第22話 奪う者、奪わざる者。





「ス、スレイ! 腕は大丈夫か!?」


 エリスはテンパるように声をかけてきた。


「めちゃくちゃ痛いけど、今んところ大丈夫。めちゃくちゃ痛いけど」


「なんで2回言ったのよ……」


「だってマジで痛いんだもん」


 マリエッタはまじまじと痛めた俺の腕を見る。


「……あー、これたぶん折れてるわよ? 腫れてきてるし」


「なぬ!? まじでか! これが骨折か!」


 何気に俺、初めての骨折経験である。

 二度とごめんだが。


「お、折れて……」


 エリスは目眩を起こし体をふらつかせる。かと思えば、急に両足を力強く大地に打ち付け、ギロリとシャランテを睨んだ。

 なお、気絶したシャランテはあっという間に元の姿に戻ってしまった。着ていた服なんて変異の際に破けてしまったわけで、当然、元に戻ると真っ裸。目のやり場に困り果て、仕方なくエリス達を呼びに行き、服を着せた上で縄でぐるぐる巻きにしたわけなのだが……。


「うぅ……うぅ……もう、お嫁に行けません……」


 裸を見られたのが余程ショックだったのか、シャランテはシクシクと泣き続けていた。

 だが、勇者様は大変ご立腹の様子である。


「……シャランテ、よくもスレイを痛め付けてくれたな……。覚悟は出来ているんだろうな?」


「私だって腕折れてて馬鹿力で地面に叩きつけられて全身バキバキなんですけど!?」


「なるほど……では、もう2、3本折れても差し支えないな」


 眼を光らせ、手をバキバキ鳴らすエリス。


「あ、ありますから! めちゃくちゃ差し支えありますから! ちょっとあなた方! この人本当に勇者なんですか!?」


「まあ……」


「一応は……」


「なんなんですかその信頼度の低さは!?」


 それにしても……と。後ろを振り返る。

 俺達の背後には、雑に山積みされた魔物の群れが。魔物達はズタボロであったものの、一様に気絶しているようだ。


「……よくもまあここまでの数を討伐したもんだな」


「別に苦戦したわけじゃなかったんだけどね」


「さすがに数が多くてな。手を貸しに行けなくてすまなかった、スレイ」


「それはいいんだけど……」


 やはり俺なんぞ必要ないんじゃなかろうか……と、改めて思ってしまう次第である。

 ふと、シャランテは「勇者……」と声をかけた。


「どうして殺さなかったのですか? 少なくとも、魔物達は殺意を持ってあなた方を襲ったはずですが……」


「殺して欲しかったのか?」


「そ、そんなはずありません! ですが……その、勇者と言えば、魔物や魔族の命を奪うというイメージが……」


「ふむ……」


 エリスは言葉を選ぶ。


「……シャランテ、そもそもだが、勇者の使命とはなんだ?」


「……魔物を、倒すこと?」


「違うな。世界の混沌を終わらせることだ。魔物や魔族と戦うことは、あくまでもその一環でしかない」


「つまり、必ずしも殺す必要はない……ということですか?」


「その通りだ。無論、私とて全ての敵の命を奪わないわけではない。中にはもいる」


「どういうことですか?」


 マリエッタは補足する。


「簡単な話よ。殺さないってのはね、かなりの力量差が必要なの。だから実力が拮抗する相手だと、そんな余裕もないってわけ」


「でも……信じられません……。魔物に襲われて、殺すことなく倒す人間がいるなんて……」


「人間の中にも様々な者がいる。魔物達を憎む者、蔑む者……中には慈しむ者もいるだろう。それは魔物や魔族でも同じなのではないか?」


「……勇者、あなたはどうなのですか?」


「私は……どうだろうな。よくわからない。だが少なくとも、無闇に命を奪おうとは思わない。人であれ、魔物であれ。それはもう、なんだ」


「…………」


 シャランテは、何も言わずに二人の話を聞いていた。そして何かを考える。


「……どうやら、あなたは私が知ってる勇者とは、ちょっと違うようですね」


「そうか?」


「ええ、違います。私、あなたに興味が湧いてきました」


「私に?」


「はい。あなたがこれから何をするのか……そして、何を成すのか……それを横で見てみたく――」


 その瞬間、エリスは魔力を掌に集める。

 するといつかのエンドリューのように、シャランテと魔物の山の足元に巨大な魔法陣が描かれた。


「ちょっとちょっと!? これはなんですか!?」


「いや……今しがた、私に付いて行こうとか、お供しようとか、その類のことを言おうとした気がしたのだが……」


「え!? た、確かにそんなことを言おうと……」


「さらばだシャランテ」


 話半分に、エリスは転移魔法を発動する。

 

「えええ!? ちょ、ちょっと待ってください! せめてどこに転移させるのかくらいは――」


 バシュン! と。

 シャランテと部下一味は何処かへと強制転移させられたのであった。


「…………」


「…………」


 俺とマリエッタが目を細めている中、エリスは一仕事を終えたかのように手を叩く。


「……これでよし」


「待て待て待て。よくないだろうに。今お前、なんかシャランテもいい事言おうとしてなかったか?」


「知らない」


「いや聞こえてたでしょ。絶対聞こえてたでしょ。むしろ確認取ってたでしょ」


「知らないったら知らない」


「え? 子供? 急に?」


 するとエリスは、どこか不貞腐れるように呟いた。


「……だってこれ以上メンバーが増えると、またスレイとの時間が減りそうだから……」


「…………」


 面と向かってそう言われると、何やら無性に恥ずかしくなってくる。


「はいはいはい。ごちそうさまでした〜」


 マリエッタは呆れるように話を〆る。

 ……その後シャランテ達がどこへ飛んだのか、知る者は誰もいなかったのだった……。




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