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『へえ、女子っぽくない夢だな』


『うん…よく言われる』


佐伯の表示が少し曇った。

少し軽い口で返したのがまずかったか。


『それにしても何でまた消防士なんだ』


『うーん、秘密』


『なんだ、変な理由なのか』


『そんなことないよ!でも、あんまり話したくないかな…』


『そっか、それなら深追いはしないさ』


単純に話したく無いのが伝わってきたので、これ以上空気を悪くさせないように俺は尋ねるのをやめることにした。


『うん…ありがとう』


佐伯がそう言うと、少しの沈黙の時間が流れた。

話題でも振ろうとかと思っていると、佐伯の方が再び口を開いた。


『ねえねえ、蓮君は夢あるの?』


『俺か?俺は無いな』


俺には夢なんてものはない。

というよりも明日のことすら考えず生きている。

佐伯の夢を聞いて、少し羨ましいと思う感情すら抱いたほどだ。


『えー、蓮くんのことだから何もしないで暮らしたい!とか言うと思ってたのに』


俺のことをなんだと思ってるんだと言いたくなったが、今日の俺がやる気がなかったことを考えるとそう見えてもおかしくはない。


『まあその願望はないな』


『そーなんだ、じゃあなんかやりたいことはないの?』


興味津々なのか、笑顔で俺の方に問いかける。

そうは言っても期待された答えなど俺にはない。


『特にないな』


本音で返す。

すると少し引いたような表情に佐伯が変わる。


『それ、つまらなくない?』


そう言われて図星を突かれる気分になる。

つまらないとは少し違う感情ではあるが、何一つ変わり映えしない毎日は俺にとっても辛い。


『そうだな、じゃあやりたいことを見つけるのが夢かな』


『なにそれ!変なの!』


俺が適当に返した言葉が面白かったのか佐伯は少し笑った。

もしかしたら馬鹿にされているのかもしれないが、こうやって誰かに本音を言うことは悪い気分がしないと思った。

少し間が空いて佐伯は笑いをやめて、俺の方を見る。


『ねえ蓮くん、やりたいこと見つけようよ』


急なその提案は、俺が何年もやろうとしてもできなかったことだった。

ミナや綾にも同じことを言われた気もした。

しかし何年もそれは見つからないままここまできてしまった。


『急だな、どうやって見つけるんだ』


佐伯は考えるような素振りをする。


『うーん、あ!私も見つけるの手伝うよ!』


『…いや別にいいんだが』


流石に赤の他人に手伝って貰うのは恥ずかしいので、つい拒否が口走ってしまった。


『えー、酷い。私に任せればなにか見つかるかもよー!』


よほどの自信だなと感心する。

しかし、彼女の前向き思考は本当に見つけてくれるかもしれないと薄らと思ってしまう。


『いや、まあ、そんなもん手伝って貰うのは恥ずかしいし…』


俺がそう言うと佐伯はクスクス笑い始めた。


『蓮くん、ちょっと可愛いね』


どこに可愛い要素があったのか俺には分からない。


『どこがだ』


『恥ずかしいとか、普通に年頃の男の子みたいだと思って』


『年頃の男の子で間違ってないぞ』


何故年頃の男の子に見えなかったのか理由を聞きたくなる。


『あ、そういえばそうだ』


まるで素で間違えたかのような反応。

年上にでも俺が見えるのだろうか、ただ見えたとしてもそれは多分いい意味ではないな。

そんな話をしていると、佐伯は車内の表示機を見てハッとした表情を浮かべた。恐らくこの駅が最寄駅なのだろう。


『最寄り着いちゃった。蓮くんまたね』


『おう気をつけてな』


佐伯はこちらに手を振って、電車を降りて行った。

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