第10話 魔王軍には有能な幹部が多いらしい。




 住民から隠れつつ、何とかレース運営本部へとたどり着いた俺達。

 やはりここも同じ状況だった。

 数時間前に引き攣った笑顔で賞金と武具をくれた運営委員長のおじいさんも、刃物片手に血眼になってキョロキョロと周りを見渡してるではないか。


「くっ……! まさかここまで怒っているとは……!」


「こりゃ、土下座の一つや二つは覚悟しなきゃいけないかもな……」


 意を決して、運営本部へと降り立つ。


「――ッ! 貴様らァ! ようやく姿を見せたかァ!!」


 唾を飛ばしながら怒声を響かせるじいさん。

 

「……お前の言いたいことはわかっている。だからこうして、ここまで来た」


「…………」


 じいさんは獣のように唸りながら、ただエリスを睨んでいた。

 ……と、その時だった。


「フハハハハ! よくぞ我が居場所がわかったな!」


 ふと、野太い男の声が空に響いた。

 

「……なんだ?」


 俺とエリスが上を見上げると、幾つもの黒い斑点のようなものが浮かび始めた。それは徐々に集まっていき、やがて人の姿を形成する。

 そして黒が弾け飛ぶと、そこに、コウモリのような翼が生えた男が現れた。


「ようやくまみえることが出来たぞ、勇者よ! 我が名はエンドリュー! 魔王の忠実なる配下、魔王六天王が一人であるぞ!!」


「…………」


「…………」


 ……誰だよ。

 おそらくエリスも同じことを考えているだろう。


「ふふふ……恐ろしくて言葉も出ぬか。だが、それも致し方なし! 我が貴様らの前に姿を現すということの意味……存分に思い知るがいいわ! フハハハ……!」


 一人高笑いを続ける羽男。


「あのぉ……ちょっといいっすか?」


「む? なんだ?」


「どちら様でしょうか」


「え? いや、だから……我が名はエンドリュー! 魔王の忠実なる配下、魔王ろ――!」


「いやいや、そうじゃなくて」


「……名乗りの腰を折らないでもらいたいのだが」


 やや不機嫌となるエンドリュー。


「あのですね、俺達、ここに賞金をお返しに来ただけなので……」


「え? 我を見つけのではないのか?」


「ええ、まあ。っていうか、正直誰かも知らんのですが」


「…………」


 エンドリューなる男は、ついに黙り込んでしまった。


「……なあエリス。今こいつ、魔王なんちゃらって名乗ってなかったか?」


「私にもそう聞こえたが……もしや、魔王軍の幹部の一人か? どうしてこんなところに……」


「そりゃもうアレだ。たぶん、お前に会いに来たんじゃねえの?」


「私にか? なぜだ……」


「いや分かんねえのかよ! お前一応勇者じゃん! 魔王の天敵じゃん! そりゃ幹部くらい来るっつーの!」


「そ、そうか……そうだったな……」


「えええ……自分の肩書を忘れてたのかよ……」


 国王が知ったら卒倒ものだろうに。


「き、貴様ら……! 我を放置するでない……!」


 エンドリューはワナワナと震えている。


「あー、すみませんでした。ええと、魔王……なんでしたっけ?」


「魔王六天王の一人だ!!」


「いや多いな。普通そういうのって4人じゃねえの? 四天王じゃねえの? なんだよ六天王って。語呂悪いだろうに」


「何を言う! 四天王よりも六天王の方が凄いではないか! 有能な幹部がそれだけ多いってことだ!」


「確かに……直属の幹部が多いほど、その分部下の統率も上手くいきやすいな……。魔王、やるではないか」


 エリスは一人納得する。

 

「お前の立ち位置はどこだよ。どこ褒めてんだよ」


 閑話休題……。


「フフフ、勇者よ。伝説の魔具は持ってきただろうな……」


「伝説の魔具? なにそれ」


「……あー、アレだアレ。さっき貴様らが貰った小手だ。こういうのを説明させるでないわ、まったく」


 エンドリューは実にやりにくそうである。


「あ、ああ……それか……。持ってきた、と言っていいものか……」


「これなんだけど……」


 エンドリューに向けて、両手の小手を見せる。


「な、なに!? 貴様、それを身に着けたのか!? ……フハハハ! 何たる愚か者だ! よく聞くがいい人間よ! それは身に着けたものの生命エネルギーを吸収する武具! 人間風情が装着すれば、たちまち全身のエネルギーを吸いつくされミイラのように身が萎み、即座に死が訪れ……!」


 と、ふいにエンドリューの顔から笑みが消える。


「……え? 貴様、何で死んでないの?」


「何でと言われても……さぁ……」


「いやいや、おかしいから。それ、我らが付けてもすぐ死んじゃうくらいヤバいヤツだから。何で死んでないの? むしろ何で普通に立ってるの? え!? ちょっと待って。しかも普通に会話してる? え? なんで?」


 エンドリューは こんらんしている!


「落ち着けエンドリュー。現にこうしてスレイは生きている。何かの間違いでは?」


「いやいや、本当だから。実際に忘年会でふざけて付けた部下が死んじゃったから」


 魔王軍の忘年会……見たいような逆に見たくないような。


「……エリス、これたぶんあれだ。体力の呪薬飲んだから」


「ああ、そういうことか。なるほど、無尽蔵な体力だからこそ問題ないのか……」


「でもずっと吸われ続けてるんだろ? そのうちヤバいかもしれないな」


「それは大丈夫だろう。その手の魔具には、それぞれにキャパシティがあるものだ。おそらくその小手のキャパシティはかなり大きく、並の者では死に至る程瞬時に吸われるのだろうが……」


「俺の体力量の方が大きいから、あっさり容量いっぱいになった、と……」


「そういうことだ」


「貴様……化物か!?」


 エンドリューは動揺しているようだ。


「だ、だがしかし、それは本来魔王様の武具! 体力を吸収し、魔力を増幅させるものだ! 例え貴様の体力が有り余っているとしても、人間程度の魔力が増幅したとて……!」


「え゛っ!? 魔力、増幅すんの!?」


「なんだその反応は……」


「…………」


「…………」


 俺とエリスに悪寒が走る。

 これまで、力、すばやさ、体力と、呪薬の効果によりそれぞれ化物並に超強化されていた。おそらく、魔力についても例に漏れず超強化されているはず。

 ただでさえ化物レベルになっていただろう魔力が、更に増幅していると……。

 それはもはや、化物程度では生温いのではなかろうか。

 それを理解していた俺とエリスは、ただただ恐怖するのだった。






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