第2話 村人A、薬漬けにされる。

 



「さしあたって、まずはお前を強化しようと思う」


 野営中、エリスは唐突にそんなことを言ってきた。


「いきなりだなオイ……」


「これからの旅を考えるに、お前の能力の低さが少々問題になりそうだからな」


「いや旅考える前にわかっとけよ。そもそも最初から問題提起してたっつーの」


「まあ聞け。対策はちゃんと考えていた」


 そう言いながら、エリスは何やら小さな布袋を取り出した。


「その袋は?」


「多次元布袋と呼ばれる魔法道具マジックアイテムで、城の宝物庫にあった。この袋の中には特殊な結界が施されていて、大きさや質を問わず、ありとあらゆるものを無制限に収納できるという道具だ」


「へー、すげえ便利だな。まるで未来の道具みたい」


「何を言っているんだ?」


「いや、突然そんなフレーズが脳裏に……気にしないでくれ。それで、どうするんだ?」


「とりあえず、これを……」


 ドサァァ! と。

 エリスが袋を逆さにすると、中から大量の小瓶が出てきた。それは瞬く間に足元を埋め尽くし、山となる。


「……何、これ」


「体力や力、魔力、すばやさを向上させる道具だ。村に行く前に、大量に仕入れてきた」


「いや大量にも程があるだろ。そもそも、こんなものどこに売られてたんだよ」


「普通に入手することはまず不可能だ。少々、闇市でな」


「闇市って……いくら使ったんだよ」


「具体的な金額は控えておくが……そうだな、城で請求書を突きつけたら大臣が泡吹いて倒れていた程度だな」


「…………」


 この勇者様、国を傾かせるつもりか。


「それで? これ、どうするんだよ」


「決まっている。……飲め」


「誰が?」


「お前が」


「……全部?」


「全部」


「…………」


「…………」


 この勇者に倫理観はないのだろうか?

 

「さて、そろそろ休むか……」


「待てスレイ。休むなら、飲んでからだ」


「アホかよ! こんだけ得体の知れない薬物飲んだら死ぬっつーの!」


「大丈夫だ。苦しいのは少しの間だけで、後は凄く楽になる」


「ヤバい薬のキャッチコピーみたいなこと言ってんじゃねえよ! 全然大丈夫じゃねえ!」


「とにかく早く飲め。ほら、飲むんだ」


 色々と不満はあるが、おそらく飲まない限りこの問答は終わらないのだろう。

 やむなく、一つ一つ飲んでいく。

 想像してほしい。お腹いっぱいなのに次々とドリンクを飲まないといけない苦しさを。確かどこぞの国の拷問で水を飲ませ続けるというものがあったはずだが、今の心境はまさしくそれである。

 どれほどの時間が経っただろうか……。

 目の前で山になっていた薬は、ようやくなくなった。


「うっぷ……あー、だめだ……。もう飲めない……。上下から色んなものが出そう……」


「頑張ったなスレイ。これで修行は完了だ」


「こんなジャンキーな修行があってたまるか」


 ぐったりする俺を他所に、エリスは再び魔法道具の布袋をあさり始めた。


「……言っとくけど、俺はもう何も飲めねえぞ。さすがに限界だよ」


「安心しろ。薬はさっきので最後だ。もう間もなく効果が出るだろうが……その前に、お前の装備を見直す」


「装備?」


「如何に強力なステータスを有していても、装備が貧相ではな。雑魚モンスターであればさほど問題はないとは思うが、相手は魔王だ。装備品の質は生存率に直結する」


「それはまあ、そうだろうけど……」


 生存率で言うなら、そもそも俺を連れ出さなければ良かっただけでは……という疑問は、とりあえず飲み込んでおく。

 そんな中、エリスは「そこでだ」と前置きしたうえで装備品一式を俺の前に差し出した。

 それは白を基調とした装備品であり、法衣服のようだった。しかしながら、素人の俺から見ても至極の逸品であることがわかる。なんかオーラ出てるし。

 

「これ、どうしたんだよ」


「男物だったから、お前にちょうどいいと思ってな」


 こいつはいつの段階で俺をパーティに入れるつもりだったのやら。最初からか。

 しかしまあ贈り物として貰うのは素直にうれしい。


「ありがとうエリス。それにしても、この見るからに凄い装備をいったいどこで入手したんだ? また闇市か?」


「さすがに闇市でもここまで質の高い装備はないさ。実は、お前の村に行く前にちょっとしたダンジョンを見つけてな。そこの宝物庫に眠っていたのを見つけ、魔王討伐に役立つと思い拝借した」


(王様の城といいダンジョンといい、宝物庫の物を当然のように持ち出して来るとは……)


 この勇者、どこまでも勇者。


「しかしここまで凄い装備だし、そのダンジョンの魔物も相当強かったんじゃねえの?」


「……ああ。正直、生きた心地はしなかったな」


 珍しく、エリスは表情を険しくさせる。


「魔物の強さ、そしてトラップの数々……どれも、勇者の試験ですら生ぬるく感じるほどだった。とりわけその最奥に居座っていた魔物は凄まじく強力でな。二日二晩にも及ぶ激闘の末、何とか討伐できたんだ」


 その語りに、背中を嫌な汗が伝う。

 これまで自信に満ち溢れていたエリスがここまで表情を曇らせることに、薄ら怖さを感じる。


「……だが魔王は、おそらく奴よりも強い。あの魔物に勝てたのは運が良かっただけだ。そんな幸運、そうそう続くはずもない。これからも腕を磨かないとな。私も、そして、お前も」


「ああ、そうだな。それにしても、勇者であるお前にそこまで言わせる魔物かぁ……。どんな奴だったんだ?」


「そうだな……。身の丈は、私が見上げるほど大きかった。しかし言葉を交わせるほどに知能は高く、二足歩行で分厚い鎧を身に纏い、巨大な剣を使っていたな。攻撃は苛烈にして凶悪。あらゆる魔法を使い、防ぎ、回復術にすら長けているような、まさに強敵だった」


「うへぇ……聞いてるだけで胸焼けしてくる。俺だったらたぶん初見で逃げ出してるよ。いやホント、よく勝てたな」


「さっきも言ったが、何度も死を覚悟する場面はあったさ。特に剣を砕かれた奴が真の姿を現した時の絶望感は、今でも震えてしまうほどだ」


「し、真の姿……第二形態ってやつか?」


「そうだろうな。魔物の中で形態が変わる種はある程度確認されているが、あれほど禍々しい個体は他にいないだろう。実際奴は、魔物の中でもかなり重要なポストに就いていたようだ」


「そうなのか?」


「ああ。何しろ私に仲間になれと……世界を半分くれてやると、そう提案してきたからな。そこまでのことを言えるということは、魔王軍の幹部の一人だったのかもしれないな」


「…………」

 

 ……何やら、凄く気になる情報を聞いた気がする。

 俺の脳内に、一つの仮定が浮かぶほどに……。


「……なあ、そのダンジョンって、どこにあったんだ?」


「ここから東に行った先だ。周囲は岩と荒野に囲まれて、常に暗雲が空を覆い日の光すら届かないような世界の果てだ」


「そのダンジョンって、どんなところ?」


「外見的に言えば、ちょうど岩から作った城のような形だったな。見るからに何か装備品が眠ってそうな雰囲気で、見つけた時は興奮したものだ」


「…………」


 世界の果てにある、暗雲漂う城……装備品を身に纏った強力な魔物……第二形態……世界を半分くれてやることのできる立場……。

 

「……おいエリス。その魔物って、もしかしてさ……」


「ん? どうかしたのか?」


「…………」


 おそらく、だが。その魔物ってのはたぶんのことであって……。

 それならその城にここまで強力な装備が眠っていたこともめちゃくちゃ納得できる。できるのだが……その話、本来俺にじゃなくて王様に話した方が喜ばれる可能性極大というか何と言うか……。


「……と、とりあえず! せっかくの装備品だしさっそく着てみるよ!」


「ああ、そうしてくれ」


 さすがに飲み込み切れなくなった俺は、急遽話題を変えてみた。


「お、おお……」


 感嘆の声が漏れる。

 何て言うか、すごい。とにかくすごい。語彙力が消失してしまうほどに強力な装備である。さすがはが住まうダンジョンの装備。

 エリスもまた嬉しそうに頬を緩めていた。


「スレイ、よく似合っている」


「そう言われると、なんかすげえ恥ずかしく感じるな」


「私の鎧と、色が似ているな」


「え? あ、ああ、そういえばそうだな。お前は白い鎧で、俺は白い服か」


「……ああ。色、お揃いだな……」


 とても満足そうに、彼女は笑っていた。

 その笑顔に乗じて、さっきエリスが話した魔物の話……あれは聞かなかったことにしておこう。




 





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