第8話 遥かなる路銀を求めて。




「すまないスレイ、路銀が尽きそうだ」


 立ち寄ったとある街にて、エリスは唐突に生々しいことを言ってきた。


「尽きそうって……どんくらい残ってるんだ?」


「もうしばらくは大丈夫だ。……ただ、このまま旅を続けるとなれば、おそらく足りなくなる」

 

「それはマズいな……。でもさ、そういう資金って国から援助されないのか?」


 あの呪薬の山の費用は国持ちにしたみたいだし。


「もちろんだ。しばらく困らないくらいには貰えたのだが……その……最近、が……」


「…………」


 物凄く言いにくそうにボカして言っているエリスだが……そのというのが何を指すのかなど、火を見るより明らかだと断言しておこう。


「……それって、この前のミートパイの店でのことじゃないよな?」


「――――ッ!!」


 ギクリ、という文字が浮かびそうなほど動揺するエリス。もはや答え合わせである。

 思わず「はぁぁぁ……」というデカい溜息が出てしまう。


「あの金がどこから出たのかと思っていたけど、まさか魔王討伐の路銀とは……。ミートパイで消えてたんじゃ、魔王に辿り着くまでにどんだけかかるんだよ……」


「あ、あれはだな……その……ちょっと気持ちが舞い上がってしまったというか……」


 必死の弁明をする勇者様。もはや勇ましさの欠片もない。

 ……実のところ、あの時山積みになった金貨は、店のご厚意により通常料金分だけ渡した後に俺が回収し、こそっとエリスの多次元布袋に収納しているのである。同封の説明書によれば、あの布袋から在中品を取り出すためには“収納した認識”が必要らしく、それを知らないエリスには取り出せないようになっていたのだった。

 金が足りず慌てふためくエリスの姿に若干の心苦しさを感じるが、我がパーティの財政破綻を防ぐためにも、ここは敢えて黙ったままにし、かつ、この機会にエリスにも貯金の大切さを学んでもらおうではないか。

 お金は運だけでは貯まらない。

 堅実な生活と弛まぬ我慢の心が必要となるのだ。


「……まあ、ないものは仕方がない。でも由々しき事態には変わりない。魔王討伐の旅を大切だが、その路銀はもっと大切だ。まずはギルドに登録して、テキトーに魔物狩りしながらお金を貯めてだな――」


「ス、スレイ! これを見てみろ!」


 俺の話を遮るように、エリスの声が響いた。


「なんだよ、いきなり叫んで……」


「いいから早く! これだこれ!」


 やむなくエリスに近付く。

 エリスが見ていたのは、壁に張り出された広告だった。そこにはデカデカとした文字で、こんなことが書いてあった。


 毎年恒例の伝統レース開催!

  優勝賞金は金貨10枚!

   副賞として伝説の武具!

    参加者募集中!


「見てみろ! 賞金が出るそうだぞ! しかも開催は明日だ!」


「…………」


 ……一つ、訂正をする必要があるようだ。

 お金は運だけでは貯まらない……と言ったが、たまに例外はある。唐突にえらい額のあぶく銭が手に入ることがあるのだ。

 それにしてもタイミングが良過ぎる。ご都合主義もいいところだ。これも勇者のスキルか何かか?


「っていうか、なんだよ伝説の武具が副賞って。そこはメインにしとけよ。金貨に負ける伝説の武具なんてありがたみなさ過ぎるだろうに」


「そんなことよりも金貨だ! 金貨10枚!!」


 そんなことって言っちゃったよこいつ。


「お前は立場的に金よりも武具に興味を示せ。金金叫ぶ勇者様とか、それもうこの世の終わりだよ」


 その時、ふと気付いた。


「……ん? このレース……参加要綱にカップル限定って書いてるぞ?」


「え?」


「見てみろ。参加資格者は恋人同士、または夫婦に限る……だって」


「…………」


 固まる勇者である。

 

「……まあ、現実はこんなもんだよな。やっぱりあぶく銭なんかよりも、現実的な労働でだな……」


「――……たい出る」


「は?」


 エリスは、何か言い出した。


「このレース、絶対出るッ!!」


「は、はぁぁ!?」


「い、今から登録しに行くぞ! 受付は今日までのようだし……! 急げスレイ!」


 目の奥に凄まじい炎を宿したエリスは、すぐさま受付所に向かおうとする。


「ちょ、ちょっと待てって! 俺の話聞いてた!? これ、カップル限定のレースで……!」


「だから! 私とスレイが……! そ、その……! カッ……カカカッ……カップルとして登録すれば!! ……問題ないだろぉ!?」


「だろぉ? じゃねえよ! 問題ありまくりだろうが! 資格偽ってガチで賞金狙う勇者とか聞いたことねえわ! っていうかそんな勇者嫌だ! 世界救っても何か救われない気持ちになりそう!!」


「し、仕方ないさ! こ、これは……そう! 魔王討伐のために必要なこと……だッ!!」


「あーもうむちゃくちゃだよこいつ……」


 そしてワタワタしながら受付所に向かおうとするエリスだったが、ふいに足を止めた。


「……ス、スレイ」


「今度はなんだよ」


「そ、その……私達は、これから……カ、カップルとして登録するわけだが……」


「出場するならそうなるだろうな」


「こ、このまま離れて歩いたら……疑われるかもしれないし……」


「疑われるも何も、思い切りクロだけどな」


「だ、だからだな! ……ええと、その……う、腕を組んで行かないかッ!?」


「………………え゛っ」


 今度は俺がフリーズする。


「い、いや……さすがにそれは、俺も恥ずかしいというか何というか……」


「い、言うなッ! 私だって……顔から火が出そうなんだから……」


「だったらしなきゃいいのに……」


「ダ、ダメッ! ダメったらダメ! 絶対……腕を組まなきゃダメなんだからッ!!」


「えええ……」


 恥ずかしい割には頑なに意見を変えないエリスである。


「ほ、ほらスレイ! いいからこっちに来い!」


「……はぁ、もうどうにでもなれ……」


 半ばヤケクソ気味にエリスの隣に行く。するとエリスがおそるおそる手を伸ばし、指先が俺の二の腕に触れる。


「…………ッ!」


 かと思えば、光の速さで手を引っ込めた。

 もはや顔はマグマのように赤い。そのうち血管破裂するんじゃねえのか、こいつは。


「な、なぁ……やっぱり無理せず、普通に行けば……」


「そ、それじゃダメなんだから! そんなの……カ、カップルじゃないし!!」


「お前のカップルの基準がよくわからん……」


 それからも、いちいち過剰反応するエリスに足が止まりまくり、受付をするまでに半日を要することになったのだった。

 こんな様子で、レース本番は大丈夫なのだろうか……。

 激しく不安になってきた今日この頃である。




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