第29話


「──本当にいいんですか?」

「はい、Aエーの“卒業”を知らせる信号を送ってください」

「ですが、話が本当であれば久佐薙の血縁者なんですよね──先輩を見ている限り、こんな雑にやってしまったら即バレしそうなんですが?」


 Aエーから担任の車掌教師の話し方や性格を聞き終えた月世つくよは、Aエーが“卒業”したことを知らせる信号を送るようにと野花のはな命令した頼んだ


 しかし、どうやらAエーの担任は久佐薙の血縁者との事で、野花は『プレデター』が現われた後の時代に、財閥を復活させた人間たちであること、事情が分からないが、そのひとりでありながら『ペガサス』になった先輩を間近で見ていたため、強い不安を覚える。


「ふふっ、褒め言葉として受け取ってあげます……久佐薙には大きく分けて二つのタイプが存在します」

「ふたつのタイプ?」

「はい、こんなご時世だからこそ敬語、丁寧語を使おうとするタイプと──こんなご時世でも“ですます”言葉すら使えない学を得ようともしなかった甘えた馬鹿です」

「──かた──そうなんですね!」


 ──偏り酷くないですか? と言いかけたが深掘りするのが怖くて、野花は強引に肯定した。


 +++


 転校から翌日、早朝の貨物駅にて【303号教室列車】、【504号教室列車】、【703号教室列車】の三本の教室列車が集まっていた。


≪──なに?≫

≪はぁ? なに聞き逃してんのよ。だからお先だって、もうここに来る理由無くなったから西に帰るの≫

≪……明らかに不審な点が多すぎる。きちんとした調査をしたほうがいいのではないのか?≫

≪うざっ。それ私に言っているわけ? それになにその偉そうな言葉使い、わたくしが誰か知らないわけじゃないでしょ?≫


 【303号教室列車】の車掌教師であるゼロに、傲慢な態度で接するのは【703号教室列車】の女性の車掌教師。役職で言えば同じ立場であるが、殿様列車と評される700番台の教室列車の『車掌教師』である彼女は、言ってしまえばゼロたち通常の『車掌教師』よりも特別な存在である。


 なので、鉄道アイアンホース教育校の常識として女性の態度は当然のものであり、むしろ、真っ当な意見を述べるゼロのほうが間違っているのが、この場の正しい見方である。


≪……『アイアンホース』の管理は評価につながる。杜撰のままで終わらせるのは幾ら久佐薙の一族とはいえ問題だろう? ≫


 しかしながら、ゼロはそれを承知で続ける。


≪はぁ? なんでよ? もう終わってるのに管理って……ぶは! 馬鹿じゃないの!? ウケるんだけど!≫


 しかしながら、女性の車掌教師は、ゼロの言葉を全くもって理解できず、馬鹿にして笑い始める。


≪あー、マジ笑ったわ……つーかよ、さっきからなんなのお前?≫

≪──まぁまぁ。落ち着いてください≫


 険悪な2人の雰囲気に割って入って来たのはゼロに比べて若く、甘い男性の声。


≪彼は、あの“老害”と有名なゼロです。話すだけ無駄で、貴女様の凄さをなにひとつ理解することはできないでしょう≫

≪……それもそうね≫ 


 よくは理解できていない、だけど褒められた、人数的にも有利になった事も相まって安い言葉に自尊心を満たされた彼女は、ころりと機嫌を良くする。


≪じゃあ後はがんばってねぇ──まったくアレの所為で余計な時間を使ったわ≫

≪おい!≫

≪ダメだよ。ゼロ≫


 【703号教室列車】が動き出し、すぐさま通信範囲外まで移動してしまう。それからゼロは気持ちの整理をするために少しだけ時間を置いて、男のほうへと話しかけた。


≪……感謝したほうがいいのだろうな。タクヤ≫

≪別にいいよ。放っておけば面倒なだけだったから、彼女も、貴方も≫


 【504号教室列車】の車掌教師であるタクヤは正直な気持ちを伝える。ゼロとタクヤ。仕事先で“”を会わせる事が多く、協力して仕事を熟してきた間柄であるが。様々な面から相性がとても悪く、はっきりと言えばお互い心の底から嫌い合っていた。


≪車掌教師に転落しても彼女は久佐薙の血縁者……。相変わらず社会の道理を分かっていないみたいで安心しましたよ。老害のゼロ≫

≪……お前も相変わらずだな≫


 タクヤから放たれるキツい言葉。しかしながら全てが事実であるためゼロは受け入れることしかできなかった。


≪既に無い人道派を気取るのをやめて、もうすこし上手くやって欲しいものですよ≫

≪別に気取っているわけではない。だが、ああいった確認不足が“富士の大災害”を引き起こしたのを忘れたのか?≫

≪忘れました。あれはもう終わった事なんです。少なくとも私たちの上司からすればね≫


 ゼロは沈黙にて納得できないと意思を示す。タクヤはそういう所だと本心から嫌悪する。


≪──せんせぇ?≫


 ふいに【504号教室列車】から年若い少女の声が聞こえてきた。


≪おはようございますダイヤ、そしてすいません、今は大事なお仕事中なので、お呼びするまでお外で待っていてくれませんか?≫


 通信をミュートにすればいいものを、タクヤはそのまま少女の声に対応し始める。その声色はゼロに向けていた冷たいものではなく、どこまでも甘ったるい、相手を溶かそうとするようなものだった。


≪うん、わかったわ≫

≪いい子です……ん≫


 フランクな挨拶をしあった音の後、扉が開け閉めされる音がゼロの耳に届く。


≪……本当、相変わらずだな≫


 ダイヤと呼ばれた少女──『アイアンホース』が管制操舵室へと出て少し、色々と口に出したい気持ちを抑えたゼロであったが、放たれた言葉には分かりやすい嫌悪感が滲み出ていた。


≪どの口が、私を批判しているのだか≫


 先ほどとは違い、タクヤはストレスフルな対応をする。


≪畜産というのは消費する生き物を愛するものです。私は至って真面目に“それ”をしているだけであり、できていない老害になにも言われる筋合いは無いんですよ≫


 タクヤが『アイアンホース』たちに対して選んだ管理の仕方は、女性扱いをすることである。ホストのように甘言で女の部分を刺激し、成果によって女性としての扱いに差を付ける。そうする事で基本的に人として飢えている彼女たちは従順となり、“女性扱い”を保つためならば“卒業”の文字を忘れてくれる。


 幸いにも生まれ持った声や顔は助けとなっており、結果は上々。しかしながらそれ相応のリスクも高く、武器を持たずとも成人男性を容易く殴り殺せる少女たちに自分を恋させるというのは、タクヤにとって、かなりの恐怖で、とてつもなくストレスを生んでいた。


 事実、何度か好感度調整に失敗して危ない目にあったりもした。教室列車を降りて、『新日本鉄道』の正社員に出世して、安全な環境で豊かに暮らすという野望があるからこそタクヤは発狂しないで済んでいた。


≪『アイアンホース』をマニュアル以下の扱いしかできない癖に、他人によくそんな態度がとれますね!≫

≪…………≫

≪──はぁ~≫ 


 爆発してしまった自分に気がついたタクヤは己を落ち着かせる。タクヤは、ゼロのここぞという時の判断能力と面白みのない仕事振りだけは評価しているが、それ以外では非才、特に『アイアンホース』の扱いについては、先ほどの【703号教室列車】の『車掌教師』と大差がないという評価をしていた。


 ──それなのに、このジジイは何を好き好んでか居場所がない不良品たちを好んで引き取りながら、自分よりも結果を残している事が多い。助けられたこともあるが、それによって後もうちょっとの所で上司から声が掛からなかった事もあり、また自分が求めて止まない出世の話も蹴ったというゼロが、タクヤは憎くて腹がたって当たらずにはいられなかった。


≪……そろそろ業務開始の時間ですね≫


 わざとらしくタクヤは言う。まだ時間に余裕はあるが、ゼロは指摘しなかった。


≪ああ、そういえばひとつ聞いておきたい事がありました、大規模侵攻の際、貴方はどうするおつもりですか?≫

≪……通常業務を行なわなければいけないため、関与することはないだろう≫

≪そうですか……では、少なからず大規模侵攻が終わるまでは、会うことはないでしょう、安心しましたよ……それでは、【504号教室列車】出発します≫


 そう言ってタクヤは【504号教室列車】を走らせて、貨物駅から去った。


≪……分かっている≫


 朝から強い疲労に襲われながらもゼロは、業務を全うするために【303号教室列車】を発進させた。


 +++


 転校初日の夜、ゼロ先生に報告を終えたハジメは、精神的疲労から、寮ですぐに休む事にしたのだが、自分の部屋がわからず、リビングのソファで一夜を過ごすことにした。


 ハジメは訓練所での謎の先輩や、野花の不思議な発言などをゼロ先生に報告しなかった。説明に悩んだのもそうだが、訓練所で出会った先輩たち、野花の発言など、それを奇妙と思ったのは自分の主観でしかなく、何かしらの証拠もあるわけではないため、言ったところで仕方ないと、ハジメは訓練所での体験を伏せた。


 ──それに奇妙な体験を得て発生した、謎の感情が伝えることにブレーキを掛けた。この感情に名前を付けられなくて、悩んでいるうちにハジメはソファの心地よさに負けて意識を落としていた。


「──あら、もう起きていると思っていたら、ここで寝ていたのね」

「……ん」


 ちょうど眠りが浅くなっていたハジメは、聞き慣れた声で目が覚める。しかしながら、今まで体験してきた事の無かったソファの弾力性の心地よさに、きちんと覚醒できない。


「……ルビーか……? その服は?」

「この学園の高等部制服。どう? 似合うでしょ」


 黒いスカートに黒いシャツ、紺色の上着のアルテミス女学園高等部制服を着たルビーが目の前に立っていた。


「……どうしてここに? …………いま何時だ!?」

「8時過ぎよ」

「汽笛は!? 無いか! ……そうか!」


 完全に寝過ごしたと慌てるハジメ。どうして汽笛が鳴らなかったのかと周辺の景色を見回し明らかに教室列車とは異なる風景を視認してようやく、ここがアルテミス女学園高等部の寮であることを思い出し、完全に目が覚める。


「……ぷっ、あはは! 英雄様にこんな可愛い所があるなんて初めて知ったわ!」


 腹を抱えて笑い出すルビーに、ハジメは赤くなった顔を隠すために、いつもの癖で帽子を深く被ろうとする。しかしながら帽子は寝る前に脱いで、どこかに置いてしまっており、帽子のツバを持とうとした手が空振る。


 そんなハジメの様子にルビーは笑いを止めることができないまま、ソファの下に落ちていたハジメの帽子を拾い彼女に渡す。


「別にいいじゃない。中々に愛嬌があっていいわよ」

「揶揄わないでくれ」


 今度こそ帽子を深く被り、目を隠すハジメに、ルビーは可愛いわねぇと追撃をかける。


「というかなんで、ここで寝ていたのよ? まさか自分の部屋がわからなかったとか?」

「……ちなみにルビーはどこに居たんだ?」

「あら? 2階が私たちの寝室になっているって教わらなかったの?」


 ルビーの話を聞いて、そういえば昼食の時に野花が言ったようなと記憶を掘り起こしていくが、思い出すのはチキンステーキ、白米、味噌汁と食べた飯の事ばかりだった。


「……今日の“給食”がなにか知っているか?」

「貴女……『ペガサス』になって、頭の中身が飛び立ったんじゃないでしょうね?」


 そう軽口を叩くルビーであったが、先んじて寮で寛いでいた時、事前に用意されていたお菓子を夢中になって食い尽くしたため、割と人のことは言えなかったりする。


「そ、そういえば、ルビーは昨日、先生と話したの?」

「そうなの! きいてよ!! 先生ぇったら、21時までならルビーと話してくれるって言ったの!」


 流石に醜態を晒しすぎたと、正気に戻ったハジメは、ルビー相手であれば確実に話題が変わる質問をする。すると望み通りルビーはテンションを上げ、甘ったるい声で話し始めた。


「お仕事大変なのに、ルビーのために、長い時間を使ってくれるなんて、やっぱり先生ぇ優しい……好き……」

「それはよかったな」


 両手で頬を押さえて、思考を旅出たせるルビー。彼女がこうなるのはいつものことなので、ハジメはどうしても淡白な反応をしてしまう。


 ──ルビーは、自分の教室列車の『車掌教師』に強い好意を抱いている。その想いは強く、彼女がここまで戦ってきたのは先生のためであり、生き残ってきたのも先生と一緒に居たいから、彼女の夢は先輩に成り代わって操舵管制室へと入室して、先生の寵愛を受けること。


「学園での生活を伝えたらね、まるで本物のお姫様になったみたいだねって言われたの! だからルビー、勇気を出してじゃあルビーの王子様は先生ぇ? って聞いたらね! そうかもしれないって!」


 ──そんな恋するルビーは、先生の期待に全力で応えてしまった結果。“ 卒業”間近となってしまい、アルテミス女学園に転校する事となった。


 『アイアンホース』の大半は車掌教師を男性として見ることに理解を示さない。だからルビーのように先生に対する想いを堂々と言う『アイアンホース』は同族に拒絶される。


 ──しかし、ハジメは自分より前のハジメ、心が摩耗していた自分を立ち上がらせてくれた先輩が恋に殉じた『アイアンホース』だった事から、ルビーの気持ちこそ現在進行形で分からないものの、性格が苦手であった彼女の生き方を否定しなかった。


 それが切っ掛けでルビーとは縁ができ何度も共に戦う戦友、そして自分の心を時々救ってくれる恩人となった。そんな彼女にハジメは報われて欲しいと願う。


「……ルビー。活性化率はどれほどです?」

「【80%】、あんたは?」

「【84%】……ルビー、君は大規模侵攻になったら消極的に動くべきだ」


 たった4%の差。されどとても大きな差である、特にルビーは天才ほどではないにしろハジメに比べて活性化率が上がりにくい。それを踏まえてハジメは暗に大規模侵攻では活性化率の上昇を抑えるように提案する。


「はぁ? 前衛フロントのルビーが積極的に動かなくてどうするのよ?」

「その分は自分が動こう」

「あんたねぇ……他人を甘やかすのも大概にしなさいよ! ルビーを舐めるんじゃないわよ!」


 ルビーは確かに生きて先生の元に戻りたい。だけど、それは違うだろうと不機嫌となって怒鳴る。


「違う。これは交換条件だ」

「交換条件?」

「はっきり言って活性化率の数値や、上がりやすさ的に君のほうが生き残れる可能性が高い。だから、共倒れになるぐらいならどちらかがと思ったんだ」

「……続けて」


 こうなったハジメは頑固で面倒なのを知っているルビーは、とりあえず話を聞くことにした。


「……お土産を買おうと思うんだ。【303号教室列車サンマルサン】のみんなに、だから自分が無理そうなら代わりに届けてくれないか?」

「……ルビー、重たいの持ちたくなーい。……だから、貴女の『ALIS』より重たくないものだったら考えてあげるわよ」

「了解した。十分に留意しよう」


 ルビーの返事に、ハジメは満足そうに頷く。ちなみにハジメの愛用ALISである【KG9-MR/ナイン】の総重量は8キロを超える。


「……それで? ルビーも今から化粧品買いに行くんだけど、一緒に来るつもり?」

「ああ、でも自分は食料品を買うつもりだから……別々で行動したほうがいいと判断します」

「でしょうね」


 どちらを優先しても、片方の買い物が終わった頃には時間切れになるのが目に見えるため、ハジメたちは別々で行動することを決める。


「それじゃ。善は急げってね!」


 口では余裕ぶった態度であったが、早く行きたかったのだろう。ルビーは早足で外へと出て行ってしまった。場所がわかるのかと疑問を抱くが、ルビーはそこらへん抜け目がなかったと思い直す。


「……さて、この寮には地図とかないのかな?」


 ──問題は自分が分からないということだ。どうしよう。かといって、誰かに聞くにしても、どこにいるのか分からない。


「……たしか、野花は生徒会室にいると言っていたか」


 ──もし、気になることを見つけて、その真実を聞きたいと言うのならば──是非とも生徒会室に来てください。


 ハジメは、というか『アイアンホース』は基本的に分からないものを分からないまま放っておくようになる。それは彼女たちが何かを知る権限がなく、疑問に思っても車掌教師やその他大人たちによって考えるなと言われて育つからである。ハジメも例外ではなく、さらに諦観した彼女は昔よりも考えることをやめてしまっていた筈だった。


 しかしながら、昨日出会った先輩の凶行、そして野花の奇妙なひと言について、ハジメは延々と考えることを寝落ちするまでやめられなかった。ひとりと成ったいま、改めて昨日の出来事について考えに考えて、その中で達した結論を口にする。


「……自分を誘っているのか?」


 ──目的こそ分からないが、彼女たちの行動はどこかわざとらしく、なんとなくだが自分だけに何かを伝えようとしているようにも思える。ならば素直に野花の言うとおりに生徒会室へと行けば謎が解明されるかもしれない。しかし、何かしら自分を陥れる罠だったとしたらという警戒心が抵抗感を生む。


「──ハジ、メ

Aエー? いま起きたのか?」

「うう、ん……ずっとお、きてた」


 ハジメは考え事に集中するあまり、間近に近づかれるまでAエーの存在に気が付かなかった。


「アルテミス女学園の制服に着替えたんだな」

「は、い……野花が着せ、てくれた」

「似合ってるよ」


 ボロボロだったアイアンホース教育校の赤染め制服から、白シャツのアルテミス女学園中等部の制服姿となったAエー。裾が長いのか手は隠れてしまっており、杉の木のような髪は相変わらずだが身綺麗になっている。


 ──その姿に強い違和感を持ったがハジメは最初、なんでそう思うのか分からなかった。


「……Aエーは、この学園に来てよかったか?」

「は、い。フル、ツジュース美味し、いです……野花の、はなたくさん嬉し、い事してく、れます」

「そうか、それなら良かったよ」


 元いた【703号教室列車】では家畜以下の扱いを受けていたであろうAエー。活性化率【87%】と残された時間は短いかもしれないが、できれば幸せを感じたまま“卒業”してほしい。そんな勝手な事を考えながら、ハジメAエーに対して強まる違和感の答えを必死に探す。


 ──ふと、思い出したのは先ほどのルビーの姿。同じアルテミス女学園の制服を着ていた。


 ──ああ、そうだ。明確に違うものが二つあった。ひとつはシャツの色。中等部制服は白で、高等部制服は黒。だが、違和感の正体はそれではない。もうひとつのほう、元『アイアンホース』たちが嵌めているべきものが無かったのだ。


「──Aエー…………首輪はどうした?」


 『アイアンホース』たちが必ず付けている首輪。それはアルテミス女学園に転校しても変わらない。それは“卒業”するまで外れることはない代物。のはずだが、Aエーの首には前日まで確かにあったはずの鋼鉄の首輪が無くなっていた。


「──は、ずしてもらいまし、た」


 +++


 ──転校してから、立て続けにおかしいことが起きている。


 そして、そのおかしさは自分に向けて何かしらのものがあるとハジメは判断した。


 生徒会長の意味ありげな行動も、訓練所で出会った謎の先輩も、そしてAエーの首輪の件、それらに含まれているメッセージも、先ほどから湧き出る謎の感情にもハジメは正解に行き着けない。


 全ての疑問に何かしらの意図が含まれているものだと分かりながらも、点と点が繋がらない。その気持ち悪さがハジメの行動を決定づけた。


 こうなった時のハジメは浅慮で大胆な行動をとる。信頼できる先生に相談するわけでもなく、戦友を誘うわけでもなく、罠であってもどうにかすると、猪突猛進的な思考となったハジメは生徒会室の扉を開いた。


「──野花、いるか!?」


 机と書類棚、“大きい謎の西洋甲冑の飾り”を除けば質素な生徒会室。ハジメが来るのを知っていたかのように生徒会長の『蝶番ちょうつがい野花のはな』は会長机の前に立っていた。


「──思いの外早かったですね──いやほんとに」


 自分がここへ来るのを想定していた口振りに、ハジメは自分の体験したものが仕組まれたものだと確信を得る。


「……聞きたい事が沢山あるが、まず聞かせてくれ……なにをしたくて自分を奇妙な目に遭わせている!?」

「──その質問に答えるためにも先にボクの質問に答えてください!」


 自分が見てきた大人と被る笑みを浮かべる野花。ここで言葉を並べ立てても先へと進まないとハジメは沈黙にて肯定する。


「──単刀直入に聞きます。ハジメ、貴女は生きたいですか?」

「…………」

「もしくは誰か生きて欲しい相手がいますか?」

「……っ! ……居る」


 ──即答はできなかったが、自分でも予想外なほどハジメは素直に肯定できた。


「そうですか──それを踏まえてここで体験してきた事を思い出してください」

「思い……だす?」

「──貴女は人間並みの生活を経験しました──貴女はまるで活性化率なんてお構いなしで〈魔眼〉を使う『ペガサス』に出会いました──貴女は決して外れぬ首輪が無くなっているのを見ました──それらを経験した貴女は漠然とした“希望”を見たんじゃないですか?」


 希望──お先が目に見えているハジメにとって、すでに諦めて捨てたもの。でも完全に捨てきれなかったもの。言語化できなかった謎の感情の正体が、それであるとハジメは納得感に包まれる。


 だからこそ、ハジメは自分がなんで希望なんて持ってしまったのかが、本気で分からなかった。それも仕方ない、まともに自由な教養を得られなかった理性や知性ではなく、本能によって生まれたものであるから。


「……この学園は、いったいなにをしているんだ?」

「学園がではありません──ボクたちがしているんです」


 パチンと野花は指を鳴らすと、置物だと思われた西洋甲冑が突如として動き出し、閉じて隠していたであろう肩や腰から生えている蛇筒触手たちが広がり、異形な物であることを示した。


 ハジメは飾られていた西洋甲冑が、人型の『化け物プレデター』であることを把握する。


――――――――――


16972:アスクヒドラ

はい! 今んところ成功率100%の会釈がここで炸裂!


16973:識別番号02

溜息→どうしてそう自らフラグを立てようとする。


16974:アスクヒドラ

あ、だめそう。


16975:識別番号04

即回収するな。


16976:アスクヒドラ

むしろここまで失敗してなかったのがふしぎゅわっふ!!?


――――――――――



 何度も戦いを経験してきた熟練の『アイアンホース』ゆえの反射だった。ハジメは考えるまえに、右手を振るい袖から小型ピストル型ALISを外に出し、その銃口を西洋甲冑に──人型プレデターに──アスクヒドラに向けた。


「──“待って”」

「ぐっ!?」


 短い制止のひと言を野花が話す。それだけでハジメは全身を硬直させた。動け動けと念じるハジメであったが、必死さとは別に体が一切動いてくれない。


「──本当に止まるんですね──あの人止まらなかったらどうするつもりだったんだろう──絶対、止まらない可能性込みで教えましたよね──ほんとなんなのあの人──なんでボクが──ほんと嫌」


 野花はぼそぼそとひとり言を呟きながら、硬直しているハジメの間近まで接近する。


「──本当に申し訳ありません──ですが、これが最良だと判断しました」

「……っ!」

「“待って”」

「ぐっ!?」


 動けるようになったハジメを、野花は再度硬直させる。


 ──『アイアンホース』には通称『待って待って病』と呼ばれる、精神的なトラウマ持ちが一定数存在する。


 教室列車が移動中に“落馬”などの事故によって離れてしまった場合。『アイアンホース』は、遠のく教室列車に向かって何度も“待って”と叫び続ける。それらは時として他の『アイアンホース』の通信機器に届いてしまう。


 所属している教室列車と一定の距離から離れてしまった『アイアンホース』は、嵌められている首輪に内蔵されている毒が差し込まれる。だから彼女たちは必死に叫ぶ。


 ──ハジメは初めての友達となった『アイアンホース』の“落馬”を経験した。通信越しから聞こえる彼女の悲痛な叫びに、彼女は重度の待って待って病を煩い。たったひと言、自分に向けられたであろう“待って”という言葉を聞くだけで、どんな時でも全身が硬直するようになった。


「──これから話すことは、ボクたちの純粋たる願いです」

「……野花……君たちは…………」


――――――――――


16980:アスクヒドラ

銃口って向けられると思わず硬直するもんなんだぁ……。

人生……間違えた! プレデター生で一番命の危険感じたかもね! 


16981:識別番号02

抗議→自身の命だけではなくアスクの損傷は『ペガサス』たち全体に関わるものであるため危険な状況に陥った際に停止するのは愚の骨頂である。


16982:アスクヒドラ

当然だけどめっちゃ厳しい……ゼロサーン! 癒やしプリーズ!


16983:識別番号04

識別番号03は現在会話が困難であるため助けを呼んでも無駄である。


――――――――――


「──ただ、言葉だけでは信用できないでしょう──だから体験してください──ボクたちが受けた奇跡を」


――――――――――


16987:アスクヒドラ

抗議、文句、訴訟などは月世さんにお願いします。

というか本当に大丈夫なのこれ? 


16988:識別番号04

彼女たちの選択に盲従すると決めたのだろう? 腹を括れ。


16989:アスクヒドラ

括れなきゃ腹切りですね分かります……あ、恐怖顔向けられるの辛っ……。

だーもう! やっちゃるわー! 


――――――――――


「──以上が、今日の出来事です」


 ──夕暮れ時、昨日よりも日が低い時間帯にて高等部校舎付近の外にてハジメはゼロ先生に報告を行なっていた。


≪了解した……ハジメ、本当に問題はないのか?≫

「──はい、ありません」


 どうにも様子がおかしいハジメだったが尋ねても問題無いの一点張り、ゼロは考えて、タイミング的にAエーが“卒業”したのを引きずっているかもしれないと判断する。


≪……これはひとり言だが、フタは年長者としてあろうと頑張っている≫

「先生?」

ミツは、幾つか反抗的な態度をとるようになったが業務を全うしている……両者ともハジメの帰る場所はここだと発言していた……以上だ≫


 ──ゼロ先生は、かなり不器用だ。でも不器用だからこそ道具や兵器として扱おうとしながら、自分たちを慮る行為をしてしまう。


「……先生、お願いがあります。至極個人的な願いです」

≪なんだ?≫

「【303号教室列車】のみんなに学園で購入したものを送りたいんです。だからその方法をご検討してもらいたく……お願いします」

≪……了解した。方法が確立しだい伝える≫

「ありがとうございます!」


 見えないのを承知でハジメは敬礼をもって感謝を伝える。こうやって個人的な事をお願いするのは初めて、それなりに無茶なものであるのに簡潔に聞き届けてくれたことが、ハジメは本当に嬉しかった。


≪これ以上、報告がないのであれば終了する≫

「ありません! ……先生、フタミツをよろしくお願いします……どうぞ」

≪……ああ……終わり≫


 通信を切ったあとゼロは随分と個人的な会話をしてしまったなと思いながら、最後に異常なしで終える報告書を書き始めた。


 ──通信が切れたことをしっかりと確認したハジメは、とりあえず緊張から解放された事に、深く息を吐いた。


「──本当に、みんなにも……希望を……未来をくれるんだろうね」


 そして、ずっと自分たちの会話を聞いていた野花に問い掛ける。


「はい! ──それが、貴女が仲間になる条件ならば、ボクたちは全力を以て応えます」

「……了解した」


 ハジメは、野花に向かって直立し、敬礼をとる。


「──元【303号教室列車】所属四年目アイアンホース。後衛バック担当のハジメ。アルテミス女学園高等部一年ペガサスとして貴女たちと共に全力を以て戦います!」


 ──アスクヒドラの“血清”を体内へと打ち込まれて、己の活性化率が【48%】まで下がったのをこの目で見た。そしてアルテミス女学園高等部の現状を教えられたハジメは、大規模侵攻が終わったあと、どんな手段を使ってでも【303号教室列車】の仲間たちを救ってくれる事を条件に野花の提案を呑んだ。


「──改めまして、転校してきた事を歓迎します──ハジメ

「はい、よろしくおねがいします……ですが、奇妙な出来事風で勧誘するのは今後やめて貰えると助かります」

「ボクもおんなじ気持ちです──もう二度とやりたくないです!」

「……苦労してるんだな」


 ──こうして、ハジメは本当の意味でアルテミス女学園高等部の仲間入りを果たした。


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