第20話 唯一の真実。
「ここが、私の国です」
「これが……」
シャランテに案内された場所は、確かに街のようだった。
……だが、俺の知ってる街とはやや違う。
「何と言うか……荒いな」
読んで字の如く、とにかく、荒い。
建物は立ち並んでいるが……いや、正確に言えば、立ち並んでいるように見える、か。
その実見える街並みは、どれも木の板に描かれたイラストだった。そのイラストというのが、その……何とも大味なものであり、まるでクレヨンを初めて持った幼児が描いたようなザックリした家のイラストだった。
ここまで来るとあからさまというか何と言うか、もう答えは決まっているようなものだ。
「シャランテ……これって……」
と、それっぽく言ってみる。
「ふふふ……」
急に笑い始めるシャランテ。
「ふはははは! 騙されましたね勇者一行! そう! あの暴漢達のくだりから、実は全て罠だったのです! ふははは!」
めちゃくちゃ嬉しそうに宣言するシャランテである。
「おー喜んでる喜んでる。こりゃ騙された甲斐があったな」
「水を差すようなことは言わないでください!」
シャランテ、怒る。
改めて、ハリボテの町並みを見渡してみる。
「……それにしても、よくもまあこんだけ大量に絵を描いたもんだ。何人で何日かけたんだよ、これ」
「さぁ……。でも準備も相当大変だっただろうし、確かにここまでやって私達を連れて来られなかったんじゃ、そりゃ泣きたくもなるわね……」
「その労力を別の方向に向けるということはなかったんだな……」
実に不憫なものだ。
「だが、一時はどうなるかと思ったが……これで思う存分討伐できるというもの。シャランテとやら、覚悟は出来ているか?」
エリスの圧のある言葉に、シャランテは怖気付くように舌打ちをする。
「まったく士気が下がっていないとは、やはり侮れませんね……!」
「逆だ逆。下がり過ぎてこれ以上下がらなかっただけだっつーの」
「ですが、その余裕もここまでです! みなさん! 出てきてください!」
彼女の掛け声と共に、街並みを模したパネルは一斉に倒れる。そしてその陰から、数える気すら起こらないほどの大量の魔物が姿を見せた。
一様に図体はデカく、なんか斧とか大剣とかゴツい武器を持ちまくっていて威圧感は凄まじい。
「これだけの魔物を見ても、まだ軽口を叩けますか? ふははは……!」
「なんかエンドリューよりも幹部っぽいのが癪だな……」
ホント、ここまでのグダグダっぷりは何だったんだろう。
「だが、これでこそ魔王軍というものだ。マリエッタ、手を貸してくれ」
「はぁ、仕方ないわね……。なんか勇者一行ってのに私も含まれてるみたいだし」
二人はそれぞれ武器を取り出し、二手に分かれた。
「私はこっちからそこまで。あんたはそっちからこっち。めんどくさいから、瞬殺で終わらせるわよ」
「わかった」
実に勇ましいものであるが、俺だけ傍観者という状況は流石に申し訳ないというか情けないにも程がある。
「なあ、俺も何か手伝って……」
「スレイは下がっててくれ」
「…………」
エリスによる無慈悲な一刀両断である。
「すまないが、スレイは武器を持っていない故に万が一ということもある。ここは私達に任せてくれ」
「いやでも……」
「じゃあ……スレイはあの子をお願い」
マリエッタは、とある方向を指し示す。
その方向にいたのは、他でもないシャランテであった。
「マリエッタ」
エリスが釘を刺すようにマリエッタを見る。しかしマリエッタは、ひらひらと手を振りながら軽く話した。
「大丈夫大丈夫。見たところ魔力も低そうだし、最初っからあの抜けっぷりだったし。何で六天王なのか分かんないくらい」
「それはそうだが……」
「エリスさぁ、スレイを大切にする気持ちはわかるけど、スレイだって男の子だよ? この状況で何もしなくていいってのは、さすがに酷じゃないの?」
「……そう、か。いや、そうなんだろうな、きっと……」
マリエッタは俺の気持ちを代弁してくれたようだ。
男の子という呼び方に凄まじい違和感はあるが。
「ってことで、スレイ。あの子の相手をしてて。こっちはこっちでさっさと片付けるから」
「……スレイ、相手は仮にも六天王の一人だ。くれぐれも油断するな」
その様子を見ていたシャランテはイラつくように歯ぎしりをする。
「ぐだぐだと雑談を……! みなさん! やっちゃってください!」
「ウオオオオオオオオ!!」
彼女の号令と共に、大量の魔物が一斉に押し寄せてくる。
凄まじい地響きが迫る中、マリエッタはエリスに声をかけた。
「……ねえエリス。どっちが多く討伐するか、勝負しない?」
エリスはニヤリと笑う。
「……いいだろう。その勝負、乗った」
二人は改めて剣を構えた。
「行くぞマリエッタ!」
「速攻で終わらせるわよ! エリス!」
奮起するエリス達は、一切臆することなく魔物の群れに向かっていったのだった。
そして、俺。
「……まさか、あなた一人で私を相手するつもりですか?」
シャランテは不満そうに尋ねる。
「そういう流れにはなったな。どうする? じゃんけんでもするか?」
「……バカにしているのですか?」
どうやら冗談も通じないレベルでガチのようだ。
「……いや、妙なこと言って悪かった。ただ、そう言ってしまう感じにしたのはお前にも原因あるからな。最初のぐだぐだっぷりとか。あれは酷すぎたぞ、ホントに」
「あ、あれはちょっと……! 練習が足りなかったんです!」
「何の練習だよ何の。そんな練習が必要なら、もっと単純な罠にすれば良かっただろうに」
「ムキィイ! あなた! 本当にうるさいですよ! いい加減黙らせることにします!」
そしてシャランテは呼吸を整え、表情を険しくさせた。
「……あなたのお仲間が言ったとおり、私にはほとんど魔力はありません。高度な術も、先天魔法も、私には使えません」
「そうなんだ。俺にはわからないから」
「ですが私は、魔王六天王のシャランテ! その肩書が伊達ではないことを……今、お見せ致します!」
その瞬間、彼女の体は闇に包まれる。
黒い靄が姿を隠し、広がり、蠢き、巨大な形へと変貌していく。
「これは……」
「エンドリューさんをご存知ですよね! あの方が、変異種の魔族であることも!」
闇の中から、シャランテの声が響く。
「あなた方の誤算をお教えします! ――私も、その変異種なのですよ!!」
そして、そいつは姿を現した。
身の丈は山のように大きく、手足は丸太のように太くて、腕なんて4本も生えてやがる。にゅるりと伸びる野太い尻尾が大地を叩けば、足元は揺れる。そしてドラゴンのように厳つい顔に、牙が並ぶ口からは炎が漏れる。
とにかく強そうな要素を全部ぶっ込んだような……実に荒々しく獰猛な野獣が、目の前にそびえ立っていた。
「……うっそだぁ……」
思わず、そんな声が漏れてしまった。
あんだけ穴だらけだったシャランテの言動だが、そこにはただ一つだけ、真実が紛れていたようだ。
唯一の真実……それこそ、魔王六天王の姿。
「そこだけ本当だったのかよッ!!」
「魔王六天王のシャランテ! 参りますッ!!」
俺の心からの叫び声が響く中、シャランテは禍々しい口から煉獄の炎を吐き出すのだった。
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