第16話 勇者と村人とアレ。





「――ってわけで、俺の中にはすんげえ魔力が眠ってたらしいんだよ」


 しばらくして、俺達は再び爆心地の真ん中でトライアングルに座り状況を整理するのだった。

 呪薬を飲むに至った経緯、そして魔王の小手の件。大方ことを説明し終えた後、マリエッタは深く息を吐き出した。


「事情はわかったわ。それしても……」


 マリエッタはエリスを見る。


「あれだけ一方的に村から連れ去ったのに、まさか村を出ていきなりスレイを殺しかけてたなんてね……」


 その表情は虚無。怒りを通り越し、呆れ果てまくった果てに浮かぶ境地であった。


「わ、私だって! そんな副作用があるなんて……知らなかったんだ……」


「知らなかったで済む話なの? だいたい説明書に思いっきり“呪薬”って書いてあったはずでしょ? 仮にも“呪”の文字が付いているアイテムがノーリスクなはずないじゃない。そんなの、勇者じゃなくても知ってることでしょ。常識よ常識」


「うぐっ……面目ない……」


 巻き起こるマリエッタのド正論の嵐。

 さすがのエリスもただただ言葉を飲み込む他なかったようだ。


「まあまあ、その辺にしてやれって。俺だって確認せずに飲んだわけだし、そもそも死んじゃいないわけだからさ」


「スレイ、殺されかけたのわかってる? よくそんなに笑っていられるわね……」


「この笑顔に至るまでにどれだけの憤怒と妥協と諦めを重ねたと思ってるんだよ。舐めんじゃねえ」


 するとここで、エリスは表情を険しくさせた。


「ところでスレイ、先ほどの魔法の件だが……」


「さっき? ああ、あれか……。あれ結局なんだったんだ?」


「あれは魔力の暴走だ。集中させすぎた魔力が行き場を失い、高密度の魔力の塊となって顕現した結果だ」


「ろくに魔力を使ったこともないのにあんだけ魔力を集中させたんなら、そりゃああなるわよ」


「で、でもまあ何とかなったんだし、いちおう成功ってことだろ?」


「それなんだが……」


 エリスは言葉を選ぶように視線を泳がせる。その代わりと言わんばかりに、マリエッタは補足する。


「……スレイ、残念だけど、あれ大失敗だから」


「なぬッ!? で、でもビームみたいなのは撃てたんだし、あれって成功なんじゃ……!?」


「あれはんじゃなくて、私とエリスでの」


「私とマリエッタの魔力を筒状の障壁のように形成して、暴走する魔力の放出先を誘導したんだ。大砲から砲弾を撃ち出すようにな」


 なるほど、あの時エリスが「誘導する」って言ったのはそういうことだったのか。


「……ん? それなら、もしもエリス達が誘導してなかったら……」


「暴走した魔力が一気に弾け飛び、広範囲に渡って爆発していただろうな」


「マ、マジかよ……。下手すりゃ辺り一面だったってことか……」


「違うわよ。焦土どころか、辺り一面していたわね。たぶん」


「…………」


 さすがに洒落にならん。


「だがこれで解決したわけじゃない。むしろ、逆だ」


 エリスは意味深なことを言い出した。


「魔力の暴走は、まだ魔力の制御が覚束ない若い魔道士が稀に起こす事故のようなものだ。今回のスレイも似たようなものと言える。無論、規模は比べ物にならないがな……」


「ってことはアレか? 今日みたいなことが、また起きるかもしれないってことか?」


「そういうことだ」


「もしもスレイが街中で暴走しちゃったら、それこそ歴史に刻まれるレベルの大惨事になるかもしれないわね」


「…………」


 嫌だ。そんな形で歴史に刻まれたくない。

 もうちょっと褒めて刻まれたい。ちょっとでいいから。


「話を戻そう。今後のスレイの魔力に対する対応策だが……」


 エリスは横目でマリエッタを見る。

 その視線を受けたマリエッタは、どこか諦めるようにため息を吐いた。


「……まあ、この場合仕方ないわね」


 何やら俺を放置して意思疎通をする二人。

 なんだこれは。急に仲良しか? 天変地異が起こるぞ。


「……で? 結局どうすればいいんだ?」


「結論から言えば、結局のところ、スレイ自身が魔力をコントロール出来るようにならなければ根本的な解決には至らないだろう。そのために、今後は少しずつその訓練をしていく」


「な、なるほど……。あ、でもいつ暴走するかわからないんだよな?」


 今後はマリエッタが口を開いた。


「その時は、私とエリスで抑え込むか今日みたいに安全な方向に誘導しつつ放出するわ」


「どっちか一方が常に様子を見るってことか?」


「惜しいけど違うかなぁ」


「スレイ、一方だけじゃない。私とマリエッタ、二人で様子を見ることにする。つまり、今後はマリエッタも行動を共にするということだ」


「えッ!? で、でもそれって……」


「仕方ないわよ。スレイの魔力、到底私達片方じゃ制御できないくらい凄いんだし」


「スレイは魔力をコントロールする訓練を行う。自由自在とまではいかなくとも、少なくとも暴走することのないレベルになる程度まで。その間、私とマリエッタで暴走を何とか防ぐ。時間のかかることではあるが、現状これが確実だろう」


「要するに俺次第ってことか。……その、迷惑かけちゃうな。ごめん……」


「いいんだ。こうなった要因には私も含まれるからな」


「含まれるというか凡そほとんどの原因がお前だけど、ありがとうエリス」


「エリスと行動するのは癪だけど、こればっかりは仕方ないかなぁ」


「ありがとな、マリエッタ」


「これもスレイのためだしね。私が一緒に行くからには、大船に乗ったつもりでいなさいよ?」


 とりあえず、今この時を以て勇者パーティーにマリエッタが加わることになったってことで良さそうだ。

 俺の魔力の暴走は確かに心配ではあるが、俺としては、勇者エリスと超魔族マリエッタとの超規模小競り合いも十二分に心配なのであるが……。


「……時にマリエッタ」


 ふと、エリスが尋ねた。


「なによ」


「お前が持っていた剣……あれも、力と共に与えられたものなのか?」


「そうみたいね。詳しくは分からないけど、いつの間にか呼び出せるようになってたし」


 そう言いながら、マリエッタは剣を空間から取り出した。


「なかなかゴツイ剣だよなぁ。めっちゃデカいし」


「強力なのはいいんだけど……これちょっと問題がね……」


 マリエッタは表情を暗くさせる。


「何かあるのか? なんか、一振りごとに体力を消費するとか?」


「全然可愛くない」


「そ、そういう問題?」


「問題も問題で、大問題よ」


 清々しくマリエッタは言い切るのだった。


「…………」


 その時に気付いた。

 エリスはその剣を見て、何かを考えているようだった。


「……どうしたんだエリス」


「いや……その剣に、見覚えがあったからな……」


「そうなのか?」


「ああ。以前話したと思うが、スレイの村に行く前に討伐した巨大な魔物の話だ」


「巨大な魔物? ……ああ、か」


 そう、である。

 触れてはならない禁忌のである。


「マリエッタが持つその剣と酷似する剣を、あの魔物も使っていたのでな」


「酷似?」


「もちろんサイズは全然違う。だが正直なところ、酷似とは言ったが、限りなく同一の剣と言ってもいいだろう。そしてあの魔力と戦闘能力を考えると……あの魔物は、魔族だったのかもしれないと思ってな」


 ………………ん〜? それはつまり……。


「ちょ、ちょっと待てって。ってことはあれか? お前が討伐したのは魔族で、その力が転魔憑魂でマリエッタに移ったって言いたいのか?」


「おそらくは……」


「そ、それは違うんじゃねえの? だいたい、その魔物だか魔族ってのは俺に会う前に倒したんだろ? でもマリエッタに力が移ったのは俺が村を出て少ししてからだし……」


「個人差はあれど、魂はすぐに滅することはない。特にあれほどの力を持つ魂であれば、しばらく現世を彷徨い、適合する者を探していたとしても不思議はない」


「…………」


 ……ちょっと待って欲しい。

 仮にエリスが倒したが魔族で、その力をマリエッタが引き継ぎ魔族になったのなら……それはもう、マリエッタが新たなになったということなのでは?

 だとするなら……。


 改めて、エリスとマリエッタを見る。


「これからよろしく頼む、マリエッタ」


「馴れ馴れしくするつもりはないわ。そこははき違えないでよね」


 ……勇者に、村人の俺に、

 我がパーティは、超規模小競り合いどころか、魔力の暴走どころか、もっとヤバい爆弾を抱えたのかもしれない。


「……どうすんの、これ……」


 俺の小さな小さな呟きは、エリスとマリエッタの不毛な言い争いに掻き消されるのであった。


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