第19話 鋼の心を持つ者は。
「……その魔族が私の国に来たのは、およそ一年前でした」
歩きながら、シャランテは静かに話し始めた。
「私の国は元々農業国で、民のほとんどは作物を育てることを生涯の生業としていました。大地と共に生き、風を読み、気候と語り合う。生活が豊かとは言えないかもしれませんが、それでも民の笑顔に満ちた素晴らしい国でした」
「…………」
「……ですが魔王六天王が来てから、国は変わってしまいました。その魔族は多くの魔族や魔物を引き連れ、国王を唆し、他国へ侵略するように迫ったのです」
「…………」
「私の国が他国を攻めるのも時間の問題でしょう。このままでは、緑豊かだった国は、血と炎が蔓延する死の国になってしまいます! 勇者様、何卒その魔族を討ち果たし、国を救ってください……!」
「…………」
悲痛な表情で懇願するシャランテ。
話を聞く限り、切迫した状況下にあることは何となく理解できた。
理解出来たのだが……それでも気がかりなことがあった。
「……あれ? こいつ、さっきの発言をなかったことにしようとしてね?」
それである。
「私には、確かに魔王六天王の一人だと名乗ったように聞こえたのだが……」
「大丈夫よエリス。私にもそう聞こえたから……聞こえちゃったから……」
シャランテは振り切るように迫真の言葉で続ける。
「ですが気を付けて下さい。国の兵のほとんどは六天王が引き連れた魔族や魔物に成り代わり、民にすら紛れ込んでいる状況です。それ故に、どこに敵が潜んでいるのかわかりません。決して油断しないように……」
「お前が一番潜めよ。部下が一生懸命潜んでるのにトップのお前が秒で自爆してんじゃねえよ」
「私の国は、もう少し進んだところにあります。それまで、暫し辛抱を……」
シャランテは耳を完全にシャットダウンし、俺達を先導する。
「ヤベえよこいつ……あんだけ超自爆的な暴露したのに、まだ続けるつもりじゃねえか。どんだけメンタル図太いんだよ。鋼だよ鋼。鋼の心を持ってやがる」
「この心の強さには感服せざるを得ない。さすがは魔王六天王の一人だな」
「あんたはどこに感心してんのよ。後に引けなくなって無理やり続けてるだけじゃないの。何考えてるんだか、ホント……」
「その状態のこいつにノコノコ付いて行ってる俺達も大概だけどな……」
まさかあんな形で六天王が現れるというか暴露するとは思わなんだ。見た目なんてただの小柄な女性にしか見えないのだが……これでも六天王の一人だというのだから驚きである。
いやホント……驚きである。有能な人材が多かったんじゃなかったのか? どういうことだ、エンドリュー。
シャランテが誤爆した直後には「やるなら今じゃね?」的な意見も出たのだが……肝心のシャランテはプルプル震えて今にも泣きそうになっていたわけで、そんな彼女を三人で袋叩きにするのはあまりに非道ではなかろうかという結論に至った。
至ったのだが……。
「……どうするよ、これ。やっぱり罠に乗ってやらないといけないのか?」
「いけないというよりも、そうしないと完全無視する勢いなんだけどね」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず……だ。敢えて敵の罠にかかることによって、活路を見出せることもある」
「活路って誰の活路を見出すんだよ。窮地に陥ってるのは俺達じゃなくてシャランテの方だっつーの」
「とりあえずさ、それっぽいことを聞いてみたら?」
「それっぽいことねぇ……」
マシな答えをしてくるか果てしなく不安だが……。
「……な、なあシャランテ」
「は、はい!?」
ビクゥッ!! と、身を震わせるシャランテ。
「ええと……く、国にいるっていう魔王六天王の一人って、どんな奴なんだ?」
「…………」
「ちょ、ちょっとスレイ……!」
マリエッタが慌てて腕を引っ張り、声のトーンを抑えて怒鳴る。
「質問の内容ってもんがあるでしょうが! よりによって、そんなダイレクトな……!」
「だ、だって他に思いつかなかったんだから仕方ないだろ!?」
「この難問……果たしてどう凌ぐ、シャランテ……」
俺達三人の視線が注がれる。
そしてシャランテは、しばしの思案の後に、ゆっくりと口を開いた。
「……身の丈は、山のように大きく……」
「山のように? 妙だな……」
「四肢は、丸太のように太くて……腕なんか、4本生えてて……」
「よ、4本? ちょっと、大丈夫?」
「尻尾も生えてて……」
「尻尾かよ……」
「口から火を吐いてて! 怪力無双って感じでッ! とにかくもう、すんごい怖い魔族なんですッ!!」
「…………」
「…………」
「…………」
エリスとマリエッタを引き連れ、シャランテから距離を取る。
「……あいつ、やけくそになんてんじゃね?」
「そりゃそうでしょ。とりあえず自分と真逆の特徴を連ねたって感じだし」
「だいたいさ、そんな化物みたいな見た目の奴が国王を唆せるのかって話だよな。そんな奴なら国に近寄ってきた段階で攻撃対象じゃねえか」
「もし本当であれば、実におぞましいのだが……」
「思いつきで言ってるとしても、それはそれでおぞましくはあるわね……」
「…………」
改めて、シャランテを見てみる。
彼女は目を泳がせながら、その場でウロウロしているようだった。さすがに言い過ぎたと後悔しているのかもしれない。
「……と、とにかく今はその国に向かってみよう。もしも本当に魔族の支配下にあるのなら、少なからず困っている民もいるはずだ」
「この状況でもそんなことを考えられるなんて、あんた、なんか凄いわね……私には無理……」
「勇者って大変なんだな……いやマジで……」
鋼の心を持つ者は、むしろエリスの方なのかもしれない。
シャランテの後をとぼとぼ歩きながら、そんなことを考えていた。
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