第7話 勇者という二つ名の意味。




「殺ぉぉぉすッ!!」


 一気に距離を詰めてきたレオノーラは、巨大な戦斧を叩きつけてきた。刃を何とか避けたものの、一撃を受けた大地砕け足場はバラバラになりながら宙に浮く。

 しかしレオノーラの目はあくまでも俺を見ていた。


「どっせぇぇい!!」


 続けざまに斧が横に振られれば、硬い岩石はケーキのようにあっさりと切断される。


「すっげぇ切れ味……」


「おおおおおおおお!!」


 レオノーラは巨大な戦斧をまるで鞭のように振り回す。あらゆる角度で走る分厚い閃は、周囲にある岩石や木々を容赦なく引き裂いていた。これだけの攻撃を絶え間なく続けられるとは……国一番の剣士(?)ってのは本当なのかもしれない。

 ……しかしながら、伊達に俺も薬物ガブ飲みをしていない。確かにいつぞやの剣士と比べると桁違いに速いが、それでも躱すには十分過ぎた。

 傍から見れば、ノミの跳躍か。ぴょんぴょんと飛び回りながらレオノーラの斧を避け続ける。


「よ、避けるな卑怯者!!」


「バカ言え! 避けるに決まってるだろうが!!」


 しかし困った。今のところ問題なく躱せているが、このままずっとぴょんぴょんしてるわけにもいかない。しかし攻撃をやめてくれるとも思えない。


 躱し続けて幾刻――。

 これからどうしたものかと考えながら跳び回っていると、ふと気付いた。攻撃の速度が、明らかに落ちていることに。


(おんやぁ?)


 一度大きく後方に跳んでからレオノーラの様子を窺う。


「……ハァッ……ハァッ……!」


 彼女は明らかに疲労困憊といった様子だった。大量の汗が滴り、体を大きく上下させながら必死に呼吸を整えている。事実、俺との距離を詰めようともしていない。


「これは……」


「そろそろ限界のようだな」


 ふと、エリスが口を開いた。

 

「限界?」


「ああ。確かにレオノーラは強いが、あの巨大な戦斧を無尽蔵に駆使できるはずもない。単純に、体力が尽きかけているということだ」


「え? でも俺の方はまだまだピンピンしてるけど?」


「言い方は悪いが、それはスレイの方が異常ということだ」


「本当に言い方が悪いのな……」


 しかしこれぞ体力の呪薬の効果だろう。

 これだけの運動をしても息一つ切れることない無限の体力……他に使い道あんのか、これ。

 エリスは続ける。


「特にレオノーラは魔法を使えないからな。自ら体力を回復させる術がない以上、こうなることは目に見えていた。……とは言え、あのレオノーラの攻撃を躱し続けるなど、並大抵のことではない。俊敏性に動体視力、そして何より、動き続けることのできる化物並の体力……」


「思い切り化物って言っちゃうんだな、お前」


「いずれにせよ、流石だスレイ。もはや勝負は決したと言えよう」


 そしてエリスは、ゆっくりとレオノーラに歩み寄る。


「……満足したか、レオノーラ」


「……ま、まだです……! まだ……まだ戦えます!!」


「戦う? 違うぞレオノーラ。は、戦いですらない」


「え?」


「気付いていなかったのか? スレイが、一度でもお前を攻撃しようとしていたか?」


「――――ッ」


 レオノーラの表情が固まった。


「もしもスレイにその気があれば、勝敗はすぐにでも付いていたはずだ。しかしスレイは躱すことだけに専念し、武器を手に取ろうとしなかった。それが意味することは……わかるな?」


「…………」


(意味するも何も、俺、そもそも武器とか持ってないんだけど……)


 無論、そんなことを言える雰囲気ではない。

 それよりも……。


「レオノーラ、敗北は、必ずしも失うだけではない。例え失意に落ちようとも、そこからだからこそ見えるものもあるはずだ。今日の苦渋を糧とし、また研鑽を積むとよかろう」


「…………」


 ……なーんかエリスがいいところだけ持ってった気がする。命狙われたのも避けまくったのも俺なんだけど……。


(釈然としない……釈然としないぞー!!)


 これが勇者のやり方だろうか。実にせこい。静観を装いつつ、機を見て話を締めるとはせこすぎるではないか。

 だが俺が出張るタイミングは完全に失われたと言える。

 策士なり、勇者。


「……わかりました、勇者様」


 ふと、レオノーラは諦めたように声を漏らした。


「悔しいですが、私もまだまだ実力不足だということですね……。まさか、ここまで子供扱いされるとは思いませんでした」


「言っておくが、別に今のお前が弱いというわけではない。むしろ逆だ。他の猟兵や魔物であれば相手にもならないだろう。だが、今日は相手が悪すぎた……ということだ」


「…………」


 レオノーラは、一度だけ俺に視線を向けた。


「……勇者様、あの男、いったい何者なんですか? あれ程の者が、これまで表舞台に立っていなかったのが信じられません」


 そりゃ今までごく普通の村に住んでて、ごく最近薬物漬けにされただけだしな……。


「ふふふ……そうだろうそうだろう」


「なんでお前が得意げなんだよ。俺を巻き込んだのは徹頭徹尾お前だっつーの」


 するとレオノーラは、俺の方に近寄ってきた。


「……ワタクシの完敗です。改めて、名前を聞かせてもらえませんか?」


「……スレイ。スレイだ」


「そう……。ではスレイさん。しばし勇者様のことは、あなたにお任せ致します。ワタクシは初心に戻って、また一から出直すことにします。ですが、気を付けてください」


「気を付ける?」


「勇者とは、単なる称号ではありません。国から、世界から認められた英傑に贈られる、特別な二つ名なのです。故に勇者様を狙うのは、何も魔物だけではありません。名を上げたい強者、そして、勇者様の力を得ようとする軍や国、組織……。それらから勇者様をお守りするのもワタクシ達の役目でしたが……それは、あなたにこそ相応しいのかもしれません」


「…………」


(……あれ? 俺、今ボディガード的なことを任されてる?)


 何やら凄まじく嫌な話を聞いた気がするが……とりあえずいつも通り、聞かなかったことにしておこう。


「では勇者様、スレイさん。しばしの別れとなりますが、お体に気を付けてください……」


 そしてレオノーラは俺達が来た方向へ歩き始めた。

 ……かと思えば立ち止まり、振り返る。


「……最後に、スレイさん」


「俺?」


「はい。……ワタクシ、自分が天下無双などと驕っているつもりはありませんが……それでも、ワタクシよりも強い殿方を見たのは、あなたが初めてです」


「そりゃどうも。光栄……って言えばいいのか?」

 

「ええ、そうですね。光栄に思ってください。……今度勇者様とお会いする楽しみが、一つ増えた気がします」


 するとエリスは、何かに気付いたようだ。


「……おいレオノーラ。お前、もしや……」


 レオノーラは、クスリと微笑む。


「さあ、どうでしょうね……フフ……」


 そして踵を返し、去っていった。


「……まるで嵐みたいな奴だったな」


「…………」


「あんなのがあと二人もいるなんて……これから先が思いやられ――」


 と、エリスを見たところで固まる俺。

 エリスは、まるでめちゃくちゃ渋いお茶を飲んだかのように難しすぎる顔をしていた。


「……む、むむむ……!」


「……どうしたんだよ、お前」


「……絶対、パーティに入れない」


「はい?」


「何度来ても、絶対パーティには入れないからな!」


 急に怒り出したエリスは、とっとと先に進み始めた。


「お、おい! どうしたんだよいきなり!」


「絶対、入れてやらないんだからな!」


 何がなんだかわからんが、とりあえず先に進み始める俺とエリス。

 ……っていうか、これからどこに行くんだろうか。

 何度聞いても、頬を膨らませるだけのエリスであった。





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