勇者になった幼馴染が村人Aな俺を無理やりパーティーに加え魔王討伐の旅に出たが、この勇者、どうやら魔王城へ向かうつもりがないらしい。
@jambll
第1話 勇者、襲来。
「スレイ、私のパーティに入れ。魔王討伐に向かう」
突然現れた白い鎧の彼女は、間髪入れずにそんなことを言ってきた。
何を言っているのか理解できず、思わず素の顔で「ん?」と声が出る。
「さっさと支度を。30分後には出発する」
問答無用とはこのことか。
こっちの都合なんてお構いなしに、彼女は図々しくも部屋の中の椅子にどかりと座る。
色々と聞きたいことがあるのだが、とりあえず、根本的なことから聞いてみることにした。
「……あのぉ、どちら様でしょうか?」
まずはそこだろう。
確かに彼女は輝くような長い金髪に恐ろしく美人であることは間違いないが……何しろ見覚えのない人がいきなり家にズカズカと入ってきて、俺をどこかへ連れ出そうとしているわけで……。
正直、恐怖の方が勝ってしまう。
だが彼女は俺の言葉にポカーンと口を開けて唖然としていた。
「……私が、わからないのか?」
何を当然のことを言っているのやら。
「ええ……まあ……」
「…………」
彼女は明らかに不機嫌そうに頬を膨らませて顔を逸らす。どうやら不貞腐れてるらしい。
しかしこうして黙られると、俺としても凄まじく困ってしまう。気まずい。実に気まずい。
すると彼女は、ぼそりと呟いた。
「……エリス」
「え?」
「私の名前だ」
「エリス……エリス……」
繰り返し彼女の名前を口にする。
どこかで聞いたこともある気がするが……思い出せない。
「まさか、本当に忘れているとは……」
考え込む俺の様子を見たエリスなる彼女は、深々とため息を吐き散らす。そして諦めたように、語り続けるのだった。
「……15年ほど前まで、お前はモスガルという街に住んでいたはずだ」
「ああ、そうだけど……ん? なんで知ってるんだ?」
モスガルというのは、俺が幼少期を過ごした街だった。もっとも、両親が死んでから親族がいるこの村に引き取られたわけだが……。
エリスは更に追い打ちをかける。
「そこで、よく一緒に遊んでいた子供はいなかったか?」
「ええと……あー、いたいた。確かにいたな」
「その子供のこと、思い出せないか?」
「その子供? ええと……確か……」
少しずつ、当時のことが脳裏に思い返される。
確かによく遊んでいた友達がいた。家が近所にあり、めちゃくちゃ豪邸に住んでいた貴族の子供だった。平民の俺とは身分が違っていたが、子供だった俺達はそんなことを気にするはずもなく、親の目を盗んで朝から晩まで遊んでいたっけ……。
(……そういえば、その子の名前って……)
そこでようやく思い出した。
その子供の名前が――。
「……エリス?」
「…………」
目の前のエリスはジト目で俺を見ていた。
「ああ! エリスだエリス! 言われてみたらエリスだ! 久しぶりだなぁ!」
「……スレイ、お前、完全に忘れていたな?」
「わ、悪かったって……。俺だって父さん達が死んでから色々あったんだよ。でも、いきなりどうしたんだよ」
エリスは「やれやれ」といった表情を浮かべながら、胸元からペンダントを取り出した。
「それは?」
「国王から賜った勇者の宝珠だ」
「宝珠ってことは……まさか……!?」
「ああ。私は、正式に勇者と認められた」
「おおおお!? マ、マジかよ! すげえじゃん!」
どこか照れるように顔を赤らめるエリスである。
しかし素直に凄い。何しろ勇者認定試験たるものは、かなり厳しいことで有名なわけだし。
あらゆるトラップが仕掛けられたダンジョンを単身で制覇し、指定される強烈なモンスターの討伐、集団ディスカッションによる人間性、カリスマ性のチェック、果ては料理に洗濯、裁縫を行うなど、それはもう多岐に渡る試験をクリアすることでようやく勇者と認定されるような超ド級のウルトラ高難易度の試験なのである。
毎年数千人が挑戦し、勇者と認められるのが1人いれば御の字……とまで言われている。
無論、その厳しさには理由もあった。勇者に認定されるということは、世界のどこかに住まう魔王を命懸けで討伐するという任務を国から、世界から受けるということ。その援助は計り知れず、あらゆる施設が無償となり、命令権限は国王級とされ、更には民家に押し入り薬草やアイテムを強奪することすら許されるとんでもない御免状となるのだった。その認定で生ぬるい試験なんてしていたら、暴虐無人な勇者がはこびる世紀末な世界になることは必至だろう。
しかし解せない。
なぜそんな世界に認められた勇者様が俺を誘うのか。ぶっちゃけ俺自身全くもってごく普通以下の一般人でしかない。特別魔力があるわけでもないし、何か特殊な技能があるわけでもない。魔王討伐の旅では120%お荷物になることだろう。
「あのぉ、エリス……様?」
「様は必要ない。昔のように呼び捨てでいいし、敬語も不要だ」
「そ、そう? じゃあ遠慮なく。……で? なんで俺をパーティに?」
「愚問だな。私一人で魔王を討伐などできるはずもないだろう」
「いやいや、それならもっといい人材がいくらでもいるだろうに。なんだってただの村人A的な奴でしかない俺なんだよ。っていうか、パーティに入れって言われても他のメンバーどこだよ」
「…………」
なぜか黙り込む勇者様。
「……おい。まさかとは思うが……」
「……私とお前だけだ」
「たった2人!? しかも勇者と村人とかどんなパーティだよ! そもそも城を出てからお前何してたんだよ! こんなくたびれた村よりも先に酒場行け酒場!」
「落ち着けスレイ。要は、魔王を討伐できればいいんだ」
「さっき一人で討伐できないって言ってたじゃねえか! 一般人が加わっただけで討伐できるんならお前だけでも討伐できるだろ!」
「それができれば苦労はない。魔王を、侮るな」
「今一番侮ってるのはお前だよ!!」
ダメだこいつ……。全然話にならない。このまま俺を連れ出して、俺を殺すつもりか何かだろうか。
するとその時、突然家の扉が開かれる。そして黒髪の妙齢女性が室内に駆け込んできた。
「――スレイ! 勇者様のパーティに入って村を出るって聞いたけど、本当なの!?」
「ああ、マリエッタか。そうか……俺がパーティに加わるっていう根回しは、もう終わってたんだな……」
勇者は視線を逸らした。
「どうして!? 魔王討伐の旅なんてスレイには無理だよ!」
「あー、それについては俺も同意見だけど……」
「ふざけてる場合じゃないよ! スレイ! お願いだから考え直して!」
マリエッタは柔らかい両手で俺の手を握り懇願する。そもそも、考え直すもクソもないのだが。
「……っていうか、マリエッタ」
「ん?」
「ちょっと、近いかもしれない」
さっきから、どうにも柔らかいものが胸に押し付けられている。
それにようやく気付いたマリエッタは、顔を真っ赤にしながら慌てて俺から離れた。
「……おい、スレイ」
と、エリスは口を開く。
「その、娘は?」
「あ、ああ悪い悪い。彼女はマリエッタ。隣の家に住んでるんだ。同じ年代の奴が俺とマリエッタくらいしかいないもんだから、昔から色々と世話になって――」
「――昔から色々と……だと……?」
効果音を付けるとすれば、ゴゴゴゴゴゴ……だろうか。
勇者様は大変ご立腹のようだ。
「あ、あの……エリス、さん?」
「……今すぐに出発する。行くぞ」
そう言い捨てたエリスは、俺の襟元を掴んでズルズルと引きずるように外へと向かう。
「ちょ、ちょっと待てって! 俺の服とかその辺の荷物の整理が何も……」
「足りないものは現地で調達すれば問題ない。周辺にある街にいくらでもあるだろう」
勇者様は奪う気満々のようだ。
俺が勇者一行に誘われたことを聞いていたのか、他の村の人たちがわらわらと寄ってくる。だがエリスは一切笑顔を振りまくことなく、強制連行と言わんばかりにとっとと村を後にしてしまった。
「お、おいエリス! せめて挨拶をだな……!」
「いらない。必要ない」
相変わらず不機嫌そうに顔を背ける勇者様。
「エリス……もしかして、怒ってんのか?」
その問いかけに、エリスは一言だけ言葉を返した。
「……ばか」
こうして、前途多難な勇者一行の旅は始まったようだ。村人Aたる俺を巻き込んで。
はてさて、どうなることやら。
そして俺の明日は、どっちだ……。
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