第14話

「──ごめん。ちょっとだけ我を忘れた」

「正気に戻ってよかったです……」


 床に仰向けで倒れている夜稀よき先輩。ちょっとじゃなかったですよね? という言葉を飲み込んで、止まってくれたことに安堵する。


 話をするために生徒会長と月世つくよ先輩の三人で病室の外に出た愛奈えな先輩から、夜稀先輩が暴走するなら止めて欲しいとお願いされたので、人型プレデターに次から次へと質問する夜稀先輩を止めようと必死で頑張りました。


 だけど、羽交い締めしたり、白衣を引っ張っても、この人まったく止まりませんでした。それに白衣を握ったときに何かが滲み出てきて、手に付いたのが正直いって気持ち悪いです……。



――――――――――



8574:識別番号01

ヨキちゃん。見た目ダウナー系博士みたいな感じだけどめっちゃアグレッシブだなぁ。

答えてあげたいけど、俺は沈黙の蛇ゆえに申し訳ない。


8575:識別番号04

五月蠅い蛇の間違いだと訂正を求める。


8576:識別番号01

なんでだよ!? ……あ、スレではね! 確かに延々と書き込んでいるからか! なるほど! でもうるさいはひどくない? 俺の! どこが!! うるさいって!!! 言うんだねっ!!!? ゼロヨンさんよぅ!!!!!! 


8577:識別番号04

上記


8578:識別番号01

二文字で論破されちまったぜ……。

というかヨキちゃん大丈夫そうでよかったよ。バックドロップ決められたときはどうしたものかと……。



――――――――――



 もう裾で拭いちゃおうかなと思っていると、ハンカチが差し出された。


「これで手を拭きなよ、気持ち悪いでしょ?」

「あ、ありがとうございます、それと夜稀先輩を止めてくれて本当に助かりました、白銀しろがね先輩」


 腰にまで届くプラチナの三つ編みの髪がとても綺麗な、中等部一年の私とほとんど同じぐらいの小さな先輩。『白銀しろがね 響生ひびき』先輩は、あどけない笑顔を浮かべている。


「べつにいいよー。ハンカチも返さなくていいから。その代わりー、きょうちゃんの事はきょうちゃんって呼んで!」

「きょうちゃん先輩?」

「ぷー。先輩は要らなーい。きょうちゃんだけー」


 名前ぐらいしかあまり知らなかった先輩は、見た目通りと言えばいいのか、とても子供っぽい気がした。でも多分、すごい先輩であることには変わりない。なにせ夜稀先輩を、バックドロップなんか凄い技で物理的に止めてくれたのだから。


 本人が望んでいるとはいえ、先輩をちゃん付けなんて本当にいいのだろうかと悩んでいると、きょうちゃん先輩が顔を近づけてきた。


「わっ!?」

「ねねっ。あなたのお名前はなんて言うの?」

「えっと、上代かみしろ 兎歌とかと言います」

「じゃあ、とかりんだ!」

「と、とかりん?」


 突然付けられたあだ名に戸惑っていると、きょうちゃん先輩は人差し指を下唇に当てて首を傾げた。


「気に入らなかった? えなりん先輩に因んで付けたんだけどー」

「いえ! とかりん最高です!」

「そう? 気に入ってくれたなら良かった!」


 愛奈先輩と同じ呼び方だと分かって嬉しくなる、これを変えるだなんてとんでもない。するときょうちゃん先輩はよかったーと言いながら、ぱあっと笑顔が増した。


「とかりんは中等部だよね? どうしてここにいるの?」

「は、話せば長くて……」

「ふーん。そうなんだ。気になるけどー、ごめん! 聞くのは後でいーい?」

「は、はい……あとで?」

「うん! いまは人型プレデターさんに用事があるんだ!」


 きょうちゃん先輩はその場でくるりと回り、彼のほうへと向き直った。


「ねぇ。人型プレデターさん。わたしたち高等部二年生の活性化率を下げてほしいんだけど、いーい?」


 彼は少し間を空けたあと、間違っていなければ“ここで?”と尋ねるように人差し指を下に向けた。


「そうだよ!」

「きょうちゃん先輩」

「先輩は付けなくていいよ!」

「えっと、きょうちゃん、他の先輩たちがまだ話し合っている最中に進めていいんですか?」


 ──きょうちゃん以外の高等部二年先輩たちは土峰つちみね先輩が正座をしていた場所に集まって何か話し合っており、終わるのを待たなくていいのかと不安になって尋ねる。


無問題もーまんたいだよ! まかまかが決めたんだからきょうちゃんたちは、人型プレデターさんに触手で全身を噛まれることが決定しているのだ!」



――――――――――



8585:識別番号01

間違っていないけど、もうちょっとその……言い方に手心がほしいですきょうちゃん。


8586:識別番号04

いつもの事であるが、単なる事実表現に対しそこまで拒絶した反応をするのは何故だ? 


8587:識別番号01

何故と言われると、なんか恥ずかしいからかな? 俺の人間の心が囁くのさ。この変態野郎って。

いくら可愛い女の子相手とはいえ変態って呼ばれて嬉しがる性癖は持っていないので…………いや、今ならどんな罵倒でも話しかけてくれたという事実だけで、嬉しくなってしまうかも……。


8588:識別番号02

確定⇒識別番号01は変態である。


8589:識別番号01

まってっ! まだ審議中だから確定しないで! 


8590:識別番号04

抗議するのはそこなのか? 



――――――――



「兎歌であってる?」

「え? あ、はい」


 いつの間にか起き上がっていた夜稀先輩が中等部の自販機で見たことがある炭酸飲料片手に話しかけてくる。


「彼はどのようにして活性化率を下げるのか、聞いてもいい?」

「えっと、あの触手で全身を噛んだら、活性化率が徐々に下がっていきました。それ以上のことは……」

「ふむ? 何かを注入している? それとも体内のP細胞に干渉している? なんにせよ体験してみないと分からない……ねぇ、あたしも活性化率を下げ──」

「いいの? ありがとう! まかまかー! さやさやー! ほむほむにレミレミー! 今すぐ活性化率下げてくれるってー!」

「……先輩たちが終わったあとにしかできなさそう。年功序列システムはとっても不便だね……ゴクゴク……ゲフ」

「ど、どんまいです?」


 夜稀先輩は炭酸飲料を勢いよく飲み出して、小さなゲップを出した。その様子が酷く落ち込んでいるように見えて、先輩相手に変な励ましをしてしまう。


 きょうちゃんの呼びかけに応じて、他の高等部二年先輩たちが彼の元へと集まってくる。その中で青色の髪をした……確か『篠木ささき 咲也さや』先輩が、ものすごい形相で誰よりも速くきょうちゃんに詰め寄った。


「響生! なんで真嘉の話を聞かないのよ!?」

「だって、このままだと夜稀よっきーが人型プレデターさんにすごく迷惑かけそうだったんだもん! それに日が変わる前にやったほうがいいかなと思って!」

「それは……そうだけど!」

「まぁまぁ! さやさやも人型プレデターさんに活性化率下げてもらおうよ!」

「ちょっと!?」


 きょうちゃんは怒鳴られていることに全く気にせず篠木先輩の背中を押して、彼に近づける。


「……っ! な、なによ……」


 篠木先輩は彼に対して明らかに警戒している様子だった。



――――――――――



8600:識別番号01

普通に怖がられてるって逆に新鮮。そうだよな、普通はこういう反応になるよね。

……いや、本来なら悲鳴を上げられて逃げられたり、攻撃されたりするよね……俺ってどうしてこれだけで済んでいるんだろう? 


8601:識別番号04

識別番号01は『ペガサス』の反応に不満があるのか? 


8602:識別番号01

不満は無い、それは絶対にない。

でも。なんというか……敵な『プレデター』を、すんなり受け入れられる環境ってどんなんだろうねと思って。


8603:識別番号03

識別番号01はP細胞の活性化率を下げられるからじゃないですか? 

 

8604:識別番号01

できるって言っても信用に繋がるとは別なんだよね。結局のところあっち側からしたらなにを考えているか分からない敵対生物なのは変わりないのに、歩み寄ろうとしてくれている。どこか必死に、懇願するように……。


8605:識別番号02

応答⇒識別番号01が早期に受け入れられた理由に関しては現時点で『ペガサス』のエナの影響が大きいとしか答えられない。


8606:識別番号01

それはそう。エナちゃんみんなに慕われているみたいだしね。

……最初にエナちゃんと出会えたのは、誰よりも俺が幸運だったのかもね。



――――――――――



「な、なにかいいなさいよ!?」

「人型プレデターさんは喋れないよ。もー。さやさやったらうっかりなんだからー」

「そ、それは……響生っ!」

「響生、咲也、そのへんにしとけ」


 追いついてきた土峰先輩と、『穂紫ほむら 香火かび』先輩に、『雁水かりみず レミ』先輩。高等部二年生全員が彼の元に集まった。


「悪いな、オレも含めてみんなまだ戸惑っているんだ」


 正座をしていたさっきや、まだ月世先輩が眠っている時とは違った雰囲気になった土峰先輩が彼に話しかけると、彼は分かっているという風に親指を立てた。


「ふっ、ありがとな」


 彼の反応が嬉しかったのか、凜々しくも自然な笑みを浮かべる土峰先輩。どこか彼と通じ合っている姿に思わず、さっきの土峰先輩が彼のことを外で押し倒していた光景を思い出して頬に熱が溜まる。


 ──結局、あれはなんだったんだろう。様子からして変なことじゃなかったとは思うけど……月世先輩に素直に答えちゃったけどよかったのかなぁ……。


「その、響生から聞いてると思うが、おまえがいいなら、すぐにでもオレたちの活性化率を下げてほしいんだ……。いいか?」


 彼は即答気味にうなずいた。



――――――――――



8613:識別番号01

俺は悟った。今から俺のやることは『ペガサス』の命を救う行為。つまりどんなに絵面がヤバくても全てが正当化させられるべき。そうだろう!? 


8614:識別番号04

適切な思想である。大切な命に関わる行動はなによりも優先されるべきだ。

エナ、ツクヨ両名の時とは違い時間に猶予はあるが本気で絵面がどうとか言っている場合ではない。 


8615:識別番号01

本当に申し訳ありませんでしたッッ!! 


8616:識別番号04

何故自身に対して謝罪する? 


8617:識別番号02

応答⇒識別番号01は識別番号04の発言内容を自覚している上で羞恥心というものを発散するために発言した冗談だと思われる。

結論⇒識別番号04に怒られることで己の不甲斐なさを正面から突き付けられたことによる咄嗟にでた謝罪の言葉なのだろう。


8618:識別番号04

人間の羞恥という感情は不便なものだな。


8619:識別番号01

あ、なんかすげー久しぶりにテンプレ人外発言を聞いた気がする。



――――――――――



「……おまえらも、いいか?」


 彼の了承が得られると、土峰先輩は二年生たちを見渡した。


「おけー!」

「……ええ」


 まず、きょうちゃんが元気いっぱいに、咲也先輩が顔を逸らして返事した。


「あふぅ……真嘉が決めたなら~、一緒に……山を登って……ふふっ、転ばないようにしなくちゃね……」

「そうだな……。レミはどうだ?」

「個人的な意見として聞いて欲しいんですが、活性化率を下げる〈固有性質〉に関しては、まだ不安要素がたくさんあります、だけどここで慎重になっても仕方ないですし、なにより真嘉とのやり取りで彼がもの凄く信用できるプレデターだと判断しました。なので私も活性化率を下げてくれるなら下げてくださいお願いします、はい」


 そして眠いのか、内容が噛み合っていない穂紫ほむら先輩。ものすごく喋りだした雁水かりみず先輩。返事の仕方はそれぞれ個性的だけど、全員がこの場で活性化率を下げると決めたようだった。


「そういうことだ……よろしく、おねがいします」


 土峰先輩は、彼に深々と頭を下げた。それに彼は親指を立てて反応する。


 ──それにしても東京に居たころ、そして学校に来てからも“現時点ではP細胞の活性化率を下げられる手段はない”と教えられただけに、月世先輩の時を見た後でも、これから起きることに対して現実感があまりない。


「なんだか不思議な気分です」

「あたしも同じ気持ち……。P細胞を調べれば調べるほど人間の現代技術だと不可能に近いから。あたしが生きている内は見られないと思っていた……活性化率の数値が若返る光景を今から見られると思うと興奮を抑えきれないよ……!」

「……あ、そうですね」


 同意を求められましてもという言葉を飲み込んで消化する。目を輝かせる夜稀先輩。また暴走して彼に詰め寄らないかと心配でならない。


「……あの、夜稀先輩はどうするんですか?」

「もちろん先輩たちの後に下げてもらう。君はどうするの?」

「わ、わたしはまだ【11%】なので……今日はやめときます」

「……そっか、君は新入生なんだね。どうりで優しいと思った」

「え? あの……どういうことですか」

「なんでもない。今のは気にしないでくれ」


 新入生だから優しいという言葉の繋がりが分からず聞き返すが、理由を話してはくれなかった。


 ──夜稀先輩、ひいては高等部一年先輩たちのことについて、わたしはほとんど知らない。それこそ現生徒会長が高等部一年生の一人だと言うことぐらいだ。愛奈先輩の勉強会に一緒に参加している中等部二年の先輩たちと話していると、たまに話題にあがりそうになるのだが、いつも出だしで気まずそうにストップしてしまう。


 わたしが入学するまえに何があったのか、気にはなるけど簡単に触れてはいけないものだと分かるから、追求することはできなかった。


「というか、新入生の上代がどうしてここに?」

「えっと、話せば長いんですが……」

「長いのなら後で聞かせて、今は彼に集中したい」


 きょうちゃんと似たようなことを言われて、なんだかなぁと顔を引きつらせてしまう。


「さて、オレはどうすればいいんだ?」

「それに関して、あたしからお願いがある」

すずりか……部屋から出てきたの初めて見たな」

「彼のことを聞いたら炬燵の中に籠もってられない。それで先輩、活性化率が下がるところをリアルタイムで見たいから、『ALIS』を起動しながらやってほしい」

「数値が下がるところは俺も見たいけどよ。『ALIS』を持ってやるのは流石にな……」

「ふむ、こんな事なら部屋から機材持ってくればよかった……そういえば、久佐薙先輩を繋げていた人工呼吸器があったな、あれを使えば──なんか倒れてる!?」

「……あ」

「……ゴクゴク──」


 床に倒れている人工呼吸器に、今になって気付いたのか夜稀先輩は驚いたあと、慣れた動作で白衣の内ポケットから新しいジュースを取り出して飲み始める。


 ──人工呼吸器は、月世先輩のマスクに繋がっていた毒を流し込む管。それを愛奈先輩が射貫いた時の衝撃で倒れてしまっていたのを、わたしもすっかり忘れていた。


「え、えっと……月世先輩の口に毒が流れる寸前だったので仕方なく……」

「プハァ……まあいいけど……チューブが切れてる……矢が壁に刺さってる……なるほど機能が作動して久佐薙先輩が“卒業”しなかった理由が分かった……言えばいいのに、あの先輩たち……」


 夜稀先輩は恐らく愛奈先輩たちにぶつぶつ文句を言いながら、起き上がらせた人工呼吸器が壊れてないのか確認しだす。


 ──あの人工呼吸器は月世先輩を眠らせるだけではなく、毒を流し込んで“卒業”させる機能もある。そう思うと近づくのもちょっと怖かった。夜稀先輩が慣れた手付きで操作していくけど、もしかして夜稀先輩の私物なんだろうか? 


 そういえば土峰先輩が、あの人工呼吸器は高等部一年の後輩が手作りしたものだって言っていたのを思い出す。ということはこの人工呼吸器を作ったのは夜稀先輩……。


 ──月世先輩を眠らせ続けて、最後には“卒業”させる機械。いったいどんな気持ちで作ったんだろう……変に考えてしまい、少し気持ち悪くなってしまったのを振り払うように夜稀先輩を見ると、機械に付着していた液体……『ペガサス』を“卒業”させるために用いる毒を適当に白衣の袖で拭っていた。


 ……毒を白衣の袖で拭っていた? 


「夜稀先輩!? そ、それ毒ですよ!?」

「知ってる。胃酸にさえ触れなければ無害な液体だから。それに少量なら口の中にはいっても数時間、血を吐きながら激痛に悶え苦しむだけで死にはしないよ」

「すごく危険なのには変わりないですよね!? 手に付いたのを白衣で拭かないでください!?」

「口内に入らないように指に付着した毒を白衣で拭くのは適切な行動。うん。正常に動くみたい。先輩、これ使って」

「あ、ああ……オレも気を付けたほうがいいと思うぜ?」


 人工呼吸器の活性化率を調べるための機能が正常に動くことを確認した夜稀先輩は、最後まで気にするわけでもなく、引いている土峰先輩の近くに人工呼吸器を寄せた。


「手首に嵌めれば画面に数字がでてくるよ! さあ、人類では不可能な奇跡を早くまなこに映させて!」

「わ、わかった……」


 時々我慢ができなくなるのか興奮して叫ぶ夜稀先輩。もう服に付着した毒は完全に忘れているようだ。


 ──だ、だめだこの先輩。はやくなんとかしないと。


「それで順番なんだが──」

「はいはーい! きょうちゃんが一番がいい!」


 きょうちゃんは手を挙げて、私たちに背中を向けて土峰先輩の前に出た。


「いや、最初はオレがやる」

「えー! まかまかずるーい! きょうちゃん活性化率まかまかより高いんだから最初がいーい!」

「響生」

「…………上手くいくか分からないんだよ?」


 ──きょうちゃんの声が急激に下がった。わたしとあまり変わらない背中が、一瞬まったく違う別の何かに見えた気がした。


「それを言うならオレは響生たちに何かあるのが嫌なんだ……。そんな心配するなよ。終わる前に次の順番でも決めてくれ」

「……むー。わかったよ!」

「本当にいいの?」

「ああ、悪いな。一番低いオレが、一番初めでよ」

「……馬鹿」


 土峰先輩はコードで繋がっている輪っかを手首に嵌める。すると人工呼吸器の画面に【82%】の文字が表示されると、わたしは見たことのない活性化率の数字に、思わず声が出そうになった。いや、多分出てしまったのだろう、土峰先輩がこちらに顔を向けた。


「……怖いか?」

「あ、いや! …………はい」


 とっさに否定しようとしたが、強く訴えかけてくる恐怖を誤魔化しきれなくて本音を口にする。


「……はじめて愛奈先輩の数値を聞いたときは、こんな気持ちにならなかったのに……どうして?」

「……それはお前が『ペガサス』であることを自覚したんだろうな」

「自覚、ですか?」

「ああ、本当ならもっと先で実感するものだけどな……『ペガサス』としての自覚……言い換えると“死の恐怖”ってやつだな」


 どくんっと一瞬だけ心臓の鼓動が止まった気がして、無意識に胸の中心を手で強く握りしめる。


「戦場で『プレデター』と戦っている時に感じる恐怖とは違う、何十年も生きられる人間から自分が大人になれない、“たった数年しか生きられない別の何か”になってしまったという現実をおまえは知ってしまったんだ」


 ──『ペガサス』は短命である。これは学園に来てから何度も耳にしてきたことだ。それをわたしは戦場で『プレデター』に殺されるぐらいとしか考えていなかったんだ。だから愛奈先輩の活性化率を聞いても怖くなかった。


 でも、戦っただけで抑制限界値となって彼が居なかったら確実に“卒業”するか『ゴルゴン』になって、死ぬしかなかった愛奈先輩。戦ってもいないのに活性化率が抑制限界値となって“卒業”しかけた月世先輩を直接見たことで、『ペガサス』というものが、本当はどういうのか土峰先輩が言うように自覚をしてしまったんだ。


 ──戦えば戦うだけ寿命を削り、戦わなくても数年後には“卒業する死ぬ”人間とは違う生き物、それがわたしたち『ペガサス』なんだ。高等部の先輩たちだけじゃない、中等部の先輩も同級生も友達も──そして私も『プレデター』との戦いで生き残ったとしても、たった数年後には──。


 ──心臓の鼓動が不安定になり、吐きそうなほど気持ち悪くなる。


「……こんなこと言うのもなんだけどよ。お前は幸運だ。なんて言ったって“コイツ”がいるんだからさ」

「あ……」


 ──そうだ、今のわたしたちには『ペガサス』の活性化率を下げられる彼が居るんだ。


「だから、そこまで怖がらなくていい……だけど、俺たちみんなが通ってきた道だってのは知っていてほしい。愛奈先輩や、オレたち高等部のためにもよ」


 先輩の言葉で幾らか恐怖は和らいだが。同時に背筋が凍るほどの真実に気付いてしまう。


「……せ、先輩たちは昨日まで……どんな気持ちで……」

「……ふっ、もう忘れちまったよ」


 土峰先輩はそう笑って、彼の前に立った。


「待たせたな……始めてくれ」


 ──真嘉先輩が、高等部の先輩たちが無事に活性化率を下げられますようにと、わたしは両手を強く握りしめて祈り始めた。


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