 確かにハジメの指示によってもたらされた現状は、教室列車群や他の『アイアンホース』たちから離れてしまい、教室列車に戻るにしても『プレデター』たちがたむろし、また作戦目標である独立種が存在する森林地帯を進まなければならない状態に置かれている。


 しかし、現時点で自分たちが誰も“卒業”せずに済んだのは、そんなハジメが咄嗟の判断で行なった指示のおかげであった。そのためルビーは冗談で文句こそ言ったが、その内心では感謝していた。


「──まぁ、おかげさまで功績が増えそうなんだ、ルビー様的には嬉しいわな。良かったなぁ? 帰ったら大好きな先生にたーくさん褒めてもらえるぜぇ?」


 ──『プレデター』が、どこに潜んでいてもおかしくない場所で、己の相棒であるマシンガン型ALISとライオットシールドと共に地面に寝転んでいる『アイアンホース』が嘲笑混じりの言葉でルビーに話しかける。


「あら? その言い方だとまるでルビーが全て仕組んだみたいじゃないの?」

「だったら、ジブンたちは可哀想にも自分勝手我が儘牝馬メスウマの罠にはまった可哀想な喰われる肉ってか? 笑うしかねぇな、ギャハハハハ!!」

「そう思うんだったら、ルビーの盾として役に立ってよね、一個ワンコ


 ブラック&ホワイトを雑に括ったアンダーテイルヘアー、誰からもデカいと言われる肉体的特徴を持つ、長身の『アイアンホース』、一個ワンコは心から面白くて仕方ないと言わんばかりに、汚く高らかに笑う


「それは難しい要望だなぁ。なにせ体が重いもんでぇ、盾になりたくてもお前の速さに追いつけねぇんだよ。そこで提案だ。ジブンのケツ穴に鼻突っ込んで震えるってなら、言うとおり守ってやってもいいぜぇ?」

「あら、いいじゃない。活性化率も節約できそうだし、本当にお願いしようかしら?」

「ギャハ! ケツ見る趣味すら持ってねぇくせによく言うぜ、暴れん坊姫がよ」


 性格的に自分だけが隠れてやり過ごせるやつじゃないだろと汚い言葉で、図星を突かれたルビーは肩をすくめる。


「……一個ワンコ、姫様扱いしてくれたお礼に教えて上げるけど右隣に気を付けなさい」

「ああ? ──ぐぼ!?」

「──でかいケツを地面に押し当てて汚く吠えてるなよ、クソ犬」


 低く重々しくも、ハッキリと耳に届く尖りきった言葉と共に、一個ワンコは脇腹をボールのように思いっきり蹴られて、吹っ飛び、地面をゴロゴロ転がる。


「ぐおぉぉぉ……!」

「ひとが斥候スカウトしている間に戦地で寝ているとは、いいご身分だな?」


 痛そうに悶える一個ワンコに蹴った張本人である『アイアンホース』は、非道な態度で罵倒する。そんな彼女の乱暴な態度にハジメとルビーは、こうでもしないと一個ワンコは、ずっとあんな感じで絡んでくるのを知っているのもあって、慣れたものだと特に何も思わずスルーした。


「お疲れ様です、二個ニャーコ。状況は?」

「今はどこも待機中、非戦闘状態だ」


 ハジメは、今まで周辺の斥候と、先生たちとの連絡を行ない戻ってきた『アイアンホース』、二個ニャーコに近づき労いの言葉を掛ける。


 ブルーグレーの髪を持ち、声に似合わぬほどのやや小柄な体型で童顔、しかし気怠そうな半目から除き込む瞳孔はとても鋭い。フード付きのジャケットを着用し、リュックを背負っている、また全体的に細々としたものを全身に取り付けており、ルビーたちと比べて遙かに装着している装備が多い。


「……ナー、やっとマシな顔になったな」


 その装備の豊富さゆえに多様な補助アシストを得意とし、穴埋めをするように自在に立ち回るのが“気まぐれ”に見えると評される二個ニャーコは、じっとハジメの顔を見て鳴いた。


「いけるな?」

「はい、ブリーフィングを始めよう」


 ハジメの顔を見て調子を取り戻したと判断した二個ニャーコは自分が装備していた高性能のヘッドカムを、ハジメへと差し出した。


「これなら、この距離でも【303号教室列車】と連絡できる。こっちを使え」

「分かりました。フタ三番トロワは?」

「それも纏めて話す……。一個ワンコ、いつまでも寝たふりしてないで、とっとと起きてこっち来い!」

「わっふぅー。ったく、相変わらず酷い扱いで泣いちまうぜ、ギャハ!」

「むしろ笑ってるわね、楽しそうでなによりよ」


 一個ワンコは蹴られた脇腹を撫でながら立ち上がると、特に文句を言うことなく装備を拾い上げて、ハジメたちの方へと集まった。そんな【606号教室列車】所属の『アイアンホース』たちのやりとりを見て、相変わらずねと思いながらルビーも合流、この状況を打破し、作戦を成功させ、無事に帰還するための話し合いブリーフィングを開始する。


「それで、先生たちはなんて?」

「ナー、このまま作戦は続行、【303号教室列車サンマルサン】のゼロ先生総指揮の下でゴリラ型独立種の討伐作戦を再開する。いつも通り自分らの担任とんまが、ゼロ先生に全て丸投げした形だ……本当に助かる」


 呆れながらも安堵を見せる二個ニャーコ、作戦を実行する『アイアンホース』たちに於いて、そのときに総指揮を担う車掌教師が誰になるのかは、極めて重要である。


 そして、今回集まった車掌教師の中で総指揮を担う事になったハジメフタの担任であるゼロ先生は悪い所を先に挙げれば指示不足が目立ち、沈黙する場面が多いが、現場の『アイアンホース』の意向を汲んでサポートを優先させた立ち回りをしてくれるため、ハジメ二個ニャーコのような自立力が高い『アイアンホース』たちからはやりやすいと割かし人気だった。


「やっぱりハジメんところの先生が頭か、残念だったなルビー、愛しの先生にどぎつい命令してもらえなく「黙れ一個ワンコ」でぇべ!?」


 説明途中に野次を入れた一個ワンコに、二個ニャーコの肘打ちによる制裁が加えられる。『アイアンホース』は、脳などの神経系に直接ダメージでも与えない限り、後遺症とか滅多に無いので、こういう時に黙らせるには楽でいいなとルビーは思った。


 ちなみにルビーの担任であるタクヤ先生は良いところを先に挙げれば、とても優秀であり、アドリブ能力が高く判断が早い。一方で通常の車掌教師らしく、現場が判断して動くのに否定的であり、ときおり甘い言葉を発するのが、ウザくて嫌いと思う『アイアンホース』が割と居る。


「自分たち4名は、これから目標であるゴリラ型独立種が居ると思われるE7地点へと迂回する形で移動する。既にフタ三番トロワは、この丘に狙撃待機済みだ」


 二個ニャーコが、区画ごとに記号を割り振られているグリッド地図を広げて、指を指しながら話を進める。そんな中でハジメは己の紙地図にペンを走らせて、二個ニャーコが細かく書き足した情報や移動ルートなどを書き写していく。


「〈固有性質スペシャル〉を警戒して、深度が浅い場所を選んでの移動ですね。それからの行動はゴリラ型独立種の位置によって変えますか?」

「ナー、自分たちが近ければ攻撃を開始、逆に遠ければ狙撃を先にして、外れれば、こちら側に誘導、罠を警戒しつつ戦闘に入る。とりあえずはこれでいいだろう」


 ルビーは話を耳に入れながら、ただじっと地図を見ていた。彼女は自我が芽生えた頃から受けていた訓練の中で、極力装備を減らすために作戦内容や地図を覚え続ける記憶術を叩き込まれているため、道具を必要とせず覚えられる技能を持っていた。ただ間違いがあってはいけないと、見逃しがないように注視する。


「〈固有性質スペシャル〉について何か分かったことはあるの?」

「ナー、正確には不明だが、他の『プレデター』に干渉操作できる能力と考えるのが妥当だろう、でなければ、あんな風に一定エリアに固まっていたのは流石に不自然が過ぎる」

「逆に言えば、直接差し向けられるわけではないみたいですね。自分の下へと呼び出すわけではなく、自分たちを巣へと誘い出した所を見るに、他の『プレデター』を集められるだけかもしれない」

「弱い奴だったら手っ取り早く太い腕で殺す、強い奴だったら安全に罠に嵌めて殺す、随分と賢い奴だなぁ」


 『アイアンホース』たちの中でも、特に秀でたものたちが集まったチームでの意見交換は効率よく行なわれていく、作戦を成功させるためにも、生きて帰るためにも、全員が前を向いていた。


「ゴリラ型だ。直接戦闘となれば間違い無く機動戦になる。後衛バックによる囲いも必要になってくるから、前衛フロントはルビー単独のほうがいいと考えるが、どうする?」

「そうね、一個ワンコ、ありがたい申し出だったけどお尻の穴に引きこもってられなさそうよ」


 独立種としての〈固有性質スペシャル〉を抜きにしても、ゴリラ型プレデターとは厄介な相手である。機動力が高く、足場の悪い森林地帯でも柔軟に動き、木々などを利用してその巨体からは想像できないような三次元挙動も行ない、相手の戦闘能力を分析し、その豪腕を以て殴り殺してくる。


 そんな相手に単独で戦えるかと問われたルビーは、最もフットワークが軽い自分がゴリラ型プレデターの注意を惹き付けて、動きを妨害できるかが勝負になると迷わず了承した……のだが、その言い回しに二個ニャーコが呆れかえった視線を向けた。


「ナー、どうしたルビー? 随分と一個ワンコに毒されたみたいだな」

「……あ、やだ! 最悪!!」


 恋する乙女としてあるまじき発言をしてしまったと、ルビーは羞恥から自慢の紅玉色の髪にも負けないほど、真っ赤に染まった顔を両手で隠す。タクヤ先生が聞いていたとしても、気にしないと言ってくれるのは分かっているが、それでも汚い自分を見せたくないと思うのが恋する乙女というものだ。


「いまの言葉、先生ぇに聞かれてないわよね!?」

「……現在、【504号教室列車】との通信は開かれていません」


 良かったと安堵するルビー。確かにタクヤ先生には通信は繋がっていないが、【303号教室列車】の車掌教師、つまりゼロ先生にはしっかり届いている事を、ハジメは口にはしなかった。


「良かったルビー。あーでもなぁ、作戦が終わったら会話ログを聞き返すよなぁ、その時に聞かれちまうかもなぁ、ギャハハ──バハァ!?」

「作戦開始まで、もう時間が無いんだよ、邪魔をするな一個ワンコ

「いや、そもそも二個ニャーコが反応したからでは?」

「……ニャー」


 一個ワンコに蹴りを入れて黙らせる二個ニャーコに、流石に理不尽ではとハジメが指摘すると、気まずい時の鳴き方をした。


「ああもう、いいいわよ、ふふっ!、ルビーに恥を掻かせたこと絶対に後悔させてやるんだから!」

「わっふぅー、単にお前が自爆しただけなのに、八つ当たりなんて嫌な『アイアンホース』だぜ」

「うるっさいわねっ!? 蒸し返さないでくれる!? 蹴って黙らないなら蜂の巣にするわよ!?」

「ギャハハハ! やっぱり暴れん坊姫だよお前は!」


 ルビーが、ついにキレて怒声を上げると、欠片も反省しないクソ犬ワンコが心底楽しそうに笑う。


「……自分からは以上だ」

「分かりました──ルビー、一個ワンコ


 今にも殴り合いをしそうに2名の『アイアンホース』であったが、ハジメに名前を呼ばれると、とたんにスイッチが切り替わったかのように、ピタリと騒ぐのを止めて彼女の方を向いた。


二個ニャーコ、そしてこの場に居ないにフタ三番トロワの全員で……また今回も、生き残って帰りましょう」


 面白みのない発言に3名の『アイアンホース』は返事こそしなかったが空気を研ぎ澄ませる。そんな彼女たちの反応は、ハジメのことをリーダーとして認めているゆえのものであった。


 ──作戦を共にするのは、これで三度目である。最初こそ生き残るために仕方なく組んだチームであったが、今ではルビーにとって【504号教室列車】の『アイアンホース』たちよりも信頼できる戦友たちであった。


 そんな未だに名も無き共同チームを束ねるハジメを、信頼のおけるリーダーとして扱っていた。


 ──ルビーは自身の担任が好きなのか?

 ──そうよ、文句ある?

 ──いや……その想い、叶うと良いですね。


 頼りないなと思う所も少なくない。『アイアンホース』として酷く真面目かと思えば森の中の木の実をつまみ食いするなど悪い遊びを覚えている。無駄に誇り高い所がちょっと面倒に感じることもある。能力的に言えば多分、自分たちの中で誰よりも劣るし、大事な場面でしか活躍できないなんて一個ワンコに言われている。


 それでもハジメは先導して自分たちの命を何度も救い、また気狂いとまで言われる自分の在り方を応援してくれている。口にこそ出さないが認めるには充分な理由が揃っていた。


「──ちょっとハジメ? なに固まってんのよ?」

「……そういえば三番トロワは居ませんでしたね」

「ギャハハ! なに固まってるかと思えば三番トロワの前口上待ちだったのか、確かにいつもは五月蠅いが、いざ聞けないってなるとそれはそれで寂しいもんだなぁ。後で言ってもらうか?」

「勝手にしろ」

「では、改めて────蹄鉄を鳴らせ」


 全員が同時に一歩大地を踏みしめて軍靴ぐんかを鳴らす。別行動中の三番トロワのお気に入りの行為であり、三度目ともなれば、このチームにとって動き出す前に行なう円陣のようなものとなっていた。


 ルビーは不意に、自分抜きにやったのを知ったら三番トロワが五月蠅そうだと思い、あとで絶対に教えてやろうと顔をにやけさせた。


作戦開始ミッション・スタート


 ──それから、予期せぬ事態、見誤った独立種の強さ、〈魔眼〉の使用による活性化率の上昇、それらトラブルを経験してもなお、この戦場においてルビーたち全員は生き残り、泥だらけの姿でありながらも笑って、各々の教室列車へと帰っていた。


 『アイアンホース』として仲間達と共に戦場を駆けたことに、確かな充実感を胸に宿して。





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