篠木咲也 ce1
──中等部の頃の
アルテミス女学園に在籍するどの『ペガサス』よりも活性化率が上がりにくく、戦いにおいても抜群の身体能力とセンスを持つ天才。初戦で記録に残るほどの『プレデター』を討伐した真嘉の事は、先輩や同級生を通して知った。
格好良いな、羨ましいな、ずるいな、頼りになるな、一緒のグループに入ってくれないかな? 入ろうかな? そんな声を、当時の咲也は、別の教室の『ペガサス』に意識を持っていても仕方が無いと、話半分に聞いていた。
そんな咲也の考えや、状況の変化が重なり、中等部の頃は真嘉とはとことん縁がなかった。
──彼女と、まともに顔を合わせたのは中等部の卒業式、そして高等部の入学式だった。しかし、アルテミス女学園で生き残った『ペガサス』たちが必ず通る“絶望”の淵に立たされた咲也は、彼女たちに目を向ける余裕なんて無かった。
──中等部のころ、たしかに沢山良い事があった。だけど辛いことも同等かそれ以上に多かった。だが縋り付いてでも“卒業”しなかったのは、進学したら何かが変わると、どこかで盲信していたからだった。
それが容易く打ち砕かれた咲也は、ただただ絶望する。生気が完全に抜けきり、服の裏に忍ばせている毒を飲んで“卒業”してしまおうか。頭の中がそんな考えで一杯になっていた。
──力が抜けて瞼が閉じれば、内心で誰かが責める。言っている声が(はやく死ね)と囁き掛ける。反対側で(いや生きて最後まで苦しめ)と叫び声に襲われる。三半規管が麻痺しだして、暗闇の中をぐるぐる永遠と彷徨い続けているような錯覚に陥る。
──だったら、オレがお前たちのリーダーになってやるよ!
もう、ここで苦しみながら終わるしかないのだろうか? そんな絶望を吹き飛ばし、瞼に力を与える宣言が、咲也の耳に届いた。
──この時、咲也は確かに見栄を張った真嘉に救われた。
リーダーをやるには、あまりにも不器用な少女に救われてしまった。
+++
──アルテミス女学園周辺の『街林』。時代が変わり、地方開発が進む中でも持ち主の意向によって残され続けた、苔と罅だらけの道路に囲われている農業地帯があった。
しかし人間の手が離れて、『ペガサス』と『プレデター』の戦場となった畑あるいは田んぼだった場所は、少女の背丈よりも長い雑草が生い茂っており、もしも中に“何か”が潜んでいたとしても目視することは出来ないだろう。
そんな放棄された畑の中に、幾つもの筒が投げられた。
──数秒後、地面に突き刺さった筒が破裂し、中に敷き詰められた特殊な破片が周辺に飛び散り、雑草の中に“潜伏”していた『プレデター』に当たる。
投げ込まれた筒の正体は、『威力索敵手榴弾』と名付けられたもので、屋内などに身を隠している『プレデター』を炙り出すために開発された兵装。破片が常人に当たれば充分な殺傷能力を持つものの、『プレデター』に対しては外殻や再生能力の関係上威力に乏しい。
しかしながら、一体でも破片に当たった『プレデター』群は攻撃されたと判断。群れごと行動を変化させ、潜伏から攻勢へと転じるようになる。
──雑草畑に身を隠していた『プレデター』たちが動き出す。
「──
「はーい!」
「
「ん~」
「レミは響生を援護。焦って矢を放とうとしないで!」
「ヤ、ヤー!」
「返事は統一しなさいって、いつも言ってるでしょ!」
「は、はい!」
──156センチある自分の身長よりも長い大鎌型の『ALIS』を持った、ウルフカットの深い青髪の少女──『
彼女の言葉通りに全長ニメートル越えのヤケン型プレデターたちが潜んでいた雑草畑から現われて、咲也たち高等部二年生四人が待ち構えているアスファルト道路のほうへと乗り出してきた。
全長150センチほどのヤケン型は、犬を元とする『プレデター』であり、耐久性は低く、攻撃能力も口の牙と手の爪だけと少ない。その代わり嗅覚探知における人間および『ペガサス』の発見能力が高く、数キロ先の獲物を見つけると、群れで音もなく囲み、奇襲を仕掛けてくる。
雑草畑に隠れていたのも、咲也たち四人を奇襲するためだったが、咲也がヤケン型の動きに気づき、逆に奇襲するような形となった。
「ぴったしかんかーん!」
「ふあ~……イヌ……噛まないで」
響生はいつもの調子で謎の言葉を叫びながらヤケン型と交戦に入り、少し時間を置いてあくびをする香火のほうにも『プレデター』が現われるが、こちらも特に危なげなく倒していく。
「あっ!?」
一方で、レミが放った矢は当たりはしたものの、頑丈な金属で出来ている外殻によって弾かれてしまう。その個体は遠く離れているレミよりも、目先の響生に狙いを付けて跳びかかるが、動きを把握していた咲也が既に距離を詰めており、その手に持つ大鎌──己の専用ALISである【バーダック】によって首を切断。骸が地面を転がり雑草の中へと戻っていく。
「危なかった~! サンキューさやさや!」
「まだ居るわ! 油断しないで!」
「わかってまんがな~!」
連続的に襲いかかってくるヤケン型に対して、咲也は円軌道を意識しトリッキーな動きで【バーダック】を振るい次々と命を刈り取っていく。そんな中、雑草畑の中から飛びかかってきたヤケン型三匹に、ほぼ同時に襲われる。
もっとも近かった一匹目を葬り、続いて二匹目を狙って振るうが全部を対処するには速さが足りず、このままでは三匹目に噛みつかれてしまうだろう。そんな中で咲也は冷静に状況を判断し、思念操作によって【バーダック】に搭載されているある装置を起動した。
「──死になさい」
大鎌内に溜め込まれている圧縮された空気を通気口から噴出する。それによって得られた推進力により【バーダック】は急加速し、二匹目、そのまま三匹目と刈り取った。
「──レミ! 味方に当たらなければいいから! 怖がらないで撃ちなさい!」
「い、いえっさー!」
「──っ! だから返事は統一しなさいって言ってるでしょ!?」
「はいぃ……!」
外したことで気後れしたのか、咲也は二発目を撃つ気配のないレミに活を入れる。そのあと指示を出す度に応答の仕方が変わるのは状況判断に差し支えるからと、咲也は大声で注意する。
──今は戦闘中。指摘するにしても終わった後の反省会でよかったはずだと気付いた時、いつものように“それ”が鼓膜の奥で囁く。
(──そんな大声だすひつよう無いじゃん)(みかたを怖がらせてどうしたいの?)(ほんとクズなんだから)
「──っ!」
脳に直接語りかけてくる自分のとは明らかに違う声色の囁きに、咲也は聞こえないふりをして戦い続ける。
(返事がいつも違うってだけでそんなに言う?)(気にしてるの咲也だけだよね?)(そうやって重箱の隅つついてだめなんだー)(性格わるすぎー)
どんな外音よりも、はっきりと聞こえるそれに咲也は意識が逸らされそうになる。【バーダック】から手を離してこめかみを押さえたくなるのを
そんな咲也の反応に面白くないと言わんばかりに声は大きくなっていく。
(あまり撃つなっていったの咲也じゃないの)(めいれいを忠実にまもっていただけなのに)(なんで怒ったの?)(お前が言ったことなのに)(ほんとクズだね!)
「──うるさいッッ!」
もはや声以外に何も聞こえなくなると咲也は辛抱堪らず叫びながら、最後のヤケン型プレデターの命を刈り取った。
「……ふぅ……ふぅ……」
「さやさや。調子悪い?」
高等部二年生組にとって、咲也が脈絡も無く怒鳴り声を上げることはそう珍しいことではなく。響生は理由を聞く事無く、ただ咲也に心配の言葉を掛ける。
「……平気よ。……『プレデター』は?」
「みんな倒したよ! きょうちゃんが見た感じ他には居ないかな~」
「そう……なら帰りましょう……レミ」
咲也は、先ほどから自分たちに向かってペコペコと謝り倒しているレミに声を掛けて制止する。
「学園を出る前にも言ったけど、慣れた武器じゃないんだから失敗するのは織り込み済みよ。そう気にしなくていいわ」
そもそも今レミが持っている『ALIS』は、自分の専用機ではなくアルテミス女学園で配備されている量産型である。さらに付け加えれば彼女が弓を実戦で使用したのは中等部の頃以来だった。
なので、レミが今回まともに戦えないのは元から想定されていた事であり、気にして謝る必要は無いと咲也は言う。
「あ、あのひとつよろしいですか? はい」
「…………帰ってからにして」
自分から話し始めることは滅多にないが、いざ話し始めると、やたらひと言が長いレミの意見は『
「レミレミの話は長いから仕方ないね!」
「じ、自覚はあるんですけど、どうにも抑えきれなくて、やっぱり正確に自分の考えを伝えるとどうしても言葉が増えてしまい、かといって下手に内容を削ってしまえば、その分誤解を与えてしまうのが怖く、またそうなってしまった場合の労力を考えるとやっぱり多少は長くなっても言いたい事を全部言ってしまったほうが──」
「だから長いって!」
笑いながら響生はべしっとツッコミを入れる。咲也はその様子を見て深い溜息を吐いた。別に二人のやりとりに呆れたわけじゃない。
(ひとに冷たくしてたのしい?)
──先ほどから聞こえる幻聴に、咲也は気に掛けるだけの余裕が無かった。
+++
過去の経験や生まれた環境から、咲也は自分を責めることが多かった。それが中等部の“あること”を切っ掛けに自分ではない人の声として聞こえるようになり、日が経つにつれてそれが酷くなっていく。
咲也はそんな脳に直接語りかけてくる幻聴に『妖精』という名前を付けた。
──鼓膜の内側に潜み、直接脳に向かって咲也をあざ笑い責め立てる何か。
それが単なる幻聴の類いということは咲也本人がいちばん自覚している。しかし、己を責め立てて悦楽に浸る反応をする“声”を、自分とは違う何かとして扱わなければ、あまりにも滑稽で心が耐えられなかった。
「…………」
(ごはんを不機嫌にたべるなんて最悪)(くうきを悪くするのはほんととくいだよね!)
『妖精』たちはところ構わず、咲也の言動に難癖を付けては罵倒してくる。咲也はそんな『妖精』たちの囁きをいつもの事だと無視して、親子丼をスプーンで食べる。
(咲也の食べるごはんぜんぶ不味そう)
「…………はぁ」
「元気ないね、さやさや。お疲れ気味?」
こめかみを押さえる咲也に、対面に座りオムライスをスプーンで頬張る響生が声を掛ける。ちなみに香火はアスクの護衛兼監視に戻り、レミはサンドウィッチ片手に図書館へと行ってしまったため、二人だけの昼食となっている。
「別に……いつものあれよ」
咲也は、自分が幻聴に悩まされているのは同級生たちに教えていた。しかし、『妖精』のことは話していない。つまりどれくらい重症なのかは言っておらず、そのためボカした言い回しをしている。
「えー、最近多くない?」
「……そうでもないわよ」
「あ、嘘ついてる! だめだよさやさや! 辛いときは辛いって言わないと!」
なにかを誤魔化す時の咲也は、言い回しがとても雑で曖昧な表現を使うため、すぐにバレる。
(へたな嘘)(わざとくさい)(気付いてもらって良かったねー)(そんなに人にやさしくされたかったの?)(うざ)
「もー。部屋に戻って休んだらー?」
「……これ食べたら生徒会長に会いにいくの、高等部や夏の大規模侵攻関係で忙しいから、話せるうちに話しておこうと思って」
「──でも、さやさやが無理して一番悲しくなるのは真嘉だよ」
無機質な声に、咲也ははっとなって前を向く。響生はオムライスを頬張っている。
「私は──っ!!」
言いかけた言葉をギリギリの所で飲み込み、胃に落とし込んだ。捉えようによっては暴言とも言えるそれは、『妖精』にとって格好の餌となってしまう。
(また怒鳴ろうとした)(また暴言をあびせようとした)(同級生なのに)(味方なのに)(どうしてそんなに威圧するの?)(どうしてそんなに学習しないの?)(また繰り返すよ?)〈あの時みたいに〉
(──来夢のこと忘れたの?)〈真嘉を苦しめたいの?〉
(──また殺すの?)
「…………」
咲也は息が詰まり苦しそうに俯く、そんな咲也に対して響生は無慈悲に告げる。
「──さやさやは、まかまかじゃないよ?」
「そんなこと言われなくても分かってる!」
ばんっとテーブルを強く叩きながら叫ぶ。頭に血が上った咲也は感情を飲み込めず、勢いよく吐き出してしまう。
「私は真嘉じゃない! ……来夢でもないのよ!! そんなことは私がいちばん分かってる! ……ふぅ……ごめんなさい」
「ぜーんぜん! 気にしてないぜ!」
頭に血が上ったことを自覚した咲也は息を整える。
(ほんと大声で怒鳴るのすきだねー)(趣味わる)(短気すぎじゃない?)
『妖精』がいつものように咲也を責め立てる。こめかみ部分に指で少し圧を加えると、ほんの僅かにだけ『妖精』の声が小さくなって、マシになる。
──咲也にとって『妖精』の囁きはいつものことだ。慣れているわけではないが、なにも変わっていないものに、ここまで過敏に反応してしまうのは、それ以外に大きな変化が現われたからだった。
「──咲也と響生か」
「あ、まかまかー! あれ? アスクも一緒なの?」
「……真嘉……アスクヒドラ」
ふらりと食堂にやってきたのは咲也たち二年生のリーダー格である、土色に混ざる黄色の髪が特徴の『ペガサス』──『
──咲也にとって、救世主と呼んでも過言では無い、いまもっとも会いたくない一人と一体と望まない出会いをしてしまう。
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