第18話 招待というか正体。




 重い足取りで声のもとに辿り着いた俺達。

 その眼前では、緊迫した状況が出来上がっていた!


「た、助けてぇぇ!」


「へへへ……叫んでも誰も来ないぜぇ!」


 岩陰にへたり込む女性!

 そして彼女を取り囲むのはこれみよがしに暴漢っぽい暴漢!


「こ、これは……!」


「何よ……これ……!?」


 エリスとマリエッタは動揺しているようだ。それも仕方ないだろう。


「助けてぇぇ!」


「へへへ……!」


 じわりじわりと距離を詰めるようでなかなか進まない暴漢!

 叫んでばかりで逃げようともしない女性!


「助けてぇぇ!」


「へへへ……!」


 繰り返される大根演技……。

 

「……ホント、何やってんだろうな、あれ……」


 距離を取って見ているが、一向に展開が進む気配はない。ずっと女性のピンチであるが、ある意味ずっと安全なのではないだろうか。

 更には、あの女性の悲鳴はさっきからずっと同じ位置から聞こえていた。

 つまり声が聞こえてからここに来るまで、そして今も尚、ずっとあの状況ということ。

 

「これは、やはり罠……と、呼んでいいものなのか……」


「罠にしても他にやり方はあるでしょ……下手にも程があるわよ、まったく……」


 二人とも更にモチベーションが下がっているようだ。

 それにしても奴らである。飽きる気配もなく、同じセリフを延々と繰り返しているではないか。


「助けてぇぇ!」


「へへへ……!」


 せめてセリフのボキャブラリーをもっと増やせと、切実に言いたい。


「……これさぁ、やっぱり俺達が割って入らないといけないのかね」


「そうでしょうね。さっきから彼女も男達もチラッチラこっち見てるしね……」


「あそこまで露骨だと、むしろ私達がこのままここを立ち去ることまで計算している可能性も……」


「それはないわ。断言してあげる。絶対ない。そんなこと考える頭があるなら、もっとマシな方法で私達を呼ぶでしょ」


「身も蓋もない言い方だな……」


「助けてぇぇ!」


「へへへ……!」


 まだ続ける三下劇団。


「お前らももっと気合入れてやれよ! これに乗らなきゃならん俺らの身にもなってみろ!」


「…………」


 一団は暫し黙り込む。


「た、助けてぇぇ! 殺される! 殺されるからぁ! ホントに殺されるからぁ!!」


「へへへ! 殺してやる! 殺してやるよぉ! すぐに殺してやるよぉ!!」


 演技に更に熱が入る。


「お? 少しはマシになったか?」


「セリフの内容の問題じゃないでしょ! ……ほらエリス。あんたが行きなさいよ」


「私が? なぜだ?」


「そりゃお前、勇者じゃん」


「そ、そうか……それもそうか……」


 こんなアホなイベントに付き合わなきゃならん勇者様に同情を禁じえない。

 エリスは愚痴るように「仕方ない」と一言呟き、ずいっと前に出た。


「お前達、何をしている」


 エリスが声をかけるなり、女性と暴漢一同は一斉に顔を向けてきた。


「た、助けてください勇者様! この者たちが私を……!」


「おいおい聞いたかマリエッタ。あいつ、エリスが名乗る前から勇者って断言しちまってるよ……」


「ずっと声をかけてくるのを待ってたんでしょうね。気持ちが前のめりになり過ぎてるんだわ……」


「た、助けてください勇者っぽいお方! この者たちが私を……!」


「軌道修正したわね……」


「いや遅ぇよ。軌道なんぞとっくに逸れまくった後だろうに」


 暴漢その1はやや引き攣った声でイキる。


「勇者だぁ!? 無関係の奴が邪魔すんじゃねえよ! すっこんでろ!!」


「わかった。邪魔したな」


「なんだと!? 邪魔するんならやってやるよ!」


「…………」


 不満そうなエリスである。


「エリスが素直に引き下がろうとしたのに、無理やり話を進めてきたわね……」


「ある意味魔物より厄介な相手だな……」


 暴漢役の男たちは、一斉に剣を抜いた。


「くくく……これだけの数を相手に、一人で勝てるとグホァ!!」


 喋ってる途中で光の礫に吹き飛ばされる暴漢その1。

 見ればエリスは疲れた表情で掌を翳していた。


「……わかった。もういい。お前らを倒せばいいんだな? そうするから黙っててくれ……」


 勇者様は相当不機嫌そうだ。


「いやちょっと……で、できれば手加減をゲヒャァ!」


「ちょ、ちょっと待っアブホァ!」


 次々に断末魔を上げる暴漢達。哀れ。

 そして暴漢達が皆倒れたところで、女性は恐る恐る近付いてきた。


「……あ、あのぉ……」


「安心しろ。手加減はしておいた。しばらくは動けないだろうがな」


「…………」


 女性は申し訳なさそうに暴漢達を見ている。

 気持ちはわからんでもない。




 ◆




「――先ほどはありがとうございました、勇者様」


 場所を変えて、女性は改めて礼を口にする。

 別に俺ら的には全く場所を変える必要はなかったのだが、女性の強い希望により、さっきの暴漢達が一切見えなくなる位置まで移動したのだった。

 ……たぶんまあ、撤収準備というか搬送準備があるんだろうなぁ。


「私はシャランテと申します。この先にある、とある国の者なのですが……」


「エリス、その国に来て欲しいみたいよ?」


 話をぶった切るマリエッタ。


「え、えええ!? 私、まだ何も言ってないんですが……」


「言わなくてもわかってるわよ。大方国にちょっと来て欲しくてあんな小芝居したんでしょ? もういいわよ、めんどくさい……」


 マリエッタ、心からの言葉である。


「と、とにかく! 私の国に来てください勇者様! じゃないと困るんです!」


「どう困るんだ?」


「……呼び込むのに失敗したら、色々無駄になっちゃうので……」


「素直かよ。せめて最後まで演じろよ」


「これは、断っていいのか?」


「できれば、断らないでいただけると……」


 エリスは困ったように上を見た。


「……スレイ、どう思う?」


「なんで俺だよ。お前が決めろよ」


「し、しかし……」


 三文芝居はさて置き、来てもらわないと困るという素直な言葉に弱いエリス。

 

「……仕方ないな。せっかくの招待だし、顔だけでも出していいんじゃないのか? どうせ暇だし」


「そ、そうか……すまない、スレイ……」


 改めて、エリスはシャランテを見た。


「……シャランテとやら。案内を頼む」


「あ、ありがとうございます勇者様! ……ですが、一つだけご注意を……」


 シャランテは表情を険しくさせた。


「注意?」


「私の国は、現在とある強大な魔族によって支配されている状態なのです。ですから、決して油断しないように……」


「その魔族って?」


「はい、それは……」


 シャランテは、力強く言い放った。


「魔王六天王のシャランテです! ……あっ、違っ……六天王の一人ですッ!!」


「…………」


「…………」


「…………」


 俺達三人、遠くを見るような顔になったのは言うまでもない。




 

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