プテラリオス pe4


 小さなギアルスにとって、“光”というのは好奇心が無限に湧く神秘であった。


 簡単に言ってしまえば、子供が何にでも興味を持ち、玩具にしてしまうようなもので、理解できないから、ずっと探ろうとしてしまう。正体が分からないから、ずっと求めようとしてしまう。興味を引かれたものが、自身の能力スペックでは永遠に解明できないものであったために探求し続けた。


 アスクヒドラから得た知識によって、光がどういったものかを知り、神秘性が薄れてしまったが、仲間との交流は光の探求によって育まれた小さなギアルス──プテラリオスにとって、とても充実感のあるものでしかなく、光に感じていた気持ちは意思疎通ができるほどの知識を得た時には完全に消え去ってしまっていた。


 ──ただ静かな日には、郷愁心がじんわりと広がる事がある。あの日、最初に見た真上に輝く光が太陽である事はもう知っている、でも、その光をどう感じたのか、本人はどうしてだか思い出せなかった。


 +++


 北陸聖女学園は『プレデター』の人間虐殺が本格的に開始された混乱期に乗じて、支援団体を隠れ蓑に海外企業が投資を行ない、北陸の土地に建てられたペガサス学校である。


 『ペガサス』は、人間を救うために現われた神聖な“聖女”である。なんて建前を元に建設された学園の実体は、『ペガサス』たちの能力を利用して日本領海内の海底資源を得るための学園だった。


 そう、元より北陸聖女学園は『ペガサス』を、人間に利益をもたらす都合のいいものとして扱う、そんな価値観で開校されたものだった。


 それから、『プレデター』の侵攻による国際情勢悪化において、北陸聖女学園は『天馬研究所』に権利が渡る事となる。彼らは学校という名ばかりの海底資源を得るための採掘工場を『海上教会』へと名前を変えて、新たに『P細胞』に関わるものを探求、究明するための分校という名の研究機関を幾つも設立。


 国や企業などの支援を受けて彼らは日夜、人類が勝利するための研究を行なう。“馬は、人間に使われるだけの家畜であるべきだ”、などとうスローガンを掲げて。


 ──そんな北陸聖女学園、第四分校は『ペガサス』を『プレデターパーツ』として扱う兵器。本人たち曰く『真の第三世代』、あるいは『第四世代ALIS』と呼んでいるものを研究、開発する事に特化した施設であった。


 外敵から身を守るための分厚い外壁、空を覆う天井によって囲われた中には、丸々大学あるいは町のような空間が広がっていた。均等に草木が植えられている舗装された散歩道に、様々な形の施設の数々。居住区と思われる区画に、中に住む人たちの慰安を目的としたであろう娯楽施設もしっかりとある。


 壁と天井の裏側はモニターによって外の景色が映し出されており、太陽の光に沿って熱光が降り注ぐと、開放的な演出が成されていた。『プレデター』たちから直接的に身を守るための壁とは見て明らかであるが、他にも中へと入り、多数の人間が感知できた事から、『プレデター』の索敵から逃れるためのものだと識別番号04は気付いた。


 そんな、のびのびとした快適な環境で、自分たちのしたいことを安全に行なえる。そんな研究者たちの楽園であった北陸聖女学園第四支部は地獄に転じた。


「────うっ」


 『東海道ペガサス』の『嫌干きらぼしキルコ』は気分が悪くなり吐きそうになる。


 ──それも仕方が無い。なにせ友達であるプテラリオスが壁を切り刻み学園内に入り、そのしばらく後に入ったキルコを待ち受けていたのは、まさに地獄絵図という言葉が相応しい光景だったのだから。


 粒子の寿命が尽きるまで、消えない青白い炎がそこら中に燃え移っており、草木が植えられていた庭園や散歩道は完全に火の海になっている。そしてグズグズに溶けてオブジェと化した戦闘用AI機器、建物の瓦礫、そして判別不能の焼死体がそこら中に散乱している。


 さらに言えば、これを友達が行なっているのだ。心が狂わないほうがおかしい。


 傍に寄り添う識別番号04は、学園内へと連れてはいきたくないと思う。しかしキルコが居なければ、ムツミ以外の他の『ペガサス』と出会ったときに説明できるものがおらず、事態が拗れてしまう可能性が高い。そのため彼女の存在がどうしても必要であった。


「は、はやくムツミを見つけないと……」


 それはキルコ本人も理解しており、友達たちへの想いと責任感から持ち直す。怖くて仕方ないが、このまま何もせずに取り返しの付かなくなるほうが怖いと、キルコは意を決して識別番号04の背中へと跨がった。


 +++


 プテラリオスは、ムツミの事を識別番号04に任せて北陸聖女学園第四分校を殲滅する事となった。


 壁に阻まれた狭い空間を戦闘機形態で器用に飛びながらパルス弾を撃ち続け、手光剣で切り刻む。建物も、警備システムも、そして人間も、例外なくすべてを破壊し、燃やし、爆発させ、殺していった。


 ──そう、プテラリオスは学園内の人間を殺している。


 つい先ほどまで、ここ最近の技術の進歩に幸福を噛みしめながら予定を組み立てていた老いた教授は茫然としたまま建物ついでに手光剣によって両断される。


 健康のために日課となっていた朝のランニングをしていた男性助手は逃げている背中を追ってパルス弾で撃ち抜き、真っ黒い焼死体へと変えた。


 施設内の清掃管理を担う若き女性AI技師は動けずに震えて机の下に隠れていた所を施設の崩落に巻き込んで潰した。


 付着させてしまえば溶かすまで熱することができる〈発熱粒子〉の前では、どんな頑強なシェルターであれ防弾ガラスであれ無意味であった。なら逃げるにしても外は、どこに『プレデター』が居るかも分からない危険な場所。もっとも安全だとも思っていた学園が途端に蠱毒壺よりも悲惨な死の空間へと変貌してしまった。


 プテラリオスは悲鳴が上がろうが、声が聞こえようが自らの行ないを止める事は無く、近い順に、できるだけ効率よく、レーダーに映る人間を表す光点を消していく。


 そうしてまた1つ、施設を破壊して殺しきったあと、次に人間を指し示す光点が固まっている場所まで戦闘機形態となり、偽物の空に阻まれた狭い宙を飛行する。


 ──その最中、自身に向かって音速の熱源が飛んでくるのを検知、即座に回避運動をとるが、距離が近かったこともあり片翼に掠ってしまう。


 音速の飛来物は、天井に穴を開けてどこぞへと行き、片翼が破損したことでバランスが取れなくなったプテラリオスは人型形態となり、地面へと不時着すると己を狙った相手を視認する。


≪──よくも隊長を……みんなをっ!?≫

≪落ち着け、相手は独立種だ。冷静に対処しろ≫

≪人型? いや変形したな。こんなの見たことがないぞ? なんにせよ生き残っている教授たちに見られる前に倒さねばな≫


 元から存在を知っていたが、プテラリオスを倒し、これ以上の被害を抑えるためと現われたのは3機の全長5メートルほどの人型ロボットであった。


 その内の2機は、プテラリオスが外で破壊したものと同型機であるが、装備が違い片方は大盾と機関銃の格闘戦タイプ。もう片方は両腕両肩に合計四丁突撃銃を装備した銃撃戦タイプとなっている。


 そして最後の1機は上半身こそ同じものの四脚仕様となっており、他と比べて多少デザインにも違いがある。何より目に付くのは本体に完全固定されている巨大な銃で、先ほどプテラリオスを狙撃したのはコレによるものであった。


≪新しい“鞍真くらま”の具合はどうだ?≫

≪元より遙かにいいですね。随分と奮発してくれたみたいで、搭載したサポートAIの質も悪くないです≫


 人型ロボット──試験搭乗式第四世代ALIS【鞍真0式】、その砲撃タイプのパイロットは他分校へと預けられて完全に別物として帰ってきた愛機なら、あの戦闘機モドキのプレデターも倒せると自信を持つ。


 砲撃タイプの持つ巨大な銃は、政治的ルートで手に入れた械刃重工のレールガン設計図を転用して作られたものであった。大型種を一撃で葬った実績もあり、同じ設計図から作られた銃型専用ALIS【Achillea 0.7】の実戦データを元に、より北陸聖女学園を運営管理する『天馬研究所』が望む完成形に近づいたものである。


 ──別の分校で改修された砲撃タイプは四本脚だけではなく、背中に【鞍真0式】を稼働させている物と同じ“電池”が二個背負われており、これらはレールガンの弾丸を発射するためのものであった。


≪くるぞ!≫


 プテラリオスはまだ翼が修復仕切っていないのにも関わらず、手光剣を生成すると、向こう見ずと思えるぐらいに真正面から突撃。背中と太股からのジェット噴射によって急接近する。


 それに対して格闘戦タイプの【鞍真0式】は敢えて、プテラリオスに向かって前に出て、速度が乗り切る前に手光剣を受け止めた。


≪ぐっ……なんて奴だ!?≫

≪そのままにしてろ!≫


 タイヤを焦がして抵抗するが、それによって手光剣は大盾を溶かしながら食い込んでいく。さらに加速して押し通そうとするプテラリオスに、銃撃戦タイプの【鞍真0式】が側面へと回り込んで弾丸を乱射する。


 プテラリオスは上昇して回避するが、片翼が直りきっておらず、バランスを崩して地面へと激突、銃撃戦タイプに追い打ちをかけられるが、アスファルトで身を削ることもお構いなしにジェットを吹かして緊急回避した。


≪盾が……くそっ!≫


 手光剣を受け止めた大盾に、プテラの〈固有性質スペシャル〉と認定された〈発熱粒子〉が付着。剣が離れたあとでも青白い炎が斬り傷から噴出し、ドロドロに溶かしていく、パイロットは危険だと判断して大盾を捨てて、代わりに背中に背負っていたブレードを装備する。


≪翼が直りきる前に、なんとしても倒すんだ!≫

≪了解!≫

≪了解! ──充電完了、いつでも放てるぞ!≫

≪チャンスがあれば撃て! ──っ! 散開!!≫


 飛んできたパルス弾を回避し、銃撃戦タイプは不格好に飛ぶプテラリオスに向かって反撃する。


≪奴を動かし続けろ!!≫


 プテラリオスの射撃能力が高くないことを見抜いたパイロットたちは銃を乱射して狙う隙を与えないようにする。それでも圧倒的な機動の前に当てられていない。傷ついた翼でこの動きなのだ。治りきってしまったらどうなるのか容易く想像できた。


 砲撃タイプのパイロットは充電が完了したレールガンの照準を合わせ始める。殆どはAIによるサポートであるが、動き回る目標に対する細かな調整と撃つタイミングなどは人間に任せられる。そういった能力において彼は天才であった。


≪決して近づかせないでくれ!≫


 ──2発目の充電において既に“電池”に限界が来たため“卒業停止”しているが、残り3発は撃てる。しかし相手は飛行能力を持ち、遠距離攻撃も備えている『プレデター』だ。片翼が治りきってしまえば、空高く射程圏外へと行かれてしまい、一方的に撃たれ続けて何時かはやられてしまうだろう。


 ──この一発で終わらせる。砲撃戦タイプは味方に牽制してもらう中で、自身が定めたチャンスの瞬間を待った。それは片翼の修復が終わり、強引な機動によって崩れていた姿勢を安定させるために、一瞬だけ宙に停止した瞬間。予想通りの光景を視界に移ると、パイロットは引き金スイッチを押した。


「──な、に────?」


 プテラリオスは既に次の挙動に移っていた。手足を伸ばしたまま戦闘機形態へと移行、どちら付かずの中間となった姿となり、人間の兵器では見たことのない機動によって、レールガンの弾を回避しながら、砲撃タイプにパルス弾を連射する。


 中間の形態、姿から翼竜形態と呼ぶに相応しい形態は、先にデメリットを挙げれば戦闘機形態よりも機動力が無く、人型形態のように手光剣による格闘挙動がし辛い。そしてメリットはホバー機動が行ないやすくなり、また伸ばしたままの腕によって人間特有の関節駆動が可能なままパルス弾を放てる事から、砲撃タイプへと向かってバレルロール機動をしながら砲撃タイプに手の甲の放射口を固定、パルス弾にて狙い撃つ。


≪だ、駄目だ……強す──≫


 プテラリオスが通り過ぎる頃には、百を超えるパルス弾を浴びた砲撃タイプは急激に熱された事で電子回路をはじめとしたあらゆる部品と“電池”が弾け飛び、操縦席を含めてパイロットごと内部爆発。中身がグズグズとなった【鞍真0式】は青白い炎に包まれた。


≪な、なにが……あんなのどうやって──≫

≪副隊長!?≫


 動きを目で追えなかった。恐れ戦く銃撃戦タイプのパイロットは真上からの奇襲に気付かず、【鞍真0式】の首筋から突き刺された手光剣によって、一瞬にして燃やされる。幸運だったのは、自分の身に何が起きたのかすらも気付かずに逝けた事だろう。


≪止めろおおおおおおおぉ──!!≫


 それからプテラリオスは“電池”を破壊するために銃撃戦タイプを何度か突き刺した。それを客観的に見れば必要以上の残虐な行為に見えて、最後に残った格闘戦タイプのパイロットは激怒して、機関銃を撃ちまくる。


≪よくも、よくもよくもっ──!≫


 当然の如く、プテラリオスには当たらない。それどころか姿を完全に見失ってしまった。レーダーにこそ反応はあるものの、【鞍真0式】の速度では、もはや自らの意思で視界に捉えることは不可能であった。


 考え無しで撃ち続けた結果、当然であるが直ぐに弾切れを起こしたことで機関銃を捨てると、本人は牽制のつもりか、あるいは怒りで覆い隠した恐怖ゆえの行動か、ブレードで我武者羅に何もない空間を切り始める。


≪俺達は……ようやく戦う力を得たんだ! 『プレデター』を殲滅して国を救える、そんな力を!≫


 どうしてだかパルス弾すら撃ってこないプテラリオスに、ついに錯乱状態になってしまったパイロットは、『プレデター』に対して無駄な訴えを始める。


 ──『富士の大災害』によって家族が崩壊した事で、『プレデター』に強い恨みを抱く事となった。そういった経歴で自衛隊へと入隊したのだが、男であった彼に戦う力は無く、延々と続く農作業の中で、感情だけが肥大化することとなる。


 そんな彼に転機が訪れる。機械の手動操作が天才的である事を理由に『天馬研究所』から直接、【鞍真0式】のテストパイロットにスカウトされる事となり、彼は『プレデター』と戦えるのならばと手を取った。


≪これは、俺達の……人類の夢を……奪うなあああああああ!!≫


 北陸聖女学園での生活は、とても充実していた。同じ気持ちを抱く仲間たちに、尊敬のできる大人たち、気心の知れた友達もでき、そしてロマンスの果てに恋人ができ、なによりも、ゆっくりとであるが着実に研究と技術が進み、にっくき『プレデター』と実戦で戦えるようになってきた。


 それが全て、人型になれる独立種のプレデターに壊された。人類が頂点に立っていた時代を再び手に入れると気高き信念を持っていた教授たちも、勤勉で同年代でありながら自分よりも遙かに頭のいい助手も友達も、自分を認めてくれて抱き合った恋人も全て奪われた。


≪死ね! 死んじま──え?≫


 せめて、俺の命を懸けてコイツを殺すと意気込むパイロットは操縦席、己の視線の先に真横から青白い光る剣が生えてきたことに憎悪の感情をストップさせる。


≪なっ……な……≫


 真横から奇襲するに当たって奇跡的に狙いが外れただけの、プテラリオスの手光剣であると理解する前に刀身が強烈に発光したことで、パイロットは己の運命を悟る。


≪光が……や、やめア、ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!?────≫


 〈発熱粒子〉をコックピットに充満させて、“電池”ごとパイロットを焼き尽くした。


 ──こうして【鞍真0式】を全滅させたプテラリオスは、残骸となった【鞍真0式】に関心を寄せることはなく、次の施設に向かった。


 +++


 それから時間にして五分ほどで学園内部の人間の反応を全て消し終えたプテラリオスは、後回しにしていた区画へと移動した。


 そこは倉庫だと思われる建物が目立つ【鞍真0式】の保管及び整備、そして稼働実験場がある区画であり、『ペガサス』の反応が集中して集まっている場所であった。


 プテラリオスは、ある倉庫の前に来ていた。そこは建物内部に両端に並び、動く気配のない『ペガサス』50名ほどの反応がある場所であった。


 建物の扉を『プレデター』の力でこじ開けて中に入る。左右の壁端に【鞍真0式】に搭載されていたものと同じ“電池”が合計で50個ほど均等に並べられていた。


 プテラリオスは、異様にゆっくりとした動作で倉庫内を見回して“電池”しかないのを確認すると、それらに向かって両腕を伸ばし、パルス弾を連射する。


 徹底的に容赦せず、決して半端にならないように“電池”を一個残さず、全てを壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す──。


 跡形も無く消し去り、炎に包まれる倉庫を後にしたプテラリオスは、またも『ペガサス』の反応がある建物へと向かう。数にして10名ほどだろうか、同じように扉をこじ開けて、中身を確認した。



「──嫌あああああああああああああっ!!」



 ──そこは加工するペガサスを待機させる場所であったのだろう。質素な患者衣に着替えた小学生ほどの『ペガサス』たちは、各々を守るように壁の隅に寄って抱き合っていた。


「いや! ……やだ!!」

「助けてっ、誰か──!?」


 恐らく、外の様子を確認して地獄の光景を目の当たりにしたのだろう子たちが、プテラリオスの登場に錯乱して叫ぶ。叫ばなくても震えて涙を流す子も居る。


 そんな小さい子を守るように前に出ていた年長者らしき『ペガサス』は、プテラリオスを輝く瞳で睨み付けた。


 ──〈境弾きょうだん〉。大規模侵攻の時に生まれた『ゴルゴン』が持つものと同じ〈魔眼〉によって、プテラリオスは強い衝撃を受けて仰向けに倒れ込む。


 胸元に衝撃が走り、ひび割れるが致命傷に至るものではない。しかし、プテラリオスは茫然と起き上がろうとせず、動かなくなる。


「──わぁ! 待ってまデッ!!? ──まってほんと待って!!」


 再び〈魔眼〉を発動しようとする『ペガサス』の前に、転びながらも出たのはキルコであった。


「落ち着いて話を聞いて! ね、ね!?」


 半泣きになりながらも、必死に腕を上下に振るい自分の存在をアピールして友達のプテラを守り、『ペガサス』たちを宥めにかかる。


 そんな中でプテラリオスは、モニターによって隠されている空を見つめていた。


――――――――――


22314:プテラリオス

──アスク、質問があります。


22315:アスクヒドラ

うん、なんでも言って。


22316:プテラリオス

自身のここでした行ないは、どう思われるものなのでしょうか?


22317:識別番号04

友達を救出するための、正当だと評価されるべき行ないだ。


22318:識別番号02

指摘→プテラはアスクに質問している。


22319:アスクヒドラ

そうだね。プテラのしたことが大切な友達の命を救うためのものだったとしても、誰かのためだったとしても……生きるために許される行為だったとしても、人にとって怖くなるものだよ。

……プテラは、ムツミちゃんを助けたかったんだよね?


22320:プテラリオス

はい。


22321:アスクヒドラ

ムツミちゃんに居なくなって欲しくなかったし、あんな目に遭わせたく無かった?


22322:プテラリオス

はい。あってはならないと思いました。


22323:アスクヒドラ

人間の事が憎たらしくなって、全員殺してやろうと思った?


22324:プテラリオス

──はい。きっとはい。


22325:アスクヒドラ

『ペガサス』の子に怖がられて辛かった?


22326:プテラリオス

────はい。


22327:アスクヒドラ

そうだよね。うん、だから俺もどうなるか分からないからこそ言わせて貰うよ。

プテラが殺した人間も、助けた『ペガサス』の子たちも、そして俺たちも、どんなに違ったとしても元を辿れば同じ心をもって生きている。

だから、人に対して行なった事は『ペガサス』の子たちの心にも届いてしまうから、プテラのしたことは、これからずっと、ちゃんと向き合って行かないといけないものなんだ。


――――――――――


 ──アスクヒドラの言葉に、どうしてだか返事を書き込むことができなかった。何時ものように応えてはいけない気がした。


 自分に対して脅える『ペガサス』を目の当たりにして、あれほどまでに渦巻いていた感情が一気に抜けきってしまった。そして後に湧いてきた空虚にも思える気持ちにもまた、言葉を当て嵌めることができなかった。


「──恐竜さん?」


 ──何かを求めて偽物の空を見続ける。そんな彼の視界に、あどけない顔が覗き込んだ。


「えー、すごい。格好よくなったねー」


 うなじを隠すほどには伸びている青緑色のおかっぱ頭のペガサス──ムツミであると気付いたプテラは、咄嗟に起き上がると同時に何故だか翼竜形態へと変形した。


「わっ、すごーい! 恐竜さんが恐竜さんっぽくなった!」


 友達の姿が変わった事にムツミは驚くと共にいつものように無邪気に笑った。


 到着したばかりであったムツミを含めた本日の転校生ペガサスたちは、プテラの襲撃によって完全に放置されていたところをキルコと識別番号04のコンビが発見したのだが、プテラが報告になにも反応をしめさない事で、識別番号04は独断でキルコとムツミを連れだして、ここへと連れてきたのであった。


 無事で、なにも変わっていない友達にプテラは心から安堵し、そして先ほどの『ペガサス』たちの脅えた目を思いだして恐怖する。


 ──そう“恐怖”だ。友達を失いたくない、居なくなって欲しくない、嫌われたくない。あってはならないという否定が全て恐怖から来る感情であると、プテラは気付いた。


「あ、そうだ。恐竜さん、うちのこと助けに来てくれたんよねー?」


 ──出張った嘴が分かりやすく項垂れる。飛んで逃げ出したかった。


「──ありがとねー」


 ムツミはプテラに心から感謝を伝える。キルコからある程度事情を聞いている。地獄と化した学園の様子を見ている。まだ幼い彼女は理解しきれていないだけかもしれないが、それでもプテラは自分を助けるために来てくれたのだと、これだけははっきりと分かった。


 プテラはいつもと同じように笑う彼女を見て──あの日見た、太陽の光の事を思いだした。


「本当にありがとー。もう会えないと思って悲しかったから迎えに来てくれて本当に嬉しかった。お礼に凄い大きなクッキーを作るね! ……あれ? どうしたのー、恐竜さん?」


 プテラリオスは人型形態へと戻り、ムツミを抱き上げた。堅くないをしっかりと感じ取る。


――――――――――


22330:プテラリオス

アスク、識別番号02、識別番号04。

自身はムツミちゃんたちを失いたくありません、一緒に居たいです。でも、どうしたらいいのか分かりません。だからお願いします、助けてください。


22331:アスクヒドラ

分かった。言って俺が出来る事はほとんどないけど、いつも通りみんなで考えよっか。


22332:識別番号04

無論だ。


22333:識別番号02

同意→幾らでも力になろう。


22334:プテラリオス

はい、よろしくおねがいします!


――――――――――


 それから数時間後、太陽が真上に昇ったあたりで、野花と夜稀はアスクヒドラに担がれて『街林がいりん』へと来ていた。


何事かと思いながらも、意思疎通できないしと諦めの境地で身を任せて連れられた場所には、北陸聖女学園の校章があるコンテナがあり、恐らくその中に入れられて運ばれて来たであろう子たちを見て、色々と察する。


「「……………………」」

「あ、あの……こ、こんにちは……あぅ、その、ここってどこですか?」

「わー、うちらとは違う制服だー。可愛いねー」

「わぁ!? ムツミ駄目だって!」


 酷く気まずそうにする嫌干キルコ。マイペースなムツミ。そして不安や心配など、様々な反応を見せる北陸聖女学園第四分校に居た、全員合わせて22名の他校のペガサスたち。


 野花と夜稀は、ほぼ同時に隣を見る、そこには心なしか覚悟を決めて地面に正座し、こちらをじっと見つめ続けるアスクとプテラが居た。


 野花と夜稀は、一回空を見上げる。やたらと太陽が眩しかった。


「──夜稀! ボクはしばらく泡吹いて倒れますんで、あとはよろしくお願いします!」

「三日後にして、あたし1人じゃ無理だから」

「言ってみただけです!」

「あ、あの……」

「ごめんなさい不安にさせてしまいましたね! ──とりあえずになるけど──ようこそ、アルテミス女学園へ!」


 もう何が何だか分からないが考えるのは後にして、野花は明らかに事情があって連れてこられたであろう年下の『ペガサス』たちをアルテミス女学園高等部へと歓迎した。


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