戦争を銭湯と聞き間違えたら勇者と呼ばれ英雄になった

シモン

戦争を銭湯と聞き間違えたら勇者と呼ばれ英雄になった


「諸君! これより我々は! かの邪智暴虐の魔物たちをこの世より一掃するため、全面戦争をしかける!」



 いつも通りの正装をした王が、城のテラスから姿を見せ、大声で叫んだ。その姿をひと目見ようと、遠くの街からも人が押し寄せており、城下はごった返している。



 今のところ王様の話を聞きにきたというものは全体の3%程度であり、他は周りが行ってるからとりあえず行こうと思って来ている。そのために何の脈絡もないバカ騒ぎが繰り広げられており、この国の兵士たちが必死になって取り締まっているが、なにせこの国の兵士は老人ばかりなので、逆に押し倒されて死んでしまう兵士が出る始末だった。



「なあ、さっきなんて言ったんだ?」



 一人の男が近くにいる人に尋ねた。



「魔物たちと銭湯に入るって言ってたよ」



「バカ言うなよ、魔物なんかと風呂入れるわけないだろ」



「でもこないだ見たんだけどさ、魔物って一口に言うけど色々いるみたいなんだよ。人型のになると、とんでもない美女なんかもいたりして……」



「それで? 銭湯に入るだけなのか?」



 男たちがそんな話をしているとは知らない王は、さらに言葉を続けた。



「戦争となれば諸君たちの力も借りなければならない! この中に我こそはと名乗りでる者はおるか! 最前線で功を立てれば、一生の安泰を約束しよう!」



 聴衆たちは話を聞いていない。飲めや歌えやの騒ぎになっている。王にはそんな聴衆の姿は見えていない。目が悪くなっているのに、見栄えを気にしてメガネをしないからだ。



 そんな中、一人の若者が話を聞いて手を挙げた。



「ほう。なかなか勇気のある若者よ」



 王は彼を最前線に送り込んだ。出発間際、彼が着替えとタオルを持っていくのを不思議に思いながらも、戦地に愛用品を持っていきたい気持ちは王自身も知っているので、特に何も言わなかった。










 最前線に着いた男は、そこを指揮している上官に会った。ゴツゴツした顔の上官は男より背が高く、男を見るときは目を下に動かすだけだった。



「それで銭湯はどこ?」



「戦闘になるのは明後日だ」



「へー、銭湯になるのか。面白いな。寝ないで見てようかな」



「何を言っている。しっかり寝ておかねばいざという時危険だぞ。なにせ奴らゴブリンの先鋒は必ず女と決まっている。見た目こそ人間に似ているが、油断した男たちがこれまで何人も喰われているのだ」



「ゴブリンってとこがちょっとアレだけど、人間に似てんだったらいいか。女に食われんのって全男子の憧れだし」



「変わった奴だな……。とにかく、今日は寝ておくように。作戦は明日説明する」



 翌日。



「つまり作戦てのは、誰か一人が囮になってる隙に、その後ろから弓矢を撃つと」



「そうだ。接近戦になると殺してしまう可能性があるからな。なんとしても生捕りにしなければ」



「ふーん。よくわからんけど、俺やってもいいですよ」



「おお! さすが民衆から名乗りでただけのことはある! まさに勇者よ」



「なんなら縄ももらえれば捕まえんのも手伝いますけど」



「なんと! あのゴブリンを直接捕まえるというのか!? 誰かこの者に縄を渡せ!」



 後ろからヨボヨボの老兵が縄を持ってくる。姿を見せてから縄を渡すまでに五分かかった。



「見ての通り我が軍はこんな有様だ。矢を当てられる保証はない」



「全然いいですよ。むしろライバルにならないから嬉しいくらい」



「どこまで頼もしいのだお前は!! お前なら今後の戦力になるかもしれん。ゴブリンについて書かれた書物がある。それも渡すから今夜のうちに読んでおくといい」



 男は、上官に貰った写真付きのゴブリン図鑑を一晩中読み耽った。昼になって起こしにきた老兵は、山のように積まれたティッシュを見て、風邪か何かかと慌てたが、男の肌ツヤが昨日より良かったので特に報告はしなかった。











 会戦の日。



 男は全裸でゴブリン娘たちの前に立ち、次から次へと縄で縛っていった。ついでに毛皮で出来た薄い衣服も剥ぎ取っていった。



「これで全部!」



 男は一箇所にまとめて縛り付けたゴブリン女たちを上官に見せた。



「素晴らしい! だがなぜ服まで?」



「だってこれから風呂入るんでしょ?」



「風呂?」



「だって銭湯――」



「バカモン! せんとう違いだそれは!!」



「え!? んじゃコイツらどーすんすか!?」



「人質にするのだ! こやつらを盾にすればいかにゴブリンとて迂闊に手出しは出来んからな!」



「な……!? そんな卑怯なことする気だったのかあんた……!?」



「戦争に卑怯もラッキョウもあるものか!」



「ちくしょう……、信じた俺がバカだった……!」



 男は近くに飾ってあった槍を手に取り、上官の胸を一突きにした。上官の胸から血が噴き出て、ドタッと前に倒れた。



 後ろで見ていた老兵は上官を止血しようとヨボヨボしながら桶とタオルを持ってきたが、全く間に合わず、到着した時には血は固まっていた。










 男はゴブリンの女たちを救った英雄としてゴブリンの里に歓迎され、女たちとゴブリン温泉に入り、その後六十年以上にわたる幸せな人生をゴブリンの里で暮らしたのだった。

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