第20話

「恐竜型……独立種?」

「トカゲか何かの『プレデター』が進化したのでしょうか?」


 ──夜稀の作業が終わったタイミングで、強襲してきた『プレデター』。その形状は現代に生息する生物に合致するものは存在せず、太古に絶滅したとされる恐竜、ティラノサウルスによく似ていた。


 月世はそんな恐竜型プレデターを、トカゲなど爬虫類系の『プレデター』が進化して独立種へと至った強敵と判断したが、それは間違いである。


 ──目の前に立つ恐竜型は『P細胞』の生みの親であり、現代とは比べものにならない超技術を保有する人類を指令通りに99%殺戮することに成功した、一億八千万年前を生きた『プレデター』。その複製存在である。


 ──ガラガラガラガラガラガラ!


「来るよ!」


 咆哮の如く恐竜型の内部から聞こえる歯車が高速に回転するような音が、より騒々しさを増すと共に動き出した。


 +++


「──おい! 平気か!?」


 膝から下と触手二本が“消失”したアスクに真嘉が声を掛けると、親指を立てて無事だということをアピールする。


「ならいい! 夜稀、アスクと一緒にできるだけ離れろ!」

「ゴホゴホ!──ゴホッ!」

「夜稀!?」


 ──もう少しで死ぬところだった。自分の命よりも大事にすべきアスクに怪我を負わせてしまった。そもそも自分が『街林』に来たいと思わなければ、愛奈先輩の言うようにしていれば。そんな恐怖と後悔から生まれる強いストレスに襲われた夜稀は重度の呼吸困難に陥る。


「くそっ! どうすれば──っ!」

「は、白衣の……中に──」


 息も絶え絶えな夜稀の言葉を聞いた、アスクが触手で夜稀を傍に近づけると、白衣の中にあるペットボトルを取り出して、蓋を開封、中身を飲ませる。


「アスク……」


 仄暗く輝く単眼で真嘉を見つめながらアスクは親指を立てる。それが真嘉には夜稀の事は自分に任せろとそう言っているように見えた。


「……頼む、オレは中に戻って──愛奈先輩!?」

「真嘉! 出てきたら停めて!」

「──っ! 了解っ!」


 作業場から外へと出てきた愛奈と月世。そして中にあった機械も、瓦礫も、壁も全て粉砕しながら恐竜型プレデターも同じく外に出てきた。


「──〈壊時・弐かいじ〉!」


 ──ガラガラガラガ────。


 対象を二秒、空間に固定する真嘉の〈魔眼〉が発動。恐竜型が不自然なポーズで止まると、すかさず愛奈が真嘉とは正反対の位置から矢を二本連続で放った。


 二本の矢は外殻に覆われた首の横。外殻の隙間、生物部位が表にでている部分を正確に射貫く。


 ──ラガラガラガラガラガラガラガラ!


 しかし、恐竜型は〈壊時・弐〉の効果が切れると直ぐに動き出して、大地を響かせるほどの力で愛奈に向かって接近する。


「だめっ! 中まで届かない!」


 矢は刺さったものの、肉が厚いのか、頸椎けいついが頑丈なのか、『プレデター』とて例外ではない生物の弱点である神経系にダメージを与えられなかった。


 愛奈の〈魔眼〉である〈隙瞳げきどう〉は射撃に関する情報を感覚的に得ることができるものである。情報の内容には予測射撃を行なうためか、視界内の動く物体の速度、挙動、どういった風に動くかの予測までもが愛奈の頭の中に入ってくる。


 ──そこから愛奈は恐竜型プレデターが、足を深く沈めて力を溜めて、首を低くしながら口を開けたのを瞬時に把握し、射程内に捉えた自身を急加速によってかみ砕かんとしている未来を予測。


「──其処そこだ!」


 恐竜型が急加速する直前、愛奈は右斜めに飛ぶ。【ルピナス】のサブマニュピュレーターが内部に収納されている仕込み矢を組み立て終えると、愛奈は宙に浮いた状態で矢を放った。


 既に居ない愛奈を食らおうと、頭を低くして口を開けた恐竜型プレデターの直角三角形の機械的な瞳に向かって仕込み矢が飛来するが、頑強な瞼によって弾かれてしまう。


 着地した愛奈に鼻先を向ける恐竜型プレデター。結果、真嘉たちが死角となった。


「──停めてください」

「了解だ! ──〈壊時・弐〉!」


 ──〈壊時〉という〈魔眼〉は基本的に効果時間の、倍の秒数が待機時間となる。つまり真嘉は二秒相手を停止させることができるため、待機時間は四秒となる。


 愛奈が引き寄せてくれている間に、待機時間が終わったことで月世に言われた通り、真嘉は再度恐竜型プレデターを停めた。


 ──月世は【大太刀待雪草】を両手に持ち、後ろに向けて水平に構えると、己の瞳を輝かせる。


「──〈流遂りゅうすい〉」


 月世の〈魔眼〉が発動すると、月世の身体が捻れたと思いきや、その場から一瞬にして姿を消して──恐竜型プレデターの足下へと移動していた。


 〈流遂〉。月世の〈魔眼〉は視界内であればどこへでも瞬間移動が出来るといったものだ。強力な〈魔眼〉であるが、距離に応じて活性化率は上昇し、また使用するだけでもかなり上がる。そのため、これまでに月世が使用した回数は片手で数えられる程度である。


 ──いくら事情が変わったとはいえ、月世にとって余程の理由がないかぎり使用しない切り札を、斬り合う前から切った。長年の経験と、先ほどの愛奈との攻防で恐竜型を強敵と判断した証である。


其処そこ


 常人の大人では持つだけで限界であろう【待雪草】を、まるで小枝のように水平に振るい、恐竜型の片足を斬る。しかし、太く頑丈であったため完全に断つことは出来なかったが、足としての機能を奪うことには成功したようで、〈壊時・弐〉の効果が切れると、片足しか機能しなくなった恐竜型プレデターは、自身の重みによってバランスを崩して転倒した。


 愛奈は矢をつがえて【ルピナス】の弦を引く、月世が追撃を繰り出そうと【待雪草】を構え直す。


 そして真嘉が何時でも停められるようにと恐竜型を見ている──と、恐竜型の尻尾の先端が自分の方へと向いていることに気付いた。


 ──ガラガラガラガラガラガラガラガチン!


 歯車の回転が止まり、何かの準備が終わった。そんな音が周囲に響いた。尻尾の螺旋状の溝が光り輝き、先端に収束していく。何かが来ると真嘉は【大盾ダチュラ】を構えて防御姿勢を取った。


「真嘉っ──! 避けて!」


 真っ先に気付いた愛奈は叫ぶ、真嘉は作業場で恐竜型が現われる前の、聞こえてきた音と光景を思い出す。


 ──あの時、ガキンと音の後、壁を突き抜けて飛来し、アスクの両足を奪った一筋の光線は、作業場にあった金属の塊である工業機械も“消失”させていた。


「しまった!?」


 盾じゃ受けられない。なら〈壊時・弐〉で停めると思考を切り替えるが一手遅れた。


 ──尻尾の先端から光線が、真嘉に目がけて放たれる。


「だめだっ! 避け──ぐっ!?」


 真嘉の腰を何かが掴んで真上に跳躍した。真嘉が先ほどまで立っていた場所に光線が通り過ぎて、後ろの建物に直撃、壁に歪んだ穴を空ける。


「なっ!? アスクっ!?」


 真嘉を救ったのはアスクだった。両足がないのにどうやってここまで? そしてどうやって跳んだんだと足を見てみると、アスクは腰二本の蛇筒を足に巻き付けて、まるで陸上用義足のようにしていた。


「──わたくしを無視するとは良い度胸ですね」


 月世は倒れている恐竜型の柔らかそうな腹に【待雪草】を突き刺そうとする。


「月世っ!」


 弦を戻して真嘉のほうへと回ってきた愛奈が、今度は月世の名前を叫ぶ。


「ちっ!」


 ティラノサウルスの小さな手、その爪先がこちらを向いていることに気付いた月世が危険を感じて、咄嗟に後ろへと跳ぶ。瞬間、爪先から尻尾のと比べると細いが速い光線が照射された。


「大丈夫!?」

「ええ……髪を掠った程度です」


 月世は愛奈がいる地点まで後退、消失した黒髪の先端を手で触り確認する。


「どうやら熱線の類いではないみたいですね。これなら寸前で躱しても丸焦げにならずにすみそうです」

「うん。弾速はそれほど速く無いから、次撃たれても目で見て回避できると思う」


 真嘉に放たれた尻尾の光線も、月世を狙った爪の光線も、伸びている様がはっきりと見えた。それこそ目標に到着するまでの時間が音速で飛ぶ弾丸よりも遅く、また月世があれだけ間近に撃たれても熱さを感じなかった事から光線であることは間違いないが熱光線レーザーの類いではないと当たりを付ける。


 ──その正体は、一億八千万年前の陸上兵器には標準的な装備として搭載されていた物質を瞬時に分解する粒子兵器である。しかしながら、知るよしもない愛奈たちは恐竜型プレデターが持つ〈固有性質スペシャル〉の類いだと判断し、その性質を見極める。


「先輩!」

「真嘉にアスク! 平気?」

「ああ、アスクに助けてもらった」


 真嘉、そして触手を足代わりにしたアスクが愛奈と月世たちに合流する。


「夜稀は?」

「あっちの隅っこで隠れてるのが見えた。そうだよな?」


 アスクが頷いて肯定する。真嘉の指さす方向を見やると、夜稀が不安そうな顔で自分たちを見ているのが見えた。愛奈は何か言いたそうにしていたが、いまは時間がないとして話を再開する。


「みんな、このまま戦ったら危険だと思うから、恐竜型が足を治している内に作戦会議をするよ」

「分かりました」

「了解」


 歯車音が再び鳴り響く中で恐竜型プレデターは片足の再生を優先したのか動かず、『ペガサス』たちを注視しているだけに留まっている。その間に四人は作戦会議を始める。


「あの光線は“触れたものを全て消失させる”〈固有性質スペシャル〉のようです。ただ尻尾から放射する方は単発式で溜める時間が必要みたいですね。腕の方も勿体ぶって使った様子からして、こちらもそこまで連射は利かなさそうですし、いまわたくしたちを撃ってこないあたり射程も長くないみたいですね」


 月世の語った推測は恐竜型プレデターに搭載されている粒子光線のスペックと合致している。とはいえ月世にとっては、もはやそんな事どうでもよかった。


「──なんにせよもう撃たせる気はありませんが」

「そうだね」


 愛奈と月世は冷静に恐竜型プレデターの能力を分析する。その結果二人はひどくシンプルに撃たれる前にることにした。


「先輩、オレはどうすればいい?」

「真嘉はこのまま〈魔眼〉での足止めをお願い」

「すいません。愛奈。わたくしから真嘉にひとつお願いがありまして」


 愛奈は保守的に、真嘉には先ほどと同じく〈壊時・弐〉による足止めを頼もうとしたが、月世が割って入ってくる。


「恐らく、あの恐竜型プレデターは真嘉の〈魔眼〉を警戒して最優先に排除しようとしました。でなければ懐に入っているわたくしを無視して真嘉を狙わないでしょう……ですので、真嘉も前に出て戦って頂けるとわたくし的には助かります」

「……理由を聞いていいか?」

「言ってしまえば囮になるからですね、わたくしの負担が減ります。──安心してください、貴女が空気にならないように対策はしますので」


 大盾を持つ真嘉は、パワーこそ秀でているが【ダチュラ装備】の重量などもあって、俊敏さはこの三人の中で誰よりも劣っており、先ほどの月世のように間近で撃たれた場合、回避するのは難しい。


 だから、愛奈は真嘉には後衛で〈魔眼〉の支援をしてほしかったのだが、前衛ひとりの負担、そして〈魔眼〉使用による活性化率の上昇を考えれば月世の意見も正しく、愛奈は口を閉じて様子を見守る。


「できないと言うのなら、先ほどと同じように遠くで〈魔眼〉を発動しているだけでも助かるので結構ですよ。どうしますか?」

「──前に出る」


 ──迫られた二択に真嘉は即答する。自分の危険が増して、仲間の負担が減るほうを躊躇いなく選ぶ真嘉に、月世は内心で縋られるわけですねと真嘉を評価した。


「ただ、〈魔眼〉での支援が難しくなるがいいか?」

「構いません。そのまま突っ込んでください。……愛奈」

「うん……真嘉、尻尾は私がなんとかするからそっちは気にしないで、それに今から〈魔眼〉は自分のためだけに使って」

「……ああ。お言葉に甘えさせて貰う」


 恐竜型の片足が完全に修復されたのを見計らって、愛奈たちも作戦会議を終わらせる。


「……行くよっ!」


 ──ガラガラガラガラガラガラガガチン!


 そして再度、歯車音が止まった。チャージが完了した合図だ。これで恐竜型プレデターはいつでも尻尾から光線を放てるようになった。


「──〈壊時・弐〉!」

「──〈流遂りゅうすい〉」


 真嘉はすかさず〈魔眼〉を使って恐竜型プレデターを停めて、全速力で接近する。同時に月世が再度〈魔眼〉を使用して瞬間移動を行なう。


「はっ!? おまえっ──!?」


 走る真嘉の隣をアスクが尋常ではない速度で前に出た。足代わりにしている蛇筒で地面を鞭のように弾き、その反動でさらに加速を付ける。それでも従来の速度よりは遅いが、駿足と呼ぶに相応しい走りだ。


「……危ないことがあったら逃げてって言ったのに」


 ──アスクは嘘を吐けると、愛奈は最初からなんとなく分かってはいた。夜稀の傍から離れて私たちの話を聞いていたのも、最初からこうするつもりだったのだろう。


「あとでお説教だね!」


 愛奈はそう言いながら、【ルピナス】の弦を限界まで引き絞る。


「──さっきはやってくれましたね」


 真嘉が走り出した同時刻、恐竜型プレデターの下へと瞬間移動した月世は【待雪草】を振るい、己の髪を消失させた両腕を切断。対策ってこういうことかよと、真嘉が走りながら呆れるように呟いた。


「ふふっ、中々の切り心地ですね」


 程よくでかく、固くて片足よりも斬りごたえがあったと、月世は悦を感じる。


「あら? 貴方も手伝ってくれるんですね」


 〈壊時・弐〉の効果が切れた恐竜型プレデターは、今度は真嘉をかみ砕くつもりか。あるいはその巨体で轢き殺すつもりなのだろうか、足を動かそうとする。しかし、その前にアスクが肩四本の蛇筒から液体を放出して、その両足に掛けた。


 それは瞬間接着剤のようなもので、あっという間に両足と地面をくっ付けた。粘り気が強く足を上げるが剥がれない。これによって恐竜型が移動できないようになった。


「ナイスです」


 身長差によって腕を限界まで伸ばした【待雪草】でも届かないため、頭や首など弱点を狙えない月世は、とりあえずダメージを与えようと、その無防備な腹を縦一直線に斬った。


 ──恐竜型の腹から使用済みオイルのような血液が大量に外へと零れ落ち、跳ねた雫が月世を汚す。何物にも邪魔されること無く、柔らかく分厚い肉を力のままに斬った感触に、月世は頬を吊り上げる。


「ふふっ、これがあるから大型を斬るのは止められませんね──おっと」


 致命傷にならなかったが、かなりのダメージになったのか恐竜型は身を低くして腹を地に付けるといった防御の姿勢をとった。下に居た月世が潰されそうになったが難なく身体の外へと出る。


「んー。上は固そうな所ばかりみたいですし──トドメは任せましたよ」


 それによって頭の位置も下がったため、真嘉はチャンスだと【ダチュラ】の杭を前に向けて、走る速度を上げた。


 ──速度を上げた事によって、止まることも、回避することも困難になった真嘉に恐竜型は尻尾を向けた。自分にトドメを刺す存在と認識したのか、それとも優先度を変えなかっただけか理由は分からないが──結末は決定した。


「もう飽きただろ? 終わらせてやるよ! 〈壊時・弐〉ッ!」


 恐竜型の動きが止まる。真嘉は、ブレーキを掛けることなくそのままの勢いで【ダチュラ】の杭を首に突き刺した。


 【ダチュラ】の杭は首を守っている外殻を砕きながら、内部へと食い込む。


 ──ギュイイイイイイイイイイイ!!


 【ダチュラ】のモーターが急速回転する。〈壊時・弐〉の固定化が解除されて、首に杭を刺されているのも構わず恐竜型は真嘉目がけて粒子光線を放とうとする。この近距離で放てば自身にも影響がある可能性が高いため自爆覚悟なのかもしれない。


「──穿て、【手向けの花ルピナス】」


 その瞬間を待っていたと、愛奈は限界まで引き絞った矢を放った。


 矢は尻尾の光り輝く螺旋状の溝へと深々と突き刺さり、凝固される前の光線の粒子が外へと流失。自壊が始まり、最後には恐竜型の尻尾を消失させた。


 ――進む道を邪魔するものは無くなった。


「貫けっ! 【手向けの花ダチュラ】!」


 ──【ダチュラ】の杭が完全射出されて、恐竜型プレデターの内部へと侵入──頑強な頸椎けいついを粉々に砕いた。


 ──ガら──がら──が──ら────。


 肉体の大破、大量の出血、そして神経系への致命的なダメージが重なり恐竜型プレデターは緩やかに絶命した。


「……ふぅー」


 専用の特殊弾倉から杭が再装填されるさいの震動が手に伝わる中、真嘉が感じているのは無事にトドメを刺せたという安堵感だった。


「美酒に酔うのはお嫌いですか?」

「……いや、オレら未成年だからアルコールは飲めないだろ?」

「──ぶふっ!」


 真嘉の真っ直ぐな返事に、『プレデター』の黒い血液で汚れた月世はお腹を抱えて笑い出した。真嘉は訳も分からず、なんなのこの人と怪訝な顔をすることしかできなかった。


「ふふっ、やっぱり貴女は面白いですね……それで? 〈魔眼〉を多用していましたが活性化率のほうはどれほど上がりましたか?」

「3%ぐらいだ。まだアスクに頼る数値にはなっていない」

「あら、流石は天才ですね。私のほうは18%も上がってしまいました」

「……〈流遂〉は活性化率が高いって聞いたが、そこまでか……」


 天才と評される体質の真嘉は活性化率が平均的な『ペガサス』と比べて遙かに低く、〈魔眼〉を多用したのにもかかわらず、上昇率は5%以下となった。一方、月世の〈流遂〉は一度使用するだけでかなり活性化率が上昇するため、たった二度の使用で18%上昇、つまり『ペガサス』で言うところの寿命の二割近くを削った事になる。


「──アスクが居なければ負けていましたね」


 活性化率を下げられるアスクという存在が居たからこそ、全力で戦えた。逆に言えば以前のように活性化率を気にして戦っていれば全滅だってあり得る相手で、勝てたとしても“卒業”は免れなかっただろう。


「……借りばっかりが増えちまう」

「あら? これから返せばいいだけでは? それともいずれは夜逃げをするおつもりで?」

「……どこにだよ……でも、そうだな。これから返していけばいいか」


 アスクが求めているものが何か分からないが、溜まっていくばかりの恩を真嘉はきちんと返していきたいと思った。


「ああ、そういえば……真嘉」

「なんだ?」

「貴女が前で戦ってくれたおかげで、怪我も無く倒せました。ありがとうございます」

「……あ、ああ……別に……オレは……」


 月世に褒められた真嘉は達成感や充実感で胸を満たす。イノシシ型を倒した時にも感じたこの気持ち、二度目とあってかその正体に真嘉は気付いた。


 ──ただ先輩の指示に忠実に動き、それに対して対価や賛辞を貰う。その事がとてつもなく楽で嬉しいんだ。


 常にリーダーとして同級生を導き、物事を決める側だった真嘉は、自分が使われる側のほうが性に合っていることを、はっきりと自覚した。


「……咲也は気付いていたんだろうな」

「強敵を倒したからといって、ここが『戦場街林』なのは変わりませんよ。悩むのは帰ってからにしてください」

「す、すいま……すまん」


 自分たち三年生に対して無意識にへりくだろうとする真嘉に、相変わらず重症ですねと愉快になりながら月世は愛奈たちに合流するため歩き出す。


 ──愛奈は物陰に隠れていた夜稀の様子を確認していた。終わったことに気がついていないのか身を丸めて震える後輩に優しく語りかける。


「夜稀」

「愛奈……先輩……」

「ごめんね。絶対守るっていったのに何も出来なかった」

「……違う。私が何も知らずに余計なことをした」


 ポーチをぎゅっと握りしめる夜稀に、愛奈は優しく問い掛ける。


「みんな無事で終わったよ。夜稀は怪我とかしてない?」

「う、うん……パーツも無事だよ。でもアスクの足が!」

「それはあんまり気にしなくていいみたい。ほら」


 アスクのほうを見るとアスファルトに座り、恐竜型に比べれば緩やかにであるが足を再生させている最中だった。


 西洋甲冑染みた外殻だけではなく、内部の生物部位も音で表現するとボコボコといった具合に生えていっている様に愛奈はグロイなーと苦笑する。


 アスクは視線を夜稀に向けて親指を立てた。


「許してくれるってさ」

「……本当?」

「アスクがそう言ってるんだもん、それに私も気にしてないからさ。返事してあげて?」


 ──罪悪感や恐怖に苛まれる後輩の心を解すように、愛奈はアスクと同じく親指を立てる。すると夜稀も躊躇いがちに親指を立てたのを見計らって、愛奈は拳同士をコツンと合わせた。


「夜稀は悪くないよ」

「…………うん」


 ──なんでこの人は、こんなにも自分が欲しい言葉をくれるのだろうか? 夜稀はそんな湧いた疑問を解消したい欲求にかられながら、先ほどまで感じていた強いストレスが嘘のように抜けていくのがわかった。


「うん。じゃあみんな、学園に帰ろうか」


 ──目的の物を手に入れて、そして突如現われた恐竜型プレデターを相手取り、誰ひとり“卒業”することも無かった愛奈たちは、軽い足取りで学園へ帰路についた。


「──あ、アスクは約束破ったことで帰ったらお説教だからね」


 ──え? っと言った風に愛奈を見たアスクに月世が楽しそうに笑った。


――――――――――


11157:アスクヒドラ

と、とりあえずマジみんな無事で終わってよかった。

俺の毒使って恐竜野郎の足を止めるって進言してくれてほんとありがとねゼロツー。


11158:識別番号04

逃走するための手段として発案された方法を討伐のために使用するとはな。


11159:アスクヒドラ

結果的にそうなっちゃったってだけなんだけどね。上手くいって良かったよ。


11160:識別番号02

質問⇒マジで倒したのか


11161:アスクヒドラ

マジマジ大マジ。嘘じゃないからいい加減信じて。


11162:識別番号02

驚愕⇒『ペガサス』は自身の想像以上の強さを持っているようだ。

納得⇒識別番号04が負けるわけだな。


11163:識別番号04

だから、貴様等、何故、執拗に、自身の名前を挙げる!?


11164:アスクヒドラ

ごめんね。反応が面白くてつい。てへ。


11165:識別番号02

謝罪⇒てへ


11166:識別番号04

誠意の欠片もないっ!


11167:アスクヒドラ

ごめんごめん。

……それで、あのティラノサウルスみたいなのと、ゼロサンは一億八千万年前の暴れまくった『プレデター』なの?


11168:識別番号02

肯定⇒正確に言えばその複製存在だと思われる。

詳細⇒なんらかの生物をさらに改造あるいは進化を施して似せたもの。


11169:アスクヒドラ

オリジナルを知らないから違いはわかんないけど、コピーではあるのね。

というかゼロサンと同じ個体?


11170:識別番号03

アスクたちが戦った個体と合致する能力は持ち合わせておらず、また自身は小型種に部類される大きさなので違うと思います。


11171:アスクヒドラ

じゃあ、アイツはゼロサンとはまた違った場所で産まれた恐竜型か……。

これ、日本で……全世界で起きてると思う?


11172:識別番号02

肯定⇒月のブレインの命令が更新されたことで至る所で製造が開始された可能性が高い。

結果⇒現代の人類に大きな危機が訪れようとしている。


11173:アスクヒドラ

ブレインが?


11174:識別番号02

説明⇒ブレインの目的は人類の99%を抹殺することであるが同時に確実に1%を生き残らせるために人類の状況によって戦力の調整を行なう

結果⇒簡単な説明となるが現人類の長きに渡る抵抗によって『プレデター』の強さが一段階上がった可能性が高い。

追記⇒識別番号03もそれによって誕生したタイプの『プレデター』であると思われる。


11175:アスクヒドラ

それで現われたのが一億八千万年前の『プレデター』か……『P細胞』を作るほどの技術力を持った太古人類を滅ぼした存在か。

そりゃ強いわなぁ……。そんで、ゼロツーの予想が当たってるなら、これからドンドンと増えるわけだ。


11176:識別番号02

肯定⇒状況からして既に全世界で現われはじめていてもおかしくはない。


11177:アスクヒドラ

俺たちの前に突然現われたのはなんでだと思う?


11178:識別番号02

不明⇒可能性としては前日大量に『プレデター』を撃破した事であの地点に人類の抵抗戦力が存在すると認識されて送り出された。


11179:アスクヒドラ

……このままだとどうなる?


11180:識別番号02

回答⇒人類の抵抗力を遙かに超えてしまうことによって99%の人類抹殺が完遂される。

追記⇒その前にアルテミス女学園ペガサスの全滅


11181:アスクヒドラ

どうすればいい?


11182:識別番号02

回答⇒本格的に恐竜型プレデターが蔓延る前に力を蓄えなければならない。

対策⇒自身たちも人型への進化と合流を急ごう。


11183:識別番号03

了解しました。引き続き同型機を捕食していきます。


11184:識別番号04

提案する識別番号03。その数で学園が襲撃された場合、撃退が困難であるため可能であれば同型機の個数を極力減らせ。


11185:識別番号03

了解しました。同型機の減殺を優先して行いたいと思います。


11186:識別番号04

進化は『遺骸』を捕食して行なうことを推奨する。場合によっては自身は識別番号03と合流して減殺に協力する。

また恐竜型を発見したさいには報告しよう。


11187:アスクヒドラ

二人ともありがとう。でも無茶だけはしないでね。

……対策をしても、このままじゃ多分どんなに頑張っても押し切られるし限界だってそう遠くないうちに来ると思う。

それにゼロツーの言うとおりなら、人間側が優勢になると『プレデター』はそれを超えて強くなるんだろ?


11188:識別番号02

肯定⇒現状どれだけ戦力を揃えたとしても次の命令更新が行なわれたさい対抗できる保証はない。

提案⇒アスクが『プレデター』の殺戮を阻止したいのであれば大元をどうにかする必要がある。


11189:アスクヒドラ


────月か。


  

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