第13話
「──すいません! わざわざ移動してもらって!」
私たちは全員、座る気分になれないのか、ベンチは使わず何もない空間に三人で向かい合うように立って会話していた。
「それはいいんだけど、
「
野花と同じ一年生である夜稀は来ていない。私が話をしようと呼びかけたら、彼女は目を爛々と光らせて、彼に詰め寄った。
──あなたのことを知りたい!
そう言って質問攻めをする夜稀に、せめてゆっくり聞こうよと注意はしたのだが、野花の言うように私の言葉が鼓膜に届いている様子はなかった。どちらにせよ落ち着くまで会話できないとのことなので、
一応、兎歌には夜稀が暴走しすぎないように見張っていて欲しいと頼んでおり、必ず止めてみせますと意気込んでくれたが……止められないだろうなとちょっと諦めている。
怖いのは彼が警戒したり、機嫌を損ねないかだが、見たところ怒濤の質問攻めに戸惑っていただけで、そういった兆候は見られなかった。
あまり関係の無い話だとは思うけど、彼の優しさが感じられる反応を見るだけで、幸せを感じるのは何故だろうか?
──えなりん先輩! 彼に活性化率を下げてもらえるようにお願いしていーい!?
また、いつも明るく元気な様子が印象的の、銀色の三つ編みの二年生
──彼が学園に居られるかは、これからの野花との話し合いで決まると思う。だからどんな結果になるにせよ、二年生の子たちには先に活性化率を下げていて欲しい。
「それで野花、彼のことなんだけど……」
『アルテミス女学園』で唯一の生徒会長である野花。彼女の意志次第で、私たちの運命が決まるといっても過言ではなく、そのためどうしても緊張で口が上手く回らない。
──野花は、私たち『アルテミス女学園』の『ペガサス』のなかで、もっとも大人たちに近い人物だ。
この学園に在籍する『ペガサス』は、大人たちと触れ合うことは皆無に等しい。学園には学園長を含む数人の管理者が在籍しているぐらいで、私が彼らの声や姿を見たのは入学式、進学式、進級式といった式典だけであり、それすらもモニター越しと直接は一度もない。
本当に、それ以外で大人というものと話す以前に会わないのだ。話によれば現学園長は反『ペガサス』或いは『プレデター』と同一視している人間らしく、大規模侵攻の時ですら、短い電文を送るだけで顔すら見せない。
他に記憶している大人と言えば、何もかも普通だったと思われる両親か、小学校の厳しい教師ぐらいで、なにひとつ参考になる要素はない。
──私は、できるなら彼と高等部のみんなで生きていきたい。そのためには大人たちのことをどうにかしなければならない。でも私は大人を知らない。大人の考えを知らない、大人の世界を知らない。それは他の『ペガサス』にだって言えることだ。
そんな私たちの中で、野花だけは生徒会長として大人たちと何度も話している。それこそ生徒会長の特権の中に、学園長や東京地区の代表に対して直接交渉権というものが存在する。
精々、商店街の売られる物の追加や補充、支給品に関しての融通を利かせる程度しかできないが、それでも定期的に大人たちと連絡しているのは確かだ。なので、少なくともまるっきり大人たちの事を知らない私たちと比べれば、野花はこの学園に在籍する誰よりも、大人のことに詳しい『ペガサス』であるのは間違いないのだ。
それに生徒会長の業務上。必ず直接会話をすることだってあると前生徒会長から聞いたことがある。決して良いものではなく、触れるものの大半が“悪”と呼ばれるものだったとしても、生徒会長が持つ経験と知識は、これから彼との生活で必ず必要なものになる。
だから野花には何がなんでも力を貸してほしかった。これまで辛い思いをしてきた彼女のことを考えればとても心苦しいが、私の願いにはどうしても協力してほしかった。だから誠心誠意、私が叶えられることがあれば、私は野花の負担を減らすという意味でも生徒会長の“矢”になってもいい。
「──はっきりいって無理ですね」
そんな私の覚悟とは裏腹に野花は開口一番、そう断言した。
「──ちょ、ちょっとまって!?」
早すぎる拒絶に、私は思わず叫んだ。すると野花は驚いたのか目を見開いたあとすぐに申し訳なさそうにした。
「あ、すいません! 少し先走り過ぎちゃいましたね!」
「先走り過ぎた?」
「はい! 恐らくですが喜渡先輩が危惧したのは彼の対応についてですよね? それなら心配いりません! 既にボクは人型プレデターには是非ともボクたちと学園で生活してもらおうと思っています!」
──あまりにもあっさりと彼を受け入れると発言した野花に思わず言葉を失う。
「本当ですか?」
「嘘なんて吐きませんよ! ──だって
野花が浮かべる作った笑みからは内心を読み取ることができない。いきなりの話で戸惑う私は月世のほうを見る。
「嘘を
「そう……野花。理由を話してもらっていい?」
「もちろんです! まず答えを先に言ってしまえば先ほど病室で起きた出来事から彼について分析した結果によるものです! 彼は人間の言葉を理解し、土峰先輩が何を理由に怒られているのかを、そしてその状況を正確に把握し、久佐薙先輩の言葉を理解してアクションを起こしました。しかも彼の行動は、そのどれもが先輩たち、つまり他者を気に掛けた行動です!」
生徒会長としてのスイッチが入っているのか、喋り方がとても安定している。それにしても私たちのやりとりから、そこまで考えていたなんて、この子は本当に凄いんだ。
「そこから彼の思考原理または自我が人間に準じているもので、穏やかで人間との争いを好まない性格であると断定に近い仮定を行い。これにより交渉が行える個体であることを確定付けた結果。残りのリスクを全て拾ってでも、活性化率を下げられる〈
……とりあえず、野花が彼のことを信用できる存在だと思ってくれたようで一安心する。
「じゃあ、無理っていうのは?」
「愛奈先輩は、生徒会長として大人相手の対応をしてほしいと考えていたんですよね?」
「うん……この学園で大人のことをよく知っているのは野花だと思うから」
対応と言われると、どうして欲しいかと明確に言えるわけではなかった。ただ、私たちの生活は東京地区に暮らす大人たちによって賄われている。そのため大人たちの目を欺いて学園で生活し続けるのは難しく、遅かれ早かれ彼のことで大人たちとは話さないと行けなくなる、その時が来たら野花に交渉してもらいたかった。
「そうですね! ボクは『生徒会』を作りませんでしたし、大人たちとの交流経験を持つ『ペガサス』は現状ボク以外いないかと──だからこそ無理だと断言します。彼を高等部に受け入れるというのならば、大人たちのことは“諦めて”ください」
「……つまり、大人たち延いては東京地区に彼に関して協力を仰ぐのは“絶対に無理”だと?」
「はい! 絶対に無理です。なので大人たちには彼のことを秘密にします! それこそボクたちの命が潰える最後のその時まで!」
絶対に無理という言葉に対する疑問とか抵抗感だとかそういうのは全て、大人を知る野花の言葉の重さに跡形もなく潰され、残ったのは形容のしがたい納得感だけとなった。
「大人たちと交渉するにあたって、現代の技術ではどうにもならない活性化率を下げられる手段を持つ彼という存在はあまりにも価値が高すぎます!」
「価値?」
「はい! 彼を調べれば活性化率を下げられる薬を開発できるかもしれない! 他国に、他の地区に優位に立てるかもしれない、巨万の富を得られるかもしれない、プレデターの謎を解決できる、『プレデター』に侵略された土地を取り戻せるかもしれない、世界を平和にできるかもしれない。彼には世界を変えられるだけの可能性という価値があるんです!」
なんとなくそうだとは思っていたことが、野花が言語化してくれたことで彼という存在の凄さというものをはっきりと自覚する。彼が居れば『ペガサス』は『ゴルゴン』にならず生きていくことができるというのは分かっていた。
だけど彼女の言うとおり、彼がいれば『ペガサス』は長く戦える。それだけじゃない。活性化率をあまり気にせず〈魔眼〉を使えるようになって、全力で戦えるようになるんだ。『アルテミス女学園』だけで考えても、もう戦闘経験の浅い中等部の生徒たちを無理に最前線で戦わせず、経験がある私たちが前に出て戦えるというだけで生存率は格段に跳ね上がるだろう。それが日本中に広まれば、じわじわと追い詰められてきている現状を打破できると言っても過言じゃない。
話が大きくなってきたが……違う、私が小さく見ていただけで彼には私たち『ペガサス』だけじゃなくて、人類の現状を変えられるだけの力があるんだ。
「大人たちがどう動くのか、生徒会長はどう思っていますか?」
野花の言う彼の“価値”を明確に理解した私がショックを受けているのを見てか、代わりに月世が話を進めてくれる。
「彼のことを知った大人たちはまず間違いなく捕まえに来ますね! ボクたちごと!」
「わ、私たちごと?」
「はい! すでに喜渡先輩、久佐薙先輩のお二人は彼の〈固有性質〉によって活性化率を下げた『ペガサス』です。被験体として確保しておきたいでしょう! ボクたちもこれからそうなりますが、前提として彼のことを知るボクたちを放置する理由がありません。情報隠蔽も兼ねて精々良くて彼の〈固有性質〉を調べるための実験用ペガサス扱いでしょうか? 『ゴルゴン』になってからも元の人間に戻るのかを調べるのに使われるとかですね! ボクが知る大人たちは絶対そうします!」
野花はニコニコ笑顔のまま言い切った。
「──なので彼がここに来た時点で、ボクのするべきことは確定しているんだ──ボクことアルテミス女学園高等部一年蝶番野花は喜渡先輩を全力で支持します!」
──言葉を失う。協力してくれたら嬉しいとか、せめて知恵を貸して欲しいとか考えていた少し前までの自分を心底殴りたかった。真嘉の時だってそうだ。私は本当に駄目な先輩なんだろう。
「──気にしないでください喜渡先輩」
見て明らかに落ち込んでしまっていたのか、野花は優しく語りかけてきた。
「ボクが先輩の力に成りたいという気持ちは本当だから──正直言ってボクも長生きできるならしたいですしね!」
「野花……」
──どうしてそんな風に思ってくれるのか、その理由を思い至れない。でも、そう言ってくれた彼女のためにも真嘉と同じように駄目な先輩なりに今は彼女の話を真剣に聞こう。
「……大人たちには彼のことを隠して、この学園で一緒に生活するってことで合ってる?」
「合ってます!」
「できるの?」
「できますよ!」
大人たち相手に秘密を抱えて生活なんて本当にできるのか、嘘が通じるのか、なにも分からない私は不安を感じて問い掛けると、野花は不安を感じる必要はないと言わんばかりに即答した。
「できます! 何故なら現管理者側のチェックが凄く雑なのはすでに確認済みです! 事実、ボクはいちど彼らにひとつ完全な嘘を吐いたのですが、現在進行形で全くもってバレる気配はありませんしね!」
野花はそう言いながら月世のほうを見たことで、大人たちに吐いた嘘が何なのか思い当たった。
「もしかして月世のことで?」
「あちら側として『ゴルゴン』化寸前の『ペガサス』を“卒業”させないのは何事だぁってね、なので久佐薙先輩はすでに“卒業”登録で申請しちゃってます──だってそうでもしないと出来なかったんですよ! もう起きないって話でしたし、ごめんなさい!」
「別に怒っていませんよ」
話している途中、月世の微笑みが怖くなったのか野花は顔を青くして謝り始める。実際に月世は怒っておらず、勝手に怖がられていることにどこか楽しそうな様子だった。
──知らなかった。私たちは学園長から許可を貰ったと聞いていたけど、まさかまるっきり嘘だったなんて。
「──最初は久佐薙先輩のことを真面目に言ったんです、そうしたらそんな馬鹿なこと許可できるかって反対されたあげく、すぐに“進路相談”しろって簡単に言ったんだ、だから、ちょっと我慢できなくなって? カッとなったって感じですかね? 気がついたら嘘八百ならべて“卒業”させましたって言ってやったんですよ、あはははは! 久佐薙先輩に“進路相談”? できるわけないじゃん、死にたくないって言ってるのに! 喜渡先輩も居るっていうのに!」
「それで? 報告を聞いた大人はなんと?」
あの時のことを思い出しているのか、徐々に不安定になりはじめる野花。落ち着かせようとしたが、月世がそのまま話し始めてしまう。
「わかりましたって、とくに違和感に気付くわけでもなくいつものように、なにも、なにもっ! 元から子供の戯れ言みたいにっ! 適当な返事でっ! ──というわけで! 彼のこと、といいますか高等部地区で発生する大半のことは偽造できると思われます!」
「随分と
「杜撰と言いますか、『ペガサス』が嫌いな現学園長も東京地区側の管理者も“事なかれ主義”なんですよ。知っていてなにもできなかったよりも、知らなくて何かが起きてしまったほうがトラブルが発生した場合、罪が軽くなるそうです!」
「そんな……自分たちの命の問題なのに」
──『アルテミス女学園』は、侵略されきった東北の土地から侵攻してくる『プレデター』たちから東京地区を守るために存在する。なのでこの学園の管理を怠るということは、東京に住んでいる自分たちの命の危険に繋がるはずだ。だから私たちからすれば、大人たちの怠惰はとても助かるものだとしても……到底信じられるものじゃなかった。
「政治とか、立場とか、付き合いとか、生活とかお金とか東京では東京で色々と大変らしいですよ、それに──普通の人間って実感しないものは嘗め腐りはじめるんだ、なにを大袈裟って──だから、ボクたちのことは自分たちの税金でいいもの食べられてるんだから長生きできなくても仕方ないでしょ? って存在なんだよ。
聞けば聞くほど、野花が生徒会長として体感してきた“地獄”を知れていき、無意識に喉を鳴らしてしまう。すでに磨り減りきってしまったが中等部の頃はこれでも東京を守るんだっていう気持ちで戦ってきた。
人を守る
「──もちろん! 普通の人間もボクたちと同じく多種多様です! ──でも、この学園を管理しているのは、ボクが見た限りそんな人間ばかりなんですよ、喜渡先輩」
変わらないニコニコ笑顔と穏やかな声質。でも把握できないあらゆる感情が詰まったものだった。
「……兎歌には聞かせられないね」
私ですらこれなんだ。まだ入学したてのあの子が聞いたらどれだけの衝撃を受けるのか想像もできない。野花が私たち三年生だけと話したいという理由がいま分かった。
「──自分の生活ばかり気に掛けて、そうやってボクたちを蔑ろにするというのなら──それを全てボクたち全員が生きるために利用しましょう!」
「……わかったよ。野花。これからよろしくね」
「よろしくお願いします! 喜渡先輩!」
嫌な話ではあるが、不幸中の幸いと言うべきなのだろう。彼のことを隠蔽するには、私たちがこの学園で暮らすには、野花が語った大人たちの杜撰さは、本当にありがたいものであるのは間違いではなかった。
野花についてはそう単純に喜んでいい話ではないかもしれない。でも、彼女が協力してくれる、一緒に生きていける。そう思うとやっぱり今は単純に嬉しかった。
「……ねえ、野花。ひとつお願いがあるの」
「なんですか? 生徒会長のボクに叶えられることならなんでもおっしゃってください!」
「私のことは名前で呼んで欲しいの、もちろん無理にとは言わないけど……」
「……わかりました! ボクが口にしていいのであれば呼ばせてもらいます!」
「ありがとう……野花」
野花と私は握手をしあう。嬉しさのあまりちょっとだけ強く握ってしまった。
「では改めまして……これからよろしくお願いします、愛奈先輩!」
──野花は同じ一年の夜稀ですら名字で呼ぶ。そんな彼女は私の我が儘を了承してくれて名前で呼んでくれたが、その返事には違和感があった。いきなり無理をさせたのかもしれない……だけど、こればっかりは、どうしても頼みたかった。名前で呼び合うのは特別なことだと思うから。
「久佐薙先輩もよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします。それと愛奈のことを名前で呼ぶなら、私のことも月世と名前で呼んでください」
「──え? 普通に嫌です、だって怖い──いや、違うんです! 思わず本音がポロって零れちゃっただけと言いますか、いや本音なんですけども、嫌いとかじゃなくて、怖いだけといいますかっ!?」
「まだ何も言っていませんよ」
「……さっきも思ったけど、なんでここまで怖がられてるの?」
「さあ、覚えがありすぎてどれが原因だかわかりませんね」
──月世が後輩に脅えられる理由は百ほど知っている。だからどれが原因なのか尋ねたが本人も分からないらしい。
「えーと、野花。月世は名字で呼ばれることが嫌いだから、むしろ名前で呼んだほうが怖くないよ?」
「久佐薙死すべし」
「月世っ!」
余計に怖がらせるだけだからふざけないのっ! 可愛くてついじゃないのよ!
「そうなんですか!? それ早く言ってくださいよ!? ボクどれだけ命の危機にあっていたんですか!? あわわ……」
「……えっと、大丈夫怒ってないから、その証拠に首が繋がっているでしょ?」
「なにもだいじょうばないです!?」
過去、名字で呼んだことを思い出しているのか顔を青くして震えるので、安心させようと思ったんだけど、どうやら間違えたみたいだ。
「いくら月世とはいえ流石に首を斬ったことはないよ……腕はあったけど……でもアレは相手が『ALIS』を使って、私たちに危害を加えようとしてきた時のことだから……」
「ひっ!?」
「あっ、いやっ、ちがくて!?」
余計に怖がらせてしまい、月世から深いため息が吐き出される。
「……変なところで不器用になるの直りませんね」
「わ、わざとじゃないの……」
「それは知っていますよ。だから余計タチが悪いとは思いますけど」
「いままで、すいませんでした月世様、殺さないでください──」
「でしたら様付けではなく先輩と呼んでください。なんなら呼び捨てで構いませんよ。野花生徒会長」
「先輩で勘弁してください……」
「と、ともかく! 夜稀のことも気になるし、病室に戻ろう! ねっ!?」
月世が楽しくなりはじめたのを感じ取って、私は強引に話を打ち切る。
「そ、そうですね! それではお先に失礼しますっ!」
野花は逃げるように早足で病室へとひとり先へ行ってしまった。私たちは彼女の背中が見えなくなるまで立ち止まったまま見続ける。
「……どれだけ話したと思う?」
二人きりにしてくれた野花なりの気遣いに甘えて、月世と話し始める。
「大人たちについては一割ぐらいと感じられました、ただ隠したというよりも愛奈に分かるように、かみ砕いたものを口から出したといったところでしょうか」
「うん、本当に分かりやすかった」
野花が今回の件について彼を受け入れて、なおかつ大人たちを利用する判断を下したのには、もっと深い事情があるとは思うけど、月世の言うとおり、隠したというよりも簡潔に分かりやすく要点だけを話してくれたように感じた。
「ただ、あえて話さなかったと思うところも幾つか見受けられました」
「……私はなにができるんだろう」
強制になってしまったとはいえ、野花は生きたいと言った。でもそれ以外に何か別の目的があるようにも思えた。それが良いことであれ悪いことであれ、私がいま思うのは、その時が来たら先輩として野花の力になれるかどうかの不安だけだ。
──そんな私の心を読み取ったであろう月世が、手を握ってきた。
「優しい愛奈にしかできない事は、これから沢山でてきますよ」
「……うん」
「なんにせよ。今からはじまるんです。下も上も、向いている暇は無いですよ」
「うん、そうだね。月世、いつもありがとう」
「お互い様です」
そうだ。これからなんだ。彼のことを野花は受け入れると言ってくれた。夜稀はあの様子からして拒絶なんて絶対にしないだろう……あの子のことは、また別で考えないといけないけど、これで二年生、一年生が賛同。高等部全員が彼を受け入れることに賛同してくれたことになる。
準備が終わってスタートラインにようやく立ったほどだろうけど、それでも今は仲違いすることなく、みんなが彼を受け入れてくれたことがただただ嬉しかった。
「──彼のところに戻ろう。月世」
「分かりました、愛奈」
ゆるやかな速度で、私たちは彼とみんなが居る病室に向かって廊下を歩き出した。
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