第23話 村人A、迷子になる。






 突然だが、どうやら俺は、エリス達とはぐれたらしい。

 らしい……というのは、俺が今どこにいるのか俺にもわからないからである。


「……ここ、どこだよ……」


 気が付けば、全く見たこともない街にいるではないか。

 城壁に囲まれたその街の中心には、ドデカい城がこれでもかと言わんばかりに存在感を示していた。辺りには物騒な恰好をした兵士だとか傭兵、猟兵がうようよ徘徊し、街の雰囲気も暗い。


 ではなぜこんな事態になったのか……それは、数日前に遡る。

 ここ最近のゴタゴタ続きのせいでどうにも疲れがたまっているように思えた俺は、一時休養をエリス達に申し出た。

 するとエリスが便利な多次元布袋から取り出したのは、滋養強壮に疲労回復の効果があるとされる幻のマル秘アイテムという実にけったいなドリンクだった。

 無論俺は説明書を求めた。そして目を通した。

 その結果、飲むことで睡眠作用を促し、眠っている間に体力や魔力を回復させ、更にはケガや病気まで治してくれるという一家に一つ常備すべきアイテムだということが判明したのだ。


 そして俺は安心して一気に飲み干した。……そう、飲み干してしまったのだった。

 後からマリエッタが改めて説明書を読んだところ、実はそのアイテム、一回につきコップ一杯に水で薄めて飲用するものだったらしく、そのことに気付かなかった俺は原液100%のまま全て飲み干してしまったのだった。これはもう、エリスを責めることができないだろう。しょせん俺も同じ穴の狢というわけだ。


 その事実が判明後、俺は猛烈な眠気に襲われる。マリエッタは中和剤を持ってくると言い離れ、エリスは宿の手配をすると立ち去ったが、眠気は待っちゃくれなかった。

 やむなく近くの荷台にゴロンと横になったのだが……どうやら、それが馬車の荷台だったらしい。

 意識を取り戻した時には、既に手遅れ。全く知らない道を馬車でドナドナ運ばれていたのだった。

 そしてどうしようもなく馬車に揺られ続け、たどり着いたのがこの街というわけだ。


「……これはもう、アレだな。詰んだな」


 さすがの勇者様でも、これだけ離れてしまってはどうしようもないだろう。

 馬車を運転していたおじさんに聞いたところ、この街に来るまでに3日ほどかかったとのことであり、その間俺は眠り続けていたらしい。っていうか3日も俺に気付かないおじさんもどうかしているとは思わんかね。ちゃんと荷物くらい見とけよ。

 いずれにしても、馬車で3日の場所である。いくら天下の勇者様でも、俺を見つけるのは困難極まるはずだ。それこそ、だだっ広い砂地で砂一粒探すかのようなものだ。


 とにかく今は、そんな話を考えている場合ではない。

 

「……腹減った……」


 そう、まずはそれである。

 幸いにも、金は持っている。以前エリスがミートパイの店で山積みし、多次元布袋へ収納した金貨……その一部を、俺が所持していたからだ。

 断っておくがパクったわけではない。いざという時のために持っていただけだ。いやホントに。

 飯屋に入り、飯を食らう。食らう。食らう。

 眠っていただけではあるが、さすがに3日も食わずにいれば否が応にでもすさまじい食欲っぷりとなる。周りの客は若干引いているようにも見えるが、そんなことなどお構いなしに食いまくった。

 

「兄ちゃん、凄い食いっぷりだね!」


 ふと、店員から声をかけられる。


「めちゃくちゃ腹減ってたのもあるんですけど、飯も最高に美味いですから!」


「嬉しいこと言ってくれちゃって! 兄ちゃんもあれかい? 志願者なのかい?」


「志願者?」


「あれ? 知らないのかい? この国では、常に兵を募っているんだよ。採用基準は強さのみ。素性も人間性も無関係。とにかく強ければ採用され、国に兵士として雇われるんだ。しかも報酬も高くてな、腕に自信のある人達がこうして毎日城を訪ねているんだよ」


「へぇ」


 どうりで物騒な輩が多いわけだ。


「でもそんだけ得体の知れない連中を雇ってたんじゃ国も大変だろうに。言うことなんて聞かない奴らばっかりになりそうだし」


「そこはアレよ。この国には、天下の“剣聖様”がいるからな。命令を無視すれば、剣聖様が黙っちゃいないってわけよ」


「剣聖……」


「剣聖様については……まあ、そのうちわかってくるさね。ただ一つ言えることは、剣聖様こそ、世界最強ということだな」


「…………」


 あまりピンと来ないのは、少なくとも身近に世界最強候補が二人いるせいなのかもしれない。


 食事を終えた俺は、街をぶらぶらと歩き回る。

 なるほど、この街の空気が重いのは兵に雇ってもらうために徘徊する傭兵達のせいなのか。全員殺伐とした表情で練り歩いているわけで、なんていうか、余裕がない。

 それにしてもである。


「……剣聖……剣聖ねぇ……」


 やはりピンとこない。

 剣聖というくらいだから凄まじい剣技の持ち主なのだろうが、ぶっちゃけ剣技ならエリスとマリエッタもエグイものがある。最強の勇者に、最強の魔お……アレ。

 二人による毎日の小競り合いが、それこそ世界最高峰の剣舞に近い。普通に金取れるぞ。

 とはいえ、そんな世界最強候補達も今頃どこにいるのやら。

 エリスは焦っているのかね。

 マリエッタはそんなエリスに檄を飛ばして走り回ってそう。

 俺だって合流したくはあるが、なにせここがどの位置にあるのかもわからない。となれば、あとはなるようになるしかないというものだろう。

 迷子になった村人Aは、どこか遠くにいる勇者とアレの心配をしながら、剣聖の街を一人彷徨うのだった。

 



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