第44話
全ての『ギアルス』が倒されて数時間後の深夜、第2防衛ライン内にある建物に挟まれた路地裏にて、『
「──日常に戻ってから独立種と戦うことを思えば、早く終わるのも考え物ですね」
月世は十一回目となる今回の大規模侵攻は、三日目のどこかで終わるだろうと確信していた。そうなれば歴代の中では最短であるが、『プレデター』の都合によって開始日も終了日も変わるのが常であるため、日数の変動に関しては特別思うところは無かった。
気になるのは、二日目の後半当たりからの突然のガス欠具合である。不自然なほど一気に数が少なくなったこと、この現象に関して月世は自分たちが感知できないほど遠く、群れが来たる東北の奥地、『プレデター』たちが跋扈する人無しの侵略地域にて、なにか原因があると考えて、そしてそれは『ギアルス』に関するものだと予測する。
高等部一年ペガサスの『
正確には一億八千万年前の、人類の99%を殲滅した『プレデター』の模倣兵器であるのだが、アルテミス女学園ペガサスたちは概ね、そういう風に認識していた。
今回の大規模侵攻における『プレデター』の数の少なさは、『ギアルス』を製造するために大量の『プレデター』が消費されたからだと月世は判断する。これがどれだけ正しいのかを判断できる物的証拠は無いのだが、新種の『ギアルス』が現われたのは確かだ。『プレデター』側で大きな変化が起きているのだと月世は現状を受け入れる。
「『ギアルス・クビナガ』、そして『
──日本の平和とは別に、アルテミス女学園の“自立”の事を考えれば、いずれは必ず、どうにかしなければならない東北の侵略地帯。とはいえ手を広げるには組織として、まだまだ不足しており、それこそ先ずは“背後”の連中をどうにかしなければならない。
「やはり残されている時間は次の大規模侵攻までと考えるべきでしょう。……ふぅ、望んだ立場とはいえ、中々に歯がゆいものがあります」
自分が求めたものとはほど遠い結果になった事は、月世にとっては問題ないものだ。多くの予想外があったが、手に余るものではなく、そもそも自らが望んで、“自分以外の色に染まった結果”になるように仕向けたのだから。
しかし、想定外であったのは、あまりにも“流れ”を持って行かれてしまった事、“運”とも言い換えられる。それらは“とあるペガサス”が“卒業”でもしないかぎり、自分に戻ってくることは無いのだと久佐薙としての直感が訴えてくる。
──別に、それなら寄り添えばいいだけの話だ。自分はともかく久佐薙は時としてそうやって誰かを持ち上げて成り上がってきた。ただ“彼女”と自分は真逆に位置する存在といっても過言ではなく、今後、あまりにも自分が望まない展開になるのではないかという不安は強い。
「わたくしはもう、中等部ペガサスに干渉するのは控えたほうがいいですね。予定よりも被害は出ませんでしたが、猫都たち中等部三年ペガサス全員が死んだ以上、他を望まないでおきましょう」
自身が眠る前、元より中等部三年ペガサスたちの事を社会性の癌だと評価していた。放っておけば周囲の健全な細胞すら危険なものへと変えていき、何れは社会を崩壊させる。生きているだけで罪な存在。
だからアスクヒドラが来たその日から月世は中等部三年ペガサス五名全員を殺そうと冷酷に決断していた。そして大規模侵攻では望み通りに中等部三年ペガサス、ついでに猫都を支持する中等部二年ペガサスが“卒業”したのは、月世にとって何よりの成果だと思えるものであった。
とはいえ、これらに関しては月世が干渉した事は少ない、なにせ中等部三年には抑制限界値間近の『ペガサス』が紛れ込んでいて、それを承知であった『
ここで月世の予想を上回ったのは猫都の愚かさであった。彼女は中等部三年全員と中等部二年数名を引き連れて、自身のグループを離れたのだ。これによって猫都グループに所属していた『ペガサス』の大半は生き残り、ここでも月世の“できれば半分以上は死んで欲しい”という望みは叶わなかった。
「このような塩梅になるのでしたら、最初から無関係な後輩を巻き込まずに、猫都たち反生徒会長勢は早い段階で暗殺するべきだったかと後悔しています」
「こわー。とんでもないこと言ってるー」
「ご無事でなによりです。汚れ仕事を押しつけてしまって申し訳ありませんでしたね」
「べつにいいよ、カラシもワサビもばっちこーい! ……なんてね」
制服が“酷く汚れている”、後輩に月世は純粋な気持ちで労いの声を掛ける。電池切れによって吸着機能を失った『ヘビの面』を片手で押さえながら、裏路地に入ってきたのは、高等部二年ペガサスの『
「『ゴルゴン』の討伐。“叢雲のペガサス”として立派に務めてもらい、本当にありがとうございます」
「ていっ! ……んーでも、逃がしちゃってとかりんたちを危ない目に合わせたのは流石に笑えない失敗だよね、反省」
『ゴルゴン』との最初の交戦のさい、片腕や尻尾を切り落としたが逃がしてしまい、偶然とはいえ、『
「いいえ、響生はなにも悪くありません。わたくしも読み切れませんでした──まさか、ここまでやるとは思いませんでしたよ」
先ほどから“話しかけている相手”から返事は無かったが、代わりと言わんばかりに『ALIS』ではない普通の
死角からの奇襲であったが、月世は当然の如く反応して、迫るナイフを避けて相手の腕を取ると勢いを利用して地面に叩き付けた。
「かっ……!」
「合気術、習ってよかったですね」
「どういう意味で?」
「このように、“可愛い後輩”を傷付けずに無力化できました」
襲撃者はうつ伏せの状態で月世に背中を押さえつけられており、いくら力を入れても起き上がれず、怒りに満ちあふれた片目で2名の『ペガサス』を睨み付けた。
「〈魔眼〉や『ALIS』を使わなかったのは褒めましょう。ですが八つ当たりは勘弁していただけると。貴女の“大切”が失い掛けたのは要らぬ欲を掻いた貴女自身の責任ですよ?」
『ペガサス』であれば、背中から短剣で刺されても致命傷になることはなく、『P細胞』によって刺し傷も三分もあれば跡形も無く完治する。つまり襲撃者は月世を“卒業”させるつもりはなく、脛に蹴りを入れるような、それぐらいの単なる個人的な鬱憤晴らしで刺そうとしたのだった。
「それと、これは秘密組織たる『叢雲』の会合です。ちゃんと先輩を見習って仮面を被ってください。話はそれからですよ、──幼くて小さな
「──っ、いいから、離すの!」
仕方有りませんねと呟きながら月世は襲撃者──中等部一年ペガサス『
「ちっ──!」
酉子は立ち上がって舌打ちをすると、言われたとおりに月世と響生が着用している、『ヘビの面』を被った。
「こうやって叢雲のペガサスとして顔を合わせるのは初めてだね! 今後ともよろしくだぜ、
「五月蠅いの」
顔を合わせたこともあるし、最初から彼女が『叢雲』に属した『ペガサス』であることは月世から聞いていたが、こうして叢雲のペガサスとしての対面は初めてであるため響生は挨拶をするが、酉子はどこまでも素っ気なく対応する。ただ何時もの興味が無い態度とは違い、仮面で目元が隠れた幽鬼的な顔には明らかに怒りが充満している。
「あれ? もしかしてオコ?」
「……お前が『ゴルゴン』を逃がした上に、倒せそうとか半端な報告をするから兎歌が“卒業”しかけたの、の!!」
「先ほどもいいましたが貴女の“大切”、『
響生に向かって歯を見せながら怒鳴る酉子に、月世は淡々と事実をもって兎歌、ついでに申姫に危険が及んだ責任の所在を告げる。
「我慢するべきところで出来なかった。そうですね?」
「…………」
「ふふっ、そういう素直なところは可愛らしくて好きですよ」
「五月蠅いの、の」
的確に図星を突かれた酉子は押し黙る。自分の所為であるのを認めているがゆえの拗ねた子供のような反応が、月世は好きで微笑んでしまう。
「……なんだか、本当の姉妹っぽいよね」
「冗談でも殺したくなる、次言ったら殺すの」
「先輩に対する礼儀がなってませんね。姉として教育するべきでしょうか」
「マジで止めるの」
容姿こそ似ていないが、雰囲気や印象がどことなく同じだと感じることがあると、そんな響生のなんとなしの発言に心底嫌そうにする酉子と、姉面を始める月世。
「本家と分家ですからね。血が繋がっているのは確かです。どうですか? コレを機会にわたくしをお姉ちゃんと呼びます?」
「ちっ」
どんな反応をしても、こいつは楽しむだけだと、酉子は舌打ちしてだんまりを決め込み、被害を最小限に留めようとする。
「本当に血は繋がってたんだ」
いまいち本家と分家という意味が分かっていなかった響生は、月世と酉子が血の繋がった親戚同士であることに気付いていなかった。
「それにしても嫌われてるねー」
「仕方ありません。玄純家は、久佐薙家の溢れる“性”を受け止めるために作られたもの……口に言えぬ行為をされてきたのです。嫌って恨まれても当然でしょう」
「玄純とか久佐薙以前に、お前の事が嫌い」
──久佐薙である我らは隙を見せるべきではない立場である。ならばなるべく身内で趣味を完結させるべきだ。そんな意向の元に作られたのが玄純家という分家であった。玄純に招かれた者たち、あるいは生まれた者たちは働かずとも一級の衣食住を与えられる代わりに、決して表に出しては成らない久佐薙家の“性癖”を受け入れなければならない。それが作られた分家、玄純家の存在理由であった。
「おや、酉子がアルテミス女学園に入学できたのは、わたくしが“卒業”するのを肉眼にて見守るため。つまり兎歌に出会えたのは、わたくしあっての事では?」
「だからってお前のおかげにはならないの、の」
敵意が剥き出しな酉子は雑マウントでも反射的に反応してしまい、月世に笑いを提供してしまう。それで一層不機嫌になる酉子を見て、響生は大変だなと思いながら地べたに座る。
本家である久佐薙の者に、漢字の通りに嬲られて喘いでいる、腹違いの孕んだ姉と同じ道を辿る予定であった酉子であったが、その寸前で直々に久佐薙家現当主からの密命にて、久佐薙月世が実際に“卒業”するのを確認のためにアルテミス女学園に入学することとなった。たった、それだけの理由で玄純酉子は唐突に『ペガサス』になった。久佐薙家の分家とは、そういうものなのだ。
「それにしても、上代兎歌には本当に頭が上がりませんね。彼女が居なければ翌日の時点で詰んだかもしれないのですから」
「……ふっ、もっと称えるの」
兎歌が褒められたことで酉子は殺意こもった不機嫌顔から一転、ドヤ顔となる。完全に遊ばれているなと、響生は内心で思う。
──酉子が、与えられた密命に準じて月世が眠っている事を調べ上げて、久佐薙家現当主へと報告していれば、その時点で準備する間も無くアルテミス女学園高等部ペガサスは終わっていた可能性がある。そうならなかったのは上代兎歌という分岐点が居たからであった。
入学当初は特に反抗する理由はないと機械的に従おうとしていた酉子であったが、兎歌に話しかけられて友達となった時に脳を焼かれたことで自我と欲を芽生えさせた。これにより彼女は、久佐薙家の呪縛から呆気なく解き放たれて、自分で物事を考えた結果、月世の“卒業”の知らせが出たと同時に、酉子は真偽を確認せず事実であると虚偽の報告を行なった。それ以降、久佐薙現当主に繋がらなくなったが、もうどうでもよかった。
──そうして兎歌との生活が始まった最中、アスクヒドラがやってきた。その日も変わらず兎歌の事を盗聴していた酉子は全ての事情を知り、その翌日には月世に接触したのだ。これに関して月世は、新入生の中に久佐薙家と繋がりがある『ペガサス』が居ると考慮はしていたが、まさか初対面前に裏切っていたのだから素直に驚いた。
「だからこそ、貴女に言うべきことがあります」
「……約束」
「その約束をもって取り決めた事を、破ったのは貴女でしょう?」
楽しさ滲ませたのとは打って変わって、月世は真面目な口調で叱りつける。
「留意しなさい。上代兎歌は善良で真っ当な心の持ち主です。例えば致し方の無い理由で万引きを行ない、それに対する犯罪としての禊を終わらせたとしても、一生“罪”として背負っていく子。貴女が想っている以上に、彼女は酷く脆く難しいですよ」
「……だって、『勉強会』から抜け出して、あまりにも都合よく動くから、ふ、ふふふ……」
全ての原因はお前にある、そんな月世のお小言に酉子は全てを認めて、気味悪く笑い始めた。それを電池切れで見えづらい仮面越しに見る響生は、愛奈を想うときに見せる月世の顔とそっくりだなと思った。
態度に出ているように、酉子にとって兎歌以外の『ペガサス』は、どうなろうが別にどうでもいい存在である。ただ『勉強会』に属する『ペガサス』は他とは違う付加価値が有った。それが兎歌にとって、とても大事な存在ということだ。
──玄純酉子にとって上代兎歌は唯一無二の友達である。心から好きだ。だからこそ『勉強会』の『ペガサス』を利用して、兎歌を変えたかった。だから、高等部の秘密を抱えて罪悪感を募らせている兎歌を見て酉子は、ついつい“もっともっと”と欲を掻いてしまった。
「分かってはいると思いますが──全校集会の一件から、やりすぎでしたよ?」
──酉子は、亜寅が手に入れた“書類”のことを猫都に密告した。理由を付けて『勉強会』の通信チャンネルを変えて、事情を知らない『ペガサス』には繋がらないようにした。猫都グループに異常があれば、直ぐに亜寅たちを『勉強会』に戻ってくるように説得する月世との約束を破った。傍受した会話の中に亜寅と丑錬の声があったのにも関わらず嘘を付いた。そして会話の内容からして、おそらく“卒業”したのだろうと判断した酉子は、兎歌を黙って見送った。
何故そうしたか、結局そうならなかったが、酉子が望んだ事は、“卒業”した亜寅と丑錬を見つけて兎歌がよりいっそう罪を背負うようにしたかったからである。
「ああ、兎歌。ワタシの体も心も、これから手に入れるモノも、奪うモノも全部あげるの、だからもっと、もっと──黒く染まって」
久佐薙の“性”を引き受ける玄純家、遊ばれて、嬲られて、玩具である事を宿命付けられて、そうやって世代を重ねるごとに絶対主である久佐薙家の血を次第に取り入れていき、気がつけば、久佐薙とは似て異なるモノが生まれるようになった。玄純酉子は、その筆頭と言っていいだろう。
「そういえば
トリップして戻らなくなった酉子を放っておいて、響生は気になった事を尋ねる。兎歌たちと別れて亜寅たちを探していた響生であったが、結局出会うことは無く、見つけたのは愛奈とアスクであったため、事の顛末を知らなかった。
「亜寅の怪我が酷く、無事とは言い難いですが、一命は取り留めたようです」
──発見された時、亜寅は『ペガサス』といえど助からない怪我を負っていたのだが、アスクの〈
とはいえ、月世は亜寅に関して責めることはしない。酉子の行動で被害や予定が崩れたことも、それらを踏まえて私利私欲のために物事を実行するのが自分たちなのだから。
「さて、酉子。貴女が兎歌を“理想の炭”にしたいのは分かっています。だからこそ欲を抑えることも覚えてください。心は燃えやすいもの。火加減を間違えれば直ぐに真っ白な灰になってしまいますよ」
だから、月世が口にするのは、このやり方では上代兎歌を壊してしまうという注意ぐらいなものであった。
「今回、
「…………」
「貴女は、本当に可愛い後輩ですね」
上代兎歌に対する情を制御できない未熟さ、コミュニケーション能力が著しく欠けているところはあるが、工作行為に秀でて裏での仕事ができる貴重な人材。そして過去の自分と重なることが多い酉子は、月世にとって、どうにも面倒を見てあげたくなる後輩であった。
「愛奈もこんな気持ちで後輩と接していたのでしょうか?」
「知らないよ」
怠そうにビル壁にもたれる響生、このままでは動かなくなると月世は手を叩いて話を切り替える。
「──3日目での活動ですが、わたくしは『叢雲』の名前を広めるために、中等部ペガサスたちが戦っている場所に赴き『プレデター』を倒します」
元より『叢雲』は、今回の大規模侵攻について大人たちが違和感を持ち、調べた際に学園とは違う謎の組織が存在すると誤認させて、高等部から意識を逸らすために考えられた偽装組織である。であるため中等部ペガサスたちの前で存在をアピールすることにした。
──元々率先して行なうつもりはなかったが、亜寅たちを探す前後に、愛奈が『ヘビの面』を被り、コートで全身を隠したアスクと共に、すでに中等部ペガサスを助け回ってしまったために、『叢雲』を組織として主張させないと行けなくなった事情がある。
愛奈が“アルテミスの化身”として神格化されて噂されるのは、避けて通れないだろうが、なるべく謎の個人ではなく謎の組織の所業にしたかった。でなければ『叢雲』という組織を偽装し、そう名付けた意味が無くなる。
「響生はどうしますか? このまま真嘉たちに合流しても構いませんよ?」
「んー、着替え持ってきてなかったしやめとく!」
「では、わたくしと同じく中等部ペガサスを守ってあげてください」
“汚れた”格好で真嘉たちに会うと面倒になるのが目に見えているため、響生は大規模侵攻の最中に合流するのは諦めており、終わるまで叢雲のペガサスとして活動する事にした。
「それは別にいいけど、お面の代わりってないの?」
「ここに」
「……あるんかい! なら最初に出さんかい!」
やることを与えられたことで、気力が湧いてきた響生は立ち上がり、元気なツッコミを入れる。
「酉子は、このまま中等部ペガサスとして活動してください。『勉強会』の皆さんとは仲良く、せっかく“神輿”を建てたのです。無駄にしないでくださいね」
「いちいち言われなくても分かってるの、の!」
月世は、中等部が自分の理想とは掛け離れた展開になったことで方針を変更。路地裏に集合する前に叢雲のペガサスとして『勉強会』と接触し、とある工作を行なった。それが想像以上に成功したため、酉子に台無しにするなと釘を打つ。
──これも“幸運の兎”のおかげか、『勉強会』には才のある後輩達が集っている。特に『
「本当に、愛奈は後輩に恵まれましたね」
「──もっと兎歌を褒めるの、敬えなの」
「別にとかりんの事だけじゃないと思うよ」
兎歌に関わるのだったらなんでもいいのか、酉子は何に対してかわからない勝ち誇った笑みを見せる。
「それでは解散致しましょうか」
「──んーセイ! じゃあお先に行ってまいりまーす! つきっち、とりっと、また明日会おうぜ」
「さっさと行けなの」
「はい、お気を付けて」
「びゅい────ん!」
響生は斧型専用ALIS【アジサイ】を担ぎ上げると、勢いよくその場を後にした。それに続き、酉子は黙って帰ろうとする。
「酉子、再三言いますが……『叢雲』に関わることを他の『ペガサス』、とくにアスクヒドラには余程のことがない限り、気づかれないようにしてくださいね」
「人型プレデターに、どうしてそんなに気を使う?」
『叢雲』の活動は表だって言うべきものではないのは、酉子も理解している。ただ疑問に思うのは、自分たちの活動を人型プレデターにもバレてはいけない理由であった。
「彼の心は、人となんら変わりありません。優しくて思いやりがあって、勇気ある素晴らしい、迷いながらもわたくしたちの救世主であろうとしてくれる立派な男性です」
「随分と褒めるの……惚れてるの?」
「はい、愛しています」
酉子は嫌がらせ半分、揶揄い半分に質問する、どうせ適当にあしらわれるだろうという予想に反して断言されたことで、酉子はきょとんと目を見開いた。
「愛奈が想うのならば、それに等しいものを抱き、寄り添います……ふふっ、ふふふ──」
「……やっぱりお前、久佐薙なの」
叢雲掛かる月光に照らされるその顔は、何度も見てきた嫌いなもので、酉子は嫌悪感を表わしながら、『勉強会』が居る場所へと戻っていった。
──月世の予想通り、大規模侵攻は三日目、昼過ぎあたりで移動する『プレデター』の群れが確認できなくなり、東京地区から正式な終了の知らせが出た。
これで終わりかと、現実感が無くて首を傾げる新入生たちに、中等部二年の先輩たちが、こんなものだよと曇りかかった空と同じ表情で語る。
──大規模侵攻は終わりを告げた。そして学園に戻る。彼女たちが前の日常に帰れるかは、これからだ。
――――――――――
18140:アスクヒドラ
東京地区から正式に大規模侵攻終了のお知らせが来た。
あと二時間もしたら全員で学園に帰れる。
……お疲れ様会は学園でするとしてさ。反省会していいか?
18141:識別番号03
構いません。
18142:識別番号04
識別番号03に同意。
18143:識別番号02
同意→むしろ自身が提案しようと思っていた。
18144:アスクヒドラ
ありがとな。
……まあ、まず。結果というか最初の決めた目的としては完全勝利といってもいいぐらいだよな?
18145:識別番号02
肯定→アルテミス女学園の防衛成功および高等部ペガサス全員が五体満足での生存および新種のギアルス討伐。
結論→ボーナスを与えられてもいいぐらいの完全勝利である。
18146:アスクヒドラ
だよな。そうなんだよな……。
エナちゃんたちが頑張ってくれたからってのはもちろんだけど、みんなが居てくれたからだよ。
本当にありがとう。なんど感謝しても満足できねぇ。
18147:識別番号04
だからと言って前日の感謝連打のようなことは二度とするな。
18148:アスクヒドラ
反省しております。
18149:識別番号02
本題→アスクの反省点
正直→大体予想はつくので遠慮なく話せ。
18150:アスクヒドラ
……なんていうか、あー、エナちゃん、だけじゃないけど……泣かせてしまった事についてというか……大規模侵攻での俺の失敗とかについてですね……。
18151:識別番号03
エナちゃんに関しては翼竜のギアルスのことですか?
18152:識別番号04
アトラとウシネのことか?
18153:アスクヒドラ
どっちもだね……。
なんかマジ情けないなぁって。
18154:識別番号02
指摘→『Gアタッチメント』のトラブルは初の実戦使用によって生じたものであり『ペガサス』のアトラおよびウシネに関しては窮地に間に合い救えたことが最良の結果であったと断言する。
結論→気にするべきではない。
18155:アスクヒドラ
分かってる。でも俺が余計な一手間を増やさなければ、早く助けに行けてもいいようになって、アトラちゃんがあんな事にはならなかったって考えちゃう。
18156:識別番号04
アスクヒドラ、自身が決定したスタンスが、アルテミス女学園高等部ペガサスたちの意思に従事するものであるならば、その思考は彼女たちの否定だ。
18157:アスクヒドラ
分かってるよ。『ペガサス』みんなのした事を否定するつもりはないし、みんなの頑張りに文句を言うなんて絶対にしたくない。
……ただ、ノハナちゃんの事も、結局、俺の勝手で止めちゃって、めちゃくちゃ傷付けちゃったしさ……溜息しかでませんわ。
18158:識別番号02
指摘→『ペガサス』のノハナに関しては、『ペガサス』のマヒルおよびヨキの意向が大きい。
追記→むしろあのまま実行していたら『ペガサス』のノハナの精神に多大なダメージが発生していたと思われる。
追記→『アイアンホース』のルビーの生存はあらゆる面においてよかったと考えられる。
18159:識別番号04
過度な思考のしすぎだ。
18160:識別番号03
元気出してください。
18161:アスクヒドラ
……いえーい! せんきゅー! マジ助かったお前たちのエスケープ! 流石は永遠のフレンド、全てがベスト! 最高だぜとリスペクト!
……ダメか。
18162:識別番号04
正直に言えば駄目。
18163:識別番号02
評価→韻が踏み切れてないが努力は伝わった。
18164:アスクヒドラ
……考え過ぎてるのは分かってるんだ。
なんか、どう表現していいか……。
神様扱いとかって例えていたから、自分のこと全知全能の神になったつもりにでもなってたんかね。
18165:識別番号03
ごめんなさい。もっと早く駆けつけるべきでした。
18166:アスクヒドラ
はぁ!? なんでそうなっ……違うって! ヤバイからって結構無茶して駆けつけてくれたんだろ!?
18167:識別番号02
応答→いやある。
18168:アスクヒドラ
おい!
18169:識別番号02
理由→識別番号03に限らず今回の結果に関して自身ら全員が当初の予定を成し得なかったのは猛省するべきである。
謝罪→参加すらできなかった自身が言うことでは無かった。
18170:識別番号04
識別番号02に同意する。
期間内に人型になれず戦闘に参加できなかったのは大戦犯である。
18171:アスクヒドラ
それはぁ! 俺が遠慮したところもあるじゃん! というかそういうのは無しだって!
18172:識別番号02
否定→人型での接触を提案したのは自身である。
18173:アスクヒドラ
だああああああああああもおおおおおおおおおおお!!!
反省会するって言ったのは俺だけど!?
……勘弁してくれよ。おまえたちにそれ言われると俺……馬鹿みたいだろ。
18174:識別番号03
ごめんなさい。
18175:アスクヒドラ
マジで謝らないでくれ。みんなのおかげで大勝利だったのは事実なんだ。俺の我が儘で残念にしたくない。
18176:識別番号03
アスク、雨が降ってきました。
18177:アスクヒドラ
しばらく頭冷やしたい。なにも感じないけど。
――――――――――
三日目となってきてから、徐々に天候は崩れていき空は雲に覆われていた。そしてついに雨が降り出してしまう。緩やかな雨がアスクを打ち続ける。しかし、水滴の衝撃も、水の冷たさも感じることのないアスクは全身を雨に打たれても、動く気すら起きなかった。
人の情を持つアスクヒドラにとって、命は重い。故に命が失われたという事実、そして目の前で消えかけた命に触れた事で、多大なショックを受けて精神が酷く揺さぶられていた。
意思疎通ができない、自分の命が大切な『ペガサス』たちの未来に直結している、戦闘が苦手、あらゆる理由から、大規模侵攻でのあり方は間違っていなかったと、アスク本人もわかっている。
だけど、人としての感情が納得してくれない。後悔と情けなさが押し寄せてきて、顔も名前も知らない“卒業”した『ペガサス』を考えて、救えたんじゃないかと、亜寅を“あんな風に”させなくてよかったのでないか、もっと上手くできたんだろうと神様気取りで色々と思ってしまう。そして『ペガサス』みんなの考えに従うと言っておきながら、野花の行いを自分が嫌だったからと言う理由で止めてしまった。半端ものもいいところだ。
──苦しい。どうして感情も人のままなのだろうか? いっそ本当に願いを叶えるだけの正真正銘の機械仕掛けの神様になったほうが、みんなのためになるのか?
「アスク」
────傘が差し出された。
「濡れちゃうよ」
──顔を上げれば、愛奈がそばに居て、こちらを見ていた。
「亜寅と丑錬は、高等部寮で匿う事が決まったよ。私たちが住んでいる寮じゃなくて、真嘉たちが使っていた二年のほうで……アスク。本当にありがとうね。貴方が一緒に居なかったら、亜寅を助けられなかった」
──だけど、もう少し早ければ“あんなこと”には成らなかった。そもそも『Gアタッチメント』での攻撃をミスらなければ、マシな結果になっていたかもしれない。
「アスクは、一生懸命やってくれたよ」
愛奈は他者の心情に聡く、意思疎通が厳しく制限されているアスクの心情を正確に読み取る。日常生活ではいつも助けられているが、この時だけは情けないのを見せたくないと、視線を逸らしてしまった。
「……戦いや“血清”の事だけじゃないよ。アスクには色んなことで助けてもらってる……私はちゃんとご飯を食べられない。後輩のお願いすら叶えることができない」
愛奈は、活性化率という絶対的な免罪符があるとはいえ、友達に毒入りクッキーを食べさせてから、まともに食事をすることができなかった。しかし、初めて出会った時に、アスクが振る舞ってくれたことで缶詰類など保存食は例外として美味しいと思えるようになった。
「今でも、ううん。今の方がひとりで居るのが怖い」
愛奈は、孤独を異常に嫌う。常に誰かと居ないと辛くて仕方がない。ひとりで居る時の彼女は、幼い子供のように震えてしまう。だけどアスクが学園に来てくれて、月世も助けることができて、それからの日々には常に誰かが傍に居てくれている。
「
愛奈は日によって“卒業”してしまった同級生たちを思い出して寝れなくなる。そんな時、アスクは直ぐに心配して傍に来てくれて、落ち着くまで話を聞いてくれた。
「──アスク、いつも私たちを助けてくれて、ありがとう……私が出会ったのが、アスクでよかった!」
愛奈は、“血清”を生成できるアスクヒドラという人型プレデターとしてではなく、優しく自分たちを想ってくれるアスクに感謝を伝えた。
──思い出せば、エナちゃんを助けた時、なにも考えていなかったな。
――――――――――
18178:アスクヒドラ
……やっぱり、人外に生まれ変わってよかった。
18179:識別番号03
どうかしましたか、アスク?
18180:アスクヒドラ
俺は……神様じゃなくて、人型プレデターだった。
そんな当たり前のことを忘れていたよ。
18181:識別番号04
当然だ。
18182:識別番号02
気分→どうだ。
18183:アスクヒドラ
……全然ダメですね! やっぱり数日は引きずると思う
でも、ウジウジ悩まないようにする、これからも俺はエナちゃんたちを守るためにやっていくし、多分咄嗟に色々とやっちゃうと思う。 だからこそっていうか、今度こそガチで決めたことはある。
18184:識別番号03
なんですか?
18185:識別番号04
無駄に貯めるな。
18186:アスクヒドラ
いや、言語化難しくって……。
とにかく! 手が届く命は尊ぶつもり! あ、なんか人外っぽい!
18187:識別番号02
溜息→つまりは助けられる命ならば自らの危険を顧みず助けるということだろう。
結論→いつも通り。
18188:アスクヒドラ
そうそれ! 忘れかけていたことを改めて思い出して言葉にして決意表明って感じかな。人型プレデターとして助けになれることなら全部やりたい。
……いつも通り咄嗟のやらかしとかで迷惑かけると思うけど、そん時はいつも通りによろしくな!
18189:識別番号03
分かりました。いつも通りアスクたちを助けたいと思います。
18190:識別番号04
いつも通り、了解した。
18191:識別番号02
了解→いつも通り。
18192:アスクヒドラ
改めて今回の大規模侵攻、ありがとな!
そんでこれからもよろしくな!
18193:識別番号04
緊急であるため話題を変更するが識別番号03
そろそろ、ムツミとキー両名がやってくる。
自身では対処が困難であるため帰還を望む。
18194:識別番号03
すいません、ヨキちゃんに数日は居てくれと頼まれて同意してしまいました。
しばらくの間、よろしくお願いします。
18195:識別番号04
勘弁してくれ。
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