第15話 幼馴染は譲らない。




「くたばれ勇者ァ!!」


 マリエッタが黒い波動を放てば、凄まじい爆発と共にエリスが吹き飛ぶ。


「滅せよ魔族めッ!!」


 負けじとエリスもまた白い波動を放てば、同じく凄まじい爆発と共にマリエッタも吹き飛ぶ。

 ちゅどーん、ちゅどーん、と。

 目の前では、ドデカイ大砲を撃ち合うような魔術による大規模爆撃戦が繰り広げられていた。

 魔術の撃ち合いに飽きたかと思えば、今度はお互い剣を握り、激しく刃をぶつけ合う。

 幾度となく金属が衝突する音が響き、その度にその衝撃波が広がりいちいち草木をド派手に靡かせていた。


「元はと言えば、あんたがスレイを村から連れ出したのが悪いんじゃない! どうしてスレイを巻き込んだのよ!」


「私の旅にスレイがどうしても必要だったからに決まっている! お前にいちいち許可を貰う必要などない!」


 剣をぶつけ合いつつ、ついでにお互いの言い分もぶつけるエリスとマリエッタ。


「だいたいあんたはスレイの何なの!?」


「私は、スレイの幼馴染だ!」


「ちっちゃい頃にちょっと一緒に遊んだだけなんでしょ!? それで幼馴染なんて笑わせないでよ! 私なんて、スレイが引っ越して来てからずっと一緒にいるんだからね! 私の方が幼馴染に相応しいんだから!」


「期間の長さしか誇れぬとはな! 私の方がより小さい頃から共にいる! 言うなれば、私は先任者でお前は後任でしかない!」


「幼馴染に先任も後任もないじゃないの!」


「先にこだわり始めたのはお前だろう!」


 ……こいつらは、いったい何について争っているのか。

 勇者と魔族の戦いと言うよりも、単なるエリスとマリエッタの超規模な小競り合いにしか見えなくなってきた。


「幼馴染はッ!!」


「私だッ!!」


 ガキン、ガキン! ちゅどん、ちゅどん!

 ガキン! ちゅどん! ガキン! ちゅどん!

 それはもう忙しない激闘を繰り広げる両者。

 実のところ、エリスが本気で戦うところを見るのはこれが始めてだったりする。

 いやホント、凄まじいの一言に尽きる。

 あの細い体から大砲みたいな魔法をバンバン放つわ剣を振り抜けば大地をパックリ引き裂くわ、改めて世界が認める勇者なんだなぁって実感する。

 そしてそんな勇者様とガチでやり合うマリエッタである。

 村にいた頃はごく普通の人間だったのだが、そんな人間離れしたエリスと互角にやり合ってるではないか。転魔憑魂なるものはここまで人を変えるものなのか。実際に魔族になったらしいけど。


 ……さてさて、そんなことをぼんやりと考えていたわけだが、二人の競り合いは収まるどころか激しさを増すばかりである。さっきまで穏やかなだったこの草原地帯が見るも無残な風景に。至る所にデカいクレーターは出来てるし、地面には亀裂が入りまくってるし。

 本来なら止めるべきなんだろうけど、世界最高峰のこの戦闘を止めることのできる奴がこの世にいるだろうか。

 答えは一つ。皆無である。

 下手に止めようと巻き込まれでもしたら、瞬時に消滅しかねない。

 幸い近くに村や街といったものはなく、街道からも外れたこの辺りにわざわざ立ち入る人もいないだろう。この際、思う存分やりあってもらおうではないか。

 冷たいのではない。

 俺だって死にたくないだけなんだ。


「エリス、マリエッタ。どうでもいいけど、あんまりやり過ぎんなよ」


「わかっている!」


「ちょっと待っててスレイ! すぐにこの勇者をやっつけるから!」


「やれるものならやってみろ!」


「言われなくても……!」


「本当にわかってんのかね……」


 絶対、わかってないんだろうなぁ。


(それにしても……)


 改めて、二人の戦いをまじまじと見る。

 二人ともさも当然のように超威力の破壊光線的な魔法を繰り出しているが、魔力は枯渇しないんだろうか。それがどれほどの威力があるのかは一目瞭然であるが、まるで息をするようにそんな高出力の魔力を放ちまくってる二人。これこそ、勇者と超強化魔族の成せる技なのかもしれない。

 

(……そういえば、俺にもいちおう魔力があるんだったな)


 それこそ呪薬の効果でクソほど跳ね上がったうえに、魔王の小手により更に増幅されているであろう魔力が俺の中にあるはず。

 となれば、案外俺でもあんなカッコいい波動を放つことができるのではなかろうか……と、俺は考えたわけだ。


「…………」


 ちょっとした好奇心である。

 この世界に生きる者として、俺だって魔法を自在に操ることに憧れた時期があった。それでも魔力なんて雀の涙すらもなかった俺には諦めるしかなかったのだが……今の俺になら、おそらく使えるだろう。

 魔法の使い方を熟知しているわけではないが、日曜学校で当然のように教わるわけであり、基本の“き”くらいなら俺だって知っている。


(ええと、確か……)


 昔習った方法を思い出してみる。

 魔力とは、体内を流れる水のようなもの。その流れを導き、滾らせ、コントロールすることこそ魔導の神髄……らしい。

 とりあえず目を閉じてイメージしてみる。

 体内の水の流れ……そして、それを右手に導く感じ。


(……お? 心なしか、右手が暖かくなってきた気が……)


 ……が、温度がどんどん上がってる気がする。

 暖かいから熱いに変わり、やがて熱いから痛いに変わる。


「熱ッ! 痛ッ!? え!?」


 慌てて右手を見ると、その手は燦々と赤く輝いていた。しかもビリビリと痺れるような痛みが手に広がり、なんか出血し始めていた。


「な、なんじゃこりゃぁぁ!?」


 あたふたしても一向に痛みはなくならない。むしろどんどん酷くなってきてる。


「痛ッ!! ……ちょ、ちょっとエリス! マリエッタ!? ヘルプヘルプ!!」


 争っていた二人は俺を見る。

 とその瞬間、二人は目を大きく見開き絶句した。


「…………ッ!?」


「な、なに……あれ……」


「痛い痛い! 超痛いんだけど! 何これ!? どうなってんの!?」


 その段階で、俺の右手は太陽のように眩く赤い光の塊となっていた。

 二人は慌てて駆け寄ってくる。


「なんという密度の魔力……!」


「ス、スレイ!? ちょっとこれ大丈夫なの!?」


「全然大丈夫じゃねえよ! めちゃくちゃ痛い! 泣きそうなんだけど……痛い痛い!!」


「スレイ! 魔力を集中させすぎだ! 早く解放しろ!」


「ああ!? どうやってだよ!」


「どうやってでもだよ! このままじゃ右手が崩壊しちゃうって!」


「はぁぁ!? じょ、冗談じゃねえよ!!」


 エリスは小さく「チィッ!」とこぼす。


「マリエッタ! 手伝え!」


「え!? ……あーもう! 仕方ないわね!」


 二人は両手で俺の右手を支え、そのまま上空にかざした。


「私達が誘導する! スレイは魔力を解放するんだ!」


「だからどうやって……!」


「イメージだよスレイ! イメージして! せき止めていた水を解放するような……とにかく、そんな感じで!!」


「抽象的過ぎんだろうに……!」


 とは言え右手は悲鳴を上げ、痛いと叫ぶのも飽きるレベルで激痛が走っている。

 もはや猶予はない。


「わ、わかったよ! ……せき止めた水! 解放! 解放しろおお!!」


「口ではない! 魂に告げるんだ!」


「どう違うのかわかんねえよ!」


「ああもう! シャキッとしなさいスレイ!」


 とにかく必死で頭の中で叫び倒す。


(解放! 解放だ俺! とにかく鉄砲水みたいな感じで!)


「解放ぉぉぉ!!」


 刹那、右手から特大の波動が放たれた。

 山のように巨大な赤い光の柱は瞬く間に天を貫き、雲を飛散させ、空をも朱色に染める。轟音と暴風が辺りに吹き荒れ、地響きが足場を揺らす。

 ……そして光は少しずつ収束を始め、やがて、細い光の筋を残しながら消えていった。


「…………」


「…………」


「…………」


 俺達3人は、茫然と空を見つめる。

 そこに闘争はなく、ただただ、何が起こったのかを頭の中で整理することに追われていたのだった。





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