第28話 ストーカー様がみてる

 何分ぐらい公園に一人で佇んでいたかは分からない。


 ファーストキス。さっきまで残っていた感触と甘い匂いを反芻して、無意識に唇を触ってしまう。


 というか、このままアパートに帰るとまた桜ノ宮、いや、撫子に会うかもしれない。そう思うと胸がドキドキしてくる。撫子の笑顔や唇の形が頭から離れない。


 きっとそんな風に気を抜いてボケっとしていたからいけないのだろう。


 アパートへの帰り道にさっきの余韻に浸ったり今後の事を考えていたせいで、背後から近づいてくる人物に気づかなかった。 そして、袋を被されて暗転と同時に体を拘束され移動させられた。


 そうして、袋が外されると……体がイスに縛られていた。





 イスに縛られながら、辺りを見回す。ここは部屋の一室のようだ。


 すると袋を外した小柄な人物は狐のお面をつけていて、ボイスチェンジャーで変えた声で話し出した。


『……自分の状況が分かったかな。さて、これから君にはこの部屋から脱出するためにゲームを』


「いや、お前、銀ノ宮だろ」


『……私は、その『銀ノ宮』という人物ではない』


「いや、こんなことすんのは銀ノ宮だけだし、ここは明らかに銀ノ宮の部屋だし。引越しの時にレイアウト作るの手伝ったの忘れたのか?」


『……か、彼女は、我々が別の部屋に監禁している』


「ほう、そうかい……。あっ、そう言えば、銀ノ宮との婚姻届を書いてポケットに仕舞ったままだった」


『えっ! 本当ですか、達也さん! それなら早く出しに行きましょ……、あっ』


「……とりあえず、この拘束を解いてくれ」


『はい』


 狐のお面をしている人物、銀ノ宮はすべてを外した。


「それでなんでこんなことしたんだ?」


「……怒りませんか?」


 銀ノ宮は少し泣きそうになりながらこっちに訴えてくる。


「別に怒らないよ」


 場合によっては、と心の足して答えた。


「はい。お友達と公園を散歩していたところ、達也さん達を見かけたので背後を警備しようとしていた時に衝撃的なものを見てしまって……」


 根っからのストーカーなのかな? 今度、銀次郎さんにお孫さんの教育方針について徹底議論することを決めた。


 そこで銀ノ宮は核心を突いてきた。


「達也さんと撫子さんはお付き合いされているのですか?」


 やはりそういう風に見えてきたのだろう。


「いいや、違う。付き合っていない」


「では、あの最後のは……?」


「あ、あれは、撫子が勝手に……」


 なぜか彼女に浮気を責められる彼氏のような構図になっている。……なぜだ?


「『撫子』! ……そ、そうですか。確かに撫子さんはいい人ですしね。でも付き合っていないということは……」


 何かをブツブツと言っている。さすがにちょっと怖いので声をかけようとした時に、銀ノ宮はこちらをキッと睨んだ。





「さすがに私に手を出す前に泥棒猫を作るのはいかがなものでしょうか!」





 ピコッ!


「泥棒猫でもないし、正妻ポジションのツッコミをすんな!」


 ツッコミをしてみたがどうも暴走気味の銀ノ宮には伝わらない。仕方ないため今日の経緯をきちんと説明した。


「……そういうことでしたか。事情は理解しました」


 銀ノ宮は丁寧に説明すれば分かってくれた。ほっと一安心した瞬間。


「でしたら、私もっ!」


 飛び掛かるように全身ごとこちらに向かってきた銀ノ宮をなんとか避けた。


「なんでですか?」


「だから、そういうのは嫌なんだって!」


「でも、撫子さんにはしたのに、本妻には手を出さないなんて!」


「さっきの俺の話聞いていた!?」


 大声で銀ノ宮が嘆いている。どちらかというと、こちらが泣きそうである。すると銀ノ宮の部屋の玄関扉が開いて夏ノ宮がいた。


「……ごめんなさいごめんなさい! 聞くつもりはなかったんだけど!」


 そう言って、こっちをキツイ目で睨んだ。


「たつたつってそういう人だったんだ。……さいてい」


 そうして扉を閉めてどこかへ行ってしまった。





 ……もう、涙で前が見えません。誰か助けてぇぇぇぇぇぇ!


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