第17話 ヘルプコールは突然に。





「む、むぅぅぅ……」


 人差し指を睨みつけながら、先端に魔力を注ぐ。ちょっとずつ。ゆっくりと。

 横ではマリエッタが頬杖をついて眺めていた。


「そうそう、その調子。……あ、もう少し抑えて」


「よしよし……暖かいというか、ぬるくなってきた……」


「はい、じゃあそれ飛ばして」


「……ぇえい!」


 指を振る。

 ……が、先端の魔力は離れてくれない。


「このッ! このッ! 飛んでけ!」


 何度指を振っても、腕を回しても、魔力は前に飛んでくれない。


「……ここまでね。手を貸して」


 マリエッタが俺の手に触れると、指先の魔力は離れフワフワと飛んでいった。


「……ふぃぃ、またダメかぁ」


「最初は誰でもこんなもの……あー、うん。やっぱりちょっと、遅いかも……」


 もう少しフォローを頑張って欲しい。


「し、仕方ないだろ! 今まで魔法なんて習ったことないんだし……」


「私だってそうでしょ?」


「お前は一夜漬けチート魔導士じゃねえか。スタートからプロフェッショナルじゃねえか。羨ましいぞ。俺と代われ」


 マリエッタ合流後、こうしてちょくちょく魔法の訓練をしている俺であったが……そこはさすがに一朝一夕には上達しないものである。

 来る日も来る日も指先に魔力を集める毎日。エリスが言うには、それが全ての魔法の基本らしい。生まれながらに魔力を持つ人は、この訓練を遊びの一環として幼少期からしているのだと言う。

 ……そして俺は、そんなお遊びすらも覚束ない落第生のようだった。


「スレイの魔力ってさ、ちょっと変わってるよね」


「そうか?」


「うん。基本的に魔力って、かなり不安定な存在なんだよね。本来は空気にも似た性質なわけだし、一点に集中させたとしても気を抜くとすぐに飛散して消えちゃうしちゃうものだし」


「飛散どころか全然指先から離れてくれないんだけど? めちゃくちゃくっ付いているんだけど?」


「だから変わってるのよ。普通は消えないように留めることを訓練しないといけないのに、スレイは丸っきり逆。むしろ飛散させる方に苦労するなんて、いったいどうなってんのよ」


「俺が知るわけないだろうに……」


「――おそらく、魔力が濃すぎるのだろう」


 いつの間にか、エリスは水汲みから戻って来ていた。


「スレイの中に眠る膨大な魔力はひしめき、凄まじい密度となっているはず。故にスレイとしては魔力を僅かに集中させたに過ぎなくとも、そこには濃厚な魔力が集まることになり、身体から離れにくくなっているのだろう」


「それって要するに、魔法向きな魔力じゃないってことよね」


「え゛っ」


「魔法なんて、言ってしまえば魔力の性質を変えて放出しているわけなんだし。その放出でこんだけ四苦八苦してるなら、そういうことでしょ」


「…………」


 鬼のような魔力はあっても魔法に使いにくい魔力って、それって持ってる意味あるのだろうか。

 

 その時に気付いた。

 水汲みから戻ったエリスの腕には、シルバーの腕輪がつけられていた。


「……ところでエリス、それは?」


「え? ああ、これか。川に落ちていたから拾って着けてみた」


「拾って着けたって……あんたね……」


 マリエッタは頭を抱える。

 わかるぞ。その気持ちは痛いほどわかる。


「エリス、それって大丈夫なのか?」


「何がだ?」


「だから、装備していいのかって意味だよ。それが何かもわからないんだろ? 呪いがかかってるかもしれんだろうに」


「呪いか? かかっていたぞ」


 エリスはあっさり答える。


「うぉおいい! 何平然としてんだよ!」


「安心しろ。確かにこの腕輪には呪いがかかっていたが、ちゃんと解除したうえで身に付けている。さすがに以前のような過ちを冒すほど、私も愚かではない」


「以前のような過ちって? もしかして俺のことか? 俺が愚かだって言いたいのか?」


「……で? その腕輪、どういう効果があるの?」


「今のところ、これといって何かあるわけでもないようだな。バフもデバフもなさそうだ」


「なぁんだ。じゃあいらない」


「……なぜお前にやる前提になっているんだ?」


「まあまあ。要するに、今はただの腕輪ってことだよな? それはそれでいいんじゃねえの? 似合ってるし」


「似合ってる? 私に?」


「ああ、似合ってるよ」


「う、うん……ありがと……」


 エリスは嬉しそうに腕輪を撫でていた。


「……あのさ、私の気のせいかもしれないんだけど……」


 突然マリエッタが切り出した。


「さっきから、何か聞こえない?」


「何か?」


 耳を澄ませてみる。

 すると確かに、遠くから女性の「助けて!」という声が聞こえていた。


「あー、聞こえるな。なんか切羽詰まったような感じ」


「そうだな。確かにそんな声だ」


「二人に聞こえたってことは、やっぱり私の空耳じゃなかったみたいね」


「…………」


 沈黙が流れる。


「……なあ、これ、やっぱ助けに行った方がいいよな?」


「聞いてしまった限りにはな」


 思わずため息を吐く俺とエリス。


「え? これ私が悪いの?」


「そういうわけじゃないけど……なんかもうトラブルの予感が凄くて……」


 狙いすましたかのようなタイミングでのヘルプコールに、先行きの不安が止まらない。


「とにかく、只ならぬ事態が起きているのかもしれない。何があってもいいように、しっかり準備をして行こう」


「いやすぐに行きなさいよ。もう既に何かあってるから助けを求めているんでしょうに。準備してる場合じゃないでしょ」


「他人事みたいに言ってるけど、もちろんマリエッタも一緒に来いよな」


「えええ……めんどくさいんだけど……」


「めんどくさいって言っちゃったよこいつ」


「聞いものは仕方ない。行こう」


 そして俺達はモチベーション低く、声の方へと向かうのだった。





 

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