第11話 風に舞うスカーフの如し。




「……そろそろいいか?」


 茫然とする俺達に、エンドリューは気を遣いつつ声をかける。


「あ、ああ……悪い、ちょっと現実逃避してた……」


「そ、そうか。……フハハハ! 貴様らがそれを持っているのであれば一石二鳥というものよ! 勇者を倒し、魔王様の小手を返して貰おうか!」


 なんと変わり身の早い。

 これがプロの幹部か。


「お前が魔王の幹部だというのならこちらも話が早い! この場で切り伏せてくれる!」


 そしてエリスは剣を構えた。

 珍しくエリスもそれっぽく振舞っているようだ。魔王軍の幹部が来るってのは、こういう旅の鉄板的展開だからだろうか。

 こうなってくると、正直俺のポジションがどこにあるのか悩ましい。魔法とか使えないし、武器も当然持っていない。応援係か?


「ククク……我が予言しよう。貴様らは、我に指一つ触れることはできぬ」


「なに……?」


 すると、街の人達に異変が起こる。

 彼らは一斉にエンドリューを取り囲み、俺達の行く手を阻むように立ち塞がった。


「これは……」


「街の人間は、我の魔力により傀儡と化しているのだ!」


「なんだと……?」


「我が先天魔法は“洗脳”! この街の全て民が我が下僕よ! フハハハ……!」


「くっ……! なんてことを……!」


 盛り上がる2人だったが、正直魔術のことはよくわからん俺は一人置き去りにされてる気分だ。


「……なぁエリス。先天魔法って?」


「あ、ああ……。本来魔力というものはただの潜在能力でしかないが、中には先天的に魔力自体に特性がある場合があるんだ。例えば幻影を生み出したり、巨大化したりな。それは術の構築をすることなく、魔力を込めることで即座に発動できる。それが、先天魔法だ」


「へぇ……」


「ちなみに、一般的に言われている“魔法”というものは、魔法陣や魔法道具、呪文の詠唱により魔力を変換し、魔法として駆使する“魔術”のことを指すがな」


「お前にも、その先天魔法ってのはあるのか?」


「――――」


 少しだけ、エリスは言葉を探す。


「……そう、だな……」


 小さく呟きながら、彼女の表情は曇っていた。


(……なんだ?)


「貴様らは……何度我を放置すれば……我を何だと思っておるのだ……」


 エンドリューは嘆き節を吐き捨てる。


「わ、悪かったって。でも、街の奴らを操るとは酷い奴だなお前は! 許せんくらいには酷い奴だぞ!」


「若干わざとらし過ぎるが、まあよかろう……。ということで! 貴様らは我に触れることはできぬ! 我に刃を届かせたいのであれば、まずは住民達を倒すのだな!」


「……一ついいか?」


 エリスはエンドリューに声をかける。


「なんだ?」


「お前の先天魔法は洗脳だったな? ということは、住民の意識を支配しているだけ……ということでいいのだな?」


「ふん! それがどうした!」


「そうか……わかった」


 するとエリスは、構えていた剣を腰の鞘に収めた。


「お、おいエリス!」


「…………」


 エンドリューはほくそ笑む。


「敵を前に武器を収めるとはな! それが貴様の限界よ! 傀儡共よ! 勇者の息の根を止めよ!」


「うおおおおおおあああああッッ!!」


 街の人々が一斉にエリスに押し寄せる。


「クソッ! エリス!!」


 慌てて駆け出そうとした瞬間、エリスはギラリと目を光らせる。そして剣の柄を握り、一気に振り抜いた。


「ぎゃああああああ!!」


 吹き飛ばされ宙を舞う住民達。

 あ然とするエンドリューと俺。

 だがエリスの一撃は一撃に留まらず、二度三度と続けざまに剣を振り続ける。その度に吹き飛ばされるのは、操られし善良なる民草達。何人もの人々が、風に舞うスカーフのように、ただ流れに身を任せ地に伏せていく。

 そしてエリスが動きを止めた時、立ち上がる者は皆無であった。


「……よし」


「よし、じゃねえ! お前……なんてことを……!」


「スレイ、ケガはなかったか?」


「俺よりも住民の心配をしろ!!」


 そしてエンドリューはというと、そりゃもう見事なくらいに慌てふためいていた。

 

「き、貴様……! やりおった……やりおったな!」


「エンドリュー、これでお前の傀儡はいなくなったな」


「い、いやそうだが……! そうではあるが……! 一般人を貴様……ええ!? そこで斬る!?」


「斬る? 私が? ……フッ、よく見るがいい」


 エリスは勝ち誇ったように自らの剣を見せる。

 その剣の刃は、鞘に入ったままとなっていた。


「……エリス、要するにアレか? 別に住民を斬ったわけじゃなく、鞘に入った剣で殴り散らしただけってこと?」


「そういうことだ。安心しろ、加減はした。皆いずれ目を覚ますだろう」


「あーなんだ、斬り殺したわけじゃないんだな。良かった良かった」


「全然良くないではないかッ!!」


 エンドリューは吠える。


「勇者よ! 貴様は善良な民草を、一切の躊躇もなく殴り散らしたというのか!?」


「そうだが……それがどうした?」


「なぜ何も思わん! 民は、自らの意思で向かったわけではないのだぞ!」


「だからそれがどうした。なぜ私達が、素直に命を差し出す必要がある? それにどんな事情があったにせよ、街の人々が私達の命を狙ったことには変わりない。そしてそれを阻止するには、意識を断絶させるしかない。ともすれば、こうなっても致し方ないというものだろう」


「き、貴様! それでも人か!? 何の罪もない民を痛めつけて、何も感じないのか!?」


「そうさせたのはお前だろう。それに、私は別に命を奪ってはいない。いつでも斬り伏せることは出来たが、そうはしなかった。感謝こそされど、恨まれる筋合いは一寸たりともない」


「……この、鬼畜めが……!!」


「…………」


 その時、俺は思っていた。


(あれ? これ、エリスとエンドリュー、立場逆じゃね? エンドリューの方が勇者っぽくね?)


 ……と。





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