第11話

 ──野花のはなを抱きしめながら彼に出会ったこと、彼に助けられたこと、月世も生きていること、できるだけ刺激を与えないことを意識しながら、丁寧にゆっくりと今日経験した出来事を話す。


 そして話し終えたあと、野花会長が口を開く前に月世がこれがその証拠ですと言いながら音もなく目の前に現われたことで野花は人の声とは思えない絶叫の後に泡を吹いて倒れた。


「月世っ!」

「ほんとうに申し訳ありません」


 抗議する意味で月世のことをじっと睨むと苦笑を浮かべて謝ってくる。……本当に悪いとは思っているみたいだけど思いつきが成功したといった様子だ。


 野花は気絶から睡眠に変わったのか私の膝の上で安らかな寝息を立てている。頭を撫でる……こうしていると、あれだけ思う所があった生徒会長が、年下の後輩でしかなかったのだと改めて実感する。


「……どうして驚かせるようなことをしたの?」

「遅いか早いだけの違いなら、今が適切かと思いまして、これから現実とは思えない驚きの連続です。それなら、わたくしで先んじて一発驚かせといたほうがいいかと」

「荒療治が過ぎるよ!?」

「もとより酷なのは覚悟の上です。とはいえ気絶するほど驚かれたのは予想外でしたが」


 彼の事やこれからの事で、ただでさえ心に大きな傷を負っている野花に負担を強いることになる。それならば先に強いショックを与えて、あとの負担を軽減させたかったというのが野花を驚かせた理由とのこと、そんな突飛な発想につい懐かしさを感じてしまう。


 ──そういえば私たち二人になってからなりを潜めていたけど、月世ってこうだった。あの頃の破天荒な月世が戻ってきたんだ……戻ってきたんだなぁ……。


 月世のそういった性格に命も心も救われた場面はたくさんあるけど、同じぐらい気苦労も多かったんだよね……でも、今はやっぱり純粋に嬉しいと思えた。うん、野花会長にしでかしたことは駄目だと思うけど!


「わたくしが生きていることは話していましたよね?」

「話したんだけど、あんまり信じていなかったし、化けて出たって思われたかも」


 それに泣いたことによって、凝り固まっていたものがほぐれて気が抜けていたのかもしれない、実際、私も絶妙のタイミングで月世が音もなく視界に現われたものだから凄く驚いた。


「起こしましょうか?」

「……ううん、野花には後で話すよ。このまま寝かせておいてあげたい」


 今日中に話したいことは沢山あったけど野花を起こすのは心苦しかった。彼女のことだ、普段はちゃんと眠れていない可能性だってある。眠れないのがどれだけ辛いのか私もよく分かっているため、もう少しだけこのままにしてあげたいという気持ちがまさってしまった。


「それなら仕方ありませんね」

「月世?」

「このまま生徒会室に放置するわけにはいきませんし、わたくしが生徒会長のことを運びます」


 止める暇も無く月世が野花をおんぶする。完全に熟睡しているようで起きる気配はない。


 確かにこれなら寝かせたまま一緒に移動できるし、いつでも起こすことができる。二年生のこともあるし、彼と兎歌を待たせすぎるのも怖い。なので野花をこのまま次の目的地──寮までおぶって連れて行くことには賛成するけども……。


 ──だからって、気絶させたお詫びと言いながら子守歌を歌いだすのは絶対違うと思うよ月世……。


 +++。


 高等部一年は進学時から変わらず野花を合わせて三人存在する。私たち今の三年が高等部への進学時の人数は十人。そして真嘉まかたち現二年は六人だったことを考えるとかなり少ない。


 しかし、過去の高等部進学人数を平均すると、むしろ二年や私たち三年のほうが多いと評価するのが正しい。それほどまでに高等部に進学できずに“卒業”する『ペガサス』は多いのだ。


 特に私たち現三年生は高等部最多進学人数だったことで『伝説』と呼ばれるようになった。私たちからすれば全くの偶然だったのだが、気がつけばそんな風に呼ばれて持て囃されたものだから、当時は言いようのない怒りを抱いたこともあったが、今ではどうでもいい過去だ。


「──前来たときも思いましたが、私たちの寮とは全く違いますね」


 高等部校舎から、そのまま廊下を通ってやってきたのは高等部一年が暮らす寮。中へと入った時の月世の第一声に、私はつい苦笑を浮かべてしまう。


 高等部の寮は、学年ごとに“寮が一軒”与えられる。つまり私たち高等部が暮らしているのは高等部寮と言う名の二階建ての大きな家だ。なので今回私たちが来ているのは高等部一年寮。私たちが住む三年生寮は学校を挟んだ別の所にある。


 二階建て、正方形のコンクリートブロックを単に繋げたり重ねたりしたかのような冷たい外見。中身も外に受ける印象と殆ど同じく。空間が広いことも相まって牢獄のようだ。そう思ってしまうのには、私たちの三年寮と比較しているからだろう。


 ──三年寮は、外見こそ同じであるが、当時、私たち十人全員のポイントが無くなるまで商店街で家具や雑貨などを買い集めて模様替えをした。おかげで外見とは異なり、中はとても生活感で溢れており、家族のように過ごしてきた彼女たちとの思い出が溢れていた。


 ──だからこそ昨日までは孤独をもっとも感じる場所だった。そのため月世の制服を取りに戻った時、もうひとりぼっちで寝なくていいのだと嬉しくなって、また泣いてしまった。


「愛奈、よろしければ二階の彼女を連れてきましょうか?」

「ううん。多分もう寝ていると思うし、あの子はまた違う日に……私たちのほうから会いに行くよ」


 二階に居るであろう後輩の一人は、元から今日は会うつもりはなかった……もしも、ちゃんと上手くいったのならば、彼女に至っては彼を連れてきたほうがいいはずだから。


「変わっていませんね。ということは中も記憶のままでしょうか?」

「分からない。ここに来るのは私も久しぶりだから」


 奥にあるもっとも広い個室。その扉には『すずり開発室』と書かれたプレートが貼り付けられていた。最後に来たときから何も変わっていないのなら、目的の人物は、この部屋に居るはずだ。


 この部屋には月世が眠りについてから来たことはなかった。あれだけお世話になったというのに、もしも中に居るであろう人物に会ったら理不尽な態度を取ってしまいそうで怖かったからだ。


 寮の扉には後付けでもなければ鍵はついておらず、誰でも入れるようになっている。ノックをしても反応しない子だというのは分かりきっており、気まずさを胸に宿しながら、そのまま室内へと入った。


 ──開発室と銘打っているだけあって、その室内の奥半分は作業を行なうための金属製のテーブルやパソコン、AI機器などが揃えられており、壁には様々な道具が掛かっている。


 そして部屋の手前半分が生活スペースとなっており、冷暖房どちらでも使えるらしい炬燵こたつが前と変わらず置かれていた。


 ……そんな部屋ではあるが、あえてこの部屋をひと言で表わすならば、汚部屋と言わざるをえないだろう。それほどまでに至る所にゴミが散乱している。


「相変わらずですね」


 そういって足踏みする私とは違い、月世は躊躇いなくゴミを足でどかしながら部屋の奥へと入っていった。前にどうして平気なのか聞いたことがあって戦場の方が汚くて慣れましたと言われたが、こればかりは今でも共感できないでいる。


 月世に続いて中へと進むと甘いのか苦いのかよく分からない色んなものが混じったような嫌な臭いが鼻孔を刺激する。五感が常人よりも優れている『ペガサス』だからこそ、余計に臭く感じるみたいで、こういう時は本当に不便だと感じる。


 ゴミの大半は缶やペットボトルなど飲料容器であり、足でどかして踏む場所を確保しなければいけないほど散乱している。また臭いの元となっているであろう飲み物の染みが炬燵布団、壁など至るところに見られる。


 ──前より明らかにゴミが増えているのを実感しながら、なんとか炬燵の前まで辿り着く。


「……ここに居るんだよね? 夜稀よき

「……喜渡先輩……」


 炬燵へと向かって呼びかけると中から返事が戻ってきた。分厚い炬燵布団に遮られて微かに聞こえる程度だが、『ペガサス』の聴覚のおかげでハッキリと聞こえた。


「生きていたんだ……」


 どうやら私が行方不明になっていた事は知っていたようだ。もしかしたら私や月世のことについて野花と話をしていたのかもしれない。


「うん。色々あってね。その事で会いに来たの」

「……あたしを殺しに来たのか?」

「夜稀……」


 はっきりと殺しに来たと聞いてきた。どうしてそんなに脅えているのか理由は分かっており、思わず月世に視線を送れば、足でゴミをどかした場所に野花を降ろしており、私が見ていることに気付くと、人差し指を立てて唇に当てた。


 どうやら夜稀は月世が居ることに気付いていないみたいだ。……嫌な予感しかしないけど、今は夜稀の話を聞かないと。


「さっき……久佐薙くさなぎ先輩に付けた装置が作動したよ……抑制限界値が来たから……あの装置を作ったのはあたしだから……」


 ──炬燵の中にいる『ペガサス』、高等部一年生の『すずり 夜稀よき』こそ、あの月世の昏睡装置を作った張本人である。彼女は機械関係に強く、昏睡状態による活性化率の遅延を実現できたのは彼女がいたからこそだ。野花と同じで私たちの恩人と呼べるに等しい後輩だ。


「恨んでいるよね? ……当然だよ。そうに決まっている……」


 そんな恩人が脅えている。私が夜稀を“卒業”させに……殺しに来たんだと思い込んで。


 彼女は遠くでも装置が作動したかを確認できる機能を取り付けていたらしい。それによって月世が“卒業”したと誤認しており、それを理由に開発者である自分を私が逆恨みかなにかで殺しにきたと思い込んでいる。


 ──彼女がそう思ってしまったのには、今までの私の態度が原因なのだろう。月世が眠った後、一度も会いに来なかった。それ以外でも露骨に避けていた自覚はあり、そんな私がわざわざ月世が“卒業”した反応があったあと会いに来たのだ……怖がって当然だ。


「……ク、フフ……ほんとにクソだよ……」

「夜稀?」

「こんな人生、生きていてなんの価値もゴホ……無いなんて毎日思っていたのに、いざゴホッゴホ! ……こうなると死にたくないって……阿呆を晒している……」

「……そんなことないよ。誰だっていざ死ぬってなった時は、泣き叫ぶほど怖いよ」


 私もそうだった。雨の中『街林がいりん』でひとりぼっちで死ぬんだと分かった時、あまりの怖さで泣き叫んだ。死にたくないと毒を拒んでしまった。夜稀の気持ちは痛いほど理解できる。


 ──だから、どれだけ彼に救われたか。


「私もそうだったから夜稀、話がしたいの。そして力を貸してほしいの……今更だって分かっているけど、お願い」

「……ゴホ……とにかく話を聞かせ──」

「──申し訳ありませんが、あまり時間がないので巻かせて頂きます」

「「?」」


 ──突然、月世が炬燵の上にあるゴミを乱暴に振り払ってどかしたと思ったら、そのまま炬燵を両手で持ち上げた。


 炬燵の中が露わになる。堀り炬燵式だったらしく穴の中には大量の飲料容器と彼女──夜稀が体を丸めて入っていた。


 目を見開いて夜稀はどかされる炬燵を見ていた。きっと私も似たような顔で月世を見ているに違いない。


「な、な、なにするんだよおお!? って久佐薙先輩!? なんで!? ──ゴホ、ゴホゴホッ!」

「月世っ!?」

「生徒会長の時に時間を掛けすぎています。あの方をそんなに待たせてもいいんですか?」

「うっ……そ、それはそうだけど! だからって乱暴が過ぎるよ!!」


 本当に見た目と違って突飛でっ、乱暴でっ! 大雑把なんだからっ!! あとで絶対説教だからね! ……言っていることは間違っていないからあんまり強く言えないけど。ま、まぁ月世も大丈夫だと分かってやっているとは思うし、そういえばこうやって怒るのっていつぶりだろう……だめだ、いまはまだ昔みたいに怒れないかもしれない。


「というわけで、わたくしは生きていますよ」


 炬燵を適当に置いたあと、月世は和やかな笑みを浮かべて夜稀に向かって手を振るった。


 ──腰まで伸びているボサボサの灰髪。半目に隈ができている容姿は確かダウナー系と呼ばれているらしい。高等部の黒と青の制服の上に飲み物の染みだらけの白衣を着ている……前よりも白衣が汚れているのは気のせいじゃないだろう。


 ──そんな久しぶりに見る夜稀は、咳き込みながら信じられないといった様子で月世を凝視する。


「ど、どういうこと!? ゲホ! 正常に動作しなかったの!? そもそもゴルゴン化していない!? ああもう何が起きてッゴホゴホエッホ! ……カッ……コ……」


 咳き込みが酷くなりついには呼吸困難となった夜稀は自分の足下にあるゴミを漁りはじめる……もしかして切らしているのだろうか? 大変! それならすぐに買ってこないと!


「こちらを、勝手ながら冷蔵庫の中にあったものを持ってきました」


 そういって月世が差し出したのは、学園内ならどこでも買えるジュース入りのペットボトル。恐らく夜稀が事前に買いだめしていたやつだ。受け取った夜稀は蓋を開けて一気に飲み始める。


「んくっ……んくっ……ぷはぁ! ……っ!」


 あっと言う間に500mlを飲みきった夜稀は穴から出てきて、冷蔵庫の中にあるジュース、お茶、水、栄養剤、種類問わず次々と飲み干していく。


「ごく……ごく……んくっ! ……んっ!」


 服に零れるのもお構いなしに、夜稀は次々と飲み続ける。


 ──『飲料中毒ドリンキー』とは誰が言ったか、夜稀はストレスを感じると異常なほど喉が渇き、パニック症状を引き起こす。


 そのため喉の乾きが癒えるほどの大量の水分を摂る必要があり、放っておけば先ほどのように呼吸困難に陥る。それが夜稀が抱えている心の病気だった。


 ──見ているだけで気持ち悪くなるほどの量を飲み続ける彼女を初めて見た時、どう声を掛けていいのか分からなくなった。野花会長とは違い、彼女がここまでになってしまった事情を正確には知らない。だけど、当時の彼女たち一年に対する悪評や、兎歌たち中等部の話から、どれだけ苦しい環境で生活していたのかは想像に難くはなかった。


 ──『ペガサス』でなければ、明らかに体に変調を来たしてもおかしくない量を飲み続ける。月世の件で話を聞きに来たときには手遅れだったのかもしれないが、野花と同じく先輩としてこうなる前に何かしてあげるべきだったと後悔する。


「……ぷはぁ! ……ぜぇぜぇ……久佐薙先輩っ! 全部、話してくれるんだよね!?」

「はい、といっても事情はわたくしではなく、愛奈が話しますが」

「──あいたっ!? ……えっ? ここは地獄ですか?」

「……起きて早々人の部屋を地獄扱いしないでくれる? 蝶番」

「す、硯? ってことは、ここってボクたちの寮?」


 種類を選ばず十本ほど飲み干したあたりで落ち着いたようで夜稀は、よかった上手く行ったと微笑む月世を睨み付けながら叫んだ。そのさいに放り投げた缶が寝ている野花の額に当たり、目を覚ます。


「おはようございます、生徒会長」

「あ、はい! おはようござ──ぎゃああ!? お化け! やめて! 来ないで! 久佐薙先輩のお迎えは嫌だ! せめて連れて行くなら寝ている時にすればいいのに趣味が悪すぎる!」

「お化けじゃありませんよ。足もありますし、手も鳴らせます。ほらこのように」


 寝起きだからか余計にパニックを起こす野花に、月世は両手を叩いてパンっと破裂音を聞かせる。


「わっ! びっくりしました! もうやめてくださいよ久佐薙先輩──……生きている? 『ゴルゴン』にもなっていない? ということは喜渡先輩の話は本当? でも人間の味方をする人型プレデター、非現実的な、信じられない、でも話に矛盾点は見られなかった──」


 月世なりのショック療法の影響なのか、唐突になんらかのスイッチが入ったらしい野花は思考に没頭し始める。


「事実とした場合の判断、それは分かっている、ならどうする、確認が先だ、どうすればいい、だめだ、会長として、野花として、ボクが、私が、なにを選ぶ、それが重要、分かっている、できる、でもそれは事実確認の後に──」


 口から漏れる内容から、まだ確認しきれていないのにも関わらず話が全部事実だと仮定して私の考えていることを当て始めた、あるいはすでに私よりも先の事を見据えているのかもしれない……意外、というか想像すらできていなかった状況把握能力にある種の恐怖すら感じる。


 ──生徒会長としての立場とは別に、どこかで私は野花自身の事を可哀想な後輩としか思って居なかったのかもしれない。でも、心を壊してもなお、一年以上生徒会長を務めてきた子なんだ。私たちには持っていない“力”があってもおかしくはない……やっぱり、立場的にも彼女の協力は絶対だ。


「……先輩。蝶番ちょうつがいの言葉の節々に、とんでもない単語が混ざってるんだけど……」

「それも説明……というか、今から一緒に月世が眠っていた病室に来て欲しいの。その移動中に事情を説明するから」

「……そこに何が居るの?」

「──人型プレデターよ」


 ──夜稀は静かに足下に転がっていた缶ジュースを拾い上げて、躊躇いなくプルタブを引いた。



 +++


「個々として挙げるならあり得ない話じゃないけど、てんこ盛り過ぎて嘘としか思えない」


 移動しながら話を聞き終えた夜稀の感想は、技術屋思考から来るものなのか曖昧なものだった。


「あり得るの?」

「『プレデター』が元となった生物の姿形に準ずるとはいえ、環境や状況によって進化するのはそう珍しい話じゃないから、『ゴルゴン』以外に人型のプレデターが現われるのは時間の問題だとは思っていた。人間に絶対的な殺意を持つ兵器染みた存在ではあるが分類上は生物だ。生存戦略の一環として『ペガサス』と共存しようとする種が現われてもおかしくはないし、活性化率を下げることについては『プレデター』が己の細胞を自在に操作できるのは分かっている。あたしたちの体内にあるP細胞を何らかの方法で操作を行なう〈固有性質スペシャル〉持ちが現われるのはむしろ自然だよ」


 そこで一旦話を区切り、ちびちび飲んでいた炭酸飲料を一気に半分飲み干す。


「げふっ……でも、それを全部備えている個体が偶然現われるのは都合が良すぎる」

「硯はどう判断しますか?」


 表面上は落ち着きを取り戻した野花が夜稀に問い掛ける。


「まだなんとも、もしかしたら『ペガサス』を懐柔して効率良く人間を殺すなんてことを考えているかもしれないけど……なんにせよ。いちど会ってみないことには判断が付かないね」

「……まだ私も分からないことが多いけど、彼に関してはそう心配しなくていいと思う」


 そう考えるのは仕方のないことだって分かっているけど、彼を疑う言葉に過敏に反応してしまい、とっさにそんな事を言ってしまう。


「……随分と肩を持つんだね。まあ助けられたんだ。たとえ『プレデター』とはいえ心を開くのは当然か」

「はい。大胆な告白をしてしまうほど愛奈は彼に夢中なんですよ」

「月世っ!?」


 なんてこというの!?


「そうなんだ? ……告白した時、人型プレデターはどんな反応をした?」


 恐らく純粋な好奇心からの質問なんだろうけど、月世の説明の仕方であらぬ勘違いをされた気がする。


「……告白じゃないけど……一緒に居て欲しいって言っただけなんだけど……」


 もの凄く恥ずかしくなりながら、彼と同じく親指を立てた。


「……サムズアップ。肯定を表わすジェスチャーを使うか、人間の会話を理解しているのもそうだけど、意思疎通の仕方を分かっている……興味深い」


 ……真面目に考察されるのも、それはそれで恥ずかしい。やっぱり後で月世にはお説教をしないと! ……いや、もしかしたら何か考えがあって、あ、完全に揶揄うことだけが目的だったって顔に書いてある……てへっじゃない!


「喜渡先輩の話から人間文化に深い知識を得ているとは分かっていましたが──人間が好き? なら協力するのは趣味の可能性、あるいは人が必要となる目的──」


 野花はまた人が変わったかのように長考するも、生徒会室で会った時とは断然に精神が安定しているように見える。あの時、泣いたことでほんの少しでも負担が減らせたと思うのは、勝手が過ぎるだろうか?


「戻ってきなよ蝶番、いま考えても仕方ない」

「──あ、すいません」

「……なあ蝶番、今のお前は生徒会長? それとも蝶番野花?」

「どちらもです──そう、きっと、どちらもです──だから心配しないでください!」

「そう……あんまり無理しないで」


 また思考に没頭しかけた野花を、夜稀が現実に戻す。野花が私の時と同じように夜稀に、生徒会長としての笑顔を見せるが、その表情は、私の時よりも遙かに自然なように思えた。


 名字で呼び合う同士であるが、私たちや二年生とはまた違った絆を感じられる。きっとここにはいないもう一人に関してもそうなのだろう。


 ──私はあまり一年のことを知らない。野花が生徒会長とだけあって自主的に避けてしまっていたのはある。だから、二年生のみんなも併せて、もしも彼女たちと今後も学園で生活するというのならば、これから色々と知っていきたいと思った。


「……いざってなると流石に不安になる」


 彼が居る病室へと近づき夜稀は緊張を露わにする。空となったペットボトルを白衣の内ポケットに入れていた二本目と入れ替えて飲み始める。


「大丈夫?」

「まだ本当に存在するかも疑っているけど、なにせ初めてだらけの存在だから……囓っているだけの身とはいえ未知との遭遇に恐怖よりも興味が勝って昂ぶるあたしが居る……こんなことなら腐るんじゃなかったな」


 なんでもないと話を終わらせる夜稀、どうやら後半部分は無意識に呟いてしまった独り言だったようだ。その言葉にどれだけの思いが込められているのか何も知らない。だから触れることはできなかった。


「ボクは普通に不安です──襲われたらどうしよう、怖い、死にたくない、行きたくない、生きたくない、でも生きたい、行かなければいけない──なので生徒会長として、その人型プレデターに直接会って確かめなければいけません! ──全てはそれからですよ、喜渡先輩」

「……ええ」


 ──生徒会長である野花はもっとも大人たちに近い『ペガサス』だ。そんな彼女に彼の事を伝えるという意味を、きっと私よりも野花本人が理解している。


 野花には私の考えは全て筒抜けなんだろう。まだ半信半疑だからというのもあるかもしれないが、怖いと言う彼女が、彼に直接会って確かめてから決めると言ってくれることがとても嬉しかった。


「……そう怖がらなくていいよ。彼はとても優しいから」


 病室の扉前へと到着した。今日は本当にとても色んなことがあった。でも、私にとっては今からが本番なのかもしれない。


 みんなで生きていきたい。そんな私の願いを叶えるためには、野花たち一年生だけじゃない。真嘉まかたち二年生の承認も必要だ。兎歌のことだって考える必要がある。もしもの時には学園を出て行くつもりでも、できるかぎり残れるように頑張りたい。


 ──彼とみんなで生きていく。そんな奇跡現実を得るために、私は意を決して扉を開いた。


「──馬鹿っ! ほんとうに馬鹿っ!! なんでそんなことをしたの!? ほんとうに馬鹿なんだから! 真嘉が居なくなったら私たち……もう馬鹿!」

「……ごめんなさい」

「ごめんですむなら『ペガサス』要らないのよ馬鹿ぁ!」

「と、止めなくていいんですか……」

「さやさやがああなったらねー。見ての通り気が済むまで『プレデター』でも止められないんだ!」


 ──咲也さやが泣きながら正座して縮こまる真嘉に説教をしており、何故かそんな真嘉の隣に同じように触手を寝かせて正座する彼が居た。


「……なにごと?」


 流石に想定外の光景に、私も他の二年生や兎歌と同じく戸惑うことしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る