第4話 九死に一生な超強化。




 食事後、俺達は街をぶらぶらと歩いていた。

 エリスは尚も上機嫌であった。


「ここは本当に素晴らしい街だな」


「素晴らしいかは知らんが、いい街ではあるな。活気があるし、色んなものが売られているし」


「そう言えば、スレイ、体調はどうだ?」


「それが驚くほど良くなったんだよ。飯のおかげなのか、はたまた歩いたおかげなのか」


「きっと両方だろう。……でも、良かった。本当に……」


 と、道の途中に人だかりができていた。

 特に目的地もなかった俺達は、「なんだなんだ」とその方向に足を向けた。

 その中心には派手な服装の男と、屈強な体をした甲冑姿の大男が立っていた。

 派手な男が「さあさあお立ち会い!」と人々を煽り、声を張り上げる。


「ここにいる男は、先日あった“魔の月”にて魔物4体を屠った豪傑! この男から一本でも取れたら、超貴重な魔法道具を進呈するよ! 参加料は銀貨5枚! 誰か挑戦する方は!?」


 なるほど、こういった催し物も商人の街ならではってところなのかもしれない。

 だが本当に甲冑男は大層な体付きをしていて、携える大型の剣が棒切れに見えてしまう。


「なあエリス。お前なら余裕なんじゃねえの?」


「無論だな。あくびが出る」


 即答しやがった……まあそうなんだろうけど。

 するとエリスは、何かを思い付いたような顔をする。


「……そうだ。スレイ、ちょっと試してみたらどうだ?」


「試すって……何を?」


「実力だ。先日の修行の成果、まだ確かめていないだろ?」


「あの薬物ガブ飲みイベントを頑なに修行扱いするつもりなんだな、お前……」


 修行というよりも苦行だったが。


「ともあれ、これはいい機会だ。――すまん行商! この者が参加する!」


 全員の注目が俺達に集まる。


「お、おい!」


「スレイなら大丈夫。私を、自分を信じろ」


「満ち足りた顔でいいこと言ってるみたいにしてるけど、お前のその信頼度は薬物に依存しているんだからな。かなり危ない思考なんだからな」


 しかしながら、周囲からは好奇の視線を向けられ後に引けない状態になっているのは間違いない。

 なんだかすげえ恥ずかしいが、やむなく、前へと出ていく。


「よく来たねお兄さん! まずは参加費を」


「はいはい、銀貨5枚ね……。商品ってのは、本当に銀貨5枚に見合った商品なんでしょうね?」


「それはもうバッチリと。最近更に価値が上がって、今や“幻のアイテム”と呼ばれている逸品ですのでご安心を。ルールは簡単。こちらが用意した模造剣を使って、どちらかが一本取ったら終了。わかりましたか?」


「その一本って基準がわかりにくいっすけど……」


「なぁに。真剣勝負なら殺されてるってところで止めると思っておいてください。お兄さんはどうにも傭兵業とかしたことなさそうですし、もう何やってもいいですからね」


 行商は饒舌に語る。

 どうやら俺の体格や見た目から「どうせこんなモヤシ野郎に勝てるわけがないだろ」などと高を括っているようだ。……その実、着ている装備はヤバいやつではあるんだが。行商としての能力は、あんまり高くないのかもしれない。

 そして模造剣が渡され、相手の大男もまた剣を構える。


「それでは……始め!」


 その掛け声と共に、大男は突進する。勢いそのままに剣を振り上げ、一気に降ろしてきた。

 ……が、遅い。遅すぎる。まるでスロー再生のように動きが丸わかりである。その剣を難なく躱した俺は、一度大男から距離を取る。


「え、ええと……」


 困惑しながらエリスを見ると、奴はニッコニコしながら親指を立てているではないか。

 それから更に大男は繰り返し剣を振るが、やはり遅い。何て言うか、攻撃が始まると途端に周囲の動きが遅くなるような……そんな不思議な感覚だった。ちょうど夢の中で、時間の流れが鈍化した状態と言えばわかりやすいかもしれない。その中でも、俺だけは普通に動けるみたいな。

 

「お、おのれ……! ちょこまかと!」


 大男はブチギレ声で俺を狙い続ける。

 このままでは相手に恥をかかせ続けることになりかねないので、剣を避けたところで後ろから軽く押して倒し、勝負を決することにした。

 相手が縦一字に剣を振ったタイミングを見計らい、背後に回る。そして男がバランスを崩すように、右手で軽めに背中を押してみる。

 とその瞬間、男はロケット砲のように吹き飛んでしまった。


「うおおおおおおあああああああああ……!!??」


 男は野太い悲鳴を上げながら空中を飛空し、その先の壁に衝突して気絶した。

 痛そう……めちゃくちゃ痛そうである。甲冑を着ていて良かったのかもしれない。


(……っていうか、なにこれ)

 

 自分でも何が起きたのか理解できない。それは周囲も同じようで、歓声というよりもザワザワとした動揺が広がっていた。

 すると、俺の肩がポンと叩かれた。見ればどこまでも満足そうに頷くエリスがいるではないか。


「……さすがはスレイだ。完勝だな」


「待て待て待て待て。お前これ……どうなってんの?」


「動揺することはない。それが、お前の力だ」


「いや違うだろ。どう考えても金とアイテムの力だろうに」


 おそらくというか確信的にそうだが、あの薬物の効果が出ているのだろう。さっきの状態を考えると、おそらく力とすばやさの薬の効果か。

 ……残る体力と魔力の薬の効果がどれほど出ているのか、考えるのが怖かったりする。


「あ、あのぉ……」


 ふと、行商が声をかけてきた。


「お、おめでとうございます。……ところで、貴方様はいったい何者で……?」


 行商はどうやら俺が只者ではないと感じているようだ。俺が言葉に迷っていると、なぜだか張り切り始めた奴が一人。当然、エリスである。


「よく聞け行商。この者こそ、いずれ魔王を討伐する男――史上最強の男、スレイだ!」


「ま、魔王を……!?」


 行商は恐れおののいている。


「おいやめろ。マジでやめろ。聞いてて恥ずかしくなるからホントにやめろ」


 だいたい魔王はお前が……という言葉は絶対に言わないようにする。


「ところで行商よ。件の商品は?」


「へ、へえ……これですが……」


 そして差し出されたアイテムを見つめる俺とエリス。

 そのフォルムには、何やら凄まじく見覚えがあった。


「……おじさん、これって……」


「これは“力の呪薬”と呼ばれる魔法道具でして、これ一つ飲めば並の男を圧倒できるほどの力を得ると言われているんだよ」


「…………」


 やはり間違いない。

 それこそ、エリスが大量に用意したあの薬物だった。


「これ一つで、並の男を圧倒する力……」


 俺はそんなものをガブ飲みしたというわけか。更に言えば、俺が飲んだのは力だけじゃない。すばやさ、体力、魔力……。それぞれ数えるのもアホらしくなるくらい飲んだわけだし、いったいどんな化物に仕上がってるんだよ俺は。


「どうするスレイ。飲むのか?」


「いやさすがにそれはもう……。おじさん、別にいらないんだけど」


「なんと! それはもったいない!」


「もったいない?」


「さっきも言った通り、このアイテムは今かなりの品薄になってるんだよ。聞いた話だと、少し前にこの手の呪薬を大量に購入して買い占めてしまった輩がいたらしくてな。おかげで今じゃ値段が跳ね上がってて、売ればけっこうな金額になるんだよ」


「…………」


「…………」


 その犯人には心当たりがある。ありすぎる。っていうか、ある意味俺も共犯なのかもしれない。

 さすがのエリスも自分が主犯であると認識しているのか、明後日の方に顔を向けて複雑な表情を浮かべていた。この際だからもっと反省しろ。


「ただまあ、このアイテム、強力ではあるんだけど……少々リスクはありますがね」


「リスク……?」


(あー、体調が悪くなるみたいなやつか)


 確かにあの地獄を考えると、それはもうリスクと言えるのかもしれない。


「いやね、このアイテム、飲んだら強くはなれるんだが……だいたい1割の確率で、するんだ」


「……………………は?」


 今、何て言った?


「……すまん、おじさん。よく聞こえなかった。もう一回言って?」


「だからこの薬を飲むと、1割の確率で死ぬんだよ」


 死ぬんだよ(死ぬんだよ)。


「――――」


 頭が真っ白になったのは、言うまでもない。


「実際にこれを飲んで即死した奴は見たことあるけど、そりゃもう無惨にこう……“パァン!”と」


「パァン……」


「強くはなっても死んだんじゃ元も子もないしな。だからこそ、“呪薬”って言われてるんだろうけど。それでも一つだけなら生存率の方が高いし、どうするかはお兄さんが決めるといい」


 それだけ言い残した後、茫然とする俺に商品を渡した商人は歩き去ってしまう。

 片や残された俺は、やはり言わねばならぬと口を開いた。


「……おい、エリス」


 ビクリッ!! ――と、エリスは固まる。


「お前、知ってたのか?」


「…………」


「説明書、見たんだよな?」


「み、見たのは見たが……その、詳しくは……」


「いや見とけよ! お前はそんなテキトーな感じで俺に散々飲ませたのかよ!」


「す、すまなかったスレイ……。だが考えてもみろ。お前は生きてるし、強化もされているから結果オーライだ」


「結果論100%で押し切れると思うなよ!? 俺がどんだけ死にかけたと思うんだよ! 1割で即死だぞ!? 俺はそれを何本飲んだ!? 何本飲まされたんだ!? 少なくとも50以上は固いぞ!? 仮に50本だとしても生存率0.5%じゃねえか! 九死に一生どころの話じゃねえだろうが!」


「ふむ、凄まじい幸運だな。さすがはスレイだ」


「うるせえよ! 俺に不運をもたらしまくったお前に言われても嬉しくねえよバカ野郎!」


 今後こいつから送られた薬物は口にしないでおこう。

 生を噛みしめながら、そんなことを考えていた。



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