篠木咲也 ce2
──食堂に現われた
「ん~? かびかびは一緒じゃないの?」
響生はわざとらしく周囲をキョロキョロと見渡し、同じ二年生である『
「先輩たちと話してる。長くなるって言うからアスクと一緒に先に食堂に来たんだ」
そう言いながら真嘉は咲也の隣に、アスクは真嘉の正面の席に座った。
「そうなんだ! あれ? だからって護衛兼監視役なのに離れていいの?」
「……月世先輩に邪魔だから先に行けって言われたんだよ……」
「それじゃ仕方ないネ!」
──後輩たち共通の怖いほうの最上級生の言うことなら従わざるを得ないよねと、響生は納得し、食べる速度を上げた。
「……それで響生は──」
「ごちそうさま! きょうちゃんはもう食べ終えちゃったので、これにておさらばなのです!」
「あ、おい……」
「これから引っ越しの荷造りしないとだから、またね~!」
そう言って響生はわざとらしくオーバーな動作で食器を回収台に置くと食堂を出ていく。その背中を見つめる真嘉は、どこか寂しそうにする。
──響生は、いつも真嘉にべったりで片時も離れず傍に居た。しかしながら“あの夜”から、彼女は自分から故意に離れている時間を作るようになった。
その理由を咲也は知らない。聞くつもりもない。真嘉を除いた咲也たち二年生四人は隣同士で立つ仲間で戦友であるが、日常では一定の距離を保って触れようとはしない関係となっている。
何故なら、真嘉に縋っているのだけは分かり合っているから、だから決して自分たちの領域に踏み込ませないし、踏み込まない。己から生える棘で相手を刺さないように、相手の棘に刺さって刺激しないような関係性、咲也たち二年生四人の距離感だった。
「……今日、『プレデター』と戦ったみたいだな。どうだった?」
真嘉は気分を入れ替えるためか頭を掻いて、咲也に話しかける。
「……真嘉の言う通り動きが鈍く感じたわ……。これって本当に活性化率が下がったから? 副作用じゃなくて?」
「月世先輩が言うには、また上昇した分だけ体が軽くなったから間違いないとさ」
「そう、ならいいけど……お昼食べないの?」
「ああ、先輩たちが来てからと思ったんだが……どうすっかな」
もうほとんど食べ終わっているが、咲也と一緒に食べるべきかと分かりやすく悩む真嘉に、咲也は小さく溜息を吐いた。
「もう食べ終わるから私のことは気にしなくていいわよ」
「そうか。ならオレは先輩たちと喰うことにするよ」
咲也は食事を再開する。傍から見れば真嘉を拒絶しているようだが、素っ気の無い態度はいつもの事なので、慣れている真嘉は特に気にしなかった。
「……咲也は親子丼にしたのか、オレも喰おうかな?」
「好きにしたら?」
「他のやつらはなに喰ったんだ?」
「……響生はオムライス、レミはサンドウィッチよ。香火はいつもどおり昼食を抜いたわ」
「なら、今日の昼はその三つだな」
「炭水化物ばっかりね……」
真嘉は大食漢という程では無いが、それなりの量を食べる。そのため彼女は咲也たちが食べているものを全部注文して平らげることはしょっちゅうだった。
ただ高等部一年の最初の頃は、ここまでではなかった。彼女がよく食べるようになったのは“五人”が何を食べるか悩む真嘉に、自分がいま食べるものをオススメしたのがはじまりで。真嘉はオススメされた料理を全部食べた。それ以降、ことある度に、同じことを繰り返した結果。真嘉の食事量は増えに増えてしまった。
咲也にとって、そんな真嘉の厚意は純粋に嬉しいものだった。自分の選んだものを美味いと言ってくれると肯定してくれたようで、また他のみんなと違って、高等部からの付き合いである自分のことをしっかりと思ってくれていると証明されるようで不安が解消された。
──だから、困った顔を浮かべる真嘉を見ない振りして、咲也は同級生たちに負けじと料理をオススメし続けた。
(けなげに真嘉の好きそうなものたべ始めて)(味濃いのきらいだったのに)(そんなに無理に食べさせたかったの?)(意味わかんない)(クソおもい)(病んでるよね)(メンヘラじゃん)
「……真嘉はなんで……そんなに食べるようになったの?」
「ん? ああ、なんでだろうな。『ペガサス』は体質の違いでカロリーの消費量も変わるみたいだから、力に秀でている分、燃費が悪いんじゃねぇか?」
──聞きたかったのはそういうのでは無かったが、咲也はなにを聞こうとしているのと深いため息を吐いて己を沈静化させる。ふと、仄暗い単眼でじっとこちらを見るアスクに気付く。
「……なに?」
そう聞いてから、アスクが簡単な指や首の動作以外で意志疎通ができない事を思い出して、しまったと顔をしかめる。咲也の反応は他者から見たら、勝手に聞いて勝手に不機嫌になったようにも見えてしまうだろう。
(話せないのに理由を聞くんだ)(デリカシーなさすぎ)(またうっかりって言い訳するの?)(これで不快にさせたら咲也の所為だ)
──この数日、アスクヒドラの事を見てきた咲也は、少なくとも敵では無いと判断していた。
とはいえ、先輩や後輩、同級生たちと何年も戦ってきて“卒業”させてきた『プレデター』である事から、どうしても忌避感は抜けきらず。また彼の目的や考えが分からないため、助けてくれた事による思いとは別に警戒心を抱いていた。
──だから、自分は迂闊に近づいてはならないと咲也は己を律していたのだが、あっちの方から不意打ち気味に近づいてくるなんてと、理不尽な苛立ちが募る。
『P細胞』の活性化率を下げられるアスクは、高等部ペガサスにとって、生命線そのものだ。彼がなんらかの理由で自分たちの前から離れるということは、高等部『ペガサス』にとって、昔のように活性化率に脅えて暮らす日々に逆戻りすることを意味する。
(またしちゃうのかな?)(あの時のようにまた)(またやるんだ)(またおまえの所為でみんな“卒業”するんだ)
(またおまえが殺すんだ)
『妖精』の言うことはともかく、自分の性格と“生まれながらの性質”を熟知している咲也は、アスクの機嫌を損ねる危険性を考えて、自ら距離を置いていた。それに、もし“中等部の頃”のような事を起こしてしまうのがなによりも怖かった。
「……食べたいの?」
だが、話しかけてしまった以上、中途半端に終わらせるのは気持ちが悪いと咲也は再度尋ねる。声色が不機嫌気味なのは緊張故のものだ。
「──ああ、愛奈先輩が言うには、オレたちが食べてる姿が好きなんだとよ」
「……なにそれ?」
真嘉の説明に、アスクは事実だと親指を立てた。咲也は思わず嘘でしょ? と言いかけたのをギリギリのところで言い換える。
「さあな。特に深い意味はなく趣味みたいなものらしい……。なんにしても、食うところをじっと見られるのは恥ずかしいから、あんまりみないで欲しいんだがな……」
食い辛いと真嘉は顔を赤らめて、髪を掻く。なんて事のない気恥ずかしさを覚えて照れただけの反応。
「──変わったわね」
「ん?」
「……なんでもないわ」
そんな年相応の乙女みたいな反応をする真嘉に、咲也は言葉が零れてしまい、咄嗟に誤魔化す。
「……なあ、咲也」
──ソレが切っ掛けになってしまったかは定かではないが、真嘉は雰囲気を変えて咲也に話しかけた。
「あー、その、なんだ……最近どうだ?」
「順調よ」
「そうか……ならいいんだ」
「……真嘉のほうはどうなの? 恐竜型と戦ってからなにかあった?」
聞きたいことは他にあると顔に書いてある真嘉に、咲也は我慢しきれず自分のほうから話しかける。
「何もねぇな。平和そのものだよ。ここ数日は例の工場で資材の持ち運びばっかやっている」
「そう」
「……重い物を運んだりやることはあるけど、このままだと鈍っちまって大規模侵攻の時に
「それは大変ね」
真嘉の言いたい事を察しているが、咲也は自分から触れようとはしない。できれば、このまま何も言わないで欲しいと望むが、同時になにかを期待している自分が居て、中断させることはできなかった。
「……なあ、オレはこのまま本当に先輩たちと一緒に行動していた方がいいのか?」
──しばらく沈黙が続いたあと、真嘉は意を決したのか本音で問い掛ける。
「……前にも言ったけど、戦力のバランスを考えれば、それが適正だからよ。特に真嘉の〈魔眼〉や身体能力は、先輩たちのスタイルとの噛み合わせも良いし、補助に回っても邪魔にはならないわ」
咲也は数日前、真嘉に対して、このまま愛奈、月世の高等部三年の二人と共に行動し続けることを本人に推奨した。そもそも、『街林調査』に向かうメンバーに真嘉を推奨したのは咲也だった。
そのさいに尋ねられた咲也は、いま言ったような理由を並べ立てて、その場にいた全員を納得させた。事実、彼女の言うことは正論であり、真嘉は工場地帯の作業や戦闘で十分な活躍をしており、恐竜型プレデターとの戦闘でも、真嘉は愛奈たちと連携して勝利してみせた。
「私たちのほうは『街林』に行くとしても、学園周辺だし、四人でも……安定して戦えた。だから──真嘉は私たちを気にしなくていいのよ」
──矛盾した感情に、無意識のうちに振り回されていた咲也は、言い方を間違えたことに気付かない。
「──お前たちの事なんだ。気にして当然だろ……オレはお前たちのリーダーなんだよ」
「……っ」
咲也は我慢できず隣を見た。自分たちのリーダーがこちらを見ていた。
「確かに先輩たちの指示どおりに動くのは楽だった。当たり前と思っていたことを褒められたりするのは嬉しかった……。多分、オレは自分で決めて動くよりも、誰かに決めてもらうのが性に合っているんだと思う」
──真嘉という人物は、知れば知るほど指導者に向いていない事が分かる。それは乏しさからではなく、持っている素質の話だ。
彼女の力に秀でている身体能力は前衛でこそ輝き、戦うことを怖れず誰よりも前に出られる性格。また考えるよりも体が勝手に動く直感型で、ひとつの事に高い集中力を持つことができる。
逆に言えば、目の前のことに集中しすぎるあまり指示役としては視野が狭くなりがちで、かといって中衛や後衛では才能の大半が腐ってしまう、感覚でなにをするべきが分かってしまうからこそ、戦闘中の真嘉は意識しなければ口を閉じてしまう。なので、そもそも戦闘中の指示役は常に咲也が担当しているほどだ。
──生まれながらの生粋の兵士気質。逆に言えば指導者としては非才の身。それが、高等部二年ペガサスたちのリーダーである土峰真嘉という少女の正体である。
(そんな真嘉をお前はリーダーにしていたんだね)(気付かないふりしてずっとずっと)(都合よくりようした)(逃げられなくした)(そうやって盾にした)(嫌なことをぜんぶ全部なげた)
『妖精』の囁きが強くなりはじめる。真嘉と話しているなかで、ここまで五月蠅くなるのは初めてだった。
(──来夢が“卒業”しても泣かなかったのは咲也のせいだよ)
「でも、オレは」
「──やめてっ!」
堪らず咲也は叫んでしまった。真嘉は目を見開き、アスクは動揺のあまり単眼を左右に揺らすが、すでに咲也の視界に入っていない。
「咲也……」
「先輩たちと一緒に行動して充実してるんでしょ!? だったらいいじゃないの!」
「よくない。大規模侵攻の事だってある、お前だって分かってるだろ?」
咲也らしくない、感情的な物言いに真嘉は冷静に正論で指摘する。
大規模侵攻では、偽装“卒業”している三年生組と、真嘉たち二年生組とは別々で動くようになる可能性が高い。そうなったら、真嘉は二年生組五人で『
「へ、平気よ! 私たちは連携を第一にやってきたのよ。す、少し真嘉が抜けてもなにも問題は……」
「そんなわけないだろ!」
今度は真嘉が大声を上げた。自分の言っていることが間違っていると分かっていながらも、それを押し通そうとする態度を見逃すことは絶対にできなかった。
──ここで咲也の言葉に納得してしまえば、取り返しのつかないミスが生じるかもしれない。それによって不幸になるのは、真嘉が自分よりも大切だと断言する、同級生たちであり、咲也本人だ。だから真嘉は感情的になって咲也を否定する。
「どんだけ強固な連携だって使ってなかったら錆びるのはオレだって知ってる! ……それに俺たちは五人になってからまともに戦ってないだろ!」
「それ、は……」
──高等部二年生に進級した際、全員の活性化率が抑制限界値である95%に近づいたこともあり、二年生組は来夢が“卒業”したあと、つまり五人になってから、全員で戦った経験が無く、咲也の言葉は単なる言い訳でしかないことは明らかだった。
「おまえたちが、オレのことをもう……必要としないなら、それでいい。だけど──」
「──ちがう! 違うの! 私はただっ! もう貴女に負担をかけたくなくてっ! ……泣いて欲しくないの!」
「咲也、どんな理由でもオレはおまえたちの傍に居たいんだ!」
相互作用が働いているのか、真嘉と咲也は理性が
「私は……私たちはもう、真嘉のことをリーダーとしか見られない! だから真嘉を、単なる『ペガサス』として見てくれる人たちの傍にいてほしいの!」
「オレはもう……知らないまま、気付かないままで失いたくないんだっ! 分かってくれっ!」
咲也は泣き叫ぶように本音を語る。真嘉もそれに続く。どちらも自分の言いたいことを言っているため、会話は成立していない。耳には届いているが、なによりも自分の意志を伝える事が優先されて、相手を慮ることができていない。
咲也たちを含めた同級生四人を大切に思い、できる事なら彼女たちのリーダーとして傍に居たい真嘉と、そんな真嘉を“ただの『ペガサス』”にしたい咲也。
初めての喧嘩と言っていいのだろう、不器用な者同士の言い合いは自分の考えを押しつけるようなもので、妥協点を見つけられず感情のままに激情を語る。
「アスク……!」
そんな言い合う二人にアスクが間に入る。本人的にはとりあえず冷静になってほしいと思っての行動だった。望み通り、真嘉は驚いたことで頭が冷やせたが──咲也は止まれなかった。
「なによ!? 割ってこないでよ!? ──人間じゃない『プレデター』がっ! 私たちのなにを知ってるのよっ!!」
最後まで言い切ってしまった後に、咲也は自分の発言に気付く。とはいえアスク本人は申し訳なさを感じるだけで、そこまで気にしなかった。
しかし咲也は違う──アスクに投げつけてしまった言葉は『妖精』にとって格好の餌となる。
(言っちゃった)(あーあいっちゃった)(まただね)(またやったよ)(ほんと懲りないね)(はんせいは嘘だったの?)(後悔はポーズでしかなかったの?)(繰り返す)(そうやって全てを台無しにする)(繰り返す)(もう言い逃れできないね)(みんなお前がわるいんだ)(お前がみんなを“卒業”させるんだ)(あのときのように)
(おまえがみんなを殺すんだ)(このクズ)
「わ、私は──っ!」
「咲也!?」
『妖精』たちの囁きに耐えきれなくなった咲也は、食堂から逃げ出した。
「……咲也」
追っていいのか分からず。真嘉は咲也が出て行った扉をただじっと見つめて立ち止まる。
──さっきまで居た、アスクヒドラが居なくなっていた事に気付いたのは、それから少し時間が経ってからだった。
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