第5話 勇者のお供はお供したい。
商人の街を出て、俺とエリスは街道を歩いていた。
だが、その空気は重い。
「…………」
「…………」
お互い口を閉ざし、言葉を発しない。
正確に言えば、俺が何も言わないからエリスもどうすればいいのかわからず、結局お互い黙っているような感じだろう。
しかしながら、実際に俺は怒っている。そりゃもう、プンプンなのである。
いい年した奴がいつまでもネチネチ怒るのはどうよって意見も分からなくもない。だが考えて欲しい。無理やり村を連れ出され、半強制的に得体の知れない薬物を大量に飲まされ、挙げ句の果てにその薬物が一つ飲むごとにデッド・オア・アライブを彷徨うものであったと発覚したのである。これで怒らない奴がいるなら是非とも見てみたい。
しかし街を出てからここまでの間、エリスの様子を見る限り、一応反省はしているようだ。何度も何度も俺の顔色をチラチラ窺い、何か言おうとするかと思えば言葉を引っ込め、特大のため息を吐き出す。
何だか俺が意地悪しているように思えてくる。はっきりと言っておくが、俺は被害者であって加害者ではない。死にかけたのは俺であってエリスではない。でもまあ、結果論で言うならば死んではいないわけであり……。
(……しゃあねえな)
「……なあ、エリス」
「えッ!? あ、ああ! どうしたんだ!?」
過剰反応を見せる勇者様である。
「呪薬の件、お互い水に流そうか」
「え? し、しかし……」
「なんだかんだ言っても、飲む前にちゃんと確認しなかった俺にも非があるわけだし。ただ、これからはちゃんと説明書きを見てくれよ。もう知らないところで死にかけるのは御免だからな」
「あ、ああ、わかった。約束する。……その、スレイ?」
「ん?」
「……ごめんなさい」
そのセリフをずっと言いたかったのかもしれんな、こいつは。
どちらにしても、水に流すと言ったのは俺だ。もう忘れてしまおう。
「で? これからどこに行くんだ?」
「そうだな……とりあえずは――」
「――勇者様ぁぁ!!」
突然、エリスの言葉を遮るように女性の声が背後から響き渡った。
俺とエリスは足を止め、後ろを振り返る。するとそこには、肩で息をしながら俺達をしかと見つめる女騎士が一人。
「……うッ」
明らかに「マズイ」と言わんばかりに表情を歪めるエリスを俺は見逃さなかった。
「……やっと……やっと見つけた……!」
彼女は走る。青銅の鎧を身に纏い、水色のポニーテールを靡かせ、大きな瞳に涙を浮かべながら。一直線にエリスに駆け寄り、抱き着かんがために数メートル先からジャンプする。
「勇者様ぁぁ!!」
――が、無情にもエリスは軽やかに躱し、女騎士は「ぐへぇぅッ!」という鈍い呻き声を漏らしながら大地を滑ることになった。
「……おいエリス。せめて受けて止めてやれよ」
「す、すまない。思わず体が……」
思い切り顔面からズッコケた騎士さんは何とか立ち上がり、顔をこっちに向ける。めちゃくちゃに涙目になっていて、その小さな鼻からは深紅の雫がドボドボと……。
「さ、さすがは勇者様……まさかお避けになるとは……! しかしこれぞ常在戦場の心というものですね!」
「……おい、鼻血出てるぞ鼻血」
「やはり貴方こそ、探し求めていた勇者様! さあ! お迎えに参りましたよ!」
「だから鼻血拭けって。ビジュアル的に色々マズイから」
「うるさぁぁい!! 外野は黙ってろボケナスが!!」
血走った目をギンギンに見開いた騎士さんは死ぬほどブチギレる。それでも鼻を袖で乱雑に拭き始めるのは、やはり血はマズイと思ったのかもしれない。
完全にドン引きしている俺は、小声でエリスに尋ねてみた。
「……おい、なんか色々ヤバい奴みたいだけどお前の知り合いか?」
「……一応、面識はある。あるのだが……」
あのエリスが既に疲れた顔をしている!
こいつはヤベエ! 間違いなくヤベエ奴だ!
鼻血が止まったところで、女騎士はようやく落ち着きを取り戻した。
「……お見苦しいところをお見せしました。ワタクシ、レオノーラと申します。これでもそこそこ名の売れている剣士でございます」
「あ、どうもどうも。俺はスレイって――」
「――お前かぁ!! 勇者様をたぶらかしたのはぁ!!」
再びキレられる俺、哀れ。
「落ち着けレオノーラ。スレイは私がスカウトしたんだ」
「スカウト!? 勇者様自らが!? こんんんなどこぞの馬の骨ともモヤシとも分からない男を!?」
するとレオノーラはめちゃめちゃ俺を睨みつけてきた。
「……おいお前。勇者様に何をしたんだ? あ? なんか弱みでも握ったんだろ? あ?」
こいつの弱みがあるのならすぐにでも教えて欲しいところだ。
「レオノーラ、やめるんだ」
「でもでも勇者様ぁ! こんなオーラの欠片もない奴よりも、ワタクシの方が100倍……いや、100万倍役に立ちますよ!? 絶対ワタクシの方がいいですよ!? お得ですよ!?」
(何に対してお得なのやら……)
と、心の中だけで呟いておく。
「おいモヤシ野郎! よぉく聞きやがれ!」
再び俺に怒鳴るレオノーラ。どうでもいいが、キャラがコロコロ変わって忙しい奴。
「ワタクシはなぁ、国王様直々に勇者様のお供を仰せつかった正式な勇者パーティの一員なんだぞ!? 遠くから見ていれば当たり前のように勇者様の横を歩きやがって……! 羨ましいんだよボケナスがぁ!」
思いの丈をぶちまけるレオノーラである。
……まあ、この際この多重人格女は一旦放置するとして、少々気になることが。
「……エリス、国王様直々のパーティっていたのか?」
「当たらずとも、そうだな。勇者の試験に合格した時に、国一番の猛者という3人を紹介されたことはある。即ち、賢者クリフトフ、武道家ヴェロニカ、そして……」
「……そう! その最後の一人がこのワタクシ! 至高の剣士レオノーラというわけ! わかったかモヤシ野郎が! ワタクシは凄いんだぞ!」
凄いのかもしれんが、微塵も威厳を感じられないのは気のせいか。
「それはそうとして、そんだけ凄そうな3人を紹介されたんだろ? なんでお前一人で村に来たんだよ」
「そ、それはだな……」
「お待ちください勇者様! そのご説明はワタクシにお任せを! ……よぉく聞きやがれモブ野郎!」
クワっと、レオノーラは仁王立ちする。
「あの夜……ワタクシ達が魔王討伐を誓い合った夜のこと! 勇者様は誰にも何も告げず、一人城を旅立たれた! その理由は、一つ! ――魔王討伐という危険な旅に、ワタクシ達を巻き込まないようにするため!!」
ブワッと、今度は泣き始めるレオノーラ。
「何というお優しきお方でしょう! ワタクシは、その時誓いました! ワタクシのこの命、勇者様に捧げようと! ワタクシの命は、勇者様のためにあると! 必ずや勇者様を探し出し、魔王討伐にお供しようと!!」
「……エリス、そうなのか?」
「は、ははは……」
乾いた笑いを漏らす勇者様。
絶対違うんだろうなってのを察するには十分過ぎた。
「とにかく! 勇者様が姿を消した翌日! ワタクシ達は散り散りになり勇者様を探す旅に出たのです! そして、ワタクシが! このワタクシが!! 勇者様を見つけたという事実!! これもう運命でしょ! 運命のお供でしょう! あの二人よりも先に見つけるなんて、これもうワタクシがお供しなければいけないという天のお導きでしょう!」
そしてレオノーラは、勇者の前に跪いた。
「……と、いうわけで……魔王討伐の旅にワタクシをお供させてください、勇者さ――」
「断る」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
食い気味に断る勇者様に、レオノーラは絶叫する。
(こいつ……ヤバい……)
その光景を見て、俺はただひたすらに「ヤバい(ヤバい)」という言葉を脳内で連呼するしかなかったのだった。
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