第14話 朝起きたら魔族になっていた件について。






「で? 魔族になったってガチなのか?」


 改めて、草原の真ん中でトライアングルに座り込んだ俺達は状況を整理する。


「うん。そうよ」


 マリエッタは軽ーく言い放った。


「そうってお前……」


「スレイ、それについては疑いようもない」


 エリスは言う。


「魔族の波動、だっけ?」


「ああ。魔力の揺らぎ……とでも言えばいいか……」


 闇を抱えてる感じというか闇そのものになっていたとは、何ともけったいな。


「どっちにしても俺にはわかんねえよ。ただ、エリスもマリエッタもそう言うならそういうことなんだろうけど……。なあエリス。そもそも、魔族ってそんなに簡単になれるもんなのか?」


「普通は無理だな」


「ってことは、普通じゃない方法で魔族になったってことか……お前、何したんだよ」


「何って……夢で」


 さも当然のように、マリエッタは素っ頓狂なことを言い出した。


「夢?」


「うん。スレイがいなくなって、どうして勇者が許せなくてさ。毎晩憎しみを込めて愚痴を言ってたら、ある日夢に変な影が出てきて……」


「出てきて?」


「起きたら魔族になってた」


「んなアホな。ぶっ飛び過ぎてんよ。全然納得できねえっつーの」


「でもそうだから仕方ないでしょ? 実際に朝には魔法も使えるようになってたし、なんか力とかもめちゃくちゃ強くなってたし」


「えええ……そんな切り替えボタンじゃあるまいし……」


「夢に……」


 エリスは難しい表情のまま考え込んでいた。そしてマリエッタに尋ねる。


「……マリエッタ、その影は、お前に何と言っていた?」


「勇者が憎いかーとか、力が欲しいかーとか。直接的な声じゃなくて、なんかこう、頭に声が響く感じで」


「めちゃくちゃ怪しいじゃねえか。それって大丈夫なのか?」


「さぁ……」


「さぁってお前……」


「だってわかんないし。私だって起きたら魔族になってただけなんだから」


 するとエリスは「もしかしたら……」と口を開く。


「“転魔憑魂”……かもしれないな」


「て、てんま……なんだって?」


「転魔憑魂だ。力ある魔族が命尽きる時、その器になり得る魂に力を継承させることがあるんだ。マリエッタが聞いた声というのは、恐らく肉体が死した魔族の魂の声だろう」


「でも、今話してる限りマリエッタはマリエッタのままっぽいけど?」


「あくまでも継承出来るのは力だけだからな。無論無条件に継承できるわけではなく、継承するためには魂の波長が酷似する者に限られる。それが、たまたまマリエッタだったという話だ」


 こいつは冷静に言ってるが……話を聞く限り、相当な憎しみを向けられてるってのはわかってるのかね勇者様。

 しかしながら、そんな安易に魔族になれるものというのは驚きだ。話すも涙聞くも涙な紆余曲折とはいったいなんだったのか。どちらかというとただのコメディでしかない。


「でも、おじさんもおばさんも嘆いてたんじゃねえの?」


「お父さんとお母さんが? なんで?」


「なんでって……そりゃお前、自分の子供が一晩で魔族になってたんだろ?」


「ああ、そういうことね。確かに最初話した時は驚いていたけど……」


「けど?」


「これで勇者様からスレイを取り戻せるなって喜んでた」


「…………」


 それでいいのかご両親。

 とその時、マリエッタは徐に立ち上がる。


「そういうわけだから。スレイは返してもらうわよ」


 エリスもまた立ち上がる。


「させると思うか? 返して欲しいなら、力づくでやってみるんだな」


「お前はセリフがいちいち勇者じゃねえんだよ。悪の帝王かよ」


 マリエッタはニヤリと笑う。


「……力づく、ならいいんだよね?」


 そう呟いた瞬間、マリエは右の掌から黒い波動を放つ。


「――――ッ!!」


 突然の先制攻撃に躱す暇もなかったエリス。黒い光をその身に受けたエリスはそのまま吹き飛ばされ、遠くの大地に爆発と共に衝突する。

 爆風は草を薙ぎ、空にきのこ雲を生み出した。


「おいおいおい! やりすぎだろうがマリエッタ! お前これ……エリス!? おーい!?」


「これで決まってくれるなら話は早いんだけど……」


 ズシャリ……と。

 爆炎の向こうから、確かな足音が聞こえた。陽炎に歪む景色の向こう側……そこには、一歩ずつ歩いてくる白い鎧の勇者の姿が。


「やっぱり、ダメみたいね……」


「よ、よかった……とりあえず生きて――」


「覚悟は、できているんだろうな」


 次はエリスが白い波動を放つ。見事に直撃したマリエッタは吹き飛ばされ、さっきと同じように爆炎に飲まれてしまった。


「マ、マリエッタ!? 生きてるか!?」


「ふっ、他愛もない……」


「んなこと言ってる場合かよ! お前、マリエッタは仮にも村娘で……!」


「違うぞスレイ。あの威力を見たはずだ。彼女がただの村娘であるはずかない。そして、ただの魔族ですらない」


「で、でも……」


「マリエッタに力を与えた魔族が如何なる存在なのかはわからない。だが確実に言えることは、マリエッタなる娘は、間違いなく魔族になったということ。そして……」


 ズシャリ……と。

 今度はマリエッタが炎の中から現れる。そしてその手には、禍々しい大剣が握られていた。


「……今のマリエッタは、私に匹敵するほどの強大な力を有する、ということだ」


「……マジで?」


 かくして最強の勇者と最強の即席魔族の戦いの火蓋が、切って落とされるのであった。

 ……などと他人事のように言ってる場合じゃないんだろうなぁコレ。




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