第9話 伝説の呪いの武具。





「な、なあスレイ……」


「…………」


「聞いているのか?」


「…………」


「……もしかして、怒っているのか?」


 おそるおそる聞いてくるエリス。

 怒るも何も……その前に……。


「……俺は、なんてことを……ッ!」

 

 良心の呵責に耐え切れず、思わずその場にうなだれる俺。そして慌てるエリス。


「ど、どうしたんだ!?」


「どうもこうもあるか! 俺は……情けないんだよ!」


 当たり前というか何と言うか、レースに出場した俺達はものの見事に優勝を飾ったのだった。それこそ、もう圧勝も圧勝。他を一切合切寄せ付けず、戦意喪失者も多数出たくらいには圧勝だった。

 圧勝、だったのだが……。


「仮にも勇者たるお前が、賞金目当てに一般人相手にガチで勝負して……! そして、なんやかんやでそれに加担してしまった俺自身も……あー情けないッ!」


「す、すまないスレイ……! その……ちょっと舞い上がってしまったというか……」


 しゅんとするエリス。しかしながら、実力を隠すこともせず優勝賞金を搔っ攫った事実は何も変わらない。

 もはや、仕方あるまい。

 懐から賞金の金貨10枚を取り出す。


「……返してこよう」


「え? え??」


「これは返すんだよ! そして全てを謝る! それしかない!」


「うっ……確かに、その方がいいのかもしれないが……」


「路銀のことなら他に手立てを考えよう。少なくともこれは! 絶対に返す! ……いいな?」


「……はい」


 さすがにやり過ぎたとは思っているのか、特に反論することなく同意するエリスだった。


「……それにしても、これ」


 そう言って取り出したのは、副賞の伝説の武具である。

 伝説などと大層な前提はあるが、どう見ても小汚い小手にしか見えない。それこそしばらく誰も使っていないような、到底伝説の武具とは思えない品物だった。


「いらないって言っても半ば強制的に渡されたあたり、本当に伝説の武具かどうかも怪しいな。在庫処分されたって感じ」


「…………」


 エリスは首を傾げながら、その小手をじっと眺めていた。


「ん? これ、知ってるのか?」


「いや……これを、どこかで見た記憶が……。それがどこだったのかが思い出せないんだが……」


「そんな意味ありげな……」


 改めて、小手を見てみる。

 その黒い小手は布のようにしなやかであるが、同時に鉱石のように固い。武具に詳しいわけではないが、それでも悪くない物のように思える。見た目もそれなりにカッコいいし。それでも伝説の武具って言われると、疑問に感じてしまうものではあるが……。


「…………」


 ふと、好奇心が芽生える。

 考えてみたら俺の装備なんてエリスが用意した法衣だけしかない。だからちょっとした興味本位だった。

 チラッと、エリスを見る。


「どこで見たのか……うーむ……」

 

 エリスは未だに記憶を捜索中のようだ。

 奴に背中を向け、こそっと両手に小手を付けてみた。


「お、おおお……」


 なかなかいいではないか。

 地味な法衣にちょっとしたアクセントがついたような。しかも全然重くない。これなら問題ないだろう。

 

「――あ! 思い出した!!」


 エリスは手をポンと叩く。


「確か、呪われた武具について書かれた書物で見たことあるものだ。伝説的なアイテムには違いないが……伝説は伝説でも、伝説の呪いの武具だな。書物によれば、一度でも身に着ければ外れなくなり、その者に凶悪な災いが訪れるとされている」


「…………」


「スレイ、聞いているのか? とにかく、絶対に腕につけたりは……――」


 エリスは俺の方を見て、固まる。無論俺も固まっていた。

 二人の視線の先には、しっかりと小手を装着した俺の両手が。


「……つ、つけちゃった……」


「……なんと……」


 しばし沈黙する二人だったが、その直後、俺の絶叫が空に響き渡るのだった。



 ◆



「……どうだ? 取れそうか?」


「ふ、ふんぬぬぬぬ……! ふぬぬぬぬぬ……!! だ、だめだ……外れない……」


 とりあえず、外してみることにした俺達だったが、これがまた皮膚にくっついているように外れない。


「スレイの力でも外れないとなれば、もはやどうしようもないな」


「そんなあっさりと……」


「仕方ないだろう。呪薬の効果で、今のスレイの力は私以上かもしれない。そんなスレイですら外れないのであれば、もはや腕力ではどうしようもない品物ということだ」


「わかったようなわからんような……そもそも、お前の力がどれほどのものかを知らんのだが」


 それにしてもまいった。完全に早まった。

 好奇心は猫を殺すというが……いやでも、うん、それは猫の話だし。


「……どうだスレイ? 何か、体調に変化みたいなものはないか?」


「いや……今のところはなんとも……」


「……そうか。幸い、呪いも毒の類いではなさそうだな。とりあえずは一安心だ」


「安心って……どんな呪いかもわからないのにか?」


「少なくとも即効性があるわけではないということだ。となれば、本格的に呪いの効果が出る前に解呪師を探せば或いは――」


「見つけたぞッ!!」


 ふと、背後から怒鳴り声が聞こえた。見ればいつの間にか、見知らぬ男数名が。

 どうやら街の人たちみたいだが、何やら全員目が血走ってて、呼吸も「フゥッ! フゥッ!」とやけに荒い。そしてその手には、なぜだかナイフが……。


「こいつらが……!」


「……はい?」


「スレイ、知り合いか?」


「い、いやぁ……。あのぉ、どちら様で……」


 と、その時。


「――ッ! おい見ろ! あいつの腕!」


 男たちの視線が俺の両手に注がれる。


「え? これ?」


「そいつを――よこせぇぇ!!」


 突然男たちが襲い掛かる。

 ヒョイっと身を躱し、エリスと共に男たちの背後へと跳躍する。


「ちょ、ちょっと待ってくださいって! 俺達、何かしま――!」


 ……めっちゃしてる。

 資格偽って賞金と副賞掻っ攫ってる。


「……なあ、エリス。これ、不正がバレてるんじゃ……」


「そ、そんなはずは……」


「いたぞッ!!」


「こっちだッ!!」

 

 周囲から次々と目を血走らせた人達が走ってくる。老若男女問わず、全員がナイフだの農工具だの騒なものを手に取っていた。


「スレイ! 一度退くぞ!」


 エリスが建物の屋上に跳躍し、それに続く。そして屋根伝いに走り、屋根の陰から下の様子を窺う。地上にはうようよと凶器を手に持った人々が徘徊していた。一様に生気がなく、まるで亡霊のように漂いながら。

 しかし全員、何かを探すように首を動かしている。

 状況から察するに、おそらくは俺達なのだろうが……。


「何これ? え? ハザード的な何か?」


「わからない。わからないが……一つだけ、確かなことがある」


 当然、俺達の視線は両の小手に向けられる。


「……これか」


「ああ。あの者達の目的は明らかにそれだった。……と、いうことは……」


「……街全体が、めっちゃ怒ってるってことか……」


「残念ながらな……」


 意気消沈する俺達。

 この様子だと街全体がこの有様なのだろう。そして今いるのは街の中心部。いつ見つかるかもわからない。

 これは呪いか、はたまた罰か……。


「……だが、まだ終わっていない」


 静かに立ち上がるエリス。


「スレイ。その武具を返しに行くぞ。それは本来、私達が持つべきものではない」


「そう、だな……」


 確かに言ってることはわかる。わかるのだが、一つだけ気になることがあった。


(……お前が言うなよ)


 様子が激変した街の中で、俺は静かに、全力で、そんなことを思っていたのだった。




 


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