第24話 剣聖との会遇。





 街をぶらぶらしていてわかったのだが、この街は非常にいざこざが多い。

 そこら中でさも当たり前のようにケンカが起こってるし、街の至る所に刀傷や壁の穴がある。挙句、たまに路面に血の跡があると来たもんだ。

 常に兵を募っているということは、それだけ軍が強大だということ。

 軍が強大だということは、国としては強い方だというのは当然の話。

 しかしながら、巨大な城の袂がこんな有様じゃ、如何に強い国であっても民の恩恵も少ないのかもしれない。せめて衛兵に市中見廻りくらいさせるべきじゃなかろうか。

 珍しく真面目なことを考えている矢先、目の前ではまたもやケンカが始まっていた。


「てめえ! もういっぺん言ってみろッ!!」


「聞こえなかったのかよ! てめえみてぇな雑魚はとっとと家に帰れって言ったんだよッ!」


 人々が往来する道路の真ん中では、巨躯の男二人が胸倉を掴み合っていた。


(またやってるよ……)


 今日来たばっかりの俺ですら飽き飽きとしてしまう光景だ。街の住民だとより強く飽きてしまってるだろう。周囲が誰も止めようともしないのがその証拠なのかもしれない。

 

「この野郎ッ!」


 片方の男は思い切り相手を殴りつける。殴られた男は吹き飛び、通行人の銀髪女性に激突する。


「…………ッ!」


 彼女は地面に倒れるも、男は気にもしない。


「てめえよくも……! 覚悟はできてんだろうなぁ!?」


 殴られた男はついに剣を抜く。それを見た相手も、背中の戦斧を手に取り構えた。


「ぶつかった相手くらい気にかけろよ……まったく……」


 などという愚痴をこぼしながら、少女に駆け寄る。


「大丈夫か? ケガしてないか?」


「…………」


 彼女は動揺しながらも、小さく頷く。


「ぶっ殺してやるッ!」


「やってみろッ!」


 男たちは揃いも揃って完全に頭に血が上っているようだ。これはどちらかガチで死ぬかもしれない。


(……仕方ない)


 この二人がどうなろうが別に俺の知ったことじゃない。しかし目の前で人が死ぬのはさすがに気分も悪い。


「うおおおおおお!」


「はああああああ!」


 男達が武器を振り上げ駆け出す。互いに間合いに入り武器を振り下ろしたところで、地面を蹴って二人の間に入り込んだ。


「なッ――!?」


「にィ――ッ!?」


 突然湧いて出た俺に驚愕した瞬間、二人の腕を同時に掴み捻り上げる。そして勢いそのままに二人の体を宙返りさせ、固い地面に叩きつけた。


「…………ッ!!!」


 男二人は絶叫する間もなく気絶するのだった。


 ざわざわと、周囲がどよめいていた。騒ぎを収めるつもりが騒ぎを大きくしてしまった気がする。

 

「じゃ、じゃあ俺はこの辺で……」


 そそくさとその場を退散しようとした時だった。

 何やら、袖を引っ張られる感覚を覚える。


「ん……?」


 振り返ると、さっき倒れ込んでいた銀髪の女性が無言のまま裾を掴んでいた。


「…………」


 彼女の瞳は、髪の色によく似ていた。その大きな瞳を向け、何も言わず、ただ俺の裾を掴んで離そうとしない。


「え、ええと……」


 見た目で言えば、エリスにも引けを取らないほどの美人である。

 そんな彼女に掴まれ、見つめられて、嬉しいやら困ったやら。


「……来て」


 ただ一言、そう呟いた彼女は俺から手を離し、先導するように歩き始める。


(……まあ、どうせ行く当てもないしな)


 何が何だかわからんが、とりあえず、ここは彼女の誘いに乗ることにしたのだった。




 ◆




 彼女に案内されたのは、何と街の中心にあるドデカい城だった。城の中を歩くと、とにかくその兵の多さに驚く。至る所に兵士が立ち、歩き回り、鍛錬をしている。外の雰囲気とは真逆で、厳格にして引き締まるような空気が漂っていた。

 こんなところに堂々と入り込む彼女はいったい何者なのか……その答えは、すぐにわかることになる。


「ソフィア!!」


 通路の奥から、男の声が響く。

 そして一人の兵士が駆け寄ってきた。


「どこに行ってたんだソフィア! 探したじゃないか!」


「……兄さん……」


「兄さん……?」


 彼女――ソフィアの顔を見た後、兵士の顔を見る。

 確かにソフィアとそっくりな銀髪をしている。そしてその顔も、悔しいかな、眉目秀麗を絵に描いたような男だった。しかしながら、その顔には額から頬まで大きな斜め傷が入り、それがただのイケメンとは違う強者の空気を醸し出していた。


「街に行っていたのかい?」


 ソフィアは小さく頷く。


「ダメじゃないか。何度も言っているけど、外は物騒なんだ。行くならせめて僕に一言……ん? その人は?」


「……連れてきた……」


「ソフィアが……?」


 兄妹の視線が俺に向けられる。


「な、何でしょうか……」


 ソフィアの兄なる兵士は、ソフィアに尋ねる。


「……部隊に入れればいいのかい?」


 小さく頷くソフィアである。


「え? え??」


 置いてけぼりな俺。当事者だよな?

 すると兵士は笑顔を見せてきた。

 キラリと光る白い歯! まあイケメンだこと!


「……よろしければ、お名前を伺っても?」


「スレイ、ですけど……」


「スレイ、か……。すまなかったスレイ。突然城に連れてこられて驚いただろ」


「そんなことは……いや、はい。多少は……」


「ははは、君は正直だな」


 にこやかに笑う彼。どうでもいいが、いちいちイケメン過ぎる。


「自己紹介が遅れたね。僕はフェリクス。この城の、兵士長を務めている。そして彼女がソフィア。僕の妹だ」


「…………」


 ソフィアは控え目に会釈する。

 それよりも、気になるフレーズが。


「城の兵士長? もしかして、剣聖ってのは……」


「街で聞いたのかい? そうだね、そう呼ばれることもあるけど……僕には、過ぎた敬称だよ」


 どこか照れるように、フェリクスは笑みをこぼす。

 それが、世界最強の剣聖と呼ばれる男との最初の会遇だった。


 ……フェリクスとソフィア。

 この兄妹との出会いは、俺にとって忘れられない出来事に繋がっていくことになる。苦くて苛烈な、脳裏にこびり付くような記憶として……。

 しかしその時の俺は、そんなことなど知る由もなかった。



 

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