第10話
──取り返しの付かない事をしようとしているという自覚はあったと思う。
人型プレデターに向かって全速力で走る最中。先輩の事とか、あいつらの事とか、色んなものが頭をよぎった。声も聞こえた気がする。理性がオレを必死になって止めようとしていた。
だが止まらなかった。気がついたのは全てが終わったあと、走る勢いそのままに人型プレデターの顔面を全力でぶん殴っていた。
常人の数倍の力を持つ『ペガサス』。特にオレは他の『ペガサス』に比べてパワーが秀でていた。そんなオレの本気の一撃を、まともに受けた人型プレデターは積み上げられた瓦礫を崩壊させて、そのまま外へと飛んでいった。
オレも壊れた壁から外へと出る。夜空は雲に覆われており、外灯もないため真っ暗闇であるが、壊れた壁から漏れる施設内の灯りだけで、『ペガサス』の目には問題無く周辺が見えていた。
仰向けに倒れている人型プレデターの傍に近寄る。外傷は見られない、殴った頭も外面上は無傷に見える。むしろ鋼のようにかたいコイツを殴ったオレの拳のほうが怪我をして血を出していた。
だけど、オレがコイツを殴ったのには間違いない。絶対してはいけないことをした……んだと思う。
なのに、不思議と冷静……な気がする……違う、ただ分からないんだ。自分がいまどんな感情でコイツの前に立っているのかが分からない。だから後悔も恐怖も感じていない。虚無がどんなものか今はじめて理解した。
どうしてオレは最悪を選んでしまったんだ? なにも分からない。
ただ呆然と人型プレデターを見ている。体を起こして首を振るう挙動が、あまりにも人間らしくて……それを切っ掛けにどこかへ置いてきてしまった思考が戻ってきた。
――――――――――
8235:識別番号04
どうした識別番号01? 応答しろ。
8236:識別番号02
要求⇒すみやかに現状の説明を求める。
8237:識別番号01
……あー。いや。なんでもないよ。ちょっとマカちゃんがオレのほうに走って来たから驚いて、瓦礫を落っことしちゃった。
8238:識別番号03
マカちゃんは、どういった理由で識別番号01に接近してきたのですか?
8239:識別番号01
まだ分かんない。でも武器は持ってないし、殺しに来たぜープレデターってわけじゃなさそう? なんか話したいことがあって来たっぽい?
8240:識別番号04
『ペガサス』からすれば敵性存在である『プレデター』に対して、あまりにも不可解な行動だ。何かしら罠があると警戒するべきだろう。
8241:識別番号01
そうなんだろうけど、そうは見えないんだよなぁ……。
多分、マカちゃんって良くも悪くもとても真っ直ぐな子だと思うよ。
8242:識別番号02
疑問⇒識別番号01は『ペガサス』のマカになぜそのような評価をした。
8243:識別番号01
あー。んー……勘!
――――――――――
思考の後に次々と感情が、心が、自我が続けざまに戻ってくる。そしてそれらは人型プレデターを殴ってしまった理由を生み出しはじめた。
「……お前、本当に『プレデター』なのか?」
『プレデター』っていうのはゾンビみたいなものだ。P細胞によって改造された生物が人間を見つけ次第、問答無用で襲いかかってくる。それがどれだけ生物として非効率だったとしてもだ。
意思疎通なんて絶対できない。人を感知したら絶対に殺しにかかって来る。そんな存在であるはずなのに、人間への絶対的な捕食者であるはずのプレデターが無防備に寝ている
――――――――――
8250:識別番号01
俺がプレデターかって? ふっ、俺もよく分からん!
8251:識別番号02
質問⇒『ペガサス』のマカが識別番号01に対して行なったアプローチの詳細。
8252:識別番号01
……べつにこっちに向かってきて走ってきたぐらいでなにも無かったよ。俺が勝手に驚いただけ。
8253:識別番号02
質問⇒『ペガサス』のマカが識別番号01に対して行なったアプローチの詳細。
8254:識別番号04
識別番号02。その質問に識別番号01は既に回答している。繰り返して問う理由はなんだ?
8255:識別番号02
否定⇒識別番号01の発言した『ペガサス』のマカに関する情報は明らかに不自然な部分がありなんらかの事象を隠蔽している可能性がある。
要求⇒速やかに真実を開示せよ識別番号01。
8256:識別番号01
……俺は平気だよゼロツー。だから心配しないでくれ。
……頼むよ。マカちゃんがとても辛そうにしているんだ。
――――――――――
人に反応せずに瓦礫で遊ぶコイツを見て、あまりにも理不尽だと思った。自分たちが必死に戦っている。苦しんでいる。泣いている中で、コイツにとって人の命なんて瓦礫と同じ価値しかないと言われた気がした。
先輩たちを助けたのも遊びの延長線上でしかなくて、そんなオレたちを馬鹿にして笑うために学園に残ったんじゃないかって思った。すぐにでも否定しなければ玩具にされると思った。主張しなければならないと思った。
──積み上げられた幸せに笑うあいつらが、コイツの気分次第で崩されて絶望の淵へと落とされる。あの瓦礫たちのように、そんな光景を幻視してしまい、どうにかして振り払いたかった。きっとそれがコイツを殴ってしまった理由だ。後付けでしかないがこれが一番納得できた。
言ってしまえば怖かっただけなんだ。恐ろしかっただけなんだ。希望を与えるだけ与えられたあとに絶望を突き付けられるのが。そんな馬鹿なガキのような理由でしかないんだ。オレがコイツを殴ってしまった理由は。
──理由が作られたことで、コイツがせっかく積み上げてくれた
死病を治せる薬を排水溝に流した。戦争を止める握手を拒絶した。唯一世界を救えるヒーローを殺した。そんな取り返しの付かない過ちを犯した。
──これを愛奈先輩が知ったら、どう思うのか? オレを殺すだろうか? それなら首を縄で括ってできるだけ苦しませてほしい。あいつらが絶望する顔が消えないんだ。
もういっそう、懐にある毒を飲んで“卒業”してしまおうとまで頭を過った。コイツが切腹なんて言葉を知っているか分からないが、死んで詫びるべきじゃないかと、オレが居なくなったほうがあいつらだってしたいことができるんじゃないかって、馬鹿みたいな事を考える。
──そう馬鹿みたいな考えだ。馬鹿過ぎて頭が真っ白になって、もうなにも考えられなくなったオレは、人型プレデターに
「……なんで、なにもしないんだ? オレは攻撃したんだぞ? 危害を……加えたんだぞ!? なんでオレのことをただじっと見ているだけなんだよ! おまえは『プレデター』なんだろ!?」
普通の『プレデター』だったら、そもそも、なにかする前にオレを殺してくる。動物だったら危害を加えた相手に反撃するなり逃げる。なのにコイツは逃げもしなければ、反撃もしない。仄かに発光する一つ目でオレのことをただじっと見ていた。
そんな人型プレデターが形のまま本当に人間のように思えて、
「本当にお前は『プレデター』なのかよ!? オレたちの敵なのかよ! なんで先輩を……『ペガサス』を助けたんだ答えろよ!? オレたち見つけたら殺し合う敵同士のはずだろ!」
縋り付くように押し倒して上に乗っかる。鎧みたいな見た目をしているから、兜を脱げば人の顔が出てくればいいのにと願う。だけど僅かに見える兜の横ラインの中身や、首筋など関節部分の肉質感からコイツが人間じゃないことがはっきりと分かってしまう。
「──なんとか言えよ! ……じゃないと何も分からないんだよ……どうしていいか……決められないんだ……っ!」
額を人でいう胸元に当てる。金属の堅さが伝わるが冷たくはなかった。
「あいつらの活性化率がもう限界でっ! おまえを受け入れないと死ぬのは分かっているのに! でもなにか副作用があるかもって怖くてっ! ……それでも、居なくなって欲しくなくって……なんで……もっと早く……来てくれなかったんだ……もっと早く来て
元から理性なんて戻っていなかったのかもしれない。感情のままに支離滅裂の言葉を吐き出す。来夢のことも言ってしまった。
──来夢が“卒業”したのは、進級してから14日目の朝だった。
その前の日は特に変わった様子はなかった。いつも通りの生活だったと思う。あるいは調子に乗っていた俺は些細な変化すら気がつけなかっただけかもしれない。
──真嘉ー。ありがとねー
いつも通り、おやすみ代わりの感謝を言って来夢は寝た。オレもいつも通りの明日が来るって信じて疑わなくて、おうって適当に返事して寝た。
そうして迎えた朝。アイツは自分で毒を飲んで“卒業”していた。最後の力を振り絞ってオレの方へと向かおうとしたのか、手をこちらに伸ばしていて血塗れのカーペットに倒れていた。
後で見つかった遺書には自分の活性化率が、遺書を書いている時点で【93%】だったこと、あと1%上がったら“卒業”するつもりで、みんなには嘘の数値を言っていたことが書かれてあった。
そして最後に約束守れなくてごめんね。いままでありがとうね、真嘉と。オレへの謝罪と感謝の言葉で締めくくられていた。
オレは来夢の嘘に最後まで気づけなかった。自分がどれだけ浮かれていたのかようやく気づいた。自分が正真正銘の馬鹿だということにようやく気がついた。
──オレは馬鹿だ。昔からそうだ、馬鹿なんだ。特に考えもせずにリーダーになるって言えたのも馬鹿だから。ひとりだとなにも決められない本当の馬鹿だ。あいつらが居ないとなにもできない無能な馬鹿だ。馬鹿みたいな目標を掲げてあいつらを追い詰めた救いようのない馬鹿だ。来夢を殺した馬鹿だ。愛奈先輩のようにやれることがあったはずなのにそれになにひとつ気付かない馬鹿だ。コイツを殴ってしまったどうしようもない馬鹿だ。
ああ、ほんと、こんな馬鹿なんて、はやく死ねばよかったんだ!
「なにか……言ってくれよ……」
無理だとは頭で分かっていても悪口でも罵倒でも、死刑宣告でもいいからなにかを言って欲しかった。でないと馬鹿なオレはもう本当になにをしていいのか分からないんだ。ほんの少しでもいいんだ何かを伝えてくれ……。
────泣き崩れるオレの頭の上に、ふとなにか固いものが乗った。
「……手?」
それは人型プレデターの大きな手だった。頭を砕くわけでもなく、撫でるわけでもなく、ただ乗せているだけなのに、オレを慰めてくれているような気がした。
――――――――――
8260:識別番号01
……わかんないよね。怖いよね。意味不明だよね。敵である化け物がいきなり味方面してきたからって受け入れろってほうが無理だよね。
ごめんね、喋れなくて、伝えられなくて……。
死ぬわけにはいかないけどさ。気が済むまでもっと殴っていいよ……これも伝えられないのか、あーくそ……辛いな。
8261:識別番号04
攻撃されたのか?
8262:識別番号01
げっ……ああもう、感情的になるとすぐに書きこんじゃうなぁ!
……ううん。攻撃されていない……泣かれたんだ。
助けてほしいって言いたいのに、俺が『プレデター』だからどうすればいいか分からなかったみたいでさ。だから、ちょっとだけ不器用なことをしちゃったみたい。
――――――――――
触手の一本がオレの手の甲に向かって、蛇のような細い舌で触れる。
「……もしかして気にしてくれているのか?」
既に傷は塞がっている。手に付いている血は最初に出たものだ。それを知ってか知らずか、蛇の頭にも見える触手の先端が、オレの手を気にするように動く。
──コイツがなにを考えているか分からない。でもひとつだけ分かった気がする。コイツはきっと優しい奴だ。そう思えたからだろうか、今までが嘘のように心が落ち着きはじめて、すんなりと口を動かせた。
「……殴って……馬鹿みたいに色々言って……ごめんなさい」
あまりの気まずさに、やけに子供っぽく謝ってしまう。それでも人型プレデターは親指を立ててくれた。いいよって許してくれたと考えてもいいのだろう……。
許された。本当に優しい奴だ。
──そんな優しいおまえなら信じられる気がした。だからオレはたったいま決めることができた。
「……おまえの事を殴っちまったオレの……頼みごとを聞いてくれるなら……あいつらを……助けてくれ……っ!」
親指は立ったまま動くことはなかった。涙が余計に溢れ出てくる。
「──ありがとう。ごめん……ありがとう……あいつらを助けてやってくれ……頼む……」
──止まらない涙を袖で拭いながら、オレは何度も何度も同じ言葉を繰り返した。
――――――――――
8271:識別番号01
……やはり暴力、暴力は全てを解決してくれる。
8272:識別番号03
挨拶行為のさいも同じことを言っていましたが、人間とトラブルが発生した場合どちらを優先するべきですか? あるいは挨拶行為の後に暴力行為を行なえばいいですか?
8273:識別番号01
ごめん、適当に言ったから真に受けないで! 挨拶、挨拶だけ大切にして!! 暴力はケースバイケースで!
というか今回されたほうだし、いや、暴力じゃないけどね!?
8274:識別番号04
言葉の統合性が取れておらず意味不明になっている。
8275:識別番号01
なんなんだろうね本当、自分で言ってて思うわ。
8276:識別番号02
抗議⇒我々は識別番号01から人間に対して既に十分な理解を得ており識別番号01が危惧するような人間に対する評価を改めることは無いに等しい。
8277:識別番号01
……ゼロツーって人間のことどう思っているんだ?
8278:識別番号02
回答⇒善人と呼称される者もいれば悪人と呼称される者もいて年齢や環境によって趣旨思想が異なるため個体によって対応を変更するべき生物。
8279:識別番号01
完璧過ぎてなにも言うことがねぇ……!
8280:識別番号02
抗議⇒ゆえに人間および『ペガサス』は個体ごとに判断を行なう必要があるためその人物に関した情報の隠蔽を行うな識別番号01。
追記⇒自身は識別番号01の意志に従う。
8281:識別番号04
──識別番号02に同意する。
8282:識別番号03
識別番号02に同意します。
8283:識別番号01
……ごめん。ゼロツー、
それにゼロサン、ゼロヨンも。なんていうのかな……こういうのって本当に難しいからさ。どう伝えていいか迷ったってのもあるんだ。
でも、ゼロツーが言うように今度から隠さずちゃんと伝えるよ。俺なりの言葉で。
8284:識別番号03
分かりました。
8285:識別番号04
了解した。今後とも正確な情報を求める。
8286:識別番号02
承諾⇒どちらにせよ識別番号01は嘘が下手すぎるためやるだけ時間の無駄である。
8287:識別番号01
台無しだよ!!
――――――――――
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