第6話 剣士レオノーラの挑戦。




「――……おい、エリス。おいって」


「言うなスレイ。いいから歩け」


 エリスは一切後ろを振り返らず、ただ前に歩き続けていた。


「歩けって言われてもな……」


 チラリ、と後ろを見る。


「む、むぅぅ……!」


 俺達の後ろには、付かず離れず気配だだ洩れの尾行らしきことをしているレオノーラの姿があった。

 エリスに断られてからずっとこの調子である。

 諦めるどころか更に粘り強くなってる始末。あまつさえ、どうにも断られた悲しみを怒りに変換し、俺にぶつけているようにも見えるのは気のせいであって欲しい。


「でもエリス、このままってわけにはいかないだろうに。あいつ、たぶんずっと付いてくるぞ」


「しかしどうしようもない。このまま放置して、適当なところで撒けばいい」


 エリスは取り付く島もないといった様子。

 しかしながら、さすがにちょっとは不憫に思えてきた。何しろあのレオノーラという剣士、性格は色々アレだけど、エリスに対する忠誠心というか崇拝心は本物以上なのは間違いない。そしてその根幹にあるのは、あくまでもエリスの役に立ちたいというある種の純粋な気持ちだろう。

 

「ちょっとくらいの間なら、一緒に旅してもいいんじゃねえの? 腕は確かなんだろ? うるさくはなっても邪魔にはならんだろうに」


「……スレイは、それでいいのか?」


 ふと、エリスは呟く。


「さぁな。下手すりゃ俺ばっかり怒鳴られることになるかもしれないけど……。ただ、このまま後ろをついてこられるとどうにも目について――」


「違う、そうじゃないんだ。……その……私と、二人きりじゃなくなって……」


 ごにょごにょと語尾を小さくさせるエリス。


「ん? 最後の方、よく聞こえなかったけど……」


「だ、だから! 私と二人きり――!」


「勇者様ッッ!!」


 突然、隠れていたレオノーラは俺達の前に立ちはだかった。

 しかしその様子は先ほどと打って変わり、まるで絶望したかのように表情は暗い。


「ど、どうしたんだ?」


「……勇者様。ワタクシ、わかりました。わかってしまいました……。なぜ勇者様が、ワタクシを旅にお供させてくれないのかが……」


「なッ――!?」


 激しく動揺するエリス。心なしか顔が赤い気もするが。


「勇者様がワタクシをお供させてくれないその理由は……ずばり……!」


「ま、待つんだレオノーラ! さすがに……その、スレイがいる前では……!」


 慌てふためくエリスを無視し、レオノーラは俺を“ずばり”と指さした。


「……この男が、邪魔をしているんですね!!」


「………………ふぇ?」


「は? 俺?」


「そうです! そうに決まっています! でなければ、あの心優しい勇者様がワタクシから距離を取ろうとするはずがありません! ええ! 断じてありえません!!」


 その自信がどっから湧いて出てるのかが気になるところ。

 そしてレオノーラは改めて俺の顔面に指先を突きつけた。


「憎きはこのスレイとかいうモブ男! おそらくはド汚く極悪非道な謀略を以て、勇者様の意思を捻じ曲げていると見た! そしてゆくゆくは……清廉潔白にして女神の如く麗しい勇者様に、あんなことやこんなことを……!! ムキィィィィ!!」


「あ、あんなことや……」


「こんなこと……」


「てめえが黒幕ってのはわかってんだよ! 絶対許さねえからな鬼畜野郎が!!」


「……ちょっと、タイム」


 レオノーラに一時休止を提案した俺は、エリスの腕を引っ張り距離を取る。


「……おい、あいつ何か妙なこと言い出してるぞ」


「あ、ああ、そうだな……でも、良かった……」


 なぜかエリスは胸を撫でおろす。


「いやいや、全く良くねえ。なんか俺がめちゃくちゃクソ野郎な言われ方してんだけど」


「い、いや……。今のはそういう意味ではなくて……」


「じゃあどういう意味だよ」


「そ、それはだな……」


「――勇者様ぁ!」


 いきなり叫ぶレオノーラ。

 どうでもいいが、いちいち声がデカいのは勘弁してほしい。毎回ビックリする。


「それそれ! それですよそれ! それはアレですよね!? なんか、こう……弱みを引き合いに出して脅されているんですよね!? おい畜生野郎! 違うというのであれば言い訳の一つでもしてみろや!!」


「ああ、だからそれはだな――」


「問答無用ッ!! 言い訳なんて聞きたくないんだよ!!」


「えええ……」


 聞くのか聞かないのかどっちかにしてほしい。


「もはや問答は尽くした……」


「いつ? いつ尽くしたっけ?」


「てめぇの所業は……今この場で、ワタクシが断罪する!!」


 そして彼女が右手を空に掲げると、何もない空間からソレは突如現れた。

 巨大な斧である。まるで黒い岩石を粗削りしたかのような、愚鈍で威圧感のある巨大な戦斧だった。


「剣士レオノーラの名に懸けて、てめえを討つ!!」


 鬼気迫る表情で、レオノーラは吠えた。


「……どうすんだよ、これ」


「スレイ、諦めろ。こうなったレオノーラは私の話すら耳に入らない」


「他人事みたいに言ってんじゃねえよ! 少なくともこの場で一番巻き込まれてるのは俺なんだぞ!? しかも向こうは殺意出しまくってるじゃねえか!」


「心配無用だ。さっきの街でのお前の動きを見た限り、今のレオノーラ相手に後れを取るとは到底思えん。適当にあしらっておけば、奴もそのうち飽きるだろう」


「俺の方は既に飽き飽きしてるんだけど……」


 などという俺の言葉を軽く聞き流したエリスは、達観した顔で俺から離れ、近くの岩肌に寄りかかった。マジで様子を見るだけで終わるらしい。嘘だろ勇者様。


「……覚悟はいいか、クソ野郎!!」


 今にも飛び掛かってきそうな雰囲気を出しまくりなレオノーラ。

 ……だがしかし、その前に、どうしても言いたいことがあった。おそらくこれまで誰一人として触れてこなかったであろうが……俺には、その沈黙に耐えられない。


「……なあ、一つだけいいか?」


「なんだ!」


「いや、その……。お前、有名な剣士なんだよな? 剣士レオノーラなんだよな?」


「それがどうした!!」


「いやでも……お前持ってるの、斧じゃん。めちゃくちゃゴツイ斧使ってるし、それもう剣士じゃなくて斧士じゃん。剣士なら剣使えよ」


「…………」


「…………」


 時が、止まった。

 しかし次の瞬間、レオノーラは般若のように怒りで表情を歪めた。


「お前殺すッ! 絶対殺してやるッッ!!」


 逆鱗を引き剝がされたレオノーラは、一気に飛び掛かってきたのだった……。

 ……やはり触れてはいけなかったようだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る