第25話 強者の特権。
挨拶もそこそこに、フェリクスの私室へと案内される。
「こんなところですまないが、ゆっくりしてくれ」
言ったら悪いが、本当に詫びを入れたくなるくらいには部屋は散らかっていた。さすがに食べかす飲み残しといったものはないものの、私物や書類があちこちに散乱しているではないか。
フェリクスは奥の事務机の椅子に座る。その机上にも大量の書類が。何の書類かは知らないが、見ているだけで疲労が溜まってくる。
ソフィアは無言のまま、慣れた手付きでテキパキと部屋を片付けていく。
「あーソフィア! 僕がするからいいよ!」
「……前も、聞いた……」
「ははは、まいったな……」
わずかに空いたスペースに椅子を移動させ、そこに座る。
「ソフィアも兵士なんですか?」
「ああそうさ。支援兵ではあるけど。そうそう、敬語は必要ないから」
「え? でも……」
「いいからいいから」
にこやかに話すフェリクス。
イケメンではあるが、部屋くらい片付けろ。
「じゃあ遠慮なく……。それで、俺にどうしろと?」
「別に。どうもしないよ」
「別にって……」
「単純に、君という人間に僕が興味あっただけさ。何しろ人見知りで、極力他人と関わらないソフィアが連れてきたわけだしね」
あの口数の少なさはそういうことか。
っていうかめちゃくちゃ片付いて来てんな。お前も手伝えよイケメン。
「君はどういう経緯でこの街に来たんだい? これまでは何をしていた? 剣や武道の心得は?」
怒涛の質問攻めである。
「……質問というより、尋問?」
「え? ……あーごめんごめん。ちょっと職業病みたいなもので……。話せる範囲でいいから教えてくれないか?」
「そうだな……」
さすがに勇者だの魔王だののクダリは話せないものの、ザックリとこれまでの経緯を話すことにした。
やけに圧が強い奴が二人もいることや、クセの強い魔族と会ったこと、更に言えば、マル秘アイテムを説明書すらテキトーに読んで飲んでしまい、ここにいること。
そして俺がある程度話し終えたところで……。
「アッハッハッハッ!!」
フェリクスは、ド派手に笑うのであった。
「すまない、あまりにも話が面白くてつい……。それにしても、君はまだ若いのに色んな経験をしているんだね」
「別にしたくもなかったんだけどな」
「きっとそういう星の下に生まれたんだろう。しかしそれだけの旅をしていたんだ。
「…………ッ」
突然のフェリクスの言葉に、思わず立ち上がってしまった。
「……どういうことだ?」
「誤解しないでほしい。別に君を監視していたわけじゃないし、間違いなく僕と君は初対面だ。……ソフィアが君を連れてきた。理由は、それだけさ」
「本当にそれだけ?」
「ああ。それだけだ」
「…………」
フェリクスは真っ直ぐした目で断言した。
「……信頼してるんだな」
「それ以上さ。身内自慢にはなるが、彼女の人の強さを推し量る目は確かだ。絶対と言っていい。そんな彼女が……人見知りの彼女が、初対面のはずの君をここへ連れてきた。これ以上、君の強さを察する材料はないさ」
「ふーん……」
ふと、ソフィアを見る。
「…………ッ!」
彼女はいつの間にか手を止めこっちを見ていたが、俺と目が合うなり慌てて掃除に戻った。
俺が改めて椅子に座り直したところで、フェリクスは話を続けてきた。
「……本題だが、スレイ、このまま兵になるつもりはないかい?」
「この国の?」
「ああ。もちろんこれは強制じゃない。兵になれば幾分かの柵は出てくるし、有事の際は手を貸してもらわなければならない。あくまでも、君の意思で答えて欲しい」
「…………」
少し考える。
今のところ行く宛もなく、あの二人が俺を探しているとして、下手に動くと入れ違いにもなりかねない。
となれば、とりあえずこの国に留まるのも手ではなかろうか、と。
「……さっきも言ったけど、俺は今、一緒に旅をしてた奴らとはぐれてる状態なんだ。もしもそいつらと合流出来たら、たぶんそのままこの国を発つことになる」
「…………」
「ただ、それまでは確かに暇だ。やることもないし、やるべきこともわからない。だからさ、都合がいいかもしれないけど、仲間と合流するまでは手伝う。それじゃダメか?」
フェリクスは確認を取るようにソフィアを見る。彼女が無言のまま頷くと、俺に笑顔を見せた。
「……結構。では、兵の一員なれど、有事の際に協力してもらうのみに留まる客員兵として入隊……これでいいかい?」
「自分で言っといてアレだけど、そんなんでいいのか? ほぼ幽霊隊員じゃねえか」
「この国はよく野蛮だとか無骨だとか言われているけど、良いところもあるんだ。……“強者は、全てが許される”。そんな国なんだ」
「全てが……」
「今回は僕がそう決めた。それに不服を口にする兵士は、一人としていないさ」
「…………」
涼しい顔をしながらも、そこには確かな自信があった。
フェリクスはそれを“良いところ”と表現した。だがそれは、あくまでも剣聖たる彼にとっての話でしかないのかもしれない。
どちらかと言えば、俺は薄ら怖さを感じてしまう。
「……とにかく、君を歓迎するよ、スレイ」
フェリクスは爽やかな笑顔で右手を差し出す。
(……まぁ、なるようにしかならない、か)
そしてその手を握り返した俺は、正式に、名前も知らない国の客員兵となったのだった。
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