第12話 変異のエンドリュー。
魔王六天王のエンドリューとの攻防戦。
街の住民を操り傀儡にするという冷酷な策を繰り出したエンドリューに対し、勇者エリスは、その住民全てをぶちのめすという更に冷酷な策で迎え撃ったのだった……!
……住民が目を覚ます前に街を出よう。
「くっ……まさか貴様のような奴が勇者とは……! 人間界はどうなっておるのだ!」
魔王軍の幹部に心配される人間界とは。
「諦めろ、エンドリュー。貴様の傀儡がいなくなった段階で、もはや勝負は付いた」
淡々と言葉を口にするエリスだったが、エンドリューは頬を吊り上がらせた。
「……フフフ。フハハハ! フハハハハ……!」
「……何がおかしい?」
「まったく、実に
エンドリューは鬼の形相を浮かべ猛る。
「貴様も変異種の魔物については聞いたことがあろう! そして、変異した魔物の凶悪さもな!」
「…………」
そういえばエリスが前に言ってためちゃくちゃ強かったっていう魔物も、確か変異種だったな。
「……実はな、変異種というものは魔物だけでなく、魔族にも存在するのだ。極めて稀な個体ではあるがな……」
「だからどうした」
「鈍い奴よの! 我が、その変異種の魔族だということだ!!」
「なに――ッ!?」
エンドリューは衣装をはぎ取り、上半身を露わにする。
「光栄に思うがいい勇者! 我が第二形態を目の当たりにする人間は……貴様が、最初で最後だッ!!」
昂るエンドリューであったが、奴は重大なことを見落としていた!
そう、俺もいるのだ! 奴はすっかり俺の存在を忘れているようだ!
この位置では俺にも第ニ形態をガッツリ見せることになるわけで、残念ながら、エリスが最初で最後にはなりえないのである! なんと世知辛い!
「う、うおおおおおああああ……!」
エンドリューは全身に血管を浮き立たせる。変異のために力を溜め込んでいるのだろう。
変異種との交戦経験のあるエリスは、汗を一筋流しながら腰の剣に手をかけていた。
「はあああああああああああ……!」
エンドリューは力む。一心不乱に体の筋という筋を強張らせ、体の変異を促す。
止めるなら今なのかもしれない。だが、変異した奴を見てみたいという危ない好奇心が俺の足を止めていた。それはエリスも同じなのかもしれない。
「ぐおおおおおおあああああ……!」
エンドリューは尚も唸る。街中に響き渡るような声を漏らし、体をガクガクさせながら。
「うぐぐががあああああああ……!」
エンドリューは――――。
「へぁおぇああああああああ……!」
…………長くね?
変異するまでにめちゃくちゃ時間かかってやがる。
エンドリューは未だにプルプルしながら唸っているが、体が変化する気配すらない。正直空気ぶち壊しである。
「……なあエリス。変異って、こんなに時間がかかるのか?」
「いや、普通はもっと早い。早いはずなのだが……」
エリスはすっかり剣から手を離し、呆れるように腕を組んでいた。
「うごごごががあああ……! 来たぞ来たぞぉ!!」
「来たじゃねえよ。こっちはもう待ちくたびれてるんたけど」
「ホォァアアア……ホゥッッ!!」
気の抜ける声と共に、エンドリューの左腕は風船のように膨張する。その腕は分厚い筋肉で隆々となり、獣のような体毛に覆われていた。変異すれば強くなるというのは本当らしい。
しかしなんとアンバランスだろうか。中肉中背の男なのに、左腕だけがゴーレムのようにゴツい。強いのかもしれんが、これまで第二形態を晒さなかった理由を何となく察してしまう。
「はぁ……はぁ……!」
エンドリューは息切れ切れとなりながら、ニヤリと笑った。
「……ふ、ふふふ……。勇者よ、間もなくだ……間もなく、貴様を血祭りにあげてやるぞ……!」
と言うと、エンドリューは再び唸り始めた。
「うごああああああああああ……!」
「ってまだやるのかよ! あれで終わりじゃねえの!?」
「ふむ……。エンドリューよ、聞いてもいいか?」
「うぐぐぐ……! て、手短にな……!」
「さっきの変異は左腕だったが……もしや、四肢全てを一つ一つ時間かけて変異させるのか?」
「ふ、ふふ……そんなはず……なかろう……!」
「そ、そっか……そりゃそうだよな……。残り3箇所を同じペースで変異させるとなると、さすがに時間が……」
「四肢を終えれば……次は胴体! そして尾を生やしぃ! 最後は頭だッ!!」
「いやバカかよ! 3箇所どころか6箇所じゃねえか! 倍だよ倍!」
「お、愚か者め……! そこで我の変異が終わるのを……指を咥えて見ているがいいわ……!」
「変異が終わる頃には指が溶けてなくなってそうなんだけど。もっとこう、“パッ!”と変異できないのか?」
「変異とは進化……! 進化には……時間がつきものよぉ!」
「お前はまずその頭の中を進化させろっつーの」
とここで、エリスは露骨に溜め息をこぼした。
「……はぁぁ。もういい」
エリスが人差し指を前に突き出すと、先端に仄かな光が宿る。その指を動かせば、宙に光の魔法陣が描かれた。そして陣はエンドリューの足元へと移動し、奴の体を包むように球体となっていく。
「ゆ、勇者! 何をしておる!」
「勇者の情けで命までは奪わん。ただ、転移魔法で果ての地へと送り出す」
「ちょ、ちょっと待て! せっかくここまで変異させたのだぞ!?」
「せっかくって言うほど進んでねえっての。まだ腕一本じゃねえか」
「それでもめちゃくちゃキツイのだぞ! これ元に戻すのも時間かかるし、もったいないではないか!」
「待ってる時間の方がもったいないから。そこまで言うなら最初から変異しとけよ」
「さらばだ、エンドリュー」
光の球体に包まれたエンドリューはふわりと宙に浮かぶ。
「ああ! ちょ、ちょっとこれだけは言わせろ! 我を退けたとて、油断せぬことだ勇者よ! なぜなら、我は六天王最――!」
エンドリューの最後の話をぶった切るように、光は超高速で彼方へと飛び去っていくのだった。
「奴は、最後に何を言おうとしたのだろうか……」
「どうせあれだ。六天王最バカって言うつもりだったんだろ」
魔王六天王の一人を辛くも撃破した俺達。
さらばエンドリューよ! できれば二度と来てくれるなよ!
……だが胸の中で、一抹の不安が過る。もしや、他のメンバーも同じような感じなのでは、と。
その不安を口に出すのもアホらしかった俺達は、地に伏せた住民達が目を覚ます前に、街を後にするのだった……。
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