第26話 客員兵士の憂鬱。
翌日、王様との謁見を経て、俺は正式に客員兵士となったわけだ。
しかしながら、客員兵士になったからと言って特別何かするわけじゃない。
「基本的には、何をするにしてもスレイの自由だ。何かあったら使いの者をよこすから、それまではゆっくりしてくれ」
そんなフェリクスの言葉通り、およそほとんどの制限もなく自由に過ごせることになった。片っ苦しい制服や装備を支給されることもなく、普段通りの格好で街や城をうろつく毎日である。
街の中は別に普通だ。歩いてても相変わらずケンカは多いし、目についた騒動をテキトーに両成敗しながら飯を食べるだけ。
しかし城の中は違った。
一歩門の中に入れば、重装備の兵士たちが仰々しく敬礼をしてくる。何か運ぼうものなら兵士が飛んできて、俺から荷物を奪い取る勢いで代わりに運び始める始末だった。
気を遣ってくれているのかは定かではないが、さすがにここまでされると気疲れも出てくる。
「……つまり、兵士たちの堅苦しい対応をやめさせて欲しい、と?」
フェリクスの私室にて、彼はそう確認する。
「まあそれを言いに来たんだけどさ……フェリクス、あんたこれって……」
呆れるように部屋を見渡す。
つい先日ソフィアに掃除をしたばかりだというのに、部屋は、再びぐっちゃぐちゃの状態となっていた。いったい何をすればここまで散らかるのか……。
「ははは、掃除がちょっと苦手でね……」
爽やかに微笑むイケメン。
その顔で全てを誤魔化せると思うなよ。
「苦手ってレベルじゃねえだろ。これもう一種の才能じゃねえか?」
「ははは……」
イケメンは、困ったように笑っていた。
「あんたは笑ってる場合じゃねえっての。ソフィアが見たらまたぼやきながら掃除するぞ」
「かもしれないね」
イケメンはさらりと答える。
もういくらでも怒られてしまえ。
「……そういえば、ここのところソフィアの姿を見ていないな」
「ああ、ソフィアなら任務があって、昨日城を発った」
「…………」
俺が黙り込んでいると、フェリクスの視線が少しだけ鋭くなった。
「……何か言いたげだね?」
「いや……ソフィアって、フェリクスの部屋の掃除以外の仕事、あったんだな……」
「え? ……ハハハハハ!!」
腹を抱えて笑うフェリクス。
「なんだよ」
「いや……すまない! 君は面白い思考をしているなと思って……つい……!」
「果てしなくバカにされてる気がするんだけど……」
「そういうわけじゃないが、驚いているんだ。どうやら君と僕は考え方がまるで違うようだね。こうして君のような人間を見ていると、世界の広さを実感してしまうよ」
「……やっぱりバカにしてるよな?」
「まさか。それよりも、兵士の件はわかった。だが、兵には兵の矜持というものもある。ある程度のことは許して欲しい」
「…………」
ここが妥協点といったところか。
それ以上特に何も言うことなく、部屋を後にした。
◆
その日の夜、なんとなく外の空気を吸いたかった俺は、街の近くにある森へとやってきた。
さすがに魔物がうろつくところでうたた寝なんてことはしないが、大木の太い枝に寝そべって、枝の隙間から見える夜空を見ていた。
雲もなく、きらきらとした星空だったが、時々揺れる葉に隠れて見えなくなる。星の礫の群小は確かにそこにある。しかしほんの目の前の葉一枚で消えてしまう姿に、言いしれぬ儚さを感じてしまっていた。
(……エリス達、今頃何してんだろ……)
ふと、そんなことを考えてしまった。
エリス達とはぐれて結構な日が経っている。こう言っては何だか、あいつらに限って魔王探しをしていることはないだろう。それは断言できる。できちゃうんだなぁ……。
エリス達との日々は、それこそ毎日が大変な出来事の連続だった。そして今は、落ち着いた環境で骨を休めている。
だが、村に住んでいた時の安心感とは少し違う。何て言うか、落ち着かない。それは自分から手にした安住ではなく、全て与えられた環境であるからなのかもしれない。
人によっては贅沢な話だと言うだろう。俺だってそう思う。あんだけバタバタした日々の中で、確かに俺は平穏を求める時もあった。
……ただ、たぶん俺が求めた平穏ってのは、こういうのじゃないんだと思う。
漠然と、そう思っていた。
――ガサッ、と。
ふいに近くの茂みから物音が聞こえた。
(……なんだ?)
妙な気配がする。
獣じゃない。でも、ただ事でもない。忍びよる空気は張りつめ、緊張感が背中を覆う。
ゆっくりと体を起こし、注意深く辺りの様子を窺う。
すると夜闇の中に動く人影が見えた。人影は複数人……見た限り、数人が一人を追っているようだ。そして時折見える、月明かりを帯びた刃閃。攻撃を受けているらしい。
(さて、どうすかっね……)
正直状況が全く読めない。追う側も追われる奴も全員が黒いマントを頭からかぶり、顔が見えない。場違いなのは俺の方である。だが片方が一方的に攻撃を受けている以上、黙って見ているわけにもいかないだろう。
決断した俺は、枝をヒョイと飛び出す。そして追われていた人物の後ろに降り立った。
「――――ッ!?」
集団は一瞬驚いたが、追っていた連中は即座にナイフを構え迫ってきた。
「話が早くて助かる……!」
一人一人の力量はかなり高いようだ。それこそ城の兵士を優に凌駕するほどに。だが、到底対処できないレベルではない。
2、3人の攻撃を軽やかに躱し最後尾の黒マントの賊に突っ込む。顔に向けられる刃を搔い潜り、強めに腹部に掌底を叩き込んだ。鈍い音と同時に意識が途切れたが、間髪入れずに別の賊が背後から迫る。しかし見えている。刃を向けてきた腕を掴み、往なすように後方に投げ飛ばす。賊は一度地面にぶつかるが、すぐに体勢を整えた。
すると全ての追っ手がそいつの周囲に集まる。そしてアイコンタクトで何かを確認し、追っ手達は反転し闇の中に消えていった。
さっき気絶させた奴の姿もない。ちゃっかり回収したようだ。
「……なんだったんだ、あいつら……」
走れば追いつけるだろうが、正体もわからない連中を深追いするほど俺もアホではない。まずは追われていた奴の方が先決だろう。
様子を見ていたが、近くの木の陰に身を寄せているようだ。
「……あいつらなら逃げたぞ。出て来いよ」
「…………ッ」
俺の声を聞いて、そいつは警戒しながらも姿を現す。そしてゆっくりと俺の方に歩み寄ってきた。
夜風が通り抜け、木々の枝を揺らす。
その隙間からこぼれた月の光が、スポットライトのようにそいつの顔を映し出した。
「……ソフィア?」
「…………」
そこに立っていたのは、紛れもなくソフィアだった。
次の瞬間、彼女は全身の力が抜けたようにその場に倒れ込んだ。
「お、おい……!」
慌てて彼女の体を支える。
見たところ大したケガはない。でもかなり体力を消耗し、衰弱しているようだった。
(ソフィアって確か、別の任務に就いてたんだよな。それが胡散臭い連中に追われながら逃げ帰って来た……?)
間違いなく言えることは、何かゴタゴタがあったということ。問題は、その引き金を引いたのが誰かということなのだが……。
「…………」
「……しゃあねえな」
とにかく今は、ソフィアを送ることにしよう。考えるのはそれからでいいだろう。
気絶する彼女を背負い、街まで連れ帰る。
「……兄さん……」
その途中、背中で眠る彼女は、小さくそう呟いていた。
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