第21話 ジャンキー修行の誤算。




「熱ッ! 熱ッッ!!」


 後方に退避し、吐かれた火炎から逃れる。

 その炎は灼熱。皮膚まで届かなくとも顔面は火照り、喉に痛みを起こす。


「逃げるんじゃありません!」


「無茶苦茶言うなっての!」


 などと問答してる間に、シャランテは距離を詰める。


「くたばってください!」


 シャランテの攻撃は至ってシンプルだ。

 力任せに腕を振り抜き、尻尾で薙ぎ払い、炎を吐く。翼も武器もなく、ひたすらに地上にて余りある膂力を以て襲いかかる。だからこそ質が悪い。

 シャランテのドデカいハンマーのような拳が、遥か頭上から振り下ろされる。「なんの!」と躱すも、シャランテの腕は4本。まるで歯車のようにひたすらに拳が降り注いでいた。かと思えば体を反転させ尾を撃ち放ち、距離を取れば炎を吐き出すというしつこさ。

 速度はそこまでないので避けることは容易い。だが問題はその攻撃頻度だ。息つく間もなく繰り出される波状攻撃は、敵を一方的に蹂躙しうる最大の必殺技と言えるだろう。

 

「逃げることだけは上手いんですね! でも、いつまで持ちますか!?」


「クソ……! さっきから声と喋り方とゴツイ見た目が全く一致してないんだよ!」


「あなたはどこを見ているんですか!」


 とは言え、確かにこのまま避け続けるってわけにもいかない。何とか反撃の機会を探したいものだが……腕4本って反則過ぎじゃね?


(こうなったら……!)


 力の呪薬……信じるしかあるまい。

 

「ちょこまかと……!」


 シャランテが剛腕を振りかざす。そのタイミングを見計らい、俺もまた足を踏み出す。そして繰り出されるシャランテの拳を思い切り殴りつけた。

 

「キャアアアア!!」


 絶叫と共に、シャランテは体を反転させるように吹き飛ばされる。そして地面にうち伏される巨体。腕はグニャリと曲り、どう見ても折れている。

 ……が、ここで誤算が起きた。


「う、うぐぐぐ……!」


 俺の腕もめちゃくちゃ痛い。痛すぎる。思わずその場にしゃがみこんでしまう。


「くッ……! う、腕一本がイカれてしまいましたが……あなたも無事では済まなかったでしょう!」


「クソ! なんでだよ! 吹っ飛んだのはあっちだってのに……!」


「腕力には自信がありますが、その私の一撃を真正面から破ったことには感服します! ……ですが、その代償は大きかったようですね!」


 シャランテは折れた腕をぶら下げたまま立ち上がる。


「あなたは実に不完全な人です! その身のこなしは常人の域を超越し、悔しいですが、腕力は私をも超えていることでしょう! ですが、それを満足に振るうことはできないようですね! その証拠がそれです!」 


 シャランテは痛めた俺の腕を指さした。


「如何に切れる剣だとしても、脆ければ一撃で砕けてしまう……あなたの腕は、まさにそれです! 要はあなたの体が、その剛力に耐えうる強度を持っていないのです!」


「なんだと……!?」


「あなたがどうやってその力を得たのかは知りませんが、攻撃力を上げることを優先させすぎたのですよ! 防御力は、一般人程度しかないということです!」


「…………」


 俺がエリスから飲まされた呪薬は、力とすばやさ、体力、そして魔力。

 言われてみれば、確かに守りに関する呪薬は飲んでいない……。


「……って、ことは……」


 シャランテは残る3本の腕を構える。


「これでハッキリしました! あなたは力と素早さで私を凌駕していますが、私の一撃を受けたが最期! あなたは細枝のように粉砕され、私の勝ちということです!」


「……マジ?」


 シャランテは勝利を確信したようだ。

 片や俺は、超焦っていた。

 呪薬の効果を過信していたのだろう。まさか超絶的な力の反動がここまでキツイとは思ってもみなかった。強すぎて自分の体を壊してしまうほどの力。濃すぎて体から離れてくれない魔力。呪薬の効果が完全に裏目に出ている。

 こうなれば、俺が取るべき行動など一つしかなかった。


「……仕方がない」


 立ち上がり、シャランテに正対する。


「何をするつもりですか……」


 シャランテもまた警戒をしているようだ。


「正直、これだけは使いたくなかったんだ……」


「この状況を打破する策があると?」


「ふっ、そんな大層なものでもないさ……」


 体を翻した俺は、シャランテに背を向ける。


「俺は……逃げる!」


「…………はい?」


 きょとんとするシャランテを尻目に、一目散に走り出して距離を取る俺。


「ちょ、ちょっと! 待ちなさい!」


 慌ててシャランテも追いかけてくる。


「あ、あなた! この状況で逃げ出すなんて本気ですか!?」


「当たり前だ! 攻撃しても痛いし攻撃されたらもっと痛いなんて、逃げるしかないだろうが!」


「そうではなくて! 私を倒すのを任されたのではなかったのですか!?」


「俺が任されたのはお前の相手をすること! でもこれ以上痛いのは嫌! だから、逃げる!」


「そんな選択肢ってありなんですか!?」


 ドタバタと、周囲を駆け巡る俺とシャランテ。


「ふほほほ! 追いつけまい追いつけまい! こちとらすばしっこさと体力には自信があるんだよ!」


「な、なんという人なんですか……! 私にも立場というものがあるんですよ!? ここまで変異させといて相手をしてくれないなんてあんまりですよ!」


「うるせえ! 勝手にテンション上げて勝手に変異したくせに! 素直にじゃんけんしておけば良かったんだよ!」


「勇者一行と魔王軍の戦いにじゃんけんってありえないでしょう! いいから一度止まりなさい!」


「止まって欲しければ捕まえてみるんだな! お前みたいなデカブツ相手でも永遠に逃げ続けてやるよ!」


「い、言いましたね!? 絶対に捕まえてやりますから!」


 シャランテは必死になって俺を追いかけ回す。

 だがさっきも言った通り、シャランテの速度自体はかなり遅い。走り回りつつ、時に敢えて追いつけそうな速度に落とし、付かず離れずな距離を保つ。

 

「ま、待ってくださいよぉ! こんなの……こんなの、私が想像していた勇者一行との闘いじゃありません!」


「残念だったな! 現実は時に残酷なんだよ! これも勝負だと学ぶことだな!」


「逃げ回ってる人が言うセリフですか! あー! 止まってくださいよぉ!」


 もはや泣き出しそうになるシャランテである。

 ……チャンスである。


「ここだ――ッ!」


 逃げ回っていた俺は大地を蹴り、一気にシャランテとの距離を詰める。


「――ッ!」


 虚を突かれたシャランテの反応が遅れる。その隙に背後に回り、太い尻尾を掴んだ。


「殴るのがダメなら……投げ飛ばせばセーフってことだよな!」


「えええ!? ちょ、ちょっと――キャアアアア!!」


 そしてそのままシャランテを力任せに持ち上げ、地面に叩きつけた。シャランテの体は凄まじい衝突音と共に大地とぶつかり、巨大なクレーターを作り上げる。

 

「……あ、あなた……こんな勝ち方をして……それでいいのですか?」


「そりゃ俺だってもっとスマートに勝ちたかったけど……まあ、これも勝負ってことで」


「な、納得できません……ぐふっ……」


 シャランテは、不満を口にしながら気絶するのだった。




 

 

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