第28話


 鉄道アイアンホース教育校に属する『アイアンホース』たちの“在籍年数”は最大で四年、学年に言い換えれば高等部一年が“卒業”の年となる。


 彼女たちの“卒業”ラインが活性化率【90%】であること、また全国各地を回っている事から平均的に戦闘を行なう機会が多いなど、他にも多数の理由が重なって、アルテミス女学園と比べて短命となっている。もっともアルテミス女学園の“卒業”率も平均化してしまえば、そこまでの大差はないのだが。


 そのため、鉄道アイアンホース教育校では最年長であったハジメも学年で数えてしまえば高等部一年と、高等部ペガサスの中では最低学年であり、先輩がいてもおかしくはない立場であった。


「……凄い、語彙力の無い言葉でしか表現できず申し訳ありませんが、まさに神業ですね」

「ありがとう! ハジメも凄いね。あれだけ遠い距離から的の真ん中に当てるなんて」

「恐縮です。ですがあれぐらいの狙撃は『アイアンホース』であれば大半が行なえるものです。先輩の技術のほうが遙かに貴重で、とてつもないものかと」


 だから、“名前すら聞き出せていない”茶髪ポニーテールの『ペガサス』は先輩呼びを否定せずに受け入れているあたり、自分よりも上級生なのだろうとハジメは思う。


 ──事実、ハジメの目の前にいる先輩こそ、公式では既に“卒業”しているアルテミス女学園の最上級生であるペガサス、『喜渡きわたり愛奈えな』その人であった。


 そんな事はつゆ知らず、ハジメは愛奈の押せ押せな態度に流されるまま、一緒に射撃訓練をすることになった。とはいえ同じ射撃系のALISといっても弓と銃は全くの別物、どうするかと話し合ったところ、お互いの射撃の技量を見せ合うこととなった。


 ハジメは、決して弓では届かない距離から見事、音速の弾丸を立てられた的のど真ん中へと当てた。事象を語ればそれだけではあるが、的に狙いを付けて引き金を引くまでの時間が恐ろしく短かったこと、〈魔眼〉を使用していない、また『ALIS』のアシストを全て切った状態で命中させたハジメの技量に、愛奈は心から称賛する。


 そして次に愛奈が弓の腕を見せた。ハジメが撃った地点から半分にも満たない距離からであったが、放たれた数本の矢は全て命中させており、曲線を描き飛んでいくさまに銃とは違った有用性と、ここまで扱うのにどれだけの技術が必要かをハジメに理解させ、尊敬の念を向けさせることに成功した。


 ──なお、どうすれば当てる事ができるかを感覚的に把握する愛奈の〈魔眼〉である〈隙瞳げきどう〉は今回使っておらず、割と久しぶりに己の技術だけで射た矢が、全部命中した事に内心ですごく喜ぶ、ハジメが居なければ月世“たち”に嬉しそうに見て見てとはしゃいでいただろう。


「これほどまでの腕になるまでの訓練数を考えるだけで、感服いたします」

「いえいえー。【ルピナス】を使ってようやくの腕前だよー」

「【ルピナス】……そういえば、見たことの無い『ALIS』ですね? アルテミス女学園は械刃重工社製の『ALIS』を使用していると聞きましたが、もしかして噂の第3世代ですか?」


 鉄道アイアンホース教育校では、械刃重工製の『ALIS』は使用していないが、過去に何度か見たことがある弓型とは一致せず、ハジメは【ルピナス】が気になった。


「そうだよ。それに【ルピナス】は私の専用ALISなんだ。高等部に進学した時からずっと一緒に戦ってきた相棒なの」

「専用? ……もしかして先輩のためだけに作られた『ALIS』なんですか!?」


 たったひとりのために作られた専用ALISに、ハジメは心底驚く、言葉を選ばなければ、持って数年ほどしか生きられない『ペガサス』のためだけの『ALIS』を用意するというのは、どう考えたって酔狂以外の何ものでもないと思ったからだ。


「アイアンホース校では、専用ALISって無いの?」

「個人のためだけに作られたというのは流石に。『ALISこれ』も量産機ですし……いやでも、自分用に色々と手を加えて貰ったのを専用と表すれば、そうであるとは言えます」


 『アイアンホース』が使用している『ALIS』は大阪地区に拠点を置き、『プレデターパーツ』を用いた乗用車や兵器をメインに開発、製造、販売を行なっている『K//Gケージー社』製のものである。日本で生産している火薬をほぼ独占している事からこの会社の『ALIS』は、ハジメのマークスマンライフル型ALISなど銃型のものとなっている。


 ハジメが使用する、マークスマンライフル型ALISは後衛バック側が使用する得物となっているが、ハジメ前衛フロントでも使いやすくと、付属部品アタッチメントや銃身など、ゼロ先生に頼んでかなり改造を施してある。そのため元と比べてシルエットがだいぶ違うものとなっており、ハジメ専用と言われれば間違っていなかった。


「へー。なら実質、専用ALISみたいなものになるのかな? 名前とかあるの?」

「はい、【KG9-MR/ケージーナイン・エムアール】。九番目のK//G社製ALIS、マークスマンライフル式という意味で、略式で【ナイン】とも呼ばれています」

「じゃあ【ナインちゃん】だね!」

「ちゃん……先輩は自分の『ALIS』をちゃん付けで呼ぶんですか?」

「ううん。普通に【ルピナス】って呼んでるよ」

「え? ……あ、もしかして言わせようとしました!?」


 図星を付かれた愛奈はそんなことないよーとわざとらしく否定する。単なる冗談だと分かるため、ハジメもまったくと口にしながらも、どこか楽しそうだった。


「……【KG9-MR/ナインちゃん】」

「お、もしかして気に入ってくれたの?」

「あ、いや、自然と口に出ただけというか、……揶揄わないでください!」


 妙に気恥ずかしくなり、帽子を深く被って誤魔化すハジメに、愛奈はからかい過ぎちゃったねと軽く笑う。そんな名前を知らない先輩の態度がハジメにとって、なんだか丁度よかった。


 ──愛奈のことを本当に不思議な人だと、ハジメは評価する。気さくな性格も関係しているのだろうけど、僅かな時間で愛奈のことを、まるで何度も会って話したことがある先輩のように傍に居ても違和感が無かった。


「お詫びに自分のできる範囲でなら、なんでもお願いきいちゃうよ〜」

「……そうですね。先輩が宜しければ、大規模侵攻に向けて、地上での動き方や、戦闘での立ち回りなどご教授をお願いしたいです」

「もちろんだよ! ……でも、なんでも自分だけで頑張ろうとはしないでね。私たちも一緒に戦うから」

「……善処させて頂きます」


 ──どうにも自分という人物を読み取られている気がするが、悪い気はせず、むしろ理解されていることに、どこか安心感すら覚えている自分がいて、なんだか懐かしくって、名前の知らない先輩とのやりとりに、いつの日からか忘れていた楽しさを思い出していた。


「そういえば弾はどうするの?」

「自身が在籍している間は、本体の部品に合わせて『K//G社』から変わらず補給されるとのことです。それに既にアルテミス女学園内のサーバーに機体情報を登録したので、整備室でのメンテナンスも可能であると聞きました」

「ちゃんと考えられているんだね」

「──でしたら、もう少しだけ付き合って頂けませんか?」


 ──そう言って会話に混ざってきたのは、長く艶やかな黒髪の『ペガサス』。


「……付き合って……というのは訓練のことですか?」

「ええ、と言っても、わたくしの得物は大太刀なので、行うのはちょっとした異種格闘技戦ですが」


 愛奈に対する気持ちが好意的な一方で黒髪の『ペガサス』──月世のことをハジメは、ひとめ見た時から自分でも分からないほど警戒していた。


 ──ニコニコと笑う野花に、アイアンホースの主と呼ばれる大人たちの影がチラつくならば、月世は“そのまんま”なのだ。同じ黒髪だからではない、雰囲気以上に、存在そのものが、あの理解できない上位存在たちにしか見えなかった。しかし、そんな事はあり得ない。かの一族は徴兵される事は決してあり得ない存在だ。


 万が一があったとしても、それに彼らが住まうのは大阪地区であり、東のアルテミス学園に居る理由がこれっぽっちも浮かばないと、ハジメは何度も、気の所為だと自分に言い聞かせる。


「ふふっ、どうかしましたか?」

「い、いえ……。異種格闘技戦とはいいますが、実際なにをするつもりですか?」


 ハジメは、心情をなるべく隠しながら受け答えをする。実際、月世の言う訓練の内容がどういったものか分からないのは事実だった。


「難しい事をするつもりはありません。ただお互い正面に立ち会って合図と共に戦い始めるといったものですよ」

「……申し訳ありませんが訓練用の模擬弾を持ち合わせておりません。銃を用いた敵対訓練がお望みであるのでしたら、違う方法を考えるべきだと愚考します」

「わたくしたちは『ペガサス』ですよ。急所以外であれば多少怪我したって平気です」


 ここを狙いなさいとばかりに、自らの腹を撫でる月世に、ハジメは狂っていると恐怖を抱く。思わず愛奈を見ると、ひどく申し訳無さそうにしているが、止めようとはしない。


「ごめんね」


 小さく謝られてもと、ハジメはひどく悩む、断わっても変に食い下がってきそうだし、空砲によるヒットコール形式を提案しても断わられそうだと、考えに考えた結果ハジメは渋々、極力安全な方法を提案する。


「……わかりました。ただし条件があります」

「聞きましょう」

「自分が使用する弾丸は一発、肉体や装備に当たったら自分の勝利です」

「では、わたくしはその弾を避けるか、わたくしの『ALIS』、【待雪草】の間合いまで近づけたら勝利といたしましょうか」

「それで構いません」


 ──変な事になってしまったと内心で深いため息を吐きながら、ハジメは月世に合わせる形で訓練所の空いているスペースまで移動する。


 お互いの距離は10メートルほど、『ペガサス』の俊敏性や移動速度、【KG9-MRナイン】の適正距離が中から遠距離である事を考えれば、かなり近く。近接武器である月世のほうが有利な間合いとなっている。


 月世はもっと後ろへと下がろうとしたのだが、移動範囲が広くなり、下手に動かれては困ると、その位置でいいと停止させたのはハジメのほうであった。


「構えてもらっても結構ですよ」

「ですが……」

「問題ありません。せめて引き金は絞りたいでしょう?」

「……わかりました」


 自信があるというよりも、何かを狙っている様子に、ハジメは不安は残るものの、そちらの方が安全で終わるならばと銃口を月世に向けた。それを見た月世はウキウキと楽しそうに、刀型ALISである【待雪草】を構えた。


 ──得物が見えない? 


 月世は膝を落とし、【待雪草】を前に突き出した肘と刀身が水平状になるように後ろへと流す、変わった構えを取った。これによってハジメの視界から、【待雪草】の長い刀身が突き出された前肘によって隠れてしまい、刀身の長さが分からなくなる。


 月世がとった構えは、とある流派で“車の構え”と呼ばれるものを彼女なりに改良したもので、元は同じ刀を持った人間を殺すために開発されたものだ。それを知るよしもないハジメだが、何かを感じ取り、もはや模擬戦であることを半ば忘れて、勝ち負けを気にし始める。


 ──黒髪の先輩の構えは側面を前に出している姿勢であるため、速く移動するには不向きだ。しかし、体の面積が減って中々に狙いにくく刀身も隠れてしまっているため装備部分に当てて勝つというのも難しい。さらにはルール上、当てやすい“急所”は狙っては駄目。ならばと足を狙えば、この先輩の事だ簡単に避けるだろう、あるいは『ペガサス』の身体能力をフルに活用して、放たれた弾丸を真っ二つにする算段なのかもしれない。当てられる場所が限定されている以上、自分が何処を狙うのか読みやすいに違いない、そういえば先輩は最初、自分からできるかぎり距離を取ろうとしたように見えた。


 これはやられてしまったかと、当然であるが急所を狙えないようにルールを取り付けた行為が先輩に誘導されたような気がして、ハジメは少し悔しい気持ちになる。


「じゃあ、行くよー」


 気がつけば真剣になっていたハジメは、月世の一挙手一投足を決して見逃さないと集中を極限まで高める。愛奈が手を上げて、下ろす刹那の時間、【KG9-MR/ナイン】の引き金にかかる指にほんの僅かな力を込めた。


「模擬戦はじめ!」


 ──だから、突如として月世の姿が視界から消えた時、ハジメは心の底から呆気に取られた。


「…………は?」

「はい、わたくしの勝ち~」


 思考が動き始めたのを見計らった頃、茶目っ気全開の声が真横から聞こえてきて、咄嗟に右を向いた。すると目の前に楽しそうに微笑む月世が居て、ハジメは驚きのあまりフリーズする。


「……え?」

「駄目ですよ、わたくしたちは『ペガサス』なんですから、ちゃんとを見ていないと」


 揶揄い気味に放たれた月世の助言に、ハジメは彼女の言った事を理解できない。いや、受け入れられないでいた。


「…………〈魔眼〉を……使った?」

「ふふっ、驚きましたか?」

「──な、なにを考えているんだッ!?」


 ──自分でも信じられないほどの怒声が訓練所に響き渡る。〈魔眼〉とは『ペガサス』が必ず保有する瞳であり、何らかの特殊な能力が備わっている。しかし、力を使用すればするほど、その分、『ペガサス』の目に見える寿命とも言われる活性化率が上昇する。


 そのため〈魔眼〉というものは、ここぞというとき以外は使うものではない、たかが模擬戦如きで決して使うものではないのだ。


「どうしてこんな事のためにっ!? 転移系であるならば上昇率は低くないでしょう!?」


 ──それなのに、この先輩はたかが模擬戦に勝つためだけに〈魔眼〉を使用した。ハジメは、許せるものではないと追求する。


「──ふふっ、別にいいじゃないですか、『ペガサス』となれ果てた以上、伊達や酔狂を楽しんでこそですよ」

「っ! ……っ!? ふざけたことを語るな!」


 命を軽んじる月世の発言は決して認められないと、ハジメは噛み付く。


 ──先輩のなげやりな発言は決して許容できない。確かに自分達は人と数えられず一匹、二匹と呼ばれる家畜なのかもしれない、でもだからといって命を蔑ろにしてしまう理由にはならない。


「貴女の行為は、もっと長生きしたかったのに“卒業”してしまった……。懸命に生きた『アイアンホース』の、『ペガサス』の全てを侮辱する行為だっ!」


 ──既に“卒業”してしまい、この世に存在しない『アイアンホース』たちの最期を思い出す。はじめての友達も、自分よりも前の“ハジメ”も、もっと生きたかったと願った、死にたくないと叫んでいた! 


「あなただって“卒業”してきた者たちを見てきたはずだ! なのにどうしてっ! そんな事ができる!?」

「別に大層な理由なんてありませんよ」

「っ!」


 言葉を聞けば聞くほど、月世に対して怒りが込み上げてくる。だからこそ一周回って、冷静になってきたハジメは、心を落ち着かせるために長い深呼吸を行なう。


「……貴女の考えも、行いも……なにひとつ理解できません!」


 それでも、顔も見たくないほどの嫌悪感を打ち消せなかったハジメは、月世の傍に居たくないと早足で訓練所を後にした。


「──本当にこれでよかったの?」

「お叱りは甘んじて受けます」


 ──ハジメがいなくなってからしばらく、愛奈が責めるように月世を問い掛ける。彼女がああいった異常な行動をとったのは、ちゃんとした理由があると分かっているから黙っていたが、愛奈にとっても不快な内容であるのは間違い無かった。


 ──いくらアスクが居て、『活性化率』を下げられるようになったとはいえ、活性化率に関わるトラウマは幾らでも存在する。悲しみも嘆きもやるせなさも壊れるほど経験してきた。だからどんな事情でも、活性化率を利用して欲しくなかったのは愛奈の心からの本音だった。


「……叱らないよ。でも後で一緒に謝ろうね」

「……分かりました」


 だけど愛奈は受け入れる。親友のやることは所業と呼ばれるものだろうけど、それにいつも助けられてきたのは自分なのだから。


「質問の答えですが、あとは野花のはな次第なところはありますが余程の事が無い限りは大丈夫でしょう」

「でも、凄く怒っていたよ?」

「感情的ではありますが、常に冷静であろうとするタイプに見えました。今はもう落ち着いて自分の軽はずみな行動に反省している頃合いかと」


 月世は、訓練所でのハジメの言動から性格を読み取り予測を立てる。


「真面目で確固たる意志がある。されど決して頑固ではなく柔軟性が高い……そしてなにより、自分よりも他人を大切にする人物であることは確かです。まあ自分自身の事をとうに諦めているだけかもしれませんが、それはそれでと言ったところですね」

「……うまく行くと良いな」

「大丈夫ですよ愛奈。崖に進む道から外れるレールは引きました。後は彼女が切り替えるのを待てばいんです」


 既に未来を確信していると言わんばかりに、心底楽しそうに笑みを浮かべる月世に、愛奈は別の意味で不安になった。


「……あれ? そういえばアスクってどこに隠れたの?」

「おっと、忘れていました。そろそろ掘り返してあげましょうか」

「……堀り返してってもしかして埋め……月世~!?」


 +++


 ──なんてバカな事をしただろうか、落ち着いたハジメは当てもなく廊下を彷徨いながら先ほどの発言を後悔する。


「……先は無いと諦めていた自分が、他人に説教なんて……」


 ハジメの活性化率は【84%】、アルテミス女学園に転校したことで多少伸びたものの寿命に言い換えれば決して残された時間は多くはない。それ故に、ハジメは日々の生活を全うする中で、老い先短い老人の如く未来に達観していた。


 ──そんな自分を棚に上げて、先輩に向かって懸命に生きろと言うのは、あまりにも馬鹿げている。確かに許せない事ではあったが、自分よりも長く生きている先輩なんだ。それに何かしらの理由があって、あのような行動をとったのかもしれない。


 ぐだぐだとハジメは黒髪の先輩について思考を張り巡らせる。次第にそれは強い疑問へと成り代わり、足を止めた。


「……にしたって転移系の〈魔眼〉を、たかが模擬戦で……なぜ使える?」


 ──精神の話ではなく現実問題、自分よりも年上と思われる黒髪の先輩。アルテミス女学園の平均活性化率がどれほどか分からないが、転移系の〈魔眼〉を使用するほどの余裕がある年齢ではない筈だ。


 それに活性化率というものは個人差はあるものの、なにもしなくても生きているだけで日に日に上がるもので、アルテミス女学園には年に二回の大規模侵攻がある。それを考えれば、狂気の沙汰としても〈魔眼〉を使う余裕があるとは思えない。


 ──なにせ自分がそうなのだ。ゼロ先生が命令しなかったと言うこともあるが、【80%】を超えてから〈魔眼〉を使用したのは一度っきりだ。


 ──そもそも、あの先輩はなんだ? 本当に先輩なのか? 野花たちと比べて、明らかに年上にしか見えないが、にしたって奇妙な点が多すぎる。茶髪の先輩もそうだが、名前を教えることを避けていた気がする。


「……あの人たちは何だったんだ?」

「──どうかしましたか?」


 突然、声を掛けられたハジメは驚きのあまり、声がした方向とは反対に後ずさる。


「……野花……どうしてここに?」


 声の正体は、先ほど別れたはずの野花だった。変わらぬ笑顔を浮かべながら、こちらを見ており、それが何だか、妙な不気味さを醸し出していた。


「職務の休憩がてらに校舎を散歩していたのですが、立ち止まってなにやら考え事をしているハジメを見かけたので声を掛けました! もしかして迷ったんですか?」

「あ、ああ……いや、そういうわけではなくて……」


 ──どう考えたって現われるタイミングが良すぎる野花に、あの謎の二人について聞いても良いのか判断が付かず、ハジメは言葉を濁す。


「──もし、気になることを見つけて、その真実を聞きたいと言うのならば──是非とも生徒会室に来てください」

「野花……? いったいなにを?」

「──夕食の時間となったら呼びますので、それでは!」


 野花はそれだけ言うと、背中を見せて歩いて行った。呼び止めようとも思ったが、纏わり付くような恐怖に心が竦み、見えなくなるまで動く事ができなかった。


「……なにかあるのか? この学園には」



 +++



 夕暮れ頃、まだまだ七月の太陽が暑さを振りまく中、ハジメは高等部校舎外の道中にて【303号教室列車】との定時連絡を行なっていた。


「──うまく行った? ──うまく行ったのこれ? ──ああもう駄目なら駄目でなんかアクションが欲しいんですけど!?」

「野花、小声で話すところに配慮が感じられるけど、バレるかもしれないから叫ばないで」


 ──そんなハジメに見つからないように隠れて見守る『ペガサス』たち、夜稀よきは“瞳を輝かせている”野花に、集中しろと注意する。


 鉄道アイアンホース教育校からの転校生を迎え入れるにあたって、“卒業”扱いとなっている三年先輩たちには隠れているようにお願いしたのだが、どこかで覗き見していたらしい月世が、ハジメを見て行けると思ったらしく、正にいま思いついた作戦を実行するように命令お願いしてきた。


「月世先輩に、突然めちゃくちゃなこと言われた時はどうなるかと思ったけど──上手く行きそうだね」


 食堂で感激しながら食べているハジメたちの後ろに音もなく現れて“訓練所へと誘導するように”とカンペを掲げた月世を見た時、吹き出さなかった自分を心底褒めてほしいと野花は思う。


「そうですね──ほんと勘弁してほしかったんですが──いや正直時間が幾らあっても足りない中で提案してくれるのは助かりますよ? ──だからってほぼアドリブでどうにかしろは酷くない? ──絶対ひどい──ほんと酷いと思いません!?」

「野花うるさい」


 それから隙を見てお願い命令が書かれたメモ帳を渡された野花は、疑問を挟む余地すらなく、言葉通りに訓練所から出てきたハジメに対して、意味深な感じで生徒会長室へと誘導したのだが、未だにあれが、なんだったのか理解できず、自分のやるべき事をしながら文句を垂れ流す。


 ──ちなみに野花が早々にハジメの元から去ったのは、野花自身が緊張に耐えられなかったからである。


「それで、いまどんな感じなの?」

「──できるだけ事務的に今日の出来事を話していますね。愛奈先輩たちについては言うつもりは無いみたいです──不確定な情報は極力省くタイプ、月世先輩の言った通りですね──あ、昼食に関して凄く饒舌に喋り出しました」


 野花たちのいる位置ではハジメの姿は見えるが、小声で通話していることもあり、いくら『ペガサス』の聴覚と言えど聞き取るのは困難である。しかし、野花にはその通話の内容が“見えている”ため、ハジメが何かしら、まずい情報を大人側に話していないかを確認していた。


「あれほど感情的に話すのは久しぶりだったみたいですね。先生が指摘したことで両方とも感傷的になりました──正直、月世先輩から話を聞いたときは、もっと人間味が無い方たちが来ると思っていましたが──ボクたちとそう変わらない──」


 月世の言う通り大人たちがアルテミス学園に入ってこなかった以上、もっとも懸念するべきなのは『アイアンホース』たちの性格である。


「──ボクは月世先輩のように内情を読み取ることはできませんが、あの様子では十分に成功率は高いでしょう──きっと彼女は大切な物のためなら何でもする人です」


 ──初めて食べるチキンステーキに我を忘れていたと思いきや、同じ教室列車に乗ってきた仲間の事を思い出して、一瞬にして現実へと引き戻されていた。それが思いやりなのか、執着なのか、はたまた依存なのか野花には判断が付かないが、自分よりも他人の方を強く想うところを確かに見た。


「──夜稀、ついでで今聞きますが首輪はどうでしたか?」


 『アイアンホース』に対して、夜稀の主な役割は毒針内蔵型の首輪を外す事だった。毒もそうであるが、中にはGPS機能などを始めとした『アイアンホース』を監視するための装置が取り付けられており、彼女たちをこちら側に引き込むことを考えれば、あの首輪の存在は邪魔でしかない。


 しかし、首輪自体『ペガサス』の腕力でも壊すのには苦労するほど頑強で、何かしらの方法で溶かしたり壊したりしようとすると、脱走と判断されて毒針が起動するであろうことは予想でき、またそうなった場合、『車掌教師』側に詳細な情報が行く可能性も高く、何かしらの違和感を察知されれば、全てが台無しになる可能性だってある。


「……なんて言えばいいんだろう、中を〈真透しんとう〉で見たとき、正直ちょっと綺麗だと思った……無駄がなさすぎて、機能性に特化していて、これを装着する『アイアンホース』の事を徹底的に考えられているけど、人であることは一切省かれていて悪魔的だなって」


 自らの〈魔眼〉で中身を透視した夜稀はロマン思考の技術者として、強い嫌悪を抱いたが無駄なものを全て削ぎ落とした機能美に惚れかけたのも事実。


「──それで夜稀」


 またなんか語り出したと思いながら、話の意図が読めなかった野花は聞き返す。


「彼女たち他の『アイアンホース』も、Aエーのようにできますか?」


 野花は首輪を安全に解除できるか聞いていなかった──何故なら“すでに結果は出ていた”から、彼女が問うたのは、次からも上手くできるかというものだ。


 ──夜稀とは反対側、野花の左隣にて、理由も分からず身を隠すAエーが、光が失われた瞳で野花たちをじっと見ていた。その首には鋼鉄の首輪が無い。野花はもう少し静かにしてくださいねーと言うと、Aエーは、こくりと頷いた。


「遊びがなさ過ぎるパズルというのは、コツさえ分かれば簡単だよ」

「──絶対嘘ですね!」


 野花の視点では、Aエーに嵌められていた鋼鉄の首輪を、いつものように機械や工具をさわっていたと思ったら、いつの間にか外れていたため、称賛よりも真っ先に何してるのと驚きが勝ってしまったぐらいである。


「本当にボクからは、夜稀が何をしたか全然分かりませんでしたからね」

「いつもやっている事と変わらないよ」

「そもそも夜稀が何時もなにやってるか大体理解できてません」


 野花はだからと言って、こんな僅かな時間で成果を出すのは普通ではないと思う。これは夜稀が飽きずに調べて、分解して、組み上げて、時には新しいものを作って、そうやってずっと機械と付き合い続けたからこその結果だと、野花は理解しており、だから結構簡単だよと言う夜稀を嘘と断言する。


 夜稀はAエーの首輪の内部を〈真透しんとう〉で確認、その後パソコンで図面を起こし、AIの意見を参考にしながら、どのパーツがどういった役割なのかを調べていく、この時点で夜稀は、不安なんてどこかへと吹き飛んでしまい夢中になった。


 大企業の産物らしい冷たい機械。高度であるがコスパを重視して徹底的に無駄を省かれている。そのため高性能ながら構造自体はとてもシンプルで、だからこそ理解できない箇所は現れず、気がつけばネタバレを先に見た知恵の輪に挑むかのように、夜稀は慣れ親しんだ工具で首輪に触り、片手間に作業を終わらせてしまった。


「──しつこいのは承知で聞きたいのですが──首輪が外れた信号はあちらに届いていないんですよね?」

「もちろん、それに無力化もしていないから、こっちから自由なタイミングで信号を送ることができるよ」

「──“卒業”も思いのまま。ついさっきまでの緊張が嘘みたいですね」

「自分でもびっくり……本当にびっくり……やれる、やれるよ野花」


 外した首輪はたった一個だけで、むしろこれからが本番であるが、自分の腕に自信を持てた夜稀にはもう緊張も不安もなかった。


「──よかったですね、夜稀」

「……うん」


 言葉に含まれた意味をちゃんと理解した夜稀は、噛みしめるように頷いた。



「……ハジメは、どうするつもり?」

「彼女に関してはボクというかは、月世先輩が預かりになっている状態ですね──とはいえ、殆ど確定ではないでしょうか?」

「…………ルビーは?」

「──不明です──彼女は帰りたい──って言っていました──」

「野花……」


 ひどく辛そうにする野花に、夜稀はどんな言葉を掛けてやればいいか分からなかった。特にこの時は、自分がまた一つ救われてしまっただけに余計に。


「──どうやら、終わったようですね! “見ていた”感じ特に問題がある会話は成されていませんでした! ──干渉せず済んで良かったです──」


 そうこう夜稀が悩んでいるうちにハジメの定時報告が終わってしまう。完全にタイミングを逃した夜稀は何も言えず、口を閉じたまま野花と一緒に隠れるのをやめて立ち上がった。


「──正直今日はこのまま寮へと帰って頂けるといいんですが──ん?」


 ──真似て立ち上がったAエーが、野花の制服の裾を掴んでいた。


「……すっかり懐かれたね」

「特別なことをした覚えはないんですけどね──あ、そういえばハジメに寮の場所言っていなかった気が──夜稀、何食わぬ顔で寮の場所を言うの忘れていたっていう感じで、ハジメに会いに行ってください!」

「何食わぬ顔ができるかどうか分からないけど、分かったよ」


 まあ、野花に頼まれて寮に案内するように探していたってそのまま伝えても問題ないかと考えながらハジメに会いに行くため夜稀も校舎の中へと入っていく。


「それでは、ボクたちはお風呂に入りましょうか──あ、もしかしてボクが全部やらないと行けないパターン?」

「……?」

「──まあいいですか──お風呂上がったら一緒にフルーツジュース飲みましょう! ──同級生に──仲間に──……友達に教えてもらったんですが、美味すぎるので楽しみにしていてください」

「わか、りました」


 途中でいちど振り返り、Aエーの世話を焼く野花をしばらく見守った夜稀は再び歩き出した。



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