第3話 勇者様は子供みたい。




 それから数日後、俺達はとある街にたどり着いた。

 その街の近くにいくつもの街道があり、海にもほど近いためか商業が盛んな町である。そのため街中が活気に満ち溢れ、立ち並ぶ露店からは溌溂とした商人達の声が響いていた。

 ……が、しかし。

 そんな元気もりもりな街とは対照的に、俺はそれどころではなかった。


「……うぇぇ。気持ち悪い……」


 宿屋でぐったりする俺。

 ここ数日、腹痛に頭痛、胃痛に関節痛、吐き気に倦怠感、発熱に鼻炎、耳鳴り、ついでとばかりに眼精疲労と、まるで全部乗せのような体調不良に悩まされ続けている俺は、まさに地獄を見ていた。


「医者の見立てでは食あたりじゃないかという話だが……」


 ベッドの横の椅子に座るエリスは言う。


「スレイ、何か心当たりはないか? 拾い食いなんてことはしていないか?」


「ひ、拾い食いはしてないけど……どう考えてもだろうに……」


「あのせい……なんだ?」


「なんでわかんねえんだよ! どう考えても薬のせいだろ! っていうかこちとら薬飲んだ翌日からずっとこの調子だよ! 普通気付くだろうが!」


「ふむ……。だが説明書では、確かにすぐに治まると書いてあったはずだが……」


「そりゃ1つだけ飲んだ場合だろうに。あんだけ大量に飲ませるなんて想定してるはずないっての。……あー、気持ち悪い……」


 とは言え、ここ数日安静にしていたせいか、ある程度は体調もよくなってきた。まだまだ本調子とはいかないが、体を動かすことはできる。

 それよりも気になることが。


「……おい、エリス」


「ん? どうしたんだ?」


「お前さ、この街に着いてからずっと俺の横にいるけど……ちゃんと飯食ってるのか?」


「ああ問題ない。人間水さえあればしばらく死ぬことはない」


 しばし沈黙が流れる。


「……おいおい、それってまさか……この街着いてから、お前、水しか飲んでないのか?」


「…………」


 無言になるエリスの様子が、その答えだろう。


「な、何やってんだよ!」


 ビクッと、エリスは身を縮める。


「この街に来てもう数日だぞ!? お前までぶっ倒れるだろうが!!」


「それは……その……」


 ばつが悪そうに、しどろもどろになる勇者様。


「こ、この街のミートパイは……絶品と聞いた。だから……ええと……」


「だから……なんだよ」


 視線を泳がせながら、エリスは少し言葉を探す。


「……お、お前と一緒に……食べたかったんだ……」


「俺と?」


 エリスは小さく頷いた。


「…………」


 ここで説教の一つでもするべきなのかもしれない。

 そんなことのために……と、言ってしまうのは簡単なのかもしれない。

 しかし勇者様を見てみろ。すっかりしゅんとしてしまっているではないか。もちろんろくに飯を食べていないからってのもあるだろうが……。

 どちらにしても、こうまで神妙にされてしまうと、どうにも怒る気力も消失してしまう。


「……あー、なんだ? 俺もだいぶん調子が出てきたっぽいな」


 エリスはようやく俺に視線を戻した。


「なんか腹が減ってきたし……飯、行くか?」


「……う、うん!」


 パァっと表情を明るくさせるエリス。

 飯と聞いてテンション上げるとは。

 まるで子供だぞ、勇者様。



 ◆



「こ、こいつは……!」


 俺は今、猛烈に感動を覚えている。

 テーブルの上に広がるミートパイなる魔性の料理が、胃袋をファンタジーで包んでいるからである。


「これは……聞きしに勝る美味しさ……!」


 エリスですら両の瞳に☆を浮かべるほど、そのあまりの美味さに打ち震えているではないか。

 だがそれも致し方なし。何しろこのミートパイである。

 オーブンで焼いているにも関わらず、肉のパサパサ感はない。むしろジューシーで噛むほどに肉の旨味が口の中に広がっていき、その中でアクセントとして輝くペッパーの絶妙なバランスが……!

 などとグダグダ考える暇も惜しい。とにかく美味い! 美味すぎる!

 

「でも、よくこの料理のこと知ってたな。こんな僻地にある街なのに」


「……実は、スレイの村に行く前にこの街に寄ったんだ。その時に、この料理のことを聞いてな」


「そうだったのか。そんときは食べなかったのか?」


 首を横に振ったエリスは、満足そうに微笑んだ。


「言ったはずだ。――お前と、食べたかったんだ」


「……そっか」


 とその時、俺とエリスの前にそれぞれカットされた果物が置かれる。

 見ればテーブル横に、コック服のおじさんが満面の笑みで立っていた。


「あの、別に注文してないんですけど……」


「いいってことよ。さっきから見てたけど、そんだけ美味そうに食べられたんじゃサービスもしたくなるってもんさ」


「そうか。……スレイ、せっかくのご厚意だ。ありがたくいただこう」


「それもそうだな。ありがとう、いただきます」


 おじさんは豪快に笑う。そして俺とエリスの顔を交互に見た。


「お前さんたちはあれか? もしかして、新婚さんか?」


「俺達が? いやいや、そうじゃなくて――」


 すると、エリスに異変が起こる。


「……し……」


「ん?」


「し、しししし……! しししししししししし……!」


 顔を茹でタコのように真っ赤にさせたエリスは、壊れた機械のようにひたすら「し」を連呼し続けていた。


「エ、エリス!?」


「おいおいどうしたんだ!?」


 俺とおじさんが声をかけると、エリスは一度大きく天を仰いだ。かと思えば「フシュゥゥゥゥゥ」というロングブレスを吐き出し、さも平静を装う。耳は未だ真っ赤だが。


「……失礼、少々取り乱したでござる」


「ござる?」


「もう大丈夫だ。世話をかけたな皆の衆」


「皆の衆……」


 キャラが崩壊しつつあるエリスは、スペシャル上機嫌でおじさんに尋ねた。


「時に店主」


「は、はい?」


「そ、その……私達が、ええと……」


 俺とおじさんが頭上に疑問符を浮かばせてると、突如エリスはグワッと顔を逸らした。


「し、新婚にッッ!! ……見えたのか?」


「え、ええ……まあ……」


「そ、そうか! そうなのか! ならば仕方ない!」


「何が仕方ないんだよ何が」


 などと言ってる目の前で、エリスが取り出したのは便利な多次元布袋。

 それをひっくり返せば、中から大量の金貨が流れ出た。ジャラジャラジャラジャラと、ジャラジャラジャラジャラと。

 おじさんと俺は呆気に取られ、ただただ積まれる金貨を見つめていた。


「……釣りはいらぬ。世話をかけたな」


 そう言い残したエリスは、颯爽と店を後にするのだった。

 

「……兄ちゃん」


「はい」


「あの嫁さん、ちゃんと見てやらんとおめぇ……大変だぞ」


「そっすね……。見てても大変なのは変わりませんが……。あと、嫁じゃないっす」


 とりあえず、今後財布の管理は俺がしようと、絶品ミートパイに誓うのだった。





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