第13話 マリエッタのド根性。




 エンドリューとの一戦(?)後、俺達は街を出て宛もない旅を続けていた。

 ……なぜだか、“宛”がないんだなぁ。


「なあエリス。俺達、本当に魔王のところを目指しているんだよな?」


「無論だ」


「その割には、海に行ったり山に行ったり……。探すというよりもエンジョイしてるようにしか見えないんだけど」


「どこに魔王に関する情報があるかわからないからな。スレイこそ、何をそんなに焦っているんだ?」


「焦ってるわけじゃないけど……村を出て、けっこう時間経ったなぁって」


「そうだな。かれこれ、もう3ヵ月くらいか?」


「そんなに経ったんだな……」


 エリスは足を止めた。


「……村が、恋しいか?」


「あー……どうだろ。今家がどうなってるんだろうなぁってのは時々考えるかな」


「だが、お前は旅立つことを決意したんだ。覚悟を決めるしかない」


「待て待て待て。何勝手にイベント捏造してんだよ。さも俺が勇んで村を出たみたいな言い方してるけど、実際はお前が無理やり村から連れ出したんだろうが」


「あ、あれは……だって……」


 何やらモジモジし始める勇者様である。


「何か弁明があるなら言ってみろ」


「……だって、あの女性が……」


「あの女性? ……ああ、マリエッタのことか」


「あの村で、世話になったと言っていたが……」


「まあな。父さんと母さんが死んでからあの村にいた遠縁の爺さんに世話になったんだけど、その爺さんもすぐ死んじゃったからな。そっからマリエッタの家族には色々世話になったんだよ」


「……そうか。私と離れて、そんなことが……」


「でも、別に恨んでるわけじゃないからな。移り住んだのがあの村で良かったってのも思うし」


「……そうか」


 エリスは笑みを浮かべ、表情を隠すように少しだけ顔を下げた。


「……こ、これからでも、楽しい思い出は作れるはずだ」


「そうだなぁ。そうだといいけど……」


 今が楽しい思い出かと言われれば……それはちょっと違うのかもしれんが。殺伐って言葉が一番しっくり来そう。


「だから、その……これからも、私と――」


「ちょっと待ったぁぁ!!」


 突然、空を裂くような声が響き渡る。

 声の方を見てみれば、崖の上に、何やら腕を組んで仁王立ちしてる女がいるではないか。

 

「……誰?」


 率直な感想である。最近この流れ多いな。

 彼女はシュバッと翔び立つと、目の前にシュタッと着地する。

 ……が、その顔を見たときにすぐに気付いた。


「…………え? もしかして、マリエッタ?」


「ええ。久しぶりね、スレイ」


 声も顔も、間違いなくマリエッタ本人である。

 なぜこんなところにいるのか……っていうか何しに来たのかが凄まじく気になるところだが、そんなことよりも気になることが。

 何というか、雰囲気がかなり変わっている。

 村での彼女は気さくな明るい村娘といった様子だったが、今は何やら闇を抱えてるように大人びている。

 しかしまぁ、俺の気のせいかもしれん。

 彼女がマリエッタであることに違いはないわけで、とりあえず、いつものように話すことにした。


「……で? 何してんだよ、こんなところで」


「そんなの、決まってるでしょ?」


 そしてマリエッタは横でボケっと立つエリスの顔面を指さす。


「この憎っくき勇者の魔の手から、スレイを取り戻しに来たのよッ!!」


「…………」


 高々と宣言するマリエッタに対し、エリスは未だ無言を貫く。

 どちらにしても、そんなことのためにわざわざ追ってきたというのか。なんたるバイタリティ。

 しかしながら、さすがに相手が悪い。エリスは曲がりなりにも、仮にも、腐っても勇者である。並外れた戦闘能力と更に並外れ過ぎたモラルを持つ相手に、たかだか一介の村娘が宣言したとて結果は――。


「……なあ、スレイ」


 ふと、エリスは口を開く。


「なんだよ」


「この娘は……あの時の?」


「ああ、マリエッタだよ」


「……本当に、その娘なのか?」


 やけに疑うエリス。


「そりゃ間違いないって。声とか姿とか本人だし」


「しかしこの娘……魔族だぞ?」


「そうそう、マリエッタは魔族で…………へ?」


 今、何って言った?


「ちょ、ちょっと待って。マリエッタが? 魔族? んなわけないだろうに」


「しかしこの娘からは、確かに魔族の波動を感じる。エンドリューと同じように」


「でも、それならあの村で会った時にすぐにわかるだろうに」


「その通りだ。だが、あの時はんだ」


「え? どゆこと?」


 恐る恐る、マリエッタを見る。


「……くくく」


「マリエッタ……?」


「よくぞ見破ったわね! 確かに私は、魔族よ!」


 マリエッタは高笑いをしながら名乗りを上げる。


「な、なんだってぇぇ!?」


 まさに驚天動地。悪いが絶賛混乱中である。


「で、でもマリエッタが魔族って……えええ!? 嘘だろ!?」


「落ち着けスレイ。大方こちらの動揺を誘うため、マリエッタの容姿を真似ているのだろう」


「あ、ああ……そういうことか……」


 どうやら一杯食わされたようだ。

 長年世話になっておきながら、本物と間違えるとは……。本物がいたら土下座したい気持ちだ。


「フフフ……青いわね、勇者エリス……」


 と、ほくそ笑むマリエッタ風魔族。


「私は、間違いなくマリエッタ本人よ。私を見て即座に偽物と断じるとは、いささか浅はかじゃないの?」


「……どういうことだ?」


 俺も知りたい。

 どういうことなんだよ。


「あの日、あなたが村に来た日……。無理矢理スレイを拉致したあの時に、私は誓った! いつか必ず、スレイを勇者の魔の手から開放するって!」


「人聞きの悪いことを言ってくれる……」


「いや事実だろうが。紛うことなく事実100%だろうが」


「そして私は、魔族になったの!!」


「突然過ぎるだろうよ。その間お前に何があったんだよ」


 もはや驚きよりも呆れが来てしまってる哀しみ。


「それはもう、聞くも涙語るも涙な紆余曲折がね……」


 改めてマリエッタは名乗る。


「というわけで! 今の私は、魔族マリエッタよッ!!」


「な、なんと……」


「うっそぉん……」


 エリスすらもドン引きさせるマリエッタのド根性。

 彼女の目的はいったい……って、俺を取り戻すとか何とか言ってた気がするけど。

 俺の前に、自分を取り戻すことに専念した方がいいんじゃなかろうかと思う次第である。




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